第47話 世界を救うために必要な事
まず、最初にあったのは驚愕の大合唱だった。
『えぇえええええええええええっ!!?』
告白した十蔵本人を除いて、この場に居る者全て。オリエンスや異影牙でさえも、素で驚きの声を上げている。
「ま、待った! あーっと、勘違いしているかもしれないが、俺の魂は男だぞ!? 肉体は美少女でも、中身はヤンキー少年だぞ!?」
告白された賢悟は、顔を赤くしながら必死に誤解を解こうと身の上を説明する。
「構わない。魂が男だろうが、肉体が女なら大丈夫だ」
だが、十蔵はまるで動じない。
憮然とした表情で、淡々と愛の言葉を紡いでいる。
「俺の子供を産んでくれ。決して苦労はさせない」
「お、落ち着け、落ち着けよ、なぁ! アンタ十二神将だろ? 皇国の英雄なんだろ? 探せばもっと気立ての良い女は見つかるって!」
「俺はお前に惚れたんだ」
「いやぁああああああああ! 真っすぐな目で言うんじゃねぇええええ!!」
精悍な偉丈夫からの告白は、思いのほか賢悟の精神を削り取っているらしい。いつもなら、拳で返答するところを、こうして必死に言葉で説得しようとしているところから、賢悟の動揺が伺える。
「よかったね、賢悟。将来の就職先が決まって! 英雄の花嫁なんて、世界中の女の子の憧れだよぉ!」
「黙れ、ルイスぅ! 他人事だと思って笑いやがって!」
「ぷっくぷくー、愉悦愉悦」
どうやら面白いことになってきた、とルイスはにまにまと笑顔で賢悟を煽る。後に、思い切り復讐されることになろうとも、とりあえずその場の愉悦を楽しむのがルイスの悪癖らしい。
「…………悪い虫が…………殺さないと…………」
もっとも、リリーのようにガチで殺す準備を整えているよりはマシだろうが。
「やめろ、リリー! 拳銃を取り出しても、お前じゃ返り討ちだって!」
「女には……戦わなければいけない時があるのです……」
「今じゃない! それは今じゃないって! ほら、太郎も何か言って――――って、なんでお前は地面に頭を打ち据えているんだ!?」
「うぅ違う……そんな感情……賢悟君は友達……」
拳銃にマガジンを込めようとするリリーと、自傷を繰り返す太郎と必死で止める賢悟。ルイスは変わらず、いやらしい笑みでその様子を楽しんでいた。
「……最近の若い者は凄いね、異影牙」
「いやぁ、おじさんにはちょっと分からない話だわ」
一方、年長二人はそんな若者たちのカオスを唖然とした表情で眺めている。下手に飛び火されても対処に困るらしく、状況の対処に動くつもりは更々ないようだが。
そんなこんなでカオスな状況がやっと落ち着いた数分後。
賢悟は色々と覚悟を決めて、十蔵の告白へ答えを返した。
「悪いが、俺としては魂が男なので、男と付き合うつもりはない。後、性別とかそういうのを抜きで真剣に考えても、ほぼ初対面の告白を受け入れるのは無理だ、すまん」
誠意のこもった真っ直ぐな告白だったので、賢悟も真剣に考えた末での返答である。これでも駄目なら、いよいと拳を使うしか道は無くなるのだが、十蔵の反応はあっさりとしたものだった。
「そうか……そうか」
ゆっくりと二度、噛みしめるように頷くと、十蔵は淡々と言う。
「悪かった。どうやら俺は、お前に迷惑を掛けたらしい」
「や、それはまぁ、別に良いって言うか。分かってくれれば、それで」
「ああ、安心してくれ。俺は、お前が嫌だと思うことは決してしない。すっぱりと、この気持ちも諦めよう」
賢悟が予想していたよりも、あっさりと十蔵は引き下がった。
どうやら、しつこく女に食い下がるような男では無く、さっぱりとした気性らしい。
「…………悪いな。アンタが良い男だってのは分かるが、その……俺は男だからな。恋愛とかするなら、女相手なんだ」
「謝る必要は無い。ただ、お前がもしも誰かと結ばれる時があったら、祝わせて欲しい」
「ははは、そうだな。その時には、うん、手紙を送るよ」
十蔵は憮然とした表情を崩して、薄く笑い。
賢悟は再び、はにかんだような微笑みを見せる。
こうして、突然始まった告白劇は後腐れなく円満に終了したのだった。
「いやあ、賢悟。なかなか面白い物を見せてもらって――――」
「うらぁ!」
「げぶぼぁ!?」
その後、当然の如くルイスには因果応報の罰が下ったという。
「えっと…………それで、話を戻してもいいかな?」
「そうだな、悪かった」
「や、こっちがけしかけたことだからね。かなり、予想外だったけど」
大分話がずれてしまったが、賢悟とオリエンスは本題へと戻す。
「それで、君の答えを教えて欲しい、賢悟少年。君は、英雄になる覚悟はあるかい?」
「…………そう、だな」
オリエンスの問いかけに、賢悟は一度俯いてから答えた。
「正直、俺みたいなチンピラが英雄になれるとは思っていない。生涯を賭けて鍛えて来た拳も、神様だの、システムなのに通用するなんて言われてもさっぱりだ。けどな?」
フードの奥に隠されたオリエンスの目を見据えて、賢悟は真っすぐに答えた。
「ここで逃げ出すようなチキン野郎には、なりたくねぇ。借りを返せてない奴も居る。だから、俺は俺として、俺のために拳を振るうぜ。それでもいいなら、よろしく頼む」
「君自身のためにか、なるほど……良い答えだ」
オリエンスは賢悟の答えに、満足げに頷いて賞賛する。
賢悟の物言いに、かつての戦友の面影を思い出しながら。
「それで、そちらの三人はどうするかな? 一応、私としては賢悟君だけ居てくれれば、それでいいんだけど」
次に、オリエンスは思い出したように太郎たち学生組へ訊ねた。
いくら賢悟の身内だからとはいえ、無理に付き合わせるつもりは無いとの配慮だったのだが、三人はそれにあっさりと反発する。
「あはは、賢悟君がやるなら僕もやろうかな。友達だしね」
一番凡庸で、平凡であるはずの太郎は苦笑と共に。
「英雄譚に混ざれる機会なんて早々ないからね。きっと、ギィーナ君だって喜んで参加すると思う。それに、私がいないと、賢悟君の支援は誰がするのかな?」
賢悟と共に死線を潜りぬけた経験のあるルイスは、何を今更と言ったように。
「賢悟様のある所、従者あり。私は断られても、お供する所存です」
リリーは当然の如く、賢悟の傍にあることを決めた。
「そうかい。賢悟少年は、良い仲間を持ったね」
「……へっ、馬鹿野郎どもめ」
照れくさそうに鼻を掻く賢悟であったが、三人からしたら今更の事なので、逆に不思議に思うほどだ。そもそも、命が惜しいと思うのであれば、厄ネタ満載の賢悟と付き合わないし、皇国までやってこない。
まぁ、それはそれとして恩に着ているのなら少し位はお礼を期待してもいいかな、と三人はこっそり思っていたりもするのだけれど。
「あ、それはそれとして、オリエンス。俺の妹は安全な場所で保護よろしく」
「妹さんって?」
「ほら、猫人族の女子が居ただろ? 若干、ひねくれて荒んでそうな奴が」
「知り合いの魔王に続いて、猫人族の妹か…………君の人間関係はよくわからないよ」
「ちなみに妹は皇都で現地調達だ」
「わけがわからないよ」
頭痛を抑えるかのように、額に手を当てるオリエンス。
どうやら、最近の若者の人間関係について理解するのは、年長者では難しいと感じているらしい。もっとも、賢悟の場合が極端に例外なのだけれども。
「あのお嬢さんなら、おじさんの方で預かるよ。里の奴らも引き連れて、違う場所に避難しないといけないし。あ、ちなみおじさんの用事はもう済ませたから、後は大丈夫だよな、オリエンス。つーか、こんな老いぼれに頼らず頑張りなよ」
「…………これだよ。英雄の癖に、これだよ。他の管理者共も、いつもいつも面倒事になると別世界で休暇を取りに……」
どうやら、オリエンスは古い英雄たちや、世界管理者たちの中でもそんな役回りの人間のようだ。賢悟はそんなオリエンスに憐れみを覚えつつも、異影牙の言葉に安堵する。
「アンタが居るなら安心だな、異影牙。俺の妹を頼む」
「くかかか、任せておけよ、賢悟。あ、ついでに回復系の魔法薬もってけ。こういうのは、いくらあっても足りんだろうし」
「……私はパシリにされてようやく交渉したのに、これだよ……凄い待遇の差を感じる」
「かかか、だって俺は賢悟を気に入っているしなぁ」
妙に年長者や、英雄から好かれやすい賢悟だった。
そんな賢悟を羨ましく思いつつ、オリエンスは気を取り直して宣言する。
「はぁ、ともあれこれで準備は整った。さぁ、世界を救う作戦会議を始めようか」
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「まず、優先すべきことを説明しよう。私たちがやらなければいけないのは、第一に原初神の復活を阻止することだ。そして、復活にはある程度の神器と……そして、中心パーツである心臓の部位の神器が必要不可欠となる。心臓以外なら代用は可能だが、心臓は他の物では代用できないはずだ」
「となると、その心臓の神器を持った十二神将との接触が必要なのか?」
賢悟の問いに、オリエンスは首を横に振る。
「いいや、心臓のパーツは既にもう私が持っている。というか、異影牙が心臓のパーツを担当していた十二神将なんだ」
「は、無理無理持たされただけだけどなぁ。あのガキの頼みでなければ、誰が望んで英雄なんてやるかよ」
拗ねたように愚痴る異影牙。その様子は年寄りぶった者では無く、どこか若々しいというか、チンピラめいていた。
「こら、君はまた皇帝の事をガキなんて呼んで」
「うるせぇ。おしめを替えた奴に対して敬称なんて使えるかよ」
「やれやれ、まったくこの爺は」
婆どころか、文字通り魔女と呼ばれる歳のオリエンスは呆れたように肩を竦める。
「すまないね、話を戻そう。重要パーツの心臓の神器は、私が持っている。恐らく、それはあちら側も承知の事だろう。なので、迅速に動いて、これを信頼できる人物に託し、封印する」
「封印なんて出来るのか? つか、封印しても解除されるんじゃね?」
「そうそう、相手は超級の魔術師だし」
マクガフィンの恐るべき幻術と、王国に魔物を忍び込ませる手際を賢悟とルイスは知っている。だからこそ、そんな相手に封印なんて通用するのかと疑問に思ったのだ。
「いいや、出来るよ。その人物に託せたら、世界中の誰にも手出しできなくなるからね」
けれども、オリエンスは確信を持った笑みで二人の疑問に応える。
「世界から外れた超越者――――堕落仙人にお願い出来たら、ね」
堕落仙人。
その言葉に反応したのは、皇国出身の太郎だった。
「まさか、本当に実在していたんですか? 人と会うの嫌い、社会を嫌い、世界を嫌い、世界の狭間に住み込んだ奇人にして、仙人。仙人の癖に、何よりも娯楽を好む堕落人である、堕落仙人が。てっきり、おとぎ話に出てくる創作上の人物かと」
「…………まぁ、あいつは用がないと百年くらい引きこもっているから」
太郎の驚愕に、オリエンスはバツが悪そうに言った。
「でも、能力は本当に凄いんだよ、あいつ。あいつに任せれば、神格すら手出しは出来ないようになるからさ…………ただ、問題がその人格で……」
「ああ、あいつは割と屑だからな」
堕落仙人なる人物と会ったことがあるのか、異影牙はさらりと断言する。どうやら、超越者でありなら、ろくでもない人物らしい。
「興味の無い人物の発言は聞かない奴だから、あいつの興味を引くことを優先とする人選になるんだよ。そうなると、賢悟少年はドンピシャなんだけど、絶対相性が最悪だからなぁ」
「言っておくが、俺は仙人だろうが、神だろうが、気に入らなかったら殴るぞ」
「だよねぇ」
わかっていました、とばかりにオリエンスは乾いた笑みを浮かべた。
「ちなみに殴ったらまずい相手か?」
「まずいね。具体的に言うなら、拗ねて三十年くらいは誰も立ち入れない不可侵の空間に引きこもるよ」
「そりゃ駄目だな」
その場のノリで喧嘩を吹っかけてしまう賢悟にとっては、交渉が難しい相手である。
「経験上は……そうだね、ルイスちゃんと……太郎少年……あとは、できればリリーちゃん辺りなら興味を持つかもしれない」
「私は賢悟様と離れるつもりはありません」
即答だった。まさしく、安定のリリーだった。
「私は構わないよ? その堕落仙人とかいう人にも興味あるし」
「僕のような凡庸な人間が役に立つなら、喜んで」
ただ、幸いなことにそれ以外の二人はあっさりと快諾した。周りと比べて戦力が劣る分、他で何か役に立ちたいと思っていたらしい。二人は進んで、堕落仙人との交渉に臨むようだ。
「二人か……うん、一人であの引きこもりと話すより大分マシなだね、ありがとう。さて、後は残った賢悟少年と十蔵だけれど、君たちには皇都に向かって欲しい」
「ああ、集めた十二神将と会うためか」
「その通り。いずれも劣らぬ豪傑揃いとはいえ、相手が相手だからね。散らばっているよりも、固まって動いた方が、またリスクが低いのだよ」
マクガフィンが動き、英雄殺しなどが揃えられた『ジョン・ドゥ』が動いている以上、神器を集めるリスクより、戦力を終結させるリターンを取った作戦だ。
十二神将同士の連携は期待していないものの、それでも、英雄クラスの人間を複数相手取れる規格外はごく僅かだ。それこそ、世界最強クラスでなければ不可能だろう。
「皇都には俺の仲間も居るが、合流していいか? ドラゴニュートの武人に、天才研究者の二人が居る」
「へぇ、それは頼もしいね。是非、頼りにさせてもらおう」
「…………あと、思ったんだがな、オリエンス。皇国の軍隊とかに、このことは知らせなくていいのか? マクガフィンの襲撃を警戒するなら、そっちの方がいいんじゃないか?」
当たり前の話ではあるが、個人よりも軍勢の方が強い。
例えそれが英雄であっても、よほどの規格外でなければ、いずれ継続戦闘に限界が訪れてしまう。だからこそ、少数精鋭で警戒し続けるよりも、軍隊の中に英雄たちを置いた方がいいのではないか? という賢悟の考えだった。
だが、オリエンスはその当たり前の考えを否定する。
「相手が普通のテロリストでなければ、そうするのだけどね」
「……そうか、ナナシか」
「加えて、ここは皇国。かつて、原初神の信仰を集めた国だよ。どれだけの協力者が居るか、想像も出来ない」
マクガフィンが擁するナナシという魔導ネットワーク。
匿名性の情報交換ネットワークが有する奇妙な連帯感と、社会に対する不満への共感は、人を堕落させるに十分だ。おまけに、それが皇国となれば、皇国人だけでなく、化外と呼ばれし者たちもナナシとして情報提供しているかもしれないのだ。それが、忌むべき神の復活を助けるとも知らずに。
「わかった。なら、極力隠密を心掛けた方がいいか? ちょうど、認識阻害の魔導具の用意もある」
「ふむ、状況に応じてかな? とりあえずは、十二神将たちも各々の身を隠す手段を持っているだろうし」
その後、オリエンスを中心として細かい打ち合わせを重ね、二時間後にはもう出発できるようになっていたのだが、残念ながら既に日が暮れていた。
「夜に動くのは危険だねぇ。まぁ、客人をもてなすぐらいの備蓄はあるし。今日はこの里に泊まって、明日の朝に発つといい」
そんなこんなで、はやる気持ちを抑え、一行は人狼族の隠れ里で一晩を過ごすことに。
その晩は誰しも、種族の違い、身分の違いに構うことなく、盛大な無礼講として大騒ぎだったそうだ。
これが、最後の安寧となることも知れずに。




