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第55話 想定狂いの開戦

 賢悟とシイが辛うじて『僧侶』を退けた一方、残された十蔵とリリーは焼けた皇都に残されていた。


「…………賢悟、様」


 滂沱の涙を流しつつ、呆然と立ち尽くすのはリリー。周囲が焼け焦げるのにも気づかず、ただ、その場に立ち尽くすだけの有様だ。

 そして、十蔵はもう意識が限界に達していた。

 片腕を失った状況での戦闘に加えて、戦友が二人も殺されたのだ。しかも、『僧侶』と名乗る者に、虫けらのように。賢悟が最後、全身全霊の賭けに出なければきっと、十蔵も虫けらのように命を踏みつぶされていたはずだ。

 疲労と度重なる精神的重圧に、十二神将と言えど、意識を保つのは限界だったのだろう。青ざめた顔色で、焼け焦げた路面に倒れ伏している。


「へいへいへーい! そこのお二人さん! いつまでもそこに居ると火傷するぜぇ! こっち来て回復はよ!」


 そこへ、空気を読まずにやってきたのはヘレンと、そしてギィーナを含めた学生服姿の少年少女たちだった。

 ヘレンたちが通っていた九頭竜学園も、例外なく『僧侶』の襲撃に遭い、壊滅している。だが、その内の何人かは『僧侶』の襲撃から身を隠し、難を逃れていたのだ。


 他にも、皇都に住まう皇帝やその血族などは、『僧侶』の襲撃を予知していた占術師の進言によって避難。他にも、勘の良い者たちや逃げ足の速い者たちは早々に皇都から逃げ去っており、結果として、皇都に住まう者の二割程度は生き残ったのである。

 もっとも、国の中心都市を八割も壊滅させた時点で、『僧侶』が世界最強クラスの理不尽であることには変わりないのだけれど。


「よし、回復魔術を持つ者は、まだ息のある者の手当てを!」

「手当の必要ない者は、転移魔術で安全な場所へ移動しろ!」

「急げ急げ! いつあの化物が帰ってくるか分からんぞ!」


 生き残った学生の中でも、ナンバーズと呼ばれる実力者たちは、積極的に学生たちを指揮して救助活動を始めている。

 ただ、そんな中でもリリーは動かなかった。


「もしもーし、メイドちゃーん!? いつまでもそこに立っていられると、こっちが困るんでどぉ!? 聞こえてますかぁあああああ!!」

「…………」


 それどころか、ヘレンからのウザったい呼びかけにもまるで反応しない。

 完全に、茫然自失の状態である。


「おい、ヘレン。いつまでも五体満足の奴に構っているんじゃねーよ。テメェは、そこで倒れている奴を回復させてから、死にかけている奴らを助けてろ」

「でもでも、ギィーナ! このメイド多分、ケンちゃんの事で大分……」

「それに関しては俺が喝を入れておいてやる。だから、やれ」


 有無を言わせん口調で、ギィーナはヘレンへ行った。冷たいような物言いかもしれないが、正論である。

ヘレンもそれを理解しているので、少し躊躇った後、頷いて十蔵の回復処置に移った。


「おい、テメェ……リリー! 何、呆けた面をしてやがる?」

「…………」


 そして、ギィーナは苛立ったようにリリーへ語り掛けた。


「まさかお前、あれぐらいでケンゴが死んだと思ってんのか? 馬鹿か、テメェは。ケンゴはな、あんな程度で死なねぇよ。あいつは、何があってもケロッとした顔で帰ってくるんだ。そうに決まっている」


 ギィーナの語りは荒々しく、どこか、自分に言い聞かせているようでもあった。

 強さの遥高みに君臨する『僧侶』。彼女へ、英雄たちの決死の助けを受けながらも、食い下がった賢悟の姿を見て、ギィーナが不安を覚えないはずが無いのだ。恐らく、この場に居る誰よりも、ギィーナは賢悟の強さを知っていて、それでも届かない高みを見せつけられたのだから。

 それでも、ギィーナは毅然と、リリーへ言い切る。


「あいつは強い。俺のライバルだからな……強いに決まっている。だから、俺との決着も付けずに死ぬわけがねぇ! わかったか、ああん!?」


 ギィーナの言葉は乱暴だが、確かに賢悟に対する信頼が込められていた。

 生きて帰ると信じ、そのために今やるべきことをこなす。ギィーナは、そんな当たり前の強さを持った武人だった。

 けれど、リリーは違う。


「…………」


 リリーは弱い人間である。

 誰かに依存し、その元に居なければ非常に脆く壊れてしまうガラス細工だ。

 故に、ギィーナの言葉はリリーに届かず、何も響かない。


「…………はぁ」


 ギィーナもリリーの弱さを薄々察していたのか、特に何も言わず、ため息を一つ。

 そして、


「面倒くせぇ!」

「――かはっ!?」


 完全無防備なリリーへ、容赦ないボディーブローを決めた。

 もう、女性だとか、ヒューマンだとか、そういった考慮がまるで無しの良い一撃が決まり、すんなりとリリーの意識は刈り取られる。


「これでよし、と」


 リリーを殴り倒すと、ギィーナはその体を肩に抱えて一息吐く。さながら、面倒な仕事が終わりました、と言わんばかりの姿だ。


「ちょ、え!? いいの!?」


 流石にどうかと思ったヘレンが、ツッコミを入れるのだが、ギィーナは憮然と言う。


「人の話を聞かない馬鹿には、これが一番だ」

「だからって、女の子に容赦ないボディーとか……マジ、きっちくぅー!」

「鬼畜で結構。こちとら、何時までも馬鹿に構っている暇はねーんだよ」


 気絶したリリーを転移担当の学生に渡すと、ギィーナも生き残った住民の救助へ回る。


「一つの国の首都が壊滅させられたんだ。後は軍隊が動いて、徹底抗戦しかねぇだろうが。しかも、その時になったら、俺たち王国の人間にも疑いが掛かる。なら、今のうちに点数稼ぎと言われようが、少しでも動いておくんだよ」


 ギィーナは善人ではあるが、お人よしというほどでは無い。

 彼が人を助けるのには善意もあれば、打算もある。

 ただ、その打算もあくまで健全な人間の範囲であり、元々さっぱりとした気性であることから、他の学生たちからも徐々に信用を得ているようだ。


「でないと、流されちまうだろうが…………大きな流れって奴に」


 言葉を発したギィーナも、この首都・九頭竜壊滅が、世界にどのような流れを生み出すのか、まだ予想も出来ていなかった。

 けれど、確かに何かが変わってしまうという予感は、この場に居た全員が持っていただろう。

 背筋が凍るほどの、悍ましい悪寒を伴って。



●●●



「ほほー、やるなぁ、君らの友達。うん、手助けはあったけど、あの性悪を退けるなんてねー。こりゃいよいよ、あいつの生まれ変わりかもしんないなー」


 同時刻。

 堕落仙人がさらりと零した言葉によって、太郎とルイスの二人はテンションマックスだった。


「いよっしゃあああああ! さっすが賢悟だよね! もう、絶対死なないと思っていたもん、私ぃ!」

「ははは、多少心配はしたけど、僕はほら、信じていたからね? どんな相手だろうとも、彼は絶対に負けないって」


 へーい、とハイテンションの二人がハイタッチを交わしているのは、堕落仙人が作った居住空間内である。本来であれば、用事を終えたら三人は即座に堕落仙人の隔離空間から立ち去る予定だった。けれど、堕落仙人が不吉な事を呟いたので、せめて賢悟の無事を確認するまで、此処に居続けることにしたのである。

 およそ、時間としては二時間ほど。


 オリエンスはともかく、太郎とルイスの二人はその間、青ざめた顔で、大いにパニックになっていた。

 何せ、賢悟の無事を確かめるまでの間、オリエンスと堕落仙人の二人から、散々賢悟が戦っている相手の異常さを語って聞かされていたのだから。

 現在、ナナシの実働部隊ジョン・ドゥに所属する『僧侶』という存在。

 彼女はオリエンスが説明するところによれば、神様から絶大なる固有魔術を受け取った存在――堕落仙人曰く、チートと呼ばれる者らしい。

 詳しい出自は語らなかったが、オリエンスは『僧侶』という存在と知り合いで、なおかつ、自身と同格以上の力を持つ強者だと、二人に語った。


 何せ、『僧侶』はジョン・ドゥでありながら、魔王でもあるようなのだ。しかも、最古にして最悪の魔王である。

 元々は人間だったらしいのだが、『僧侶』は神による祝福を受けることにより、固有魔術と並外れた肉体を得て魔王になった存在らしいのだ。

美しく、強く、それでいて寿命の存在しない肉体。

 長い年月を戦いに費やした、膨大な経験による戦闘技術と、直感。

 それだけならまだしも、『僧侶』が所有する固有魔術が厄介の極みらしい。

 その固有魔術の名は、『亡霊剣軍』と言い、名前の通り、死者を魔剣に作り替える固有魔術らしいのだった。それも、その魔剣には死者が有していた特徴的な能力が宿る。

 そんな魔剣を、正確には魔剣を創り上げる『データ』を何百、何千もストックしているようなのだ、『僧侶』と言う規格外の化物は。

 能力の詳細などは流石にオリエンスも知らなかったが、その能力によって為した様々な事件、悪行を二人に語って聞かせ…………結果、二人は非常に不安定な精神状態で堕落仙人からの報告を受けることになったのである。

 オリエンス当人にそのつもりは無くとも、脅すだけ脅した後の、賢悟生存の連絡だ。そりゃ、二人もハイテンションになるほど喜ぶという物だろう。


「はー、賢悟君が帰ってきたら労わないとね、ルイス君」

「もちろんだよ、太郎君! 自腹切ってでも、祝勝パーティを開こうね!」

 いえい、と何度もハイタッチを交わし、喜びを露わにする二人であったが、そこにオリエンスが遠慮がちに咳払いを一つ。

「あ、あー、二人とも。喜ぶのは良いのだけれど、残念ながら祝勝パーティを企画している時間は無いからね? と言うより、状況はかなり悪いんだよ、現在」

「なはははーん! 十二神将が軒並みほぼ壊滅状態だよーん!」

 けらけらと不謹慎に笑う堕落仙人の言葉に、二人はようやく平静を取り戻す。

「そ、そうだった……割とピンチだったんだ、私たち」

「皇都も壊滅状態らしいですからねぇ…………なんとか、ギィーナ君とヘレンさんの安否だけは確認できましたけど」


 ちなみに、確認方法はルイスのパンチラによる堕落仙人への色仕掛けである。

 セーラー服や、ナース服などによるコスプレのオプションを要求されたりしたが、割とすんなりと堕落仙人は二人の頼みを了承したのだった。


「恐らく、あの性悪が動いたのはマクガフィンの指示じゃない。そもそも、あいつは気まぐれで命令を嫌う奴だ。わざわざマクガフィンの頼みを聞いて、皇都を壊滅させるなんて面倒な真似はしないだろう……恐らく、あいつが動いたのはマクガフィンにとっても予想外だったはずなんだ」


 皇国の首都壊滅。

 それは、オリエンスとマクガフィンの両者に打撃を与えていた。

 オリエンスにとっては、まず、十二神将という貴重な戦力を失い、おまけに神器の大半を奪われてしまうという最悪の一歩手前だ。幸いなことがあるとすれば、堕落仙人との交渉が上手く進み、心臓の封印に成功したことである。

 一方、予期せぬ『僧侶』の行動で、一気に神器を集めたマクガフィンではあるが……その代償は、安くは無かった。何せ、一つの首都を無差別に壊滅させてしまったのである。これにより、完全にマクガフィンは国際テロリストとして手配される。皇国に忍ばせていた伏兵やスパイも、首都の壊滅によって半分以上は確実にナナシから離れるだろう。 


 マクガフィンを捉えるために、皇国の上層部は全力を尽くす。それは確実だ。加えて、一つの国の首都を壊滅させたテロは、他の国にも影響を与える。場合によっては、自身の国でのテロを警戒し、マクガフィンを討伐するために専用の組織を作るかもしれない。


「この一件で、マクガフィンへの警戒は格段に上がった。ナナシ内でも、マクガフィンやテロに対する非難によって多くの離反者、密告者が出るだろう。つまり、あっちはやり過ぎてしまったために、制限時間が付いてしまったのだよ……それも、短く限られた制限時間だ」


 いかにマクガフィンと言えど、本気になった国家を相手取るのは不可能だ。

 加えて、身内にいつ爆発するか分からない核兵器を抱えているのなら、尚更。


「私たちも追い詰められているが、あっちも追い詰められている、ということだよ」

「うんうん、君ら二人て敵同士なのに、揃って苦労人属性だかんねー」

「うるさいぞ、ニート! …………ともかく、何が言いたいのかというとだな」


 オリエンスが何かを言おうとした時だった、隔離空間であるはずのこの部屋が、急に振動したのである。恐らくは、外からの衝撃によって。


「んなー、久しぶりだから隔離が甘かったかにゃー?」


 気楽な調子で、堕落仙人は外と部屋の隔離を強め、衝撃を遮断する。

 だが、オリエンスはその衝撃によって、確信を得たようだった。

 重々しく頷くと、オリエンスはその場から立ち上がり、学生二人へ告げる。


「君たちは此処に居るように。此処に居れば安全だ……少なくとも、それぐらいはこのニートが保障してくれる…………よな? ああん?」

「なはははー、そんなに脅さなくてもー。アタシは可愛い子は贔屓しちゃうタイプだからー」


 へらへらと笑う堕落仙人に、呆れるように肩を竦めるオリエンス。

 二人の間には、超越者同士の連帯感の他にも、奇妙な友情のような物があるらしい。何だかんだ言いつつ、何処か互いに信用しているところもあるようだ。


「僕も行きます……と言いたいところですが、足手まといでしょうね」

「…………むー、私も防御柔らかいから、死んじゃうかなぁ」


 流石に負けん気の強い学生組の二人でも、オリエンスの言葉に大人しく従っている。

 人狼族の隠れ里で、マクガフィンの襲撃に対して何も出来なかったことが、自重するきっかけになっていたのだろう。二人は大人しく実力を弁えて、堕落仙人の元で待機することに。


「後、もしもマクガフィンが何らかの手段を使って、此処に転移してきた場合……できることなら、相手の言動を邪魔してやってくれ。もちろん、私は通さないつもりだし、堕落仙人も進んで入れようとは思わないが」

「ふむ、応戦するように、ではなく?」


 太郎の質問に、オリエンスは笑って答える。


「君たちでは応戦は難しいさ。それに、この場において……この堕落仙人の領域では、戦闘力は意味を為さない。言葉と想いの勝負になる」

「…………わかりました。その言葉を信じましょう」

「うん。万が一の時は、頼りにしているよ、二人とも。私たちみたいな老人よりも、君たち若者の方がきっと、堕落仙人のお気に召すだろうからね」


 堕落仙人はオリエンスの言葉に、にこやかに親指を立てて見せた。


「コスプレしてくれたら、ボーナス付けるよ!」

「私もうやってんですけど!? 現状、セーラー服なんですけど! 嫌じゃないけどさ!」

「メイド服とか着て欲しい所存」


 堕落仙人とルイスのやり取りを眺め、つくづく凡庸な容姿で良かったと思う太郎だった。


「ともあれ、私はそろそろ行ってくるよ。なぁに、直ぐに片付けてくるさ。パインサラダでも作って待っていてくれ。ついでに田んぼの様子も見て来ようじゃないか」

「オリエンスさん、死ぬ気満々じゃないですか!? 僕それ、死亡フラグって知っているんですけど!?」

「いや待つんだ、太郎っち」

「太郎っち!? 堕落仙人さん、なんですかその呼び方!?」

「死亡フラグは乱立すると返って折れたりするんだよ。奴はそれを狙っているのさー」

「スルーされた!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ三人を背に、オリエンスは軽く手を振って転移魔術を使用。隔離空間を越えて、入り口である大岩の前まで転移する。


「さて、世界管理者として――――少し、本気を出しますか」


 轟音が響き渡る山の中で、静かにオリエンスは己のフードを脱ぎ捨てた。

 その身に宿す呪いを封じる魔導具を、解除したのである。

 『東の魔女』とあだ名されるオリエンス。

 彼女の隠された素顔を見て、無事でいられた者は存在しない。

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