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第36話 神聖皇国

 王都がニューヨークの如き、ビルディングが立ち並ぶオフィス街であるならば、皇都である九頭竜は、さながら街全てが一つの伝統工芸品のような物だった。

 全ての建物は木造建築であり、アスファルトや鉄筋などによって建てられた物は一つも見当たらない。『マジック』の現代において、それは異常な光景だった。

 高度な魔道建築技術は、あらゆる鉱物の加工を可能としている。故に、国家の首都などは、耐震耐火耐衝撃に強い、特殊素材を使うのが通例である。


 しかし、この九頭竜は違っていた。

 公園のトイレから、空を仰ぐように見上げる高層建築物でさえ、全てが木造。当然の如く、耐火やその他災害に関しては、エンチャンターによる補強が加えられているものの、王都と比べて脆弱なのは確かだ。

 けれど、それ故に美しく、独特の『空気』を演出している。


「うっわぁあああああああ」


 『ゲート』による転送が無事に終わり、賢悟たちパーティは無事に皇都に入ることが出来た。

 皇都が故郷である太郎以外、パーティのほとんどが始めて見る実在の皇都の美しさに息を飲んでいる。


「ギィーナ君、ギィーナ君! やばいよ、これ! 芸術都市って感じ!」

「確かに外観に凝っているが……実は機能性にも優れて居そうだよなぁ、あれ。むぅ、世界は広いんだって、よくわかる光景だぜ」

「うひょひょ! 物理学に反する部分は、無理やりエンチャントで誤魔化している感じもあるけどね! やぁ、怖い怖い」


 ぎゃあぎゃあとパーティメンバーが騒ぐ中、静かに賢悟は皇都の光景を眺めていた。


「…………妙に懐かしいな」


 初めて来るはずの場所であるのに、懐かしさを覚えるのは、どことなく日本古来の木造建築に様相が似ているからだろうか? 何処となくファンタジックな要素はあるものの、概ね和風なその建築物たちは、賢悟の心に引っかかりを覚えさせる。


「どうかなさいましたか?」

「いや、別に」


 けれど、リリーが覗き込むように声をかけて来た時点で、その懐旧も霧散した。

 一時の気の迷いか、あるいは何かエリに関する何かがあるかは不明だが、今の自分は関係ないと割り切る。


「んで、太郎。皇都に入ったわけだが、この後はどうするんだ?」

「えーっとね、まずは僕らが泊まるホテルに案内してもらって、そこからは…………」

「そこからは、我が学園の見学をしていただく手筈になっているであります」


 太郎の言葉を待たずに、固い声色が先を言う。


「貴方は我ら皇国と王国の親交の証。何か問題が起きてからでは遅い故、滞在中は我らが常に侍らせて頂きます。どうか、ご容赦を」


 声の主は、賢悟たちを先導する軍服姿の男だ。

 男は軍服姿に狐の面を被り、同じく、獣の面を被った軍人たちを数人付き従えている。そして、腋に携えた銃剣を常に取回せるように構え、隙が感じられない。


「あー、その賢悟。この人たちに悪気はないから、無駄に反抗心を尖らせないでね?」

「さすがの俺も他国じゃ自重するぜ? 心持ち」

「心持ち!? もうちょっと頑張ろうよ!」


 賢悟たちパーティが厳重に警備されているには、理由がある。

 それは、皇都に住まう人々……彼らが賢悟たちに向ける視線の中身を考えれば、直ぐに分かるだろう。

 不信。

 侮蔑。

 恐怖。

 好奇心。

 それらが入り混じった不愉快な視線が、無遠慮に賢悟たちに注がれているのである。ただ、軍人たちが威圧的に歩を進めると、それだけで散り散りと去っていくが。


「さながら、動物園の人気者だなぁ、おい」

「けっ、テメェらはそれでもマシな方だろうが。俺なんざ、明らかに珍獣的に見られてんぜ?」


 ギィーナは悪感情を隠さずに、舌打ちをした。

 皇国は良く言えば保守的な国柄であり…………悪く言えば、単一の種族によって支配されている国家だ。

 黒い髪に、栗色の瞳。

 肌は薄い黄色に近く、身長や体格は小さめのヒューマン。

それが『皇国人』に共有する特徴だ。

 皇国は『皇国人』と呼ばれるヒューマン種族が国民の大多数を占める国家である。ギィーナのようなドラゴニュートや、セリアンスロープ、ドワーフの姿は皇都を見渡しても存在しない。

 なぜなら、彼らは『化外』という区分を受けて、明確に差別されていたのだから。


「あー、我が故郷ながらごめんね? どうにも、皇都は昔ながらの差別意識が強く残っているからさ。地方に行けば、わりとそうじゃないんだけど、どうしても、ね」


 ばつが悪そうに太郎が向けた視線の先、そこには木造作りの教会があった。

 十字と一対の翼を組み合わたような、奇妙な十字架。

 その教会へ向かう者は一様に、その十字架を大切そうに胸の中に抱えている。


「…………?」


 太郎の視線の先を追い、賢悟はまた、妙な引っ掛かりを覚えた。

 宗教関連は『サイエンス』時代にも無縁だったし、何かその手のトラウマがあるわけではない。けれど、何故か賢悟は奇妙なシンボルマークを抱えて祈る彼らを、はっきりと『不愉快』だと感じていた。

 本来ならば、そんな感情を抱く前に、無関係ならば興味すら向けないというのに。


「お客人。あまりあれらを見ないように…………ただ、不愉快なだけであります」


 首を傾げていた賢悟へ、狐面の軍人が忠告する。


「アザー教。既に存在しない原初の神を崇める者たち。歴史だけは無駄にあるが故に、未だ皇国に巣食う病巣の一つであります。現実逃避と、傷のなめ合いをするだけの者たちなど、路傍の石と見做して通り過ぎるべきでありますよ」


 仮にも皇都に存在する宗教組織を、狐面の軍人は辛辣に評した。口調こそ淡々としていた物の、声色には不快感が滲み出ている。


「おいおい、良いのかよ? 軍人様がそういうことを口にしちゃって」

「もちろん、問題だらけでありますな。だが、貴方たちと私の部下が黙っていたら済むだけの話であります。まぁ、もしもバレて問題になったら、一花咲かせて散りましょうか」

「…………ははっ! なんだよアンタ……随分と話せる口じゃねーか。てっきり真面目な軍人様だと思ったんだがね?」

「真面目な軍人であるならば、きっと護衛中は一言も発さないでしょうな」


 狐面の軍人は毅然と歩を進めつつも、淡々と賢悟と言葉を交わす。

 どうやら、堅苦しいのは装っているだけで、中身は存外ロックな男のようだった。


「賢悟ってば、ギィーナ君然り……なんか不良系の人と仲良くなるよね?」

「待てや、ルイス。この俺がいつどこで不良になったんだ、ああん? 学生としての生活態度は貴様とは比べものにならんほど優秀だぞ?」

「まー、私ってばほら、女子の制服着ちゃっているからね? でもほら、可愛いは正義でしょ?」


 ルイスやギィーナは堅苦しい軍人たちに囲まれていても、まるで緊張感が無い。どうやら、過去に二度、魔王と戦った所為で半端では無く度胸が付いてしまったらしい。少なくとも、故郷であるのに、軍人と賢悟の会話に胃を痛めている太郎と比べれば、学生レベルでは無い度胸の付き方であるのが分かるだろう。


「賢悟様はもう少し、男性との距離を考えるべきです。そうとは思いませんか?」

「…………あーはー。同性でも理性がアウトだった、私に言われても困るんだぎゃあ!」


 リリーは無表情ながらも不服そうに呟き、ヘレンは苦悩と共に奇声を上げる。

 仮にここが皇都でなくても、充分人目を引くパーティの珍道中であった。

 そんな珍道中を十数分経て、賢悟たちはホテルにまで着いた。けれど、そこで一息つく暇も無く、次は高級リムジンの如き魔導四輪車によって、学園まで送られることに。


「着きました。ここが、我らが皇国の誇る、国立マンモス校――――九頭竜学園であります」


 それは巨大な建造施設だった。

 敷地こそ、エルメキドン学園の半分程度だが、その学園は人目を引くように創られていた。いや、このように創られて、人目を引かないと言う方が無理だろう。

 なにせ、九頭竜学園とは――九つの『超高層タワー』からなる物だったのだから。

 それはさながら、天へ上る龍が如く。

 皮肉にも、神に挑む叛逆の如く。

 遥かなる高みを目指す象徴は、そこに存在していた。



●●●



 九頭竜学園。

 そこは皇国内における成績優秀な者たちが集められ、共に切磋琢磨し、より高みを目指すために設立された教育機関である。

 教育方針はたった一つ、『強くあれ』だ。

 この『強く』というのは単なる腕力に限らず、知力、権力、あるは財力。己が行使できる力の全てを指す。


 強くあれ。

 学園内に置いては、実力こそが全て。

 例え名家の出だろうが、実家がどうであろうが、それらの背景も含めて『実力』が全てである。故に、例外的にこの学園内には、『皇国人』以外の種族も存在している。

 それらは差別される立場でありながら、圧倒的な実力を備えた強者だ。

 様々な想いを抱き、地方から死に物狂いで学園へと入学し、成り上がりを夢見る者たち。いかに差別意識が強く根付くこの皇国であれ、九頭竜学園を卒業した物には相応の敬意を払わなければならない。

 例え、己が化外と嫌う者たちであったとしても。


「足元にお気をつけて。少々、慣れぬ者は躓きますゆえ」


 狐面の軍人の忠告を受けながら、賢悟たちはらせん階段を上っていく。

 もちろん、超高層タワーであるこの学園を全て徒歩で移動するわけでは無く、転移施設がある場所までの道のりだ。

 ただ、その最中にでも、王都からの留学生である賢悟たちへ鋭い視線を向ける者たちが居た。


「あれが世界最強と呼ばれる王国からの……」

「面白い。どれだけ出来るか見てやろう」

「くくく、少しでかいだけの国の人間に、皇国なりのやり方を教授してみようか」


 彼らは学園内でも上位二十番に入るナンバーズ(数字保持者)である。

 『皇国人』を押しのけて君臨する者。

 化外と呼ぶ貪欲な強者すら下して、名を誇る者。

 あるいは、ただあるがままに最強である者。

 強者たちは、短い間であれど学園内に組み込まれる強者たちに目を向け、どんなものかと観察して…………そして、その内の一人があることに気付く。


「……あれ? あいつらのほとんど…………偽物じゃね?」


 軍人たちに案内されているパーティのほとんどが、本人と入れ替わった精巧な魔道人形であるということに。



●●●



 作戦は至って簡単な物だ。

 一旦、ホテルに案内されたところで、予めヘレンが用意していた魔道人形を本人と入れ替えるだけ。後は入れ替わった本人は、外見を偽装する魔導具を使用する。これによって、本来は面倒に面倒を重ねなければならない外出許可を取らず、堂々と皇都を歩き回ることが出来るという訳だ。

 もちろん、バレてしまったら即刻連れ戻されて国際問題待ったなし、だが。


「基本的に賢悟君の方針って、ハイリスクハイリターンだよね?」

「命が掛かっているからな」

「切実だ…………」


 現在、ヘレンとギィーナを除く賢悟パーティは皇都を探索している最中であった。

 ヘレンがこの日のために作り上げた魔道人形は非常に精巧であり、本人の性格や思考、言動までをほぼ完全に再現するスワンプマンだ。というか、無意識化で本人とリンクするようにできているので、ある意味、本人なのだが。

 ただ、精巧ゆえに小まめなメンテナスが必要なため、ヘレンは学園側へ。

 ギィーナに関しては、ヘレンの用意した偽装魔導具とうまく噛み合わないため、やむをえなく学園側で見学という体である。


「しかし、ヘレンさんには頭が下がるよねー。こんな物まで準備してもらうなんて」

「だよね、太郎君。私も、学園の偏屈王……もとい、発明王がここまで積極的に協力してくれるとは思ってなかったよ」


 比較的常識人担当である太郎とルイスは、互いに頷き合う。

 学生時代は特に接点の無かった二人ではあるが、賢悟を通して段々と仲良くなっていたらしい。主に、賢悟の隙の多いエロさに関する話題で意気投合したようだったけれど。


「ひとえに賢悟様の人徳でしょう」


 二人の会話へ差し込むように、リリーが断言した。


「あのマッドサイエンティストは、賢悟様の出身である『サイエンス』に対して非常に興味を寄せる者。であるが故に、賢悟様の素性と知識は、あいつにとってとても有益な対価となったのです」

「…………まぁ、そうだけどさ。私としては、最近の、その、ね?」

「あー、なんというか、僕も分かるけど」


 ルイスと太郎は生暖かい視線を賢悟へ向けた。

 視線を向けられた賢悟は「あんだよ?」とだけ反応すると、渋面を作る。


「賢悟、賢悟。その…………ヘレンちゃんも頑張ったんだから、いい加減許してあげれば?」

「…………」

「賢悟君。ねぇ、僕は思うんだ。一時の気の迷いは誰にでもある。そして、一緒にお風呂に入った君にも罪はあるのだと」

「…………ちっ」


 賢悟のエロスを知る二人は、ヘレンに対してフォローの言葉を続ける。

 確かにお風呂場で理性が蒸発したのは不味かったが、それは今までそういう経験が皆無であり、好意と性欲に突き動かされた結果だと二人は考えている。

 ならば、同じパーティとして、エロスを知る者として失敗した者を救うのは当然の義務だ。

 少なくとも、二人はそう考えているらしい。


「ああもう、わーったよ。お前等二人がそう言うなら、俺も考え直す。冷静になれば、あいつの口車に乗った俺も悪い」


 二人の真剣な説得に、賢悟もようやく怒りを収める。

 男二人に説得されて、何時までも女々しいことで頑固になるのも男らしくないと思い直したようだ。


「にしても、あいつの偽装魔導具は中々のもんだよな。外見だけじゃなくて、会話内容もある程度偽装出来るんだろ?」

「お、ようやく素直に褒める気になったかな、賢悟。そうなの、あの発明王ってば凄いんだよ。この魔導具も、悪用されたら割と暗殺系が洒落にならない類でねー」


 ヘレンが用意した偽装魔導具は、外部に出力する情報を、『外部』が違和感を抱かないように改変する物である。それは一種の幻術の応用であり、なおかつヘレンが人体の脳に直接科学的に作用するように工夫した一品だ。よほど観察眼に優れた者でなければ、その偽装を見破ることは難しいだろう。

 ただ、あくまで急ごしらえであるので、腕輪型の魔導具であるそれの強度は並程度。何か強い衝撃を受けたら壊れてしまうので、注意する必要がある。


「腕輪を付けている同士だったら、偽装は働かないんだっけな。んで、腕輪を外すと……うん、完全に特徴が無い『皇国人』御一行に見えるな」

「あ、こら賢悟! ダメだよ、腕輪を外したら」

「大丈夫だって。ちゃんと周囲の視線を確認して外したからさ」


 偽装の効果により、賢悟たちは異国人にも関わらずまったく注目を集めない。

 精々、地方から皇都へやって来たお上りの学生たちがはしゃいでいるようにしか見えない仕様になっている。

 けれど、そう見えてしまったからこそ、引き寄せてしまう厄介というのも世の中にはあるのだ。


「さて、とりあえずこれで当面は何とかなるだろ。後は手あたり次第、『東の魔女』についての情報を集めて――」

「おっと、ごめんよ、お姉さん」


 さぁ、これから意気揚々と聞きこみに行こうとした直後。ほんの少しの気の緩みを突くように、とん、と小さな体が賢悟の肩に当たる。

 その小さな体は見ると、野球帽を深く被った子供の様で…………その手には、賢悟の活動資金が入った財布があった。


「待てやこぅるらぁあああああああああっ!!」

「うっわ、反応速いなぁ、このお姉さん!」


 肩が当たった相手に対して、反射的にガン付ける賢悟の習性が功を奏したらしい。素早く自分が盗られたことに気付くと、逃げ去っていく子供を賢悟は追う。


「ちょ、一応リーダーなのにあの隙の多さと喧嘩早さどうにかならないかなぁ?」


 太郎は走り去っていく賢悟の背中を呆れ半分で見た後、残りの半分を込めて苦笑する。


「まったく、しょうがないよね。ああいう所も、愛嬌だって思わせちゃうんだからさ」

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