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第43話 待ち人は宴と共に

「ああ、なるほど。それはとても悪いことをしたなぁ…………というか、あの邪悪の塊が悪魔契約まで持ち出すなんて思っても無かった。うん、こちらの落ち度だ」


 オリエンスと名乗った黒衣の人物は、太郎たちから事情を聞くとあっさりと納得した。


「へぇ、その座標に例の彼が。それじゃ、私としても人狼族の英雄に用事があるからさ。一緒に行こうか」


 そして、太郎たちと共に賢悟の元へ赴くことになったのである。

 あまりに事がサクサクと進むので、太郎やリリーが勘ぐってしまうほどに。ちなみに、ルイスは普通に「ひゃっはぁ! 待ってろよ、賢悟!」と喜んでいた。


「…………あの、頼んだ側がこう言うのも何ですが、もうちょっとこちら側の言い分を疑ったりなどはしないのですか?」

「ん? 別に、無いかな。何となく君たちが嘘を言っていないのは、理解できるし」


 太郎の探るような言葉にも、オリエンスは気を悪くせずに応える。

 どうにも、世界管理者や『東の魔女』などどいった二つ名に態度が釣り合っていないというか、普通に善人っぽいリアクションなのだった。

 ただ、太郎が注意深く観察してみれば、やはり超越者の如き凄まじさも奥底に感じるのだ。


 黒のフードの隙間から覗く黒髪は、長く艶やかかだ。黒衣で体を覆っていて体型は分かりにくいが、長身で手足がすらりと伸びている。時折、歩く度に覗く藍色のジーンズも、カモシカのように細く引き締まった足のためか、抜群に似合っている。恐らくは、黒衣を脱いだ姿はモデル体型の美しい女性だろう。

 それを理解してなお、太郎はオリエンスに好意を一欠けらも抱くことは出来なかった。

 黒衣の下から覗く、僅かな肌の部分――――そこに蠢く文字の羅列の所為で。


「これが怖いかい? 少年」

「…………っ」


 太郎の注視に気付いたオリエンスは、呆気からんと己の事情を明かす。


「それは正しい感情だよ、少年。なにせ、これは我が体を蠢く呪いその物。どれだけ長い時が流れようとも、決して禊ぎ、清めることの出来ない原初の呪いだからさ」

「…………原初の、呪いとは? 原初神と、何か関係が?」

「まぁ、無きにしも非ずだけど、気にしなくていいよ。大丈夫、君の友達の呪いを祓うのに、何ら支障はない」


 あっさりと請け負ったり、己の事情の一部を明かしたり、けれど立ち入らせない部分はしっかりを線を引く。

 太郎はオリエンスに、飄々としていながらも地に足の着いた大人の印象を抱いた。抱いた後、いや、大人というよりはお年寄りだな、とひそかに心の中で苦笑。


「こら、誰がババアだ」

「うぇ!?」


 その後、心の中の苦笑を読まれたのか、太郎はぺしん、と額を弾かれた。まるで、年上の女性が、小さな子供を叱るような動作である。


「そりゃ、年だけは無駄に取っているけどさ? これでも精神は何時だって若いつもりなんだからね?」

「は、はい…………」


 どこか拗ねたように言うオリエンスに、すっかり太郎はたじたじだ。

 太郎にとってどうにも、オリエンスは苦手なキャラ属性を持っているらしい。助けを求めるようにリリーに視線を向けても、リリーはオリエンスの方へ一向に視線すら向けようとしない。もっとも、リリーの事情を考えてみれば当たり前の行動ではあるが。

 なので太郎は仕方なく、ルイスに助けを求める。


「えっと、ルイス君。悪いんだけどちょっとしばらく転移術式を練るから、オリエンスさんの相手をしてくれないかな?」

「…………うーん、ちょっと苦手っぽいからやだぁ」

「本人を目の前にして、そういうこと言うなよ!」


 基本、美人だったら進んで仲良くなりたいルイスであっても、どうやらオリエンスは苦手なようだった。


「ははは、太郎少年、構わないさ。苦手だと言われる理由に心当たりはあるからね。ま、どうしようも無いわけだけど」


 ひらひらと、オリエンスはルイスの言葉に気にした様子も見せずに手を振って見せる。

 ただ、手を振る度に呪いの羅列がちらりと見えてしまっているのだが。


「…………座標指定を急ぎます。後、最速三十秒で転移可能です。各自、心の準備をしていてください」


 これ以上話していても、己の精神が削れるだけだ、と太郎は早々に意識を切り替えて転移に集中した。


「ん、わかったよ、太郎君。ただ、転移する時は皆、注意した方がいい。なにせ、賢悟君とやらが飛ばされた場所は、人狼族の居住区のど真ん中だ。基本的に、人狼たちはヒューマンである私たちに良い感情は抱いていない」


 けれど、と言葉を繋いでオリエンスは告げる。


「あちらには英雄殿が居る。最悪でも、殺されるという事態は無いはずだ。ただ、賢悟君の態度次第かもしれないが、腕の一本ぐらい折れていてもおかしくないと思っていてくれ」

「その場合は、実行犯を私が射殺します」


 淡々と答えるリリーに、少し驚いたようにオリエンスは目を丸めた。


「…………へぇ、そういえば君はあの時の……ふぅん、随分変わったものだ」

「…………」

「えっ、ちょ、リリーさん!? え、なに!?」


 優しげな眼差しを向けるオリエンスから逃げるように、リリーはルイスの背後に隠れる。


「もー、賢悟が居ないとわけわかんないよ、この人は。あ、ちなみに賢悟は喧嘩っ早いけど、意外と強いからなんとかなるさ、きっと」

「ははは、そっか」


 英雄である異影牙の強さを知っているオリエンスとしては、その言葉には苦笑するしかない。年を誇るわけでは無いが、話を聞いた限りでは、半年ほど前まではただの運動不足だった少女が、到底敵うはずが無いと思っているのだ。

 ただ、その予想は近いうちに覆されることになる。


「目標までの術式構成を終了。これから、転移に移るよ――――流転よ、旅人に風の祝福を」


 短い詠唱と共に、魔力の流れが空間に規則正しい歪みを刻む。

 空間は魔力に組み込まれた術式により、目的座標まで正しく四人を転送する。

 そして、視界全てが揺れる水面の如く揺蕩った後…………正しく戻った視界に、賢悟と鈴音、人狼族たちの姿が映し出された。

 ただ、四人とも視界に映ったその光景に、己の目を疑うことになる。


「くかかかか! 良い吞みっぷりだぁ、賢悟! そら、もう一杯!」

「上等ぉおおおおおおお! 面倒だ! 一升瓶ごと、全部もってこーい!」


 なぜなら、田井中賢悟と、柳生異影牙。

 ヒューマンのチンピラである賢悟と、人狼族の英雄である異影牙が、共に肩を組んで酒を飲みかわしていたのだから。



●●●



 男とは単純な物だ。

 それが例えヒューマンと人狼族という、異なる種族であったとしても。

 チンピラと老いた英雄という、立場の違いがあったとしても。

互いに認め合うほどに殴り合えば、何となく酒を飲みかわす程度には仲が深まってしまうのだから。


「よぉし、お前らぁ! どんどん持ってこーい! とっておきのソーマ出せ、ソーマ!」

「ええ、長老!? でもあれ、伝説級の魔法薬で――」

「でも酒だろ!? なら、吞むに決まってんだろうが!」


 顔を赤らめすらしていないが、異影牙はいい感じに酔っており、とっておきの秘蔵酒すら出す勢いだ。周りの若い衆が止めても、まるで意にも解さない。その内、若い衆も下手に手を出すと巻き添えを食うと理解し、言われるがままに酒とつまみを出すようになったのだ。


「ふははははは! うめぇ! つまみうめぇ! 酒うめぇ!」

「あ、あの、お兄さん? 未成年なのに、ちょっと吞み過ぎじゃ……」

「らいじょーぶ、らいじょーぶ! 皇国ではもう成人だから! そういう感じのあれで、上手いこと法を潜り抜けているから!」


 一方、すっかり顔を赤らめた賢悟は、まるでスポーツドリンクでも飲むかのようにどんどんと酒を口にしている。つまみも、最初はちゃんと箸で取っていたのだが、今では乱暴に手づかみで食べている始末。傍から見ている鈴音が心配するほど、賢悟は完全に出来上がってしまっていた。


「くかかかか! いやぁ、まさかこの俺と素手で殴り合う馬鹿がいるとは!」

「おう、馬鹿とはなんだ、馬鹿とは! これでも地元の学校では成績が良かった方なんだぞ!」

「かかか! 嘘吐け! 成績良かった奴が、何の利にもならねぇ喧嘩を買うかよ!」

「うっせ、うっせ! 最終的に勝てればいいんだよ!」

「かかかかか! 後半グロッキーだった奴が良く言う!」

「はぁ!? テメェだって足にきてたじゃねーか! 途中で周りの奴らに止められて安心したのは、そっちじゃないですかー!?」

「はいはい、おじさんは大人だからね。君の言うことを認めてあげるよ」

「なにそれむかつく!」


 と、そんな仲が良いんだか、悪いんだかという会話をしながら肩を組み、男二人は飲み明かしていたのである。わざわざ、二人の飲み場を作るために、人狼族の若い衆が即席屋台を作らされたり、つまみを作らされたりと、基本犠牲になっていたようだ。酔っ払いに絡まれた者は大人しく諦めるしかない。

 そんなカオスな光景を目のあたりにした四人は、現在進行形で首を傾げていた。


「えっと、太郎君? これはつまり、どういう状況なのかな?」

「僕が知るわけありませんよ」


 いろいろ覚悟をしていた太郎たちとオリエンスだったわけだが、まさか、酒を飲み交わして仲良くなっているとは思わなかった。いつも予想の斜め上を行く傾向にある賢悟だが、さすがにこの状況は斜め上過ぎたらしい。


「おっ、なんだ、オリエンス、帰って来たのかぁ! ってーと、ウサギ肉は取れたんだな! よし、賢悟! 俺が最高に美味い肉を食わせてやる!」

「マジか! やべぇ、楽しみ過ぎる…………って、お前らぁ! 無事だったかよ!」


 やがて、酔っ払い二人が四人に気付き、へらへらとした笑みを浮かべたまま近寄ってくる。


「ちょ、異影牙! お前さぁ、私に交換条件を出して置いて、その間に酒を飲むとか……今回は真面目な用事って言っただろうが! 自重しろ、自重!」

「うっせーなぁ、オリエンスは! それより、肉だ肉ぅ! 折角いい酒飲んでいるんだから、良い肉も食わねぇとな! くかかかか!」

「はぁ…………いつもはもっと外見相応に年寄りぶっている癖に……なんでこんなに、血が昂ぶっているんだか」


 オリエンスと異影牙の会話から、二人が旧知の間柄であることが伺える。

 古い英雄と、世界管理者。互いに世界事情に深くかかわる重要人物であるが故に、旧知であることは不思議では無いだろうが……その会話内容は、ただの酔っ払いに呆れる友人のようであった。


「ようよう、太郎ぉ! 無事だったか! そうかそうか!」

「酒臭い…………あの、賢悟君? なんでその、お酒飲んでたの?」

「ああん? 酒を飲むのに理由なんか必要ねぇだろうが!」


 妙にハイテンションな賢悟に戸惑う太郎。

 太郎としては、人狼族と一戦交えるつもりで転移してきたので、覚悟を思い切り肩透かしされたような気分なのだ。


「賢悟様。ともあれ、ご無事でなによりです」

「おお、リリーか! 相変わらず無表情の癖に、感情豊かだなぁお前! そこまで心配してたか、俺を! はははは、可愛い奴め!」

「か、可愛い!?」


 アルコールで理性が緩んでいる分、何時もよりも賢悟のガードは薄い。なので、思ったこともすぐに口にするし、あっさりリリーの頭も撫でたりするのだ。


「ちょ、ちょっと賢悟……大丈夫? いくら仲良くなるためでも、ちょっと飲み過ぎなんじゃないかな?」

「なんだ、ルイス。心配してくれているのか? ははは、ありがとーなぁ」

「みゃぁあああああ! 胸が! 乳が! 私の理性が試されるぅ!?」


 男の娘といえど、性欲が有り余っている思春期の男子であるルイス。そんなルイスに、肉体は美少女である賢悟が抱き付けば、当然、ルイスの理性がガンガン削られる。このままいくと、お互いに後悔しかない未来が生まれてしまうだろう。


「もう、賢悟君はさっさと正気を取り戻して! 僕たち、ちゃんと『東の魔女』を――オリエンスさんを探して連れて来たんだからね! 酔っぱらうよりも、今は大切なことがあるでしょうが!」


 太郎の言葉にぴたりと動きを止めると、賢悟は目を丸くする。目を丸くして、視線をオリエンスの方に向けた。

 すると、賢悟の胸に咲く呪いの花がじくじくと、今までにないほど反応を示して、疼く。


「…………お、おおう? マジ……か」

 ぎゅう、と賢悟は一度己の胸を強く抑えると、感極まったように太郎へと抱き付いた。


「ありがとぅ! 皆! 超ありがぉおおおおお!」

「うああああああ! 僕の理性がぁああああああ!!」

「ちゅー」

「ちゅう!? んむぅ!?」


 加えて、感極まった賢悟は何かのタガが外れてしまったのか、太郎にマウストゥーマウスでキスをしてしまう。黒歴史誕生の瞬間だった。


「ぼ、僕は、僕はぁああああああ!!」


 キスされた太郎は、友情と性欲の間で理性が揺らぎ、己の頭を地面に打ち据えることで解決策を見出す。気絶すると同時に、出来れば記憶も飛ばしておきたいという算段だろう。


「お前らぁ! マジで、ありがとぉおおおおお!!」

「うわぁああああああ! キス魔がこっちに来たぁ!? やめてよ、賢悟ぉ! 私はファーストキスがお前とか…………いや、意外とありかも――――」

「んゆー」


 キス魔による被害者がさらに増え、賢悟の黒歴史も増えていく。

 キスされたルイスは太郎と同様に、己の頭を地面に打ち据えて、気絶した。どうやら、性欲よりも友情を取ったらしい。


「お前もありがとう、リリー!」

「わ、わた、私は…………」


 キス魔が銀髪美少女メイドであるリリーへ迫る。

 今までは男同士――――肉体はともあれ、精神は同性だったので、ある意味、酒の席の冗談で済ませられるが、今度はそうはいかない。

 ここでリリーにキスをすれば、賢悟は黒歴史を通り越して、人生の墓場へレディゴーという未来だって有り得るのだ。もちろん、アルコールと感動によって完全に常識というタガが外れてしまった賢悟は、自主的に止まることはできない。


「…………賢悟、様」


 リリーは覚悟を決めたように、ゆっくりと瞼を閉じる。

 そこに、何も考えていない能天気な賢悟の唇が近づいていき、そして――――


「むにゃあ」


 お約束とばかりに、賢悟の意識がアルコールの力によりシャットダウン。奇跡とも呼べるタイミングで意識を失う。


「…………」


 倒れてくる賢悟を無言で受け止め、リリーはため息を一つ。


「残念なような、安心したような、そんな気分です」


 こうして、酔っ払い一人が倒れたおかげで、何とか状況は収拾していったようだ。

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