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第31話 未来への準備

 喫茶まほろば。

 王都の繁華街から少し外れた、隠れ家的な喫茶店。

 営業時間は朝の八時から夜の八時まで続き、オーナーの気まぐれによって、夜はバーにもなったりする。


 そして、今日はどんな気まぐれが起こったのか、通常営業時間の正午を過ぎても、まほろばは休店の看板を表に出していた。けれど、店内にはオーナーであるハルヨと、もう一人。眼帯を付けた美しいエルフ――最強の剣士であるローデ・ベイリーワードが居た。

 チャイナ服姿の巨乳エルフと、軍服姿の眼帯エルフは木製の机を挟んで向かい合っている。

 二人の前にはそれぞれ、ハルヨが淹れたコーヒーが香ばしく匂いを漂わせているのだが、両者とも、まだそれに手を付けてはいない。

 やがて、ため息と共にローデが話を切り出した。


「そろそろ学生気分は止めて、軍部の方に戻ってきてはくれませんか? ハルヨ様」

「ヤダ、もうちょっと最強学生気分を味わいたいのデスヨ」

「…………私よりも遥に長命なのです。もう少し落ち着きを覚えたらよろしいのでは?」

「ハッハッハ! 知っているカイ? エルフでも千年を超えると、もはや年寄り扱いでは無くなるノダヨ! 精神が若ければ、何時だって若者サ!」


 呵呵大笑するハルヨに、ローデは額を抑えて頭を振った。

 世界最強の剣士であり、王国内では絶大な地位を持つローデだとしても、目の前の巨乳エルフだけには頭が上がらない。ローデにとってハルヨは師匠であり、母であり、また、祖母のような物なのだ。どれだけ己が成長し、力を持つようになったとしても、その立場だけは変わらず、逆転できない。

 ハルヨは、王国内で唯一、ローデが戦う前に白旗を上げる存在だった。


「わかりました。軍部に戻ってもらうのは、諦めます。代わりに、貴方が傍観して遊んでいる彼について」

「ホホウ? もう賢悟君について把握していたか。やるネェ、軍モ」

「…………彼の拳が異常であることは、見れば誰だってわかります。しかし、その本質を理解しているのは、私を含めても王国内で五指にも満たない」


 ローデの隻眼がハルヨを射抜き、一挙一動も見逃さない。

 彼の眼力で射ぬかれれば、よほどの強者でなければ思わず顔をこわばらせるのだが、ハルヨの薄笑いは消えることは無い。にやにやと、楽しげにローデの言葉を待つ。


「だが、あのマクガフィンが先の戦いで気づいてしまったようです。ええ、彼とマクガフィンの戦いは霧に阻まれて観測できませんでしたが……その後、彼のメイドに語り掛けている姿が記録され、そうであると結論付けました」

「クックック、あの馬鹿も相変わらず頑張るネェ? 主を失った従者は、あの馬鹿もまた、彼女と同じだって言うノニ」


 含み笑うハルヨへ、ローデは視線に僅かな苛立ちを込めて尋ねる。


「ハルヨ様――――いえ、七英雄が内の一人、『移動砲台』様。貴方は何故、彼を早々に保護しなかったのですか? 彼は、貴方の――」

「ストップ」


 笑みはそのままに、ハルヨの声色が凍てついた。


「そこから先は、ミーのプライベートなのデスヨ? いくら君とはいえ、あまり口に出してもらいたくはナイ」

「…………」


 無意識にローデは己の愛刀に手を掛けていたことに気付く。

 鍛え抜かれた肉体は、精神よりも早く言葉に含まれた殺気に対応していたのだ。例えそれが、牽制に過ぎなくても、世界最強の剣士たるローデがそう動かざるを得ないほど、鋭い殺気だったのだ。


「ふぅー、わかりました。であるならば、私からはもう何も言いません」

「うんうん、それでいいのダヨ」

「美少女になっている彼のファーストキスを思う存分凌辱するとか、本気でドン引きだった、とか言いませんので」

「言ってるヨ!? そして、何故知っていル!? 隠蔽していたノニ!」

「決闘場を使ったでしょう? あそこは悪用されないように、セキュリティが特に厳重なんですよ。どれだけ隠蔽されたとしても、その痕跡が僅かに残るように。後は過去視の固有能力者に協力してもらったわけですが――ええ、正直放っておけばよかったと後悔の渦です」

「リアルなトーンは落ち込むのでやめろヨ!」


 ローデとハルヨの二人はぎゃあぎゃあと、二人だけの店内で騒ぎ始める。

 外見こそ変わりない二人であったが、何故かその様子は親子のやり取りめいていて。妙にしっかりした息子が、何時まで経っても落ち着かない母親を諌めているようでもあった。

 結局、コーヒーを二人分淹れ直すまで、そのやり取りは続いたという。



●●●



「うがぁあああああっ! めんどくせぇ! めんどくせぇよ! 何この書類の山! ふざけんじゃねぇよ! これだからお役所仕事はっ!!」

「ギィーナ君! 仕方ないって! こればっかりは仕方ないんだって!」


 パーティメンバーは国外研修のための試験は、大部分が免除された。

 しかし、形式上、どうしても免除できない類のあれこれ、と言うのも当然存在する。そして、その類の奴とは、大抵面倒な書類の記入だったり、戸籍の照らし合わせだったりするのだ。そのため、そういう細かい仕事が大嫌いなギィーナは現在、発狂せんばかりの勢いで吠えているのだった。

 そして、パーティメンバーたちは、そんなギィーナのフォローをしつつ、面接対策を放課後の教室で行っている。


「うるせぇよ、トカゲ野郎。静かに淡々と書類を書くだけだろ? 何が面倒なんだよ、まったくなぁ?」

「ええ、まったくです、賢悟様」


 エリの頭脳を持つ賢悟は、早々に書類を終わらせたのか、お気楽気分で暇つぶしに学術書を流し読みしている。その従者であるリリーもまた、その手の仕事は手慣れているので、既に必要な手続きは片付けていた。今は、主である賢悟のために紅茶を淹れている最中だった。


「くそが! 俺と同じ脳筋思考のバトルジャンキーの癖に、テメェはどうして終わってんだよ、ケンゴ!? 釈然としねぇんだけど!」

「んなこと言われてもなぁ? こればっかりは不遇な現状で唯一の利点だし。存分に活かしていく所存だぜ?」

「エリ様の頭脳に掛かれば、あらゆる難問など朝飯前です。つまり、貴方のような爬虫類が手間取る書類などは、瞬きの間に終わらせるでしょう」

「なぁ、ケンゴ。テメェのメイドがすげぇムカつく」


 基本的に、リリーの態度は賢悟意外に対しては辛辣の一言である。興味を持ったり、感情を抱く余地も無く有象無象の他人だ。それは、パーティメンバーであるギィーナに対しても変わらない。

 もっとも、これがエリの宿敵であるレベッカだったり、妙に賢悟との距離を詰めてくるヘレンだったりすれば、また別なのだが。


「リリー、爬虫類はひどい侮辱だ、ギィーナに謝れ」

「わかりました、賢悟様。申し訳ありません、ギィーナさん」

「いや、謝罪は分かったが。おいこら、ケンゴ? テメェも俺をトカゲ野郎呼ばわりするんだが、それは?」

「…………ふむ」


 賢悟は学術書を閉じると、リリーから紅茶を受け取り一啜り。

 そして、にこやかな笑顔を作ってギィーナへ言った。


「俺がお前を侮辱するのはいいんだ。だが、他の奴がお前を侮辱するのは、なんか許せない」

「何お前、すげぇ勝手だな、おい!」


 この野郎、とギィーナが掴みかかると、賢悟が「うけけけ」と笑いながら逃げ回る。傍から見れば、いちゃつく異種間カップルにしか見えないが、実際は休み時間の男子高校生だ。


「こら男子ぃ! ちゃんと真面目にやらなきゃダメだよ!」

「「お前も男子だろうが、女装野郎」」


 ちなみに、ルイスのボケに二人が突っ込むまでがワンセットである。

 パーティメンバーの中でも、賢悟とギィーナ、ルイスの三人組は特に仲が良く、信頼関係によって結ばれた友達同士なのだ。例えどこへ行こうとも、三人の信頼関係は途切れることは無く、上手くやれるだろう。


「うっひょー! 男子同士の友情なのに、三分の二の外見が女子だぁあああああ! 何その、よくわかんない関係! すってきぃいいいいいい!!」


 奇声を上げながら教室の床を転がりまわる白衣の少女――ヘレン・イーグレス。

 群青の髪を持つ美少女であるヘレンだが、その実態はただのマッドな研究者である。基本的に研究欲さえ満たして置けば無害なので、問題無い。とりあえず、絡まれる賢悟がちゃんと対応すれば、人間関係に問題は起こさないだろう。

 故にパーティメンバー内での人間関係で問題なのは、ただ一人。


「…………ぎりぃ。賢悟様とイチャイチャしやがってあの男子ども」


 真顔で嫉妬心を燃やすリリーだけだった。

 先日の魔王討伐に関しても、他のパーティメンバーを犠牲にして賢悟の元に向かったりなど、基本的に団体行動が苦手なリリーだ。リーダーシップ溢れ、リリーの敵愾心を一身に引き受けられるレベッカが居ればまだしも、今は全方位敵対モードだ。賢悟が上手く手綱を握らなければ、パーティ崩壊にきっかけになるかもしれない。


「…………はぁ。リリー、お前って奴はどうしてこうも……はいはい、こっちに来いこら。少しだけ説教あるから」

「はい喜んで」


 賢悟もそれに気づいていて、改善に努めようしているのだが、いかんせん効果が薄い。中途半端に叱っても、宥めているからこそ、中々リリーの本質が動かないのだが、まだ賢悟にそれは気づかない。もっとも、気づいたとしても、それを為すかどうかは微妙であるが。


「えーっと、皆。ちゃんと書類出来たかな? 一応、僕の方は故郷の知り合いの方を当たって、上手いこと下宿先をゲットできたんだけど?」


 そんなことよりも、賢悟の意識は教室に入って来た太郎に向けられた。

 なにせ、太郎は賢悟が得た最初の男友達であり、今まさに自分の命に係わる大切な仕事をやってくれている親友だ。リリーか太郎か? と尋ねられたら、質問文に食い気味で「太郎ぉ!」と答えるほどの好感度の高さである。


「おお! よくやったぜ、太郎ぉ!!」

「んぎゃあ! だーかーらー! 抱き付くのはやめろって! やめろって!」


 そのため、気安い男同士の友情に憧れている賢悟にスキンシップを受けるようになってしまった太郎だった。中身が男とは言え、体は完全に美少女。しかも、賢悟の言動は見かたによっては、ボーイッシュで男勝りなヒロイン風にも取られる。

 そんな賢悟が気安く肩を掴み、冗談交じりに抱き付いて来たりするのだ。

 柔らかな感触に、美少女特有の甘いフェロモン。

 初心な男子である太郎が顔を真っ赤にして抗議するのも無理はない。むしろ、良く今まで理性を保てている、と賞賛されるべきだった。


「賢悟、君は最近わざとやってないかな!? 僕の反応が面白いからわざとやってないかな!? なぁ、どうなんだよ!?」

「はっはっはー、何のことやら?」

「わざと可愛らしく小首を傾げるなぁ! 誰か! 誰かヘルプぅ!」


 いつも通りのやり取りなので、男子二人は反応せず、リリーはいつも通りに嫉妬するのみ。

 ただ、今回初顔合わせのヘレンのみが、むっくりと立ち上がった。


「ケンちゃんやー、ケンちゃんやー」

「おう? どうしたんだよ、ヘレン」


 そして、にんまりと悪戯な笑みを作って賢悟の胸を指差す。


「実はちょっと乙女回路も作動中って感じー?」

「ごふっ!」

「ちょ、賢悟ぉ!?」


 精神は肉体の影響を大きく受ける。

 そのため、強く意識を持っていなければ段々と精神が肉体に引きずられ、変化していくのだ。例えば、美少女の体にある不良男子の精神が段々と女子っぽくなっているように。

 それは、程度の大小はあれど、賢悟でも例外ではなく、さりげなく男子をからかう女子の心の動きになっていたようなのである。

 そこをヘレンに指摘され、図星だと思ったからこそ、吐血せんばかりの勢いで精神ダメージを受けたのだった。


「うぅ……俺は、俺は男のはず……」

「し、しっかり! 賢悟、君は男! 男だからぁ!」


 頭を抱えて苦悩する賢悟を、背中をさすりながらフォローする太郎。何だかんだ言って、賢悟には甘い太郎だった。


「君がヘルプと言ったから、助けたのにぃー。律儀な男子だぁーねぇ?」


 苦悩する賢悟と、それをフォローする太郎のやり取りをしばらく眺めた後、ヘレンは笑みを浮かべて提案する。


「あひゃひゃ、そんなアイデンティティに悩むケンちゃんに朗報ぉ! なんと、失われつつある男成分を補給するには、色に走るといいんだよ! つまり、私にエロい事をすれば、万事解決――」

「不健全です!」

「めっぼ!?」


 スカートをたくし上げようとしたヘレンを、リリーが神速のツッコミで叩き倒す。流石にシモ関係のネタは同じ女子でしかツッコミが入れられない――というか、入れたくないらしく、必然とリリーがツッコミ役に回っていた。普段ボケ役のリリーではあるが、自分以上のボケを見つけるとツッコミ役になるらしい。


「賢悟様、賢悟様。賢悟様は立派な男子です。私が証明します」

「…………何気に、リリーの発言だけが俺が俺である証拠だったりするんだよなぁ。実は田井中賢悟という個人は存在しなくて、偽の記憶を植え付けられたエリなんじゃないか? とか思うもん、時々」

「親友がさりげなくガチで悩んでた!? もう、そう言うのはもっと早く言おうよ! 普通に相談に乗るのに!」


 この後、妙にダウナーなテンションに入ってしまった賢悟をパーティメンバーで慰めて事なきを得たのだった。

 ちなみに、パーティメンバーの面接と書類については滞りなく通過したようだ。


「うがぁああああああ! 今度は他国での武器携帯許可申請かよぉおおおおお!」


 もっとも、ギィーナだけは他の面子に比べて大分遅れたようだが。

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[一言] TS娘の乙女回路……( ˘ω˘ )b
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