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第29話 激闘終えて、暗雲は

「リリー・アルレシア。大人しく、賢悟さんをこちらに渡して頂きたいのですが?」

「愚問が過ぎますね、マクガフィン。私が、主を裏切ることはありません」


 屋敷が崩壊した跡に、リリーとマクガフィンの二人は相対するように向かい合っていた。

 魔王ガエシアを倒した面子は、直ぐに賢悟の救出に向かおうとしたのだが、タイミング悪く空間の破壊の余波によって吹き飛ばされている最中らしい。

 つまり、現在この周囲でまともに動けるのはこの二人だけとなる。


「おやおやこれは、貴方の主はあの邪神の如き才女だったでしょう? それとも、捨てられたから、もう鞍替えですか? はははっ、これは驚きだ。貴方は随分と尻軽なメイドさんだったのですね?」

「安い挑発ですね。かつての貴方はもうちょっとマシな言い回しだったはずですが。なるほど、思いのほか、賢悟様の一撃が効いているらしい」

「…………」

「でなければ、その権能を使い、力づくで賢悟様を奪い去っていたでしょう」


 リリーは腕の中で眠る賢悟の体を強く抱いている。そして、同時に残った腕で拳銃を構え、問いかけと共に銃口をマクガフィンへと向けていた。


「実はもう、貴方はその端末を維持するのが精一杯なのでは?」


 淡々とした問いかけ。

 けれど、マクガフィンはその問いには答えず、黙して右手を振り上げる……のだが、何も起こらない。掲げた右手から、世界改変の霧は発生せず、マクガフィンの表情が歪んだ。

 それは苦痛に耐えるようであり、また、屈辱に憤怒する表情だった。


「ここまで、ですが。やれやれ、珍しく私、業腹ですよ。かつての仇敵の魂を持った相手を見逃さなければならないなんて」

「…………何の話でしょうか?」


 リリーは訝しげに眉を顰め、先を促す。

 無論、余計な事を口走ったり、魔術の発動を僅かでも完治したら、即座に端末を撃ち殺す心構えで。


「別に、ただの偶然で、因縁です。あるいは運命なのかもしれませんね。エリさんが選んだ男の魂。しかも、それが那由他の如く広がる異世界の一つからだとすれば、あぁ、まるで喜劇のようです。はははは! 笑うしかない!」


 ケタケタとマクガフィンは笑いだし、演者のように身振り手振りを付けて語り出す。


「捨てられた憐れな従者よ。私からの忠告です。貴方のような女と、彼は相性が悪すぎる。早々に別れた方がいい。薄闇を纏った影では、太陽の如き輝きを持つ英雄とは釣り合わない! やがて、その輝きに焼かれて身を滅ぼすことになるでしょう!」

「…………」

「だが、それでも貴方は寄りかからなければ生きていけないのでしょうね。貴方は影の魔王とは違い、単独の肉体と精神を持つ人間だと言うのに。まったく、その実、彼よりもよっぽど、誰かに寄生しなければ――」


 たぁん。


 軽やかな銃声と共に魔弾が放たれ、マクガフィンの頭蓋を撃ち砕く。

 汚らわしい赤の花を咲かせたリリーは、残りの銃弾もマクガフィンの肉体へと叩きこんだ。何度も、何度も、銃弾が無くなった後もしばらくトリガーを引き……やがて、拳銃を力なく足元へ落とす。


「賢悟様」


 リリーは無表情のまま、震える手を賢悟の横顔に沿える。

 かつての主の顔をした、何もかも違う魂の少年。

 リリーにとっては、エリの命令を遂行するだけの対象……それだけだったはずだ。


「賢悟様、賢悟様」


 ならばなぜ、リリーは今、何度も彼の名前を呼ぶのだろう?

 エリでは無く、賢悟と呼ぶのだろう?

 何故――――愛おしげに、賢悟の体を抱くのだろう?


「どうか、どうか私をお傍に置いてください。それだけで、それだけでいいんです」


 それはきっと、リリー自身でも明確には答えられない。

 答えた瞬間、リリーの中にある何かが決定的に崩壊してしまうから。



●●●



「う……ぐ」


 レベッカは勝利の余韻に浸る間もなく、吹き飛ばされた過去を思い出す。

 それは過去と呼ぶにはあまりにも最近で、ついさっきの出来事であるが、僅かな時であれ、記憶の連続性を失ったのならば、過去である。

 仲間と協力を重ねた勝利。

 その後に襲い掛かった理不尽な衝撃波。とっさにレベッカは出来る限り対消滅するように風の魔術を放ったが、その成果は精々この程度だ。


「皆、生きてる?」


 痛む体を無理やり立ち上がらせて、レベッカは霞む視界で周囲を見回す。


「…………あひゃ、ひゃ……生きてるけどぉ、ちょいと立ち上がるのは無理っぽいじぇ」


 レベッカの声に反応して、ヘレンが声を返すが、余裕がない。

 滲む視界を擦り、ヘレンの声の方へ歩み寄るレベッカが見たのは、ヘレンの奮闘の成果だ。あの時、いきなり巻き起こった衝撃波から、衛兵を含む全てを己の盾の後ろに転送。エイジスの防護機能をとっさに展開した結果、何とか全員守り抜いたようだった。

 ただし、急な空間転送と衝撃によってか、ほとんどのメンバーは意識を失って呻いているが。


「貴方ってば本当に、さりげなくいい仕事するわよね」

「あひゃひゃ、その分、ケンちゃんから色々取り立てる予定だかんね」

「別に良いけれど、本人が嫌がる事はしないであげてね?」

「そればっかりはやってみなけりゃ、分かんない」


 レベッカとヘレンの二人は、痛む体を抑えて談笑する。

 既に魔王は討伐し、周囲に敵意を感じる存在は無い。遠くで、マクガフィンの反応が消えた物も、しっかりと二人は感知している。故に、戦いは終わったのだと一息ついていたのだった。

 もちろん、最低限の警戒は怠っていないが、直ぐに安全な拠点に移るところまで実行できないのは、学生故に甘さとご愛嬌だろう。

 ともあれ、この夜における王都のトラブルはほぼ全て終了した。

 魔王は倒れ、策略は破れ、黒幕は立ち去った。


「ん、ん…………あ、あれ? 何がどうなってこうなったんだっけ?」

「おはよう、ルイス」

「はよー」


 その内、メンバーの中でルイスが最初に目を覚ます。

 何気に衛兵やギィーナたちよりも先の覚醒であるが、彼らは今の今まで前衛で頑張っていたのだから仕方ない。


「えっと、淑女のお二人。さっきの衝撃は一体?」

「さぁ? いまいち分からないけれど、屋敷内で起きた戦闘の余波みたいね。もっとも、それももう終わったようだけれど」

「……もう、横になっても大丈夫?」

「さっきまで横になっていたでしょ? 大丈夫よ」


 呆れるような、苦笑するようなレベッカの笑みを受けて、ルイスは脱力する。そのまま、背中から路面に倒れ込み、大の字に手足を広げた。


「いえー、完全勝利だぁ」


 勝負を決めたのはギィーナであるが、ギィーナはルイスの支援魔術を受けて全力を出し切ったのだ。ずっと、出来なかったことをやってのけてくれたのだ。思わず、ルイスの表情が緩むのも仕方ないだろう。

 だが、その緩んだ表情は数秒後、凍り付くことになる。


「…………あ、あれ? あのさ、二人とも……あれ、何?」


 何かに気付いたルイスは、震える指先を夜空へと向けた。

 夜空を仰ぎ見るようにして倒れたルイスだからこそ、いち早くそれに気づけたのだろう。


「あれさ、目の錯覚とか、幻覚とか、そんなん、だよね? ねぇ?」


 それはあまりにも巨大な物質だった。

 あぁ、一体どれだけの質量があれば、空を見上げる限りの『巨大な隕石』などが実現するのだろう? それはもはや、隕石と評するよりも、山、あるいは大地が空から落下してくると表現するに相応しい光景だった。

 落下の速度と質量で、今まで夜空を覆っていた暗雲が押しのけられる。

 地響きのような空気の擦れる音が、段々と大きさを増していく。


「あ、あんなの、無理じゃん……どうしようも、ないじゃん」


 震えるルイスの声が、絶望に染まった。

 無理もない。現在、空から墜ちてくる巨大隕石は、王都を押しつぶして有り余るほどの巨大さを有していた。このまま重力に従って大地に激突すれば、この大陸に大きな穴を空けてしまうほどに。

 あれこそ、最後にマクガフィンが残した嫌がらせの産物。

 この襲撃が成功に終わろうと、失敗に終わろうと、暗雲に隠していた巨大隕石を落下させる予定だったのだ。


「こんなの、こんなの……せっかく、皆で魔王を倒せたのに! こんなのって無いよ!」


 襲い掛かる理不尽を嘆くようにルイスは泣き叫ぶ。

 あまりにも圧倒的。

 魔王でも、悪辣な策略でもなく、ただ巨大なだけの石ころが自分たちを滅ぼすことが許せない。その無機質な絶望に、何もできない自分が悔しい。


「うひゃー、レベッカぁ! でっけー石ですな、あれ!」

「そうねー、でっかい石ね。あんな物量の召喚は難しいから、わざわざあんな高さで構築しておいて、空間固定しておいたんでしょうね。まったく、無駄に芸が凝っているというか」


 しかし、ルイスとは対照的に二人の態度は楽観的だ。

 一瞬、二人の正気を疑うルイスであったが、その考えはすぐに振り払う。接点の無いヘレンはともかく、レベッカの勇猛さは風紀委員として前から知っていたから。彼女は絶望するぐらいだったら、無力だと知りつつも最後まで抗う人間である。

 ならばなぜ? ルイスの疑問は、ため息交じりの二人の言葉によって解消された。


「まったく、つまらない嫌がらせ。だから、あのスーツは駄目なんだ、ばぁか」

「あの程度の石ころで本当にどうにか出来ると思っていないでしょうに。まったく、無辜の民を脅かすだけ、脅かして」


 涙目のルイスは二人の言葉を聞いて、ようやく思い出した。

 ここが王国という、最強の軍事力を持つ国家の中心だということに。



●●●



 彼は剣士である。

 重ねた年はとっくに五百を過ぎたエルフだ。

 エルフと言う種族は見目麗しい者が多いが、彼はその中でも一等美しい存在だった。すらりと伸びた手足に、鴉濡れ羽色の長髪。なにより、顔の造形が完全な美の手前まで至るほどの凄まじさだったのだ。


 だが、彼はそんな己の美には一切関心も、執着も持っていなかった。

 五百年生きた中で、彼が求めたのは一つの剣の極み。

 ただ、それだけを求めて剣を振るうエルフの体は、いつの間にか無数の傷が付き、美しかった顔も今では傷だらけだ。しかも、過去の激闘の所為か、右目は潰れている。

 黒皮の眼帯で覆われた彼の顔は、かつての彼を知る者が居たら大いに嘆くだろう。

 けれど、彼には一切の後悔などない。

 興味の無い美を失うよりも、積み上げた研鑽こそが、彼が誇る物なのだから。むしろ、激闘によって刻まれた傷は、恥じる物では無く勲章の如く誇る物だ。

 それでもなお、彼が外見に気を遣う点があるとすれば一つ。


「上空より超巨大飛来物を発見――これより、排除に移る」


 己の戦闘装束は、必ず軍服であること。

 腰に下げる獲物は、己が愛刀であること。

 ただ、それだけでいい。


「流転よ、風を纏え」


 彼はただの一跳びで、上空へ至り、そのまま虚空を足場に空を駆け上がる。

 腰に下げた軍刀には、短く風の魔術が付与され、鞘から放たれる時を待つ。


「一より別れて、那由他に至れ」


 そして、彼が抜き放った刃は落ちる巨大隕石へと奔っていく。

 最初、ただの一つの斬撃だったそれは、巨大な隕石に届くまでに無数に別れ、やがて、別たれた斬撃もさらに別れて――――僅か数秒で数億の数へ。


「切っても落ちる。砕いても礫が落ちる。ならば、マナに還元するまで細かく刻めばいい。それだけの事だ」


 やがて那由他にまで至った斬撃は、文字通り――巨大な隕石を消し飛ばす。

 一つの礫も残さず、周囲の暗雲すら全て掃き飛ばして、さながらそれは一つの絵画のように完成する。

 無銘の三番。

 彼が至った三番目の極致が、ことも無く絶望を消し飛ばした。


「任務達成……これより帰還する」


 彼の名はローデ・ベイリーワード。

 王国を守護する御三家、『蒼穹』のベイリワード。

 その当主にして、『世界最強』の二つ名を持つ剣士である。

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[一言] 最後の最後で良いところを持って行かれた感
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