第46話 十二神将
完全に周囲から敵意が無くなったことを確認すると、賢悟はそのまま地面に座り込んだ。
「はぁ……しんど。ったく、さっきのはマジでやばかったんだが……まだまだ俺も修練が足りてねぇな、おい」
先ほどまでの『剣士』との死合いを思い出し、深くため息を吐く賢悟。
異影牙との喧嘩でも実感していたことなのだが、どうにも、英雄か、それに準ずる相手との戦いは、劣勢が多い。
例え万全な肉体と魂があったとしても、勝つことが難しい相手。
恐らく、このまま再戦すれば為す術も無く命を手折られてしまうだろうことを、賢悟は自覚している。
「英雄か…………その類の化物になるには、一線、そう、何かを越えなければいけないような感じなんだよな――――」
「賢悟様ぁ――!!」
「おぶぼっ!?」
賢悟が己の実力について思案していると、リリーが砲丸の如き勢いで体当たり――もとい、抱き付いてきた。
「賢悟様、大丈夫ですか! お怪我は? ああ! こんなに血を流して……今すぐ治療しますので、安静にしてください!」
「ええい、落ち着けリリー。無表情のまま声を荒らげるなよ、シュールだぞ」
「これが落ち着いていられますか!」
心配の極みにあったリリーによって、賢悟は大人しく治療を受けることに。慌てていても、その手際は的確で素早く、見事な物だったという。
「おおい、賢悟。そっちは大丈夫だったー? こっちはなんか、オリエンスさん
と異影牙さんが無敵モードって感じでさぁ」
「マクガフィンとやらの端末が、次々出てきても、出てきた瞬間、あの二人に吹き飛ばされていたからね」
その後、リリーから少し遅れてルイスと太郎の二人がやってきた。
二人に目立った外傷は無く、逆に、賢悟の元気な姿を見て安堵していたくらいである。
「にしても、一体、何しに来たんだろうね、あのマクガフィンって奴。また賢悟にちょっかいを出しに来たのかな?」
「あー…………どうだろうな? 一応、俺専用に暗殺者を用意していたみたいだが……なんというか、それだけがメインじゃなかった気もするんだよな」
ふむ、と顎に手を当てて賢悟は思案する。
マクガフィンの目的は確か、大結界の破壊のはず。ならば、世界管理者であるオリエンスを狙う方が理に適っているはずだ。
それにも関わらず、賢悟の殺害を優先したのは何故だろうか? マクガフィンや『剣士』の口ぶりから、捕縛では無く殺害へと目的が変わっていたことも確認済み。であるならば、今回の襲撃はマクガフィンの個人的な私情によるものかもしれない。
「んー、けどなぁ。勘だけど、あいつは私情で動いてわざわざ消耗するだけ、みたいな作戦を取らないような……と、そういえばそうだった。最後にマクガフィンの隔離空間みたいなのを壊してくれたのはどっちだ? お礼言いたいんだけど」
判断材料が少ないので、賢悟は思考を切り替えて現状に目を向けることにした。
現状に目を向けたのならば、まず、命を救われたお礼を言うのが先決である。何せ、あの隔離空間の崩壊が無ければ、『剣士』との死合いで命を落としていたかもしれないのだから。
故に賢悟は、異影牙かオリエンスのどちらかが自分を手助けしてくれたと思っていたのだが、
「ああ、あれ? あれは異影牙さんでもオリエンスさんでも無いみたいだよ。ね? 太郎君」
「うん、そうだよ。実の所、二人は次々と現れるマクガフィンの端末と戦うので手一杯だったみたいで。鈴音ちゃんを庇ったり、安全な場所に送り届けていたりしてたからね。それを助けてくれたのは……ほら、あそこにいる人さ」
「ほう?」
太郎が示した先には、一人の偉丈夫が経っていた。
身の丈は二メートルに届くほどだろうか? 年の頃は二十代前半ほど。岩石の如き筋肉の肉体に、浅黒く焼けた肌が上半身露出され、服装は布の下穿きのみ。髪は金色で、さっぱりと短い。無骨ではあるが、精悍な顔つきの容貌だが、異様な点が一つ。右が赤く、左が黒くと、左右で眼球の色が違っていたのだ。
「…………」
オッドアイの偉丈夫は、無言のまま賢悟の元まで歩み寄り、静かに会釈をした。
「十二神将が一人、九時原 十蔵」
短く、アルビノの偉丈夫は――十蔵は賢悟たちへ告げる。
簡素な自己紹介に加えて、蛮族を連想させる風体。けれど、その異様な風体の割には、十蔵の身だしなみは整えられていた。少なくとも、髪はきちんとカットされており、体臭も無く衛生的である。
無骨な武人。
賢悟はそういう印象を十蔵から受けた。
「へぇ、アンタが皇国の英雄かよ。さっきは助かったぜ、ありがとうな」
「構わない」
憮然とした態度で賢悟の礼に頷く十蔵。
どうやら、機嫌が悪いとかそういう訳では無く、元々無口な性分らしい。
「それにしても、どうして皇国の英雄とやらがこんな森の中に? いや、それで助かったのは事実だが、ちょいと気になってな」
「それについては、私から説明しよう、賢悟少年」
賢悟の問いを受けたのは、戦闘の後始末を終えたオリエンスである。
共にやってきた異影牙も、オリエンスも戦闘の後だというのに、傷一つないどころか、衣服すらまともに汚れていない。
「彼を呼びつけたのは、他ならぬこの私さ。いや、彼だけでなく、皇国中に散らばる十二神将を、皇都に呼びつけているんだ」
「一応訊くが、何のために?」
「世界平和のために」
あまりの胡散臭さに賢悟は顔をしかめ、ルイスや太郎たちも戸惑うばかり。けれど、オリエンスはそれを冗談だと撤回する様子は無い。
「ははは、そんな顔をしないでくれ。言っただろう? 世界に危機が迫っていると。それには、賢悟少年だけでなく、十二神将たちと……そして、あの忌々しいマクガフィンが関わっているのさ」
「…………それは、アンタら世界管理者が創り上げた結界を破壊しようとしていることか?」
皮肉げな笑みを浮かべて、首を横に振るオリエンス。
「今までのあいつの活動はそうだったね。でも、厄介なことにあいつが本気を出してしまったんだ。己が創り上げた組織を全て消費する覚悟で、あいつは賭けに出たんだよ」
「賭けってなんだよ? 俺としては、魂を神世の住人を召喚するための生贄にする、とかしか聞いてないが。それよりやばい話か?」
「ははは、もちろん」
肩を竦めてお道化てから、オリエンスは賢悟たちに説明する。
「まず、この皇都では最近、十二神将を狙った暗殺事件が起きている。目的は恐らく、神将たちが持つ神器」
オリエンスの言葉に、まず太郎が目を見開き、次に賢悟が思い至ったように顔をしかめた。
「神器とはかつての原初神の遺骸を使った、非常に強力な魔導具であり、危険物である。原則として、多くを一つの場所に集めてはいけない」
「え? なら、何で皇都に十二神将を集めるようなことを?」
ルイスの疑問に、オリエンスは微笑んで応え、言葉を続けた。
「神器を一箇所に集めてはいけないのは、その強力さを警戒してもあるけれど、もっと重要な意味がある。それは、万が一でも、神器が共鳴を起こして、原初神が復活しないようにするためだ」
この世界を、『マジック』を創り上げた原初の神にして、七英雄によって解体され、遺骸を魔導具へと利用された神。
そして、かつて皇国で絶大な信仰を集めた痣成す神。
かつてを知る者は少ないが、知ってなお、復活を望む者はもっと少ない。
「けれど、そうも言ってられなくなった。なぜなら、あのマクガフィンが十二神将と敵対し、神器を集めるということはつまりね」
ここに至ってルイスもようやく、考えが及んだ。
他と比べて随分と時間が掛かってしまったが、それも仕方ないだろう。何故ならば、マクガフィンが為そうとしている事は、現代の『マジック』においておとぎ話も同然の事だったのだから。
「本気で原初神を蘇らせようとしている、ということだよ」
死した神を蘇らせるという、世界の原則に反する禁忌だったのだから。
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死んだ者は蘇らない。
これは世界の大原則であり、揺るがない真理である。
けれど、何事に例外というのは一つぐらい存在する物だ。
「本来であれば、死した者の肉体は朽ち、精神は停止し、魂は輪廻によって巡る。死者蘇生が不可能なのは、肉体と精神をいくら再現したところで、魂が世界を越えて輪廻の輪に送られているからだ。数多の世界を巡る輪廻の輪から、たった一つの魂を掬い上げるのは不可能なのさ。もし、何らかの手段で為したとしても、世界の修正力によって、肉体及び精神の結合が禁じられているので、やはり不可能なのだよ」
はぁ、とため息を一つ挟んで、オリエンスは説明を続ける。
「ただし、原初神の場合は別だ。奴の魂はこの世界より上位に存在しており、下位世界による輪廻の輪に送られない。それどころか、下位世界へ君臨している肉体は、奴の化身の一つに過ぎないという説が提唱されていて――――」
「要するに、その神様は例外的に復活可能ってわけだろ? んでもって、その手段をあのマクガフィンが持ってやがる。だからこれ以上、神器を奪われる前に、戦力を集結して対抗しよう、って話じゃねーのか?」
話が長くなりそうなので、賢悟はさっくりとオリエンスが言わんとすることをまとめた。
話を途中でまとめられたオリエンスは、己の悪癖を顧みて、バツが悪そうに微笑む。
「そうそれ。簡単に言えばそうなるね。いやはや、年を取ると話が長くなって申し訳ない」
「別に構いはしねーけどよ。俺としては、さっさと本題に移って欲しいもんだ」
「ははは、分かったよ。やれ、賢悟少年はせっかちだな」
「この状況でのんびりやれるほど、気が長くないんでね」
本題。
それはつまり、『どうして世界の危機を防ぐのに、賢悟の力が必要なのか?』である。
ただ単純に戦力として考えるのならば、賢悟でなくてもいいはずだ。皇国の中でも、賢悟よりも腕の立つ実力者はそれなりに見つかるだろう。そうでなくても、ある程度、訓練した軍人が集まれば、賢悟と同等の戦力を得ることも可能なのだ。
戦力だけを見るならば、賢悟をわざわざ誘うメリットがオリエンスには少ない。
「アンタ、俺の何を必要としているんだ?」
即ち、オリエンスは賢悟が持つ何らかの特異な性質を求めている。
「…………話に聞いたのと、先ほど直接見させてもらって確信したよ。君の拳はかつて、七英雄の一人に数えられていた『魔拳』が使っていたそれと、同等の物だと」
「また、それか。マクガフィンの奴も言っていたが、俺の拳は祖父直伝の技術だぜ? こっちの世界とは関係ないはずだが?」
見知らぬ他者と比較され、それで必要とされることはどうにも、賢悟にとってはあまり心地の良い物では無かったらしい。意識せず、オリエンスへ憮然とした態度で言葉を返してしまった賢悟だが、オリエンスは特に気にしていない。それよりも、賢悟の言葉を聞いて、納得したと言うように頷いている。
「やはり、ね。彼の『魔拳』の英雄は、君と同じく異世界からやってきた存在だと聞いている。ならば、彼の技術が後世の子孫に伝わっていたとしてもおかしくない」
「仮にそうだとして、だからなんだよ?」
にやり、とフードから覗くオリエンスの唇が三日月に歪んだ。
「君の拳ならば、あのマクガフィンを完全に仕留めることができるかもしれない。そういうことを私は言いたいのさ」
「どういうことだ?」
マクガフィンが本体を現さず、端末だけを行動させているのは賢悟も知っている。
賢悟の拳が、本体らしき――あるいは、本体に近しい端末へ打撃を加えたこともある。だが、そうだとしても、端末越しに本体を殺せるほどの規格外ではないと、賢悟は己を知っていた。むしろ、そのような方法であるのならば、呪いを極めた『東の魔女』が相応しいと思っている。
故に、オリエンスが言っているのはそういうことではないと早々に理解できた。
「マクガフィン、奴が神の生み出したシステムだと言うことは理解しているかな?」
「まぁ……知り合いの魔王にそんな話は聞いたけどよ」
「知り合いの魔王!? い、いや、今は言及しないでおこう」
流石の世界管理者といえど、ロリコンと忠誠心のためにロリへ……もとい、人類へ寝返った魔王の存在は知らないようである。
「ともあれ、あいつ自身が世界のシステムに組み込まれている上に、あいつの特製……特に『代替可能』ってところが厄介でね。ぶっちゃけ、あいつは真っ当な方法だと、本体を殺しても、またひょっこりと世界の何処かに復活しやがるんだよ」
「あぁ、無限湧きする敵キャラみたいな?」
「そうそう」
殺せないのではなく、殺しきれない。
一番上等な手段は封印だが、それも、世界自体が封印に干渉して、マクガフィンを解放しようとするため、長くはもたない。
「だからさ、無限湧きする敵キャラのデータ自体を破壊する必要があるんだよ。そして、それが出来るのは……恐らく、君の拳だけ。終幕概念を叩きこみ、神すら終わらせる、その『魔拳』だけなんだよ」
「…………分かりやすい例えと、分かりたくない何かが混在してやがるなぁ」
データ云々は、『サイエンス』出身の賢悟にとっては、分かりやすい説明だった。けれど、いきなり終末概念やら、神すら終わらせるだと言われても、賢悟にとっては実感がまるでない。
「そんな大層なもんかね? これでも、暗殺者一人倒せない体たらくで、結構へこんでいるだがな、俺」
「それは君が未熟なだけだよ、賢悟少年」
「…………だよなぁ」
はははは、と乾いた笑い声を上げて肩を落とす賢悟。
「ど、どんまいだよ、賢悟君。ぶっちゃけ、英雄クラスの戦いに学生が参加する方がおかしいんだよ!」
「でも、私としては賢悟が英雄の末裔っぽくてテンションが上がってる!」
「賢悟様は、賢悟様であることだけで素晴らしいのですよ」
落ち込む賢悟を身内三人はフォローする。
なんだかんだで、賢悟を中心に集まった仲であるためか、賢悟が落ち込むと割とすぐに慰める三人だった。もっとも、賢悟が落ち込むこと自体、あまりない上に、大抵、直ぐに立ち直ったりするわけなのだが。
「悪いな、三人とも。でも、今回ばかりはちょっと堪えてな。しばらく、武者修行の旅に出たい気分だわ」
「本当に旅に出ると、絶対に狙い撃ちされるだろうから勘弁ね、賢悟君。いや、中々力になれない僕が言うのもなんだけどさ」
「いやいや、太郎には割とマジで助けられているから」
学生組が慰め合っている姿を見て、年長者のオリエンスはため息を一つ。
「やれ、最近の若い者は軟弱でいけないね。私の若い頃の馬鹿どもは、もっと後先考えずに突っ込んだものだけれど」
「オリエンス。おめー、そんなことばっかり言っていると、ババア扱いされんぞ?」
「黙れよ、爺。というか、お前からも賢悟少年に何か激励の言葉は無いのか?」
「さてね? おじさんが何言ったって、若者にとっては年寄りの冷や水だろうよ。ここは、若者の上、英雄の奴にアドバイスを頼んだらいいんじゃないかね?」
年寄り二人から視線を向けられて、十蔵は静かに頷いた。
「うむ」
先ほどまで沈黙を保っていた十蔵は、ゆっくりと賢悟の前まで歩み寄って、止まる。
「…………」
「お、おう? なんだよ」
無言に加えて、無表情で偉丈夫が近寄って来たので、流石の賢悟も戸惑いを見せていた。
だが、そんな賢悟の戸惑いにも動じず、そこからさらに数秒、十蔵は沈黙。そして、ようやく口を開く。
「お前、名前は?」
「あ、いや、田井中賢悟だけど?」
「そうか」
一息置いて、十蔵が言葉を続けた。
「賢悟。お前には素質がある。俺は、お前が死に向かってなお、挑む姿を見ていた。美しいと思った。だから、大丈夫だ」
「…………あんがとよ」
ほぼ初対面の人間からの賞賛だが、無骨で真っすぐな言葉は人の心に届きやすい。賢悟も、例え無表情で淡々とした言葉であっても、十蔵の心遣いは充分伝わていた。
だからかもしれない。
その時の賢悟は珍しく、はにかんだ表情で微笑みを作ったのだ。
まるで、年頃の少女のように。
「…………ふむ」
すると、何故か十蔵が二度、三度、何かを思案するように頷き、再び口を開いて言葉を紡ぐ。
「賢悟――――すまんが、惚れた。俺の子供を産んでくれ」
それは、超が付くほど剛速球でストレートな告白だった。




