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第32話 誤解と和解

 留学のための面倒な準備も全て終わり、後は皇国へ繋がる『ゲート』の予約日時まで待つだけとなった。その間、賢悟も含めたパーティメンバーはそれぞれの時間を過ごしていた。


 賢悟は準備が出来てしまったら、特にやることも無く、ハルヨやギィーナと組手をしたり、ルイスとのコンビネーションの練習などをして過ごしている。ハルヨに関しては、組手の最中、セクハラをしてきたりするので厄介だが、貴重な格上の相手だ。渋々、賢悟はセクハラを受けながら必死に、ハルヨの卓越した技術に食らいついていたりしていたのである。

 そんな修業の帰り道のことだった。


「んー、やっぱり強化魔術を使っても駄目だな。いくらか食らいつけるが、いかんせん、武術の練度が桁違い過ぎて、どうにもならない。ようやく、相手に出来るって程度だな」

「……私としては、それでも充分驚きなんだけどね。だって、あの先輩相手にあそこまでやれる人なんて、学園の中でも早々いないと思うよ?」


 ボロボロになったジャージ姿の賢悟と、セーラー服姿のルイス。

 二人が並んで歩けば、会話の内容を聞かなければ美少女二人のツーショットだ。部活帰りの、貴重な日常シーンとして眼福に思う男子も居るだろうが、片方は魂が男で、もう片方は体も魂も全て男だったりするのだから不思議な物だ。


「けっ、それはテメェとハルヨ先輩にボロ負けした俺に対する嫌味か? ああん?」


 そして、その後ろから二人についていくギィーナはひどく不機嫌である。

 彼は愛用の槍に加えて、特製の皮の鎧まで着込んでの参戦だったのだが、どうやら結果は思わしくなかったらしい。前方を歩く賢悟に比べて、目に見える範囲での負傷が桁違いだ。ドラゴニュート特有の鱗が、幾枚も剥がれて血が流れている箇所が多くある。


「嫌味? さて、なんのことだか? 強いていうなら、お前が勝手に吠えているだけじゃねーかなぁ? トカゲ野郎」

「おうおう、やんのか、あああ? 強化魔術が掛かっていない素の状態なら、こっちの方に分があるってこと、忘れてねーか、ああん?」


 にやにやと笑みを浮かべて挑発する賢悟と、それを真に受けて目を細めるギィーナ。

 二人は何かあると、直ぐにこうやって絡んで行き、互いに喧嘩を売っていくスタイルなので、性質が悪い。

 ルイスは、ため息交じりに二人を仲裁する。


「ほらほら、馬鹿二人。さっきまであんなに殴り合っていたのに、まだ足りないの? もうちょっと大人になろうよ、大人にさ」

「うるせぇよ、ルイス。ショートケーキの苺を落としたぐらいで、半日ぐらいずっと機嫌が悪かったお前に言われたくない」

「だなぁ。俺がポケットマネーで新しい奴買ってやらなきゃ、ずっと不機嫌だっただろ、お前」

「な、なぁ! だってすっごい凹んだんだもん! というか、私を弄るときだけ、二人の息が合うのって、なんだよそれ!」

「「ははははは」」


 見た目はともかく、中身は男三人衆。

 しかも、そろって同い年なので、パーティメンバーの中でも特にウマの合うトリオだった。ここに太郎が入ってもいいのだが、太郎は太郎で、外面女子の二人に遠慮してしまうところおがあるので、そこまで三人の仲に入ってこようとはしない。

 このトリオのやり取りに入って行けるのは、ヘレンやレベッカなどといった、強引でも自分の流れを掴むことが出来る者だけだろう。


「…………で、賢悟。あの子はいつまでついてくるのかなぁ?」

「だな、いい加減相手をしてやれよ、ケンゴ。見ているこっちが鬱陶しい」

「…………はぁ」


 なので、朝からずっと賢悟の修業を見守っていたリリーもまた、三人の会話に入ることが出来ず、ずっと後ろで控えていた。真顔で無表情なのだが、それがまた哀愁が漂っているようにも見える。ひょっとしたら、軽く泣いていたのかもしれない。


「いや、別に無視していたわけじゃねーよ? 話しかけてきたら、普通に言葉を返すつもりだったし、修業の邪魔をしないなら、邪険にする理由もねーし。ただなぁ」


 ちらりと賢悟がリリーへ視線を向けると、リリーはびくりと肩を震わせてそっぽを向く。そして、そっぽを向いた後、しばらく経つと恐る恐るといった様子で賢悟を見つめてきた。


「なんか非常に鬱陶しい」


 賢悟としては、用事があるならさっさと言え。言いたいことがあるなら、口を開いてこっちを向け。そもそも、どうして修業についてきているのだ、お前は? などと文句を並べてやってもいいのだが、それはさすがに酷だと分かっていた。だからこそ、リリーが何かを言うのをずっと待っていたのだが、待っている内に夕方になってしまうとは思わなかった。


「いつもなら勝手に声をかけて俺にセクハラしてくるっつーのに、なんだよ、ありゃ?」

「確かに、あの容赦のないメイドらしくねーな?」


 首を傾げる男二人に、外見だけは女子のルイスがやれやれと肩を竦める。


「分かっていないね、君たちは。乙女心って奴がさ」

「わかってたまるか、むしろわかったらお終いだと思っている」

「そういうことじゃないってば、もう」


 拳を振るわせて断固拒否の態勢を見せる賢悟に呆れつつ、ルイスは言葉を繋げた。


「好きな人にほど、気安く声をかけるってのが難しいってこと! わかるでしょ?」

「…………?」


 可愛らしく小首を傾げる賢悟。

 無意識に精神が美少女に浸食されてもなお、さっぱり理解できないようだ。


「あ、駄目だこの人。その手の経験が皆無過ぎて話にならないタイプだわ」

「お、俺は分かったぞ、ルイス! 武人でも、初恋は経験済みだからな!」

「ギィーナ君。幼稚園の先生相手の初恋はカウントしないからね?」

「マジかよ……」


 ちなみにギィーナの初恋は、鱗が綺麗なお姉さん先生でした。

 ともあれ、ルイスは『駄目だこいつら、話にならねぇ』と早々に共感させることを諦め、別の手段を取ることに。


「とーにーかーくっ! 賢悟から声をかけてあげること! 出来ることなら、さりげないタッチで! そう、ボディタッチで良い雰囲気を出して来なさいな!」

「えぇ、俺あいつあんまり好きじゃないー」

「おいおい、お前の発言でメイドが静かに膝を着いたぞ。どうやら、こっちの会話に聞き耳立てて、勝手にダメージを食らっていたみたいだ、めんどくせぇ」

「なー? めんどくせぇ」


 頷き合っている鈍感男子二人だった。

 ルイスはそんな片方を、賢悟の尻を蹴り上げて言う。


「良いから! さっさと慰めてくる! 美少女の悲しみを癒さない男なんて、存在価値無いって法律で決まっているんだからね!」

「マジかよ、王国超こえー」


 冗談だとしりつつも、このまま何もしないとルイスからの説教が待っているので、渋々とリリーの元へ賢悟は行く。


「ほら、メイド服が汚れるぞ、まったく」


 そして、さりげない動作で膝を着くリリーを立ち上がらせてやり、スカートの埃を払う。妙に手慣れた動作だった。


「…………あ、ありがとうございます」

「そうか」


 ぎこちないリリーからの礼に、賢悟は妙な気分になる。

 賢悟がまだ男だった頃、公園で泣いていた子供に似たような事をやった記憶がある。あるのだが、さらに子供が泣き喚いて、その後にやって来た親御さんからは『この子の命だけは助けてください! お願いします!』と懇願された苦い記憶だった。

 それが、外見が美少女になっただけで、銀髪美人メイドの頬を赤くさせるのだから、複雑な心境である。


「それで、朝からずっとついてきていたが、何か用か?」

「いえ、そういうわけではりません。ただ、私は賢悟様の従者です。貴方様のお傍にいつも控えさせていただく所存です」

「はんっ、心配しなくてもエリの体をそこまで痛めつけたりしねーよ。むしろ、これくらい健康な運動の範疇だ……ろ……ん?」


 気づくと、無表情ながらもリリーの赤い瞳がフルフルと揺れていた。

 賢悟はそれが泣きだす前兆だと知っていたし、リリーは無表情キャラの癖に、妙な泣き虫だってことも分かっていた。

 けれど、どうしてそこで泣くのかがさっぱり理解できていない。


「…………」

「お、おい? なんだ、どうした? おい、俺は何か酷いことを言ったのか?」

「…………いえ」

「ええい、だったら泣きそうになるなよ、もぅ!」


 とりあえずこういう時は、頭を撫でておけば解決すると、エリの記憶にあったので、頭を撫でる賢悟。しかし、今回ばかりは何故か一向に、泣こうとする様子が収まらない。


「…………申し訳ありません、賢悟様。私は……」

「おおお!? 何故お前が謝る!? そして、もう軽く泣いているんじゃねーか!」


 人通りはそこまで多くないが、それなりの町の通り。

 しかも、夕方なのでそろそろ学生や、サラリーマンたちによって往来が激しくなりそうな雰囲気だ。そんな中で美少女同士が絡み、その上、片方が泣いているとあっては、色々問題があるとさすがの賢悟も察する。


「ああもう、悪かったよ、俺が悪かったから……」


 頭を撫ででもダメだと言うことなので、困った賢悟はとりあえず指先でリリーの涙を拭ってやる。


「あう」


 リリーは無表情のまま妙な吐息を漏らして、硬直。されるがままに。


「なぁ? 俺も悪かったからさ……共犯者であるお前に対して、いくらか辛く当たり過ぎた。悪かった。だから、お前も…………」


 涙を拭った後、賢悟はリリーの頬に手を添えて言葉を紡ごうとした。

 具体的には、エリの事ばっかりじゃなくて、俺のことも少しはちゃんと見ろ、と言おうとしたのだったが、何故か紡ごうとしている言葉に違和感を覚えて、止めたのである。

 間違えてはいないはずだ。

 リリーは無き主であるエリの命令を守るため、エリの肉体を守るため、賢悟の傍に付き従っているはずだ。

 しかし、であるのならば、どうして――――リリーの赤い目は、こうも賢悟の奥底まで望むような視線を向けてくるのだろうか?

 その答えを探ろうと、リリーを覗きこむようにずっと見つめていた賢悟。

 なのだが、


「…………んっ」

「えっ?」


 リリーの方が静かに目を閉じて、何かを待つようにプルプル睫毛を震わせた。

 賢悟は間抜けにも気づいていないが、頬に手を添えてずっと見つめ合っていたら、普通はそうなってもおかしくないのである。少なくとも、リリーはそのような勘違いを賢悟から受けたのだった。


「…………」


 無言のままゆっくりルイスの方へ首を回して、指示を仰ごうとする賢悟。

 基本的に即断即決がモットーの賢悟であるが、流石に今回は状況が状況だ。そのまま何事も無く引き下がろうにも、妙な負い目を感じて、何故か動けない。

 一方、助けを求められたルイスだが、声も出さずジェスチャーで『行け! そこだ! 躊躇うことはない! やってやれよ、男だろ!?』と煽るのみ。これは助けとは言わず、追い打ちと言うのだ。

 ちなみに、ギィーナは『さっさと終わんねーかなぁ』と暇そうに夕焼け空を眺めていた。


「…………うぇ」


 完全にキス待ちのリリーを前にして、賢悟は初めて己が男であることを悔やんだ。今だけは、そう、今だけは外見通りの女としてこの状況を流せないだろうかと苦悩していた。


「くははははは! 相変わらず貴様は愉快だなぁ! 田井中賢悟!」


 だからある意味、その傲慢で空気に読めない発言に、救われたのだった。

 そんなこんなで、王族マホロ・ハーンは愉悦で笑い、他者の空気など歯牙にもかけず、傲慢に再登場したのである。



●●●



 マホロの登場と共に、賢悟たちは迅速に行動を開始した。

 まず、ルイスが虚空から杖を召喚、短縮詠唱を開始。次にギィーナが槍を構えて、賢悟がこれ幸いにとリリーから離れる。

 リリーは無表情ながら、心なしか苛立ったように太もものホルターから拳銃を引き抜いた。


「む、待て、貴様ら。我は別にそんな――」

「問答無用だね!」

「とりあえず警戒するのは当たり前だろうが」

「殴ってから話を聞こうか」

「王族はたくさんいるのですから、一人ぐらいは射殺されても問題ないです」


 空気を読まずに登場したマホロだが、ここまでされるようなことをしただろうか、と自問自答。その結果、誘拐という単語が真っ先に脳裏に浮かび上がり、むむむと顔をしかめる。

 基本的にマホロの身体能力は幼女程度で、集めた固有魔術も、契約相手に与えなければ意味を為さない。自身で使ったとしても、その効果は半減以下だ。

 故に、マホロの背後に控えていたシルベは真っ先に賢悟たちの前に立ち塞がり、


「すみませんでしたぁ!」


 豪快に土下座を決めた。

 それはもう、額が路面に激突して音を鳴らすほどの豪快さだった。


『ファッ!?』


 いきなりの謝罪でパニックになる賢悟たち+マホロ。いや、マホロは驚くなよ、とツッコミを入れられる立場なのだろうが、シルベの独断で驚いたのだから仕方ない。


「私が全て悪かったのです。ですから、どうか、罰するなら私だけに……マホロ様は、マホロ様は悪くないのです……どうか、どうか……事務所の裏に連れ込んで、あんなことや、こんなことをしてイメージビデオの撮影とかだけは……」

「しねぇよ!? なにそれ、人聞き悪い!」


 大声で否定する賢悟だったが、既に人が集まり始めている。

 こんなところで土下座をする人間と論争をしても、野次馬が増えていくだけでどうしようもない。どうやら、始めからシルベはそれが目的で土下座を決めたようだった。中々に狡猾な執事である。


「ええい、わかった! とりあえず、此処から離れてから落ち着いた場所で話すぞ! お前らもそれでいいな?」


 賢悟の言葉に仲間たちは頷き、マホロも良く分からないが親指を立てて応答。

 そして、土下座を決めていたシルベはといういと、すっくと立ち上がり、優雅に埃を払っている。


「ふぅ、馬鹿で愚鈍な主の尻拭いも楽ではありませんね」

「えーっと、あれー? これって、我が感謝する流れ? いやだって、普通に会話しようとしただけなのに……」

「空気を読まずに突撃するから悪いのでよ、我が主。もう少し待っていれば、そこの二人が百合キスすることろを眺められたのに」


 相変わらず、変態なのか毒舌なのか分からないシルベだった。横顔が涼やかなので、余計に極まっている。


「待て! キスはともかく、百合は認めねぇぞ!」

「先ほどまでヘタレていた奴が何か言ってますね? 股間にタマぁ付いているのですか?」

「付いてねーよ、ちくしょう!」


 実際、先ほどまで女として流せないかな、と考えていたので反論できない賢悟であった。


「つーか、今更何の用だ、お前等? 勧誘なら、そっちから断ったはずだが?」

「露骨な話題転換に付き合いましょう、ええ。今日、私と主は貴方たちへの謝罪と、和解を申し出に来たのですよ」


 対して、シルベはあくまで涼やかに言葉を紡ぐ。


「元魔王、現従者として、貴方たちへ有力な情報を手土産に、ね」


 人類への殺戮衝動を埋め込まれているはずの存在、その筆頭は、悠々と笑みを浮かべたまま礼をして見せた。

 赤く、血色に光る目を伏せ、恭しく。

 魔王よりも、執事である己を優先して、シルベ・ハシセルンは此処にいる。

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