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第51話 道行く先に在る物は

 堕落仙人とは、皇国の昔話に良く出てくる悪役の名前である。

 良い子にしていないと、堕落仙人に連れていかれるぞ、と子供を脅して言い聞かせたり。あるいは、悪事を行う堕落仙人を倒す英雄の物語など、さまざまな昔話に出てくることが多い。


 故に、多くの皇国人は堕落仙人を悪役の代名詞のように考えている。

 同時に、そんな存在もおとぎ話の中にしかいない作り物だとも思っている。

 実際にはその通りだろう。現在語り継がれている堕落仙人の話は、ほぼ全てがフィクションだ。真実なんて一欠けらも含まれていない。

 だが、それでも――――堕落仙人という存在は確かに実在する。

 おとぎ話よりも、遥に荒唐無稽な力を持つ超越者として。



「だーかーらー。嫌なものは嫌なんだってばぁ。ニートにそんなことを頼むなよ、面倒くさい。絶対働きたくないでござるぅ」

「うっさい、馬鹿。そんなことを言っている暇じゃないんだってば! あの狂った神が復活したら、お前も困るだろ!?」

「困りませんー。アタシはとっくに、管理者の権限を超越してましたぁ。世界が滅んでも、アタシはニートですぅ」

「この…………ニートの癖に無駄に天才なんだよな、お前は! チート由来の癖に、与えた神すら届かない領域までに昇華させるとか……」


 ぎゃあぎゃあ、ぴぃぴぃと、超越者と世界管理者は子供のような言い争いを繰り返す。

 超越者である堕落仙人としては、世界がどうなろうが働きたくない。

 世界管理者であるオリエンスとしては、どうにかして堕落仙人を働かせたい。

 なまじ実力が拮抗している者同士だからこそ、互いに遠慮なく言い合い、余計に収拾がつかなくなってしまっていた。

 高レベルの実力者たちによる、低レベルな言い争いだった。


「あ、あのぅ……」


 そんな二人の言い争いを見かねてか、恐る恐るルイスが口を挟む。


「このままだとその、全然話し合いが進まなそうなので……ちょっと、話し合いを整理しませんでしょうか?」

「ありりり? 君、だぁーれ?」


 口を挟んだルイスに興味を持ったのか、堕落仙人が顔を覗くようにして尋ねる。


「えっと、私は――」

「ああ、ルイス・カードちゃんね……なるほど、支援魔術が得意な王都の学生。ほうほう、しかも女装男子!? きたぁああああああ! リアル女装男子とか、テンション上がるぅ!」

「ええええっ!?」


 だが、ルイスが口を開く前に堕落仙人はルイスの名前を、プロフィールを言い当てる。さながら、万物を見通す占い師の如く。


「驚くことは無いルイスちゃん…………というか、ルイス少年だったのか……」


 何気にルイスの性別を知らなかったオリエンスは、軽くショックを受けつつも説明する。


「そいつの目は大抵の物を看破し、理解する。そういう権能を持ち合わせているんだ」

「まー、神様から貰ったチート能力だけどねぇ。いわゆる、ステータス看破って奴?」


 けらけら笑って、上機嫌に説明する堕落仙人。

 その能力よりも、気軽な口調で語る事よりも、ルイスはまず言葉の内容に疑問を持った。


「チート? ステータス?」


 魔術が進歩した『マジック』において、コンピューターゲームの存在は確認されていない。TRPGなどの卓上ゲームなどは多種多様にあるのだが、ネットゲームなどは当然存在しない。精々、手紙や通話魔術を使って遠くの物とゲームを楽しむ程度だ。

 仮に、この場に『サイエンス』出身であり、その手のネット小説を嗜んでいた賢悟がこの場に居たのなら、言葉の意味に顔をしかめたであろう。

 大抵、チート(反則)という言葉には、良い意味が無いのだから。


「なははははーん、こっちの話ぃ……それより、ルイスちゃん! パンツ見せて、パンツ! たくし上げて見せて! 男物と女物どっち履いてるの!? はぁはぁ」

「うわぁ…………」


 堕落仙人の言動の変態臭さに、思わずドン引きするルイス。

 外見が幼女でなければ、完全にアウトだ。


「待て、堕落仙人」


 そこにオリエンスが割って入る。それはさながら、アイドルに近寄る不審者を叩き出す黒服ボディーガードの様。


「お、オリエンスさん……」

「たくし上げて見せるには、条件がある。お前が心臓を預かって封印しろ。それが条件だ」

「オリエンスさん!?」


 信じた直後に裏切られてしまったルイスであった。

 だが仕方ない。オリエンスは比較的常識人ではあるが、それでも世界管理者なのだ。世界の平和と女装男子のパンツ……どちらを取るかと問われれば、答えは明白だろう。


「すまない、ルイス少年…………だが、分かってくれ。この世界を守る方法があるなら、私はそれを為そう。例えそれが悪だとしても」

「悪じゃなくて変態ですよ、それェ!? それに流石に堕落仙人さんも、パンツを見せるぐらいでそういうのを引き受けるほど変態じゃ――」

「オッケー! パンツを見せてくれるなら、引き受けるぅー」

「変態だった!」


 可愛らしい笑顔でサムズアップする堕落仙人に、ルイスは頭を抱える。

 パンツを見せること自体は別に構わない。

 ただ、問題なのが今日は気合いを入れるために女物を履いてきたことだ。見た目幼女の相手に、女物のパンツを自分がスカートをたくし上げる。それは、今まで女装を数多く行ってきたルイスにとっても耐え難い変態行為だった。


「待って、待ってください。女装男子で良いのなら、太郎君でもいいじゃないですか! 私、服の予備とか持っているから、今すぐ着替えてやって貰いましょうよ!」

「君は清々しく友達を売るなぁ、ルイス少年」


 軽く涙目になってでも、必死に抗議するルイス。

 けれど、堕落仙人はにんまり笑ってその抗議を切り捨てる。


「だぁーめ! 女装男子は女の子に見える要素も大切だけど……普段から女装しているかどうかが重要なんだ! その場しのぎに女装した男子なんて、ただの仮想だ! 全然、萌えないね! 嫌がるルイスたんがスカートをたくし上げて、涙目でこっちを睨むからこそ、滾るんじゃないか!」

「想像を絶する変態だよぅ、この幼女…………」


 真顔で拳を握りしめて語る堕落仙人は、その名に違わぬ変態だった。本当に、中身は完全に変態的なオッサンである。


「うぅ……太郎君も何か言ってやってよ、この変態に……」


 もはやオリエンスは頼りにならないと判断し、ルイスは太郎へ助けを求める。先ほど売ろうとしていたというのに、中々の転身具合だ。


「…………」


 だが、太郎は何も答えない。

 顔を顰めて、じっと黙り込んでいる。


「あ、あれ? ひょっとして怒っているの? ご、ごめんて、太郎君! ソッコー、太郎君を売ろうとしたことは謝るから! お願い、友達辞めないで!」

「…………ん? あ、いや……ごめん、聞いてなかった」

「もはや手遅れ!?」


 なんということだ、とルイスは本気でへこんで頭を抱える。

 太郎の反応があまりにも渋く、そして、何処か苛立っていたように感じたからだ。


「いやいや、本当に聞いてなくて……ごめんね、ルイス君。今ちょっと、さ」

「…………どうしたの?」


 そして、太郎の言葉、反応でルイスはようやく気づく。

 どうやら太郎は、本当に何か調子が悪いようだ。妙に顔色が悪く、眉間にしわを寄せて、首筋を擦っている。


「嫌な予感がするんだよね。それも、とてつもなく、最悪な」


 今まで交渉の邪魔をしないように黙っていた太郎だが、ついに我慢しきれず吐露した。

 太郎は堕落仙人と出会ってからすぐの時、非常に嫌な予感を覚えていたのだ。

 それは、口の中が乾き、焦燥するほどに。

 それは、思わず己の身を抱きしめたくなるような悪寒が伴って。

 何より、首筋に――――太郎が最も信頼する己の感性。それを司る部位が、錐を突き立てられたかの如く痛んだのだ。

 ちょっとした命の危険程度ならば、針に突かれた程度の幻痛だというのに。

 今回は、幻痛でさえ、死を覚悟するほどの痛みだった。


「あー、そっちの彼はとても勘が鋭いんだね、面白いなー。たまーに、出るんだよねー。君みたいに、なんの理屈もすっ飛ばして、大切な事を察知する人が」


 太郎は気の所為だと思いたかった。

 誰かに、違う理由で予感を切り捨てられ、断じられたかった。

 しかし、堕落仙人が、全てを見通す目の持ち主が、太郎の予感を肯定する。


「なはははは、オリエンスがこっちに来たのは失敗だったかもー。ま、でも、オリエンスが居なければアタシに会えないんだからー、しょうがないんだけどー」

「おい、どういうことだ、ニート」

「なははー、どういうことだろうねぇ?」


 フードで目元を隠していても、突き刺さるような凍てつくオリエンスの視線。それを、堕落仙人は無邪気そうに笑って受け流す。


「ヒントを言うとさー、アタシの他にももう一人居たよねー、チート」


 子供特有の無邪気そうな笑み。

 だが、忘れてはいけない。子供はその笑みを浮かべて、平然と虫を嬲ることがあるのだと。

 ならば、中身が老獪な仙人であるのならば、きっとその笑みは猛毒だろう。

 何もかも見通す者が吐き出す、真実という名の猛毒だ。


「何を言って…………まさか……いや……そうだとしたら――――くそ!」


 何かを理解したオリエンスは、苛立たしげに壁に拳を叩き付ける。

 勘の良い太郎は、話の流れから最悪の情景を連想して青ざめていく。

 ただ一人、理解できずに戸惑うルイスへ、堕落仙人は優しく告げた。


「君たちの友達さー、生きているといいねー?」


 優しく、絶望を告げた。



●●●



 悪の組織だろうと、規則正しい食事は大切だ。


「むっふー! いかかでしょう!? この無駄に長く生きた時間の暇つぶしに習得した料理の数々! いつもの人格なら適当な栄養剤で済ませるところを、この豪華さ! さぁ、存分に褒めていただいてもかまわないのですよ、『剣士』さん?」

「わー、凄いけどこのテンションのマクガフィンさんと付き合うのは疲れるなぁ」


 ホテルからチェックアウトしたマクガフィンと『剣士』は、現在、朝食中である。場所はマクガフィンが幻術で作り上げた即席のファミリーレストラン。幻術ながらも、世界を書き換えて質量を得たレストランは、普通に椅子にも座れるし、厨房も使い放題なのだ。

 なので、ロリ状態のマクガフィンがストックしていた食材をふんだんに使い、豪勢な朝食となったのである。

 スクランブルエッグに、ベーコンとソーセージ。後はカリカリふわふわのクロワッサンに、特性のトマトスープというラインナップ。特に、トマトスープはマクガフィンの自信作らしく、これには『剣士』も素直に舌を唸らせて絶賛していた。


「や、本当に美味しいですね。まさか、こんな特技を持っていたとは」

「ふふふん、伊達に長生きしていませんとも!」

「…………ぶっちゃけ、その状態の方が他の皆も素直に言うこと聞くと思いますよ」

「それをやったら、私のなけなしのプライドが消し飛ぶから、ノーですね」


 傍から見たら、仲良し兄妹にしか見えないテロリストたちだった。


「さて、お腹もいっぱいになったことですし。さっそく皇都に向かいますか」

「そうですね。確か、協力者が居るという話は聞いています」


 朝食を終えたマクガフィンは、レストランの幻術を解除。魔術を使用した痕跡も残さず処理した後、転移の魔術を組み始める。

 目的地は皇都。

 本命の目的を果たすため、『剣士』と共に向かわなければならないのだ。かつて、原初の神が降臨した土地へ。


「そうそう、今、皇都には恐らくオリエンスの奴が集合をかけた所為で十二神将が集まっているでしょう。その中に、我々が仕込んだスパイが居るのです。しかも、そいつが持つ権能は洗脳。戦力を集めて安心しようとしているところを、逆に取り込むという作戦です」

「十二神将を闇討ちして、替え玉を用意するのは大変でしたね」

「仕込みが大変な分、苦労が実る時はきっと愉悦できると信じていますから」


 疲れた微笑を浮かべるマクガフィン。

 動いているのは端末とはいえ、本体はほぼ無休状態で無数の端末を動かし続けている。

 加えて、ナナシのネットワークも閲覧、監視をして情報収集を怠らない。

 控えめに言っても過労死確実の仕事量なのだが、システムに組み込まれているマクガフィンは死なない。故に無理も出来る。

 その心が、折れない限りは。


「さぁ、正義を振りかざす管理者の鼻を明かしてやりましょうか……って、ん?」


 マクガフィンが意気揚々と転移術式を発動させようとした、その時だった。

 他の端末から、現在の端末への情報共有が起きたのである。しかも、優先度が最大レベルであり、戦闘中でも絶対に受信しなければならないほどに、重要な情報共有。それは、異常事態を告げる警報でもあった。


「これ、は…………あぁ、静かだと思っていたら……やってくれましたね」


 情報を共有したマクガフィンは、その幼い横顔を苦々しく歪める。


「一体、どうしたのです? 世界管理者が何か仕掛けてきましたか?」

「……いいえ、違います。これはどちらかと言うと」


 心中に渦巻く怒りを落ち着かせ、マクガフィンは『剣士』へ告げた。


「うちの身内が、想像以上の馬鹿をやらかした所為です」



●●●



 地獄。

 それは死後、罪人が裁かれるべき場所の名だ。

 罪に相応しいだけの罰を受け、恐ろしい鬼たちによって、罪を償うまでずっと苦しい罰を与え続けられる。

 輪廻の存在が判明した今、その存在を信じている者は、『マジック』には少ない。

 だから、やがて意味や解釈が変わっていき、主に比喩表現として使われることが多いのだ。

 酷い場所。

 劣悪な環境。

 そういった負のイメージを表現するのに、『地獄のようだ』という言葉を使う。

 ならばきっと、この時この場所こそが…………その比喩を使うに相応しい。

 ――赤。

 赤、赤、赤。

 燃えるような赤。

 鮮血のような赤。

 様々な赤が、周囲を覆い尽くしていた。

 晴れ渡る青空さえも、地上から立ち上る赤の鮮烈さで、霞んでしまうほどに。

 人が死んでいた。

 建物が崩れていた。

 死体の山が築かれていた。

 瓦礫の山が築かれていた。

そこでまともな形をしている物体は、限りなく少なかった。

 ああ、あれほど美しかった場所はもう存在しない。

 千切れた人の手足が平然と道端に放置され、悲鳴や呻き声が響き渡っている。

 まるで、地獄の様だった。


 ――――――皇都・九頭竜が、燃えていた。


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