第49話 モヒカン
人狼族の隠れ里から皇都までは、歩いて行ける距離だ。
なので、賢悟たちは空間転移などで無理に時間を短縮せずに、歩いて向かうことになった。あまり急いでも意味が無いのと、歩いている途中に十二神将の面々と合流できるかもしれないと思ったからである。
「しかし、話に聞いた限りだと十二神将ってのは、神器っていう凄い魔導具の使い手なんだろ? おまけに、英雄と呼ばれる実力者だ」
道行く途中。
まだ森を抜けないうちに、賢悟は世間話にと十蔵に話を切り出した。
「そういう奴らってのは大抵、我が強いもんだろ? いくら世界管理者が集合かけたからって、大人しく集まるかね?」
「そうだな。中には、皇帝の命にも背く反骨精神の持ち主もいる」
賢悟と十蔵が隣り合わせに。
その後ろを、ひょっこりとリリーが付いてくる形で三人組は皇都へと向かっている。
「だが、相手は『東の魔女』だ。集合命令を断れば、どんな呪いを受けるか分からん」
「あぁ……呪いを極めた術者だっけか、オリエンスは」
「かつて、横暴な英雄を呪い殺した実績もある。あるいは、子孫を途絶えさせる呪いをかけたりなど、その手の逸話には事欠かさない」
「ははは、確かに武力で解決できない呪いは怖いもんなぁ」
軽快に語り掛ける賢悟と、それに応じる十蔵。基本的に、会話の流れは十蔵が受け身ではあるが、比較的言葉数も多い。
「んじゃ、異影牙の奴は例外か」
「異影牙殿は、我らの中でも別格だ。同じく、堕落仙人も」
「お? 堕落仙人って奴も実は十二神将に入っているのか?」
「左腕の神器を、もっとも悍ましい権能を持つ神器を封じているという噂はある。だが、そもそも、堕落仙人と会える者が少ないので、欠番扱いだ」
「ほほう、永久欠番って奴か」
「堕落仙人が最古の十二神将だという話もあるが、おとぎ話の世界だな」
「まー、異世界人の俺としては、見るものすべてがおとぎ話みたいなもんだけど」
賢悟と十蔵の二人は和やかに談話し、お互いの仲を深めている――――ように、リリーからは見えていた。
自身の嫉妬心を理解しつつ、それでも出来る限り客観的に見ても、それは揺るがない。そう、リリーは思っているのだ。間違いなく、まだ十蔵という男は賢悟を諦めていない、と。
「私は騙されません……男は皆狼なのです……」
無表情ながらも、めらめらと嫉妬心を燃え上がらせて十蔵を監視するリリー。
もっとも、実際のところはリリーの心配はかなりの的外れの空回り。賢悟に断られた時から、十蔵はすっぱりと賢悟への恋心を諦めていたのだが。
どれだけ情念を燃え上がらせようとも、相手が否と答えたのならば、すっぱりと己の気持ちすら切り捨てる。そういう芸当が出来る男なのだ、十蔵という武人は。
「いざとなったら、私が取っておきの魔弾で……」
空回りとも知らず、静かに殺意を燃え上がらせるリリー。
「……すまんね、うちのメイドが」
「構わん」
もちろん、その手の殺気は既に武人である二人にはばれている。二人は呆れつつも、相手にするのは面倒ということでスルーしていたのだ。
「俺も、実は忍者が一人隠れ潜んでいる事を黙っていた」
「忍者!? え、いつから?」
「俺が人狼族の森に付く前に合流して、ずっと一緒に居た」
「最初からじゃねーか! 嘘、まったく気配がねぇんだけど!?」
「ちなみにそいつも十二神将の一人だ」
「昨日あたりに名乗り出ようぜ、それは!」
突然のカミングアウトに、驚きを隠せない賢悟だった。
無理も無い。野生の動物染みて勘の鋭い賢悟に加え、異影牙やオリエンスたちも気づかなかった存在が居たなど、中々に信じがたいことだろう。
「そいつは酷いあがり症でな。人前に出ると、死にたくなるほど恥ずかしがるのだ。だから、神器の権能を使って、完全に気配を消し去っている」
「マジかよ……」
賢悟が呟くと、賢悟の足元にかっ、と苦無が突き刺さる。加えて、その苦無には小さなメモ帳が張りつけられており、そこには、
『マジマジ』
と可愛らしい丸っこい文字で書かれていた。
「周囲の人数が五人以下になると、こうやって意思疎通が可能になる。それ以上だと、戦闘時を除き、絶対に何があろうとも出てこない」
「どんだけ恥ずかしがり屋なんだよ」
「一対一になれば、辛うじて姿を現してくれるが、それでも、気配を完全に消し去ったあいつに呼びかけなければ出てこない。幸い、俺にはそういう『看破』の神器があるから、何とか合流を確認できたが」
「…………難儀な奴だなぁ」
呆れたように賢悟は呟いた。
何せ、十二神将という英雄であることからそれなりの我の強さは想像していたが、まさかこういう方向でキャラが濃いとは思わなかったのである。姿が見えないのに、キャラの濃さだけは他を凌ぐ勢いだった。
「難儀だが、腕は確かなので問題ない。戦いになれば、不可視の狩人として頼もしく思えるだろう」
「実力者なのは助かるけどよ」
「相応の実力がなければ、神器は扱えない。だが、相応の実力さえあれば、誰にでも神器は扱えるぞ。どれだけ粗暴でも、頭が悪くとも、魔力が無かろうとも」
「ちょっと待て」
十蔵の言葉に反応し、思わず賢悟は聞き返した。
「魔力が無くても使えるってのは、何でだ? 神器とは言え、魔導具だろ?」
「便宜上そう呼んでいるだけだ。あれは、どちらかと言えば一つの独立した生物兵器に等しい」
己の赤い右目を指差し、十蔵は告げる。
「俺の持っているこれもそうだ。単独で膨大な魔力を生産し、権能と呼ばれる能力を行使する生物兵器。俺たちはその生物兵器に組み込まれた、制御装置に過ぎない」
「おいおい、その言いぐさだとまるで――」
「ああ、俺たちは神器を使っているのではない。正確に言えば、『遣われている』に過ぎないのだ」
十蔵の物言いに、思わず賢悟は顔をしかめる。
使っているのではなく、遣われている。それはさながら、神の遺骸を守るための人柱の如きものだ。英雄と言えば聞こえはいいかもしれないが、その実、十二神将とはただの制御装置であり、そして封印装置を担っているに過ぎないのである。
「だから俺たちは、神器の飲まれぬよう、日々鍛錬を欠かさない。己が強くあるからこそ、頼られるべき英雄で居られるのだからな」
「……そうかよ」
その十蔵の言葉は、賢悟の心の弱い部分に染みた。
魔力が無くても使えると聞いて、ほんの一瞬だが魔が差したような感覚に囚われたのである。もちろん、神器を手に入れようなんてつもりは更々なかったが……仮に手に入れられたとしても、魔が差したような状態では神器に飲まれていただろう。
だから、改めて賢悟は己の拳を強く握りしめ、宣言する。
「なら俺は、テメェの拳だけで英雄になってみせるさ」
「…………ふむ」
賢悟の言葉が何か引っかかったのか、十蔵は憮然とした表情で何かを思案し始めた。
「あ、なんだよ? やっぱり、俺みたいなチンピラじゃ、英雄なんざほど遠いってか?」
「いいや、そういう訳では無い。現に、英雄らしくない英雄も――――」
十蔵の言葉が言い終える前に、森が一斉に騒めく。
同時に、凄まじい爆発音と、みしみしぃという木々がなぎ倒される音が。それらの破壊音は森中へ響き渡っており、やがて、段々と賢悟たちの方へと近づいてくる。
「来るぞ」
「ああ」
短く十蔵が告げ、賢悟が応じる。
その背後で、リリーも魔導銃器を取り出して戦闘に備えた。
続く破壊音はやがて、賢悟たちの目にもその有り様を晒していく。
オレンジの炎と、黒煙。
大地が抉れ、空に散らばる灰の色。
次々と、緑が赤に浸食され、燃えていく火災のグラデーション。
そして――――
『きゃははははっ! しゅごーい、しゅごーい!』
「ひゃっはぁああああああ!! 魔人は消毒だぁああああああ!!」
ミニスカサンタと、モヒカンが、その破壊の中心となっているのを、賢悟たちは目撃した。
喜劇でも中々見かけられない、非常にシュールな光景だったという。
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それは異様な戦いだった。
ミニスカサンタの姿をした少女は、灰色の長髪をなびかせて笑う。
『きゃははははっ!』
嘲笑と共に、手に持った白の道具袋からダイナマイトのような物を取り出し、適当に放り投げた。さながら、節分の豆でも巻くかのように盛大に。
「ひゃっはぁああああ!」
しかし、それらの爆発物は全て、起爆する前にモヒカンが操る臙脂色の鎖に絡めとられる。鎖はそれ自体が意思を持っているかのごとく自在に動き、爆発物を総べて一箇所へ。次の瞬間、耳をふさぎたくなるような爆発音が響き――――けれど、音の大きさに反して、爆発範囲は狭かった。まるで、臙脂色の鎖が爆発の威力まで縛ったかのように。
「効かねぇええんだよぉおおおお!」
勝ち誇るように吠え猛るモヒカン。
ちなみに服装は、肩パットに下はレザーのパンツ。上半身は筋肉と言う服を着こみ、その上から臙脂色の鎖を己に絡ませている。
「……どっちだ?」
その異様さに、賢悟は一瞬戸惑う。
どちらが敵で、どちらが倒すべき対象であるか。それを見定めるには、あまりにも二人の姿は常識外れだった。
「うし、どっちも殴るか」
故に賢悟は、早々に両者とも敵対して殴り倒そうと決めたのが、
「いや、待て賢悟」
十蔵の落ち着きの払った声が、賢悟を止めた。
そして、その右手が高速で駆動し、ミニスカサンタへ何かを投擲する。
『ぐぇ?』
それは、豆粒程度の小さな鉄球だった。恐らく、別空間にしまい込んでいたそれを高速で取り出し、さらに一瞬のうちにミニスカサンタへ弾き飛ばしたのだろう。
小さな鉄球は音速でミニスカサンタの右目を直撃。恐ろしいほど的確で、容赦なく放たれた投擲は、そのまま眼球を貫き、ミニスカサンタの脳まで破壊するはずだった。
けれど、
『きゃははははっ! しゅごーい!』
ミニスカサンタの眼球は、傷一つ付かなかった。
やがて、十蔵の放った鉄球は力を失い、地面に落ちる。
「あれは化物で、もう片方のモヒカンは知り合いだ。倒すなら、化物にしろ」
「はっ、なるほどね」
賢悟は十蔵の言葉に従い、ミニスカサンタへ打撃を飛ばす。
『きゃははは! しゅご――ぶべばっ!?』
距離を無視して放たれた打撃は、動き回るミニスカサンタの腹部へ着弾。急所への指弾を受けてもどうしなかったミニスカサンタが、初めて呻くようにリアクションを取った。
「俺のは効くみたいだな」
「そういう相性だ。俺が援護する、あいつの動きを止めてやれ」
「了解」
賢悟と十蔵は、即席のコンビネーションでミニスカサンタへ攻撃を加えていく。
『きゃははははっ!』
ミニスカサンタは狂ったように笑いながら、木々の間を疾走。その間、ダイナマイト、手榴弾など、様々な爆発物を投げ散らかす。
「さっせねぇええええ!!」
だが、その爆発物は全てモヒカンが操る鎖によって絡めとられ、爆発を抑えられる。
『きゃははははっ、しゅごーい!』
木々の間から打撃や指弾を撃ちこんでの妨害。
爆発物を処理した鎖の追跡。
それら全てを振り切り、ミニスカサンタは木々の間を猿の如く跳び回る。
笑いながら逃げる者と、追う者たち。
その均衡を崩したのは、今まで虎視眈々と機会を伺っていたリリーだった。
「アンチマナバレッド装填――――ファイヤ」
アサルトライフルの如き形状の魔導銃器。
その銃口から放たれるは、無数の魔弾。多くはミニスカサンタに掠ることも無く避けられるが、弾幕の一つ。それがミニスカサンタの左足、その太ももに突き刺さり――
『おろろろ?』
破裂した。
ぱぁんと、風船の如く破裂し、けれど、血肉はばら撒かない。魔物の如く、破裂した肉体はマナへと還元されていき、そして…………片足の不足により、ミニスカサンタは動きを止めた。
そこを逃すほど、賢悟も十蔵も――モヒカンも馬鹿では無い。
無数の打撃がミニスカサンタの体を揺さぶり、指弾によって爆発物を補給しようとする動きを阻害。
すかさず、臙脂色の鎖がミニスカサンタの全身を捉えて、縛り付ける。
「喰らえよ、【鎖錠吸収の腸猟】」
条件は整った。
故に、モヒカンは己の神器が持つ権能を発動させる。
【鎖錠吸収の腸猟】
それは、神の遺骸でも内臓――腸を用いて作られた鎖。捕縛した対象から、あらゆる物を略奪、吸収する権能を持つ。
魔物など、マナに還元されて消えゆく存在ならば、存在ごと喰らうことも不可能では無い。
『きゃはははっ!』
存在を構成するマナを奪われ、霧の如く体が揺らぐミニスカサンタ。
けれど、その顔から笑みが消えることは無い。
『あー、楽しかった。また遊ぼうね、お兄ちゃんたち♪』
加えて、消えゆく瞬間でもまるで恐怖を感じてないように振舞い――――笑顔と共に、存在が霧散していった。
「……なんだったんだ、ありゃ?」
魔物か、あるいは魔王の類だろうか? と賢悟は首を傾げるが、直感がどれでもないと告げていた。なぜならば、不思議とあのミニスカサンタからは殺意や敵意が感じられなかったのだから。
それどころか逆に、好意の類すら向けられているような気すらして。そう、まるで……ミニスカサンタ当人が言っていたように、遊んでいるようなつもりだったのかもしれない。
「ま、ともあれ、なんとかなったな。リリーもサンキュー。お前の銃撃が決め手だったぜ」
「いえ、メイドとして当然の務めです。頭を撫でてください」
「ほらよ」
「えへへへへ」
リリーの頭を撫でつつも、周囲の警戒を怠らない賢悟。
何せ、十蔵の知人とは言え…………見るからに、世紀末ヒャッハーなモヒカンが其処に居るのだから。
「ひゃっはぁあああああ! 助かったぜ、お嬢さん方! そして、マイフレンドォ!」
「構わんさ」
素っ気なく答える十蔵の肩を気安く叩き、モヒカンは笑顔で言う。
「やーはー! 同じ十二神将の仲間として、マクガフィンの奴らにフ●ックかましに来たぜ、フレンド! 俺様が着たからには億人力ぃ! 頼りにしなぁ!」
「わかった、頼りにする」
モヒカンは物凄くチャラく、そしてテンションが高い人間だった。
明らかに英雄と呼ばれるような類の人格ではなさそうなのだが――――それでも、モヒカンは十二神将の一人のようだ。神器の権能を発動させたのが、他ならぬ証拠である。
「えーっと、その、アンタがその、十二神将のお仲間でいいのか?」
モヒカンのテンションに戸惑いつつも、賢悟はとりあえず声をかけてみた。
すると、モヒカンは笑顔でサムズアップして応える。
「イ・エース! その通りだぜ、美少女ちゃん! 俺の名前は清水 清彦だぁ! 今後ともよろしくぅ!」
テンションや服装はともかく、意外と普通の名前のモヒカンだった。




