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第30話 夜が明けて


「賢悟、その拳を何のために振るう?」


 答えられなかった祖父の問いかけ。

 己の強さの意味。

 一撃終幕の拳は、何がために振るわれるのか? 何のために賢悟は強さを求めるのか? それは、孤独から解放された今でも、答えは出ない。

 ただ、強者と戦うのは心が震えるから、それを理由にしても良いと賢悟は考えている。

 それは紛れも無く修羅の道ではあるが、少なくとも、胸の中に抱く虚無を消してくれるだろう。だが、修羅が行き過ぎればまた孤独に戻るだけ、だということも理解していた。


 強すぎる力は、人を孤独にさせる。

 『サイエンス』で育った時の賢悟は、まさにその言葉に当てはまる状況だった。あまりに強すぎる力に、周囲が畏怖し、孤独を強いられていた。

 ならば、この『マジック』でも、それは変わらないのではないか?

 このまま強さを取り戻し、やがて極めていく過程で、手に入れた友を失うのではないだろうか? 今の賢悟には、それが恐ろしい。

 故に、賢悟の心は揺らいだままだ。

 強さを求める本能と、孤独を嫌う理性がせめぎ合い、決心が定まらない。

 己の拳の意味を、未だに賢悟は知ることが出来ないのだ。

 今はただ、迫りくる死のカウントダウンから逃れるために、それを忘れるしかない。いずれ、決断を下さなければならない時まで。



●●●



 目が覚めた賢悟が感じたのは、温かく柔らかな感触だった。


「ん?」


 それは、ベッドや抱き枕の類の柔らかさではない。

 確実にナマモノの熱と、ぐんにゃりとした柔らかさである。さらに言うならば、女性の肢体に似た感触――というか、そのまんまだった。


「……ふぅ」


 慌てず騒がず吐息を一つ。

 まずはゆっくりと体を起こして、現状確認。

 賢悟が辺りを見回してみるに、いつも賢悟が寝泊まりしている寝室らしい。どうやら、賢悟が気絶した後、そのまま起こすことなくパジャマに着替えさせられて、ベッドインさせられたようだった。


「…………つか、肉球マークのパジャマって……絶対これ、レベッカが着替えさせたな」


 気絶していた己の着替えを、賢悟はパジャマの柄から判断。

 元々、ここはレベッカの屋敷であるのにも加えて、以前『ケンゴは可愛らしいパジャマ欲しくないかしら?』とさりげなく勧めていたパジャマなので、もはや明白だろう。


「男だってことを理解してんのかね? いや、頭では理解してんだろうけど、なんかこう、最近の扱いが弟というより、妹寄りになってきたような……さて、と」


 少々昨日の戦闘の反動で体が痛むが、賢悟が体を動かすのには問題ない。体に目立った傷が見られない事から、昨日の時点である程度負傷は回復させられていたようだった。

 なので、賢悟は問題なく懸念事項に対して確認行動を取る。

 ゆっくりと己のベッドに掛けられた賭け布団を捲り、温かな感触の正体を見つける。


「やはり、お前か」

「…………すぴぃ……むにゃ」


 賢悟の体に抱き付くように、それ――リリーは眠っていた。

 無地にパジャマに身を包んだリリーは、あどけない寝顔で幸せそうに眠っている。布団を捲られたというのに、起きる気配すらない。


「…………ふむ」


 叩き起こすか、蹴り出すか悩む賢悟だったが、ふと脳裏にある光景が蘇る。

 それはマクガフィンの術と、と己の拳の激突の余波により、吹き飛ばされた時。意識が危うくなり、このまま無防備に飛ばされるか思った時、己を抱き留めてくれたのは銀髪のメイドだった。


「ちっ、確かに恩は感じているさ」


 例えそれが、己を異世界に拉致してきた一味だったとしても。

 向けられる好意が歪んでいたとしても焦点が合っていないとしても。

 それでも、助けられたのは事実であり、頭を撫ででやると言ったのは嘘では無い。


「…………はぁーあ」


 仕方なし、と言った風体で賢悟は、眠るリリーの頭を優しく撫でる。


「ふあ……ふにゃ……」


 賢悟が優しく撫でるたび、リリーがくすぐったそうに、身を捩る。だが、嫌がっている様子では無く、むしろ心地よさげだった。


「女は頭とか髪を触られるのが嫌いって聞いていたが、さて、こいつはどうしてこうなんだろうか? まぁ、別にどうでもいいが」


 祖父の教えで、気軽に女性に触ってはいけないというルールを、賢悟は基本的に厳守している。それはある意味当たり前のことなのだが、祖父は苦々しい思い出があるのか、繰り返し賢悟に言い含めていた。

 そのため、賢悟は攻撃以外の際、軽々しく女性に触れないようにしていた。

 時々、ぴくぴく動くレベッカの猫耳に心惹かれそうになっているが、触ったら殺すと如実にレベッカが目で訴えてきているので、自重している。

 ともあれ、そういう教えを守ってきた賢悟としては、自ら頭を撫でて欲しいと頼むリリーへのスキンシップに奇妙な感覚を抱いていた。


「なんだろうな? こう、滅多に触れない珍獣と触れ合い体験しているような?」


 もっとも、それは恋とか愛情とかからはほど遠い感じのあれであったが。


「ふにゃ…………」


 しかし、賢悟の内心はともかく、リリーが幸せ体験しているのは事実である。そのまま、賢悟が飽きるまでリリーの幸せ体験は続き、後はあっさりと賢悟がベッドから抜け出て終了である。賢悟がベッドから抜け出る時、夢心地ながら切なそうなうめき声を漏らしたリリーだが、むしろ蹴飛ばされないだけ温情だった。


「…………こう、鏡を見て違和感を覚えなくなってきたのは、絶対やばいよなぁ、おい」


 既に見飽きたエリの顔を見ながら、賢悟は身支度を済ませる。

 賢悟としては、そのまま男性だった時と同様に済ませてもいいのだが、レベッカがしつこく指導してくるので、相応の手間を掛けるようになってしまった。と言っても、髪を梳いたり、軽くスキンケアをする程度の手間に過ぎない。だが、その僅かな手間を掛けるだけでも、美少女としての見栄えが違ってくるのであった。


「大丈夫、大丈夫、俺は男、俺は男…………よし」


 この際、下手に『あ、俺って美人』などと思うとドツボに嵌る気がするので、自己暗示は賢悟の日課だ。精神は肉体に引きずられる物なので、案外、この自己暗示が賢悟の人格の変異を防いでいるのかもしれない。


「うーっす、おはよう、レベッカ」

「あら、起きたのね、ケンゴ。ヘレンが目立った傷を治したけれど、調子はどう?」


 身支度を終えた賢悟が居間へ行くと、私服姿のレベッカが出迎えた。

 基本的に、レベッカの部屋着はシャツとパンツルックである。スカートやワンピースなどは、基本的に、レベッカの中では外着という認識らしい。


「問題ないな。多少なりとも痛みが残るが、まぁ、筋肉痛程度だ」

「そう、ならよかったわ。一安心」


 レベッカは可憐に微笑んで、頷く。


「お互い、積もる話があると思うけど、朝食の準備が出来ているわ。ご飯を食べながらでも、いいでしょう?」

「そうだな…………あ、リリーの奴が俺のベッドで寝ているけど、どうする?」

「放っておきましょう」

「だな、スルー安定で」


 二人は明らかに面倒な要素を排除し、朝食が用意されている部屋へと向かう。

 本来、アヴァロン屋敷の食卓は居る家族全員で、テーブルを囲みながらがモットーだ。

 けれど、今回の場合は事情が事情だけに、二人だけ違う小部屋で食事を取ることにしたのだった。もちろん、二人が語る話題は昨夜の激闘について。


「ほう、それじゃお前らは魔王を倒したわけか! すげぇじゃん! いいなぁ、俺もその戦いに参加したかったぜ」

「…………いんにゃ。そっちに話を聞く限り、こっちよりよっぼど修羅場にゃん……なんだけど、どういうことなのかしらね?」

「仕方ないんじゃね? 俺、狙われているっぽいし」

「いつの間にか王族の傍に魔王が居たとか……」

「心配するな。とりあえず、マホロに対する愛で殺戮衝動を克服したロリコン野郎だから。あいつの愛が揺るがない限り、問題は無いだろう」

「いや、問題よ!? 割りと大問題よ、これェ!?」


 朝食のトーストを齧りながら、楽し気に語る賢悟。

 それとは対照的に、危うくスープを零しそうになりながらも応じるレベッカ。

 二人の朝食は賑やかな声と共に過ぎていく。


「毎回思うのだけれど、ケンゴのそれは一体どういう理屈になっているのかしら?」

「ん? ああ.俺の拳のことか?」

「そう。なんか距離を無視して打撃を届けるし。しまいには、昨夜の戦いでマクガフィンとやらの改変能力も無効化したんでしょう?」

「あー、あれは無効化というか、力任せにぶっ潰した感じだなぁ」


 世界を書き換えるほどの幻術。

 そして、権能と呼ばれる能力。

 王都から巨大な隕石を降らせ、大規模結界を無効化するほどの規格外。

 賢悟の拳は、その幻術の真骨頂――――全力の世界改変すら打撃し、殴り壊したのである。


「別に俺の拳は無効化能力持ちってわけじゃねーよ? 分かりやすく言うなら、『破壊』だな。俺の拳の威力に見合った対価が、『世界改変の破壊』って効果で現れているに過ぎない」

「そうなの?」

「そうそう。ま、完全に俺も理解しているわけじゃねーぜ。ただ、エリの頭脳が勝手に解析した結果を語っているだけで」


 拳を振る過程などどうでもいい、とばかりに素っ気なく賢悟は語る。

 エリの頭脳は以前の賢悟のそれより随分と聡明で、己でもさっぱり理解してなかったある程度の事を、理解できる程度の解析は勝手にやっていた。しかし、それでも謎な部分が多く、そして、賢悟自身が『所詮はただのパンチ』という認識しかない。

 難しい理屈は、知りたい奴が勝手に解析すればいい。

 己の拳はまだまだ未熟であり、顧みている暇など無いのだから。


「後なぁ、多分反則っぽく言われるかもしれんが……俺の拳は色々と殴れるだけで、なんでもできるわけじゃねーぜ? ぶっちゃけ、今の状態で金属の塊を破壊しろ、とかそういうのは難しいな」

「…………えーっと、つまり魔術とか、そういうの限定で強いの?」

「違う。魔術でも、なんつーか、重み? 上手く言えないけど、そう言うのが乗っている奴だと、殴り壊すのは難しい」

「ただ単純に威力が高い奴、ということでは無くて?」

「うーん、確かに威力が高い奴の方が壊しにくいが、それとはまた別っていうか。努力で得た拳と、単なるドーピングで得た拳の重さの違いって言うか……」


 ああもうめんどくせぇ、と賢悟は思考を切り捨てた。


「ともかく、今の俺には色々制限があるんだよ。ルイスの支援魔術を受けたなら、全盛期の八割程度の感覚で戦えるけど」

「あの頭のおかしい支援魔術を受けても、それ? ぶっちゃけ、あの子は強化だけなら、王国内でもトップクラスの使い手に成長しているわよ?」


 レベッカは目を丸めて驚き、賢悟もまた、ルイスの実力に頬を緩めて感心する。


「ほほう、やるじゃねーか、あいつも。ふふん、パーティメンバーの実力が認められると、気分が良い物だな」

「あ、そのパーティの件だけど。私たちが魔王討伐した成果と、貴方がマクガフィンを退けた成果で、例の審査は特例でほぼ試験免除だって」

「うお、マジか!?」

「マジなのよ。もっとも、個人面談とか形式上外せないのは残っているけれどね」

「よっしゃあ!」


 子供のようにはしゃぐ賢悟を、レベッカは微笑ましく眺めた。


「ほらほら、そんなにはしゃがない。嬉しいのは分かったけど、ほら、スープが零れそうになっているじゃない」

「うおっと、わりぃ!」


 二人の様子はまるで、仲の良い姉妹の様で。

 エリの体を持つ少年に対して、当初は違和感しかなかったレベッカだが、今ですっかり馴染んでいた。たった数か月程度の付き合いに過ぎないが、賢悟に対しての友情は確かにある。


「ねぇ、ケンゴ」

「おう、なんだ?」


 だからかもしれない。

 ふと、何気なく思いついた事を尋ねようとして――


「ううん、ごめん。何でもなかったわ」

「んだよ?」

「いえ、ただちょっと思いのほか仕草が前に比べて女性化してきたなぁ、と思ったのだけれど。貴方を傷つけそうだから、自重したの」

「自重するなよ、そこはぁ! 教えてくれよ! つーか、結局傷つけると分かってを教えてくれたな、ちくしょう、ありがとう!」


 うがああああ、と頭を抱えて苦悩する賢悟。

 そんな様子に苦笑しつつ、己の中だけで誤魔化した言葉を反芻する。


『もしも、全部終わったとしたら、ケンゴはどうするの?』


 それを言うのは、何もかもがあまりにも早すぎて。


「まったく、愚問だったわね」


 小さく、自分自身にすら聞こえない声でレベッカは自戒の言葉を零した。

 どれだけ親しくなろうと、帰る場所は違うはずだから、と。

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[一言] 順当に行けば元の世界に帰るからねぇ
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