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第53話 反則存在

今の今まで、『僧侶』は欠片たりとも本気を出していなかった。

 賢悟がそれを痛感したのは、どうしようもない手遅れを経験してからだった。


「うふふ、それじゃあ、まず一人」


 気軽に散歩でもしようかという、足取り。

 けれど、『僧侶』はそんな足取りで、瞬く間に清彦との距離を肉薄。

 無詠唱による魔力の操作と、マナの瞬間的な活用。それこぞが、達人が好んで使う歩法――脈動闊歩の基礎である。

 ただ、『僧侶』が扱うその歩法はあまりにも淀みが無く、流麗ささえ伴っていた。

 かつて、賢悟がハルヨから体験した時のそれの如く。


「今度こそ、ちゃんと殺してあげるわ♪」


 清彦へ肉薄した『僧侶』は、悪戯な笑みと共に両手を広げた。まるで、愛おしい者をこれから抱きしめようかのように。

 体から、無数の赤い刃を生やしたまま。


「――フ●ック」


 苦々しく呟かれた悪態。

 それが、清彦の最後の言葉となった。

 抱きしめるかの如く振るわれた赤い刃は、清彦の体をバターのように切り分けて、バラバラに解体する。

 苦しむ間も、惜しむ間さえも無く。

 十二神将の一人が、討たれたのだ。


「きよ、ひこ」


 眼前の光景に、仲間が命を奪われる瞬間に、賢悟は言葉を失くした。

 圧倒的な存在による蹂躙は、被害者に怒りすら抱かせる慈悲も与えない。


「あら?」


 ぎぃん、と赤い刃が何かを弾く。

 それは苦無。隠密の権能を持つ忍者によって放たれた、完全なる奇襲の一撃。

 けれど、恐ろしいことに『僧侶』はただの直感で、赤い刃を使い、奇襲を弾いて見せたのである。


「んー、面倒な鼠ね」


 害獣駆除の延長のように、本当にそんな口調で『僧侶』はため息を吐く。


「亡霊剣軍――――蛇腹剣・猟犬」


 そして、『僧侶』の胸元から一本の長剣が産みだされた。

 別空間からの召喚では無い。その場で、マナから作りだされたのである。


「さぁ、お行き」


 微笑みを浮かべたまま、『僧侶』はその長剣を無造作に振るう。

 されど、その長剣の刀身は通常のそれでは無い。さながらカッターのそれの如く小さな刃がいくつも連結していて、長剣に見えていたのだ。本来の姿は蛇腹剣。幾つもの刃をワイヤーで束ね、鞭の如く扱う邪道の剣である。


「うふふふ、ほーら、捕まえちゃうわよ?」


 しなるその刀身は、さながら大蛇の如く獲物探し、追い回す。例えそれが、隠密の権能を受けた存在だとしても……『僧侶』の魔剣は逃がさない。


「はい、二人目」


 やがて、激しく蠢いていた剣先が止まった。

 同時に、どす、という生々しい音も聞こえてしまっている。

 まだ権能の力が残っている故に見えないが――――その先には、即死、あるいは致命傷を抱えた忍者が居るのだろう。『僧侶』がにこやかに殺人のカウントをしたことから、忍法での変わり身は有り得ない。二度、同じペテンは『僧侶』はおろか、達人全般に通用しないのだから。


「うふふふ、あと三人」


 忍者に突き刺したまま、『僧侶』は魔剣を放置する。この程度の物、いくらでもあると言わんばかりに。


「…………ぐっ」


 十蔵は動けない。血を流し過ぎたのだ。

 本来ならば、腕を斬り飛ばされた後に流れたのは、意識を失ってもおかしくない血液の量。腕を繋げたとはいえ、失った血は戻って来ない。

 今は辛うじて意思を繋いではいるが、視界は霞み、片膝を着く状態が精一杯だ。

 嬲るようにゆっくりと近づく『僧侶』に、まったく対応が出来ない。


「…………あ」


 リリーに至っては、『僧侶』の発する圧倒的な威圧に吞まれて、委縮するのみ。首を絞められたように、浅く息を繰り返すのが限界だ。

 だから、残された賢悟が『僧侶』の前に立ち塞がった。


「あらあら、自殺願望かしら? ダメよ、命は大切にしないと」


 聖女のように微笑んで、『僧侶』が嘲る。

 外見こそ美しいが、この少女の中身はどす黒く濁っていた。恐らく、人間の悪意という悪意が、少女の中に詰め込まれているのだろう。


「…………」


 そんな存在と相対し、紅の瞳を見据えて、賢悟は考えていた。

 仲間が殺された。

 ――許せない、苛立つ、腸が煮え返っている。

 実力差が在り過ぎて、もはや格が違う。

 ――悔しい。苦しい。負けたくない。

 目の前に、明確な死が存在している。

 ――――死にたくない。


「あぁ、そうだ……俺は、死にたくないんだった」


 思い出したように、賢悟は呟く。

 『剣士』と戦った際に覚えた、死の恐怖。そして、レベッカと鈴音との約束が、賢悟の意思を形作る。

 帰るべき場所がある。

 だから、死にたくない。

 そんな当たり前の想いを、ようやく賢悟は手に入れたのだった。


「だから、お前が死ね」


 賢悟の拳の中に、確かな重みが宿る。


「あら?」


 慢心し、油断しきっていた『僧侶』の隙を突き、賢悟は駆けだす。意識の間隙を突く動き。それは、師匠であるハルヨのそれに似ていた。

 されど、半場自動的に、『僧侶』の体から生えた刃が形状を変え、賢悟を迎撃せんと蠢く。

 液状の赤い刃は、自在に形を変えて、賢悟の拳へ槍の如く突き刺さろうと迎え撃ち――そして、殴り砕かれた。


「あらら?」


 重みを伴った賢悟の拳。

 それに宿った概念は未完成なれど、油断しきった者の刃に止められるほど脆弱では無い。


「吹き飛べ」


 短い言葉と共に、賢悟は己の右拳を『僧侶』の顔面へと叩き付け、殴り抜く。

 ごしゃり、という生々しい音を伴って『僧侶』の体が吹き飛び、錐もみに回転。そのまま、地面へと落下した。落下した『僧侶』の姿に、もう赤い刃は生えていない。賢悟が拳に込めた概念が、『僧侶』の身に秘めた魔剣を砕き尽したのである。


「理解した。死とはつまり、人の終わりだよな。そいつを実感して、なおかつ拳の中に握りしめなきゃ、一撃終幕にはなりえない」


 誇るようでもなく、ただ、淡々と事実を告げるように賢悟は言う。

 仲間の死を体験しなければ、到底辿り着くことの出来なかった境地。

 それを喜ぶでもなく、憎むでもなく、ただ、悲しむように受け入れて拳を握る。


「まぁそれでも、完成品には程遠いだろうがな。でもよ……神様も殴れない未完成品でも、今のテメェ程度だったら、充分だ」


 淡々と宣言し、見下す賢悟の声。

 その声を耳にすると、地面に伏せっていた『僧侶』が哄笑と共に立ち上がる。


「あは――あは、あははははぁ♪」


 唇には血をにじませて、三日月に。

 美しい顔に禍々しい笑みを浮かべて、『僧侶』は賢悟に応えた。


「そういう強がり、嫌いじゃないわ」



●●●



「らぁあああああああっ!」

「あははははははははっ!」


 叫び声と、哄笑が交差し、混ざり合う。


「亡霊剣軍――――野太刀・青焔」

「しゃらくせぇ!」


 身の丈ほどの大きさの野太刀を『僧侶』が振りぬいたかと思うと、賢悟の拳が、その刀身を殴り砕く。賢悟の拳に宿った概念は、もはや、賢悟の身体能力を枷としない。即座に終わらせるべき対象の見定め、それを為すための最適最善の動きを導き出す。

 今、賢悟の動きに無駄は一欠けらとして存在していない。


「うふふ、楽しくなってきたわぁ」


 されど、完全な肉体コントロールを実現している賢悟でも、『僧侶』の攻勢を打ち破るまでには行っていない。

 終りの概念を纏わせた拳による、魔剣の破壊。

 完全な肉体コントロールによって、達人の如き妙義に食らいつく。

 それでも、まだ足りない。


「亡霊剣軍――短剣・陽炎」


 創り上げられた次なる魔剣は、透明なる短剣の群。視認不可能な短剣が、無音にて賢悟の身を削らんと、放たれる。


「小細工が!」


 それを一喝し、賢悟は勘に任せて拳を振るう。

 一振りで無数に別れる賢悟の拳は、不可視のはずの剣群を的確に破壊していく。

 だが、全てを破壊できるわけじゃない。死を理解する以前より感覚は研ぎ澄まされているものの、賢悟の対処できる量には限りがある。

 賢悟自身も自覚していることだが、群体による攻撃に対して、賢悟は相性が悪い。

 なぜなら、いくら条理から外れた拳を持っていようが、体は少女なのだ。ヒューマンの少女に過ぎない肉体は、『僧侶』の怪物染みたそれに比べて、極めて脆弱だ。


「ちっ」


 壊しきれなかった短剣が肉体を掠め、僅かに賢悟の肉を裂いていく。

 今は微小な傷に過ぎないが、これが繰り返されれば、先に倒されるの賢悟の方だった。

 何か、打開策が必要である。『僧侶』が本気になっていない、今のうちに。


「あはははは――――うん、随分楽しめたわ。流石、まーちゃんの因縁の相手ね」


 と、急に『僧侶』の攻撃の手が止む。

 今まで途絶えること無く続いていた魔剣による攻勢が、止まった。


「……何のつもりだ?」


 賢悟も拳を止めて、『僧侶』を睨む。

 今更、交渉をするつもりなど毛頭なかったが……少なくとも、ただ闇雲に攻撃を仕掛けるよりも会話するで得られる者があると考えたからだ。


「んー? 貴方が結構強いから、サービスタイムよ。殺す前に、ちょっとおしゃべりしてあげる。誇ってもいいわよ? 何せ――」


 『僧侶』は無造作に空間魔術を使用。別の空間へと無造作に手を突っ込み、賢悟へそれを取り出して見せる。


「先に斬らせて貰った英雄たちは、期待外れだったもの」


 それは、三つの神器だった。

 黒色のガスマスク。

 玉虫色の趣味の悪いマイク。

 赤い片足だけのハイヒール。

 一見、どれも不要なガラクタにしか見えないが、今の賢悟になら理解できた。それらは、恐るべき権能を秘めた、神器であると。


「どいつも、英雄なんて名ばかりの雑兵だったんですもの」


 それら三つの神器を、『僧侶』はゴミクズのように放り棄てた。

 マクガフィンの目的であるはずのそれを、神の遺骸を、平然と。


「おいおい、テメェら神器が目的じゃなかったのか?」

「それはまーちゃんの方針。でも、気に入らなかったら破ってもいいのよ?」

「はっ、随分勝手じゃねーか?」


 軽蔑したような賢悟の視線に、心外そうに『僧侶』は答えた。


「何言っているの? 力を持っている人はね、自由に振舞っていいのよ?」


 笑顔だった。

 年下の男子へ、分からない問題を教えてあげるような、純粋な笑顔だった。

 その笑顔で、賢悟はつくづく思い知る。


「屑が。もういい、殴り殺す」


 目の前の化物は、会話するに値しない、正真正銘の屑であったと。


「あらひどい。訊いてくれれば、まーちゃんについてのあれこれとか、私の名前とかも教えてあげたのに。後は、此処の人間がどんな風に死んでいったのか、とか」


 人差し指を唇に当て、残念そうに言う『僧侶』。

 賢悟の返礼は、容赦のない拳だった。


「シャイなのね、しょうがないわ」


 飛ばされた打撃を、『僧侶』は直感と熟練された身のこなしで回避。僅かに身を逸らすだけ打撃を回避した後は、魔剣創造のため、胸へ手を当てる。


「しょうがないから、貴方はとっておきの奴で相手をして――――」


 たぁん、と『僧侶』の言葉を遮るように銃声が一つ響く。


「はっ、はっ、はぁ……逃げてください、賢悟、様……」


 それはリリーによる従者の意地。

 ほんの少しでも自分に意識を向け、賢悟を逃がす時間を作る挑発。そう、挑発だ。なにせ、銃弾を撃ち込んだ相手は、身じろぎ一つせずにそれを防いだ化物。リリーが持つ、どんな魔弾も、挑発にしかならない。

 事実、今回の奇襲も『僧侶』の護身剣に阻まれて、銃弾を停止させられてしまっている。


「馬鹿、野郎――!?」


 賢悟の心に焦燥が生まれる。

 リリーの意図は理解できる。けれど、納得できない。賢悟が今、『僧侶』へ立ち向かっているのは、何より、リリーと十蔵の二人を助けるためなのだから。


「話し中よ?」


 短く、機嫌を損ねた『僧侶』がリリーへ告げる。

 胸元から短剣を一本、創造。その短剣が持つ能力は、音速にて敵を穿つこと。一度放たれれば、確実にリリーの心臓を射抜くだろう。


「賢悟、様。私は――――」


 向けられた殺気に、己の死を悟ったリリー。

 その赤き双眸から、透明な涙を零し…………リリーは何かを呟こうとした。

 けれど、それが賢悟の耳へ届くことは無い。

 なぜならば、


「最終忍法――――死体絡繰りの大蓮花ぁ!!」

 

 リリーの命を奪うはずだった短剣は、放たれなかったのだから。

 『僧侶』が短剣を放つその寸前、小さな影が『僧侶』の懐に出現。誰かがその姿を確認するより前に、小さな影は己が持ちうる最大火力にて自爆を決行。

 己が持つ神器から魔力を最大まで引き出し、それを制御しないまま放つ大火炎。それは、盛大な爆発音を伴って、術者を焼き尽くし、そして『僧侶』を飲み込む。


「んー、殺したと思ったんですが……あー、自分の死体を自分で操って? なるほど、まったくを持って…………小賢しい」


 十二神将の一人が、命を賭けて放った大火炎。

 だが、『僧侶』の護身剣は、それすらも無慈悲に停止させていく。白い粒子が、炎を生み出すマナの活動を強制停止。執念の炎をまったく間に鎮火させた。


「さて、気を取り直して、ゴミを処分してから……あら?」


 そして、『僧侶』はふと気づく。

 リリーを守るようにして、賢悟が立ち塞がっていることに。


「あらあら♪」


 愚かで、可愛らしい判断だと『僧侶』は嗤った。

 さぁ、どんな風に演出して殺してやろうかと、楽しむために思考を回してしまった。

 だからこそ、『僧侶』は気づけなかったのである。


「道具を使うのは性に合わないが、まぁ、屑相手なら問題ねぇよな」


 賢悟の左足に履かれた、赤いハイヒールに。


「――――っ!」


 初めて、『僧侶』に焦りの表情が浮かぶ。

 強力さよりも手数と手早さを優先し、短剣の群を創造。そして、その全てに音速を越える速度を付与して、放つ。

 充分、賢悟を貫けるタイミングだった。

 神器を初めて起動させようとしているのなら、尚更に。


「守れェ、エイジスぅ!!」

「エルメキドン流槍術――雀落とし」


 だが、『僧侶』にとっては知らない何者かが。

 賢悟にとっては、大切な仲間が、その短剣の群れを阻み、打ち落とす。


「――はっ」


 思わず、こんな緊迫した状況なのに賢悟は笑みを浮かべてしまった。

 体中を強制的に巡る魔力は、枯渇した肉体を強制的に潤す。

 魂にそぐわない系統のエネルギー。それを、無理やり適用せんと、神器が賢悟の体を逐次作り替えている。

 構わない、と笑みを深めた。

 元々、身の程知らずの奇策に過ぎない。それを実現させてくれるのだから、どんどんやってくれと心中で呟いた。


「あな、た――は――――」


 段々と『僧侶』の言葉が間延びしていく。

 なぜならば、この神器の権能は加速。

 人のみでは到底辿り着けない領域へ、人を加速させる雷速の神器。



「――――」

 もう、音も聞こえない。

 それでも、賢悟は神器の名を発動のために口にする。

 名も知らぬ神器を装着した瞬間、刻まれるように脳裏に閃いた名前を叫ぶ。


「轟け、【雷音速破の進足】ッ!!」


 刹那、皇都を一つの雷が駆け抜けた。

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