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第25話 影なる従者

 シルベ・ハシセルンは才能の無い青年だ。

 今でこそ、二刀を自在に操り、敵を切り裂く達人ではあるが、初めからそうだったわけでは無い。

 種族はヒューマン。

 『マジック』に存在する数多くの種族の中で、もっとも数が多く、そして、もっとも貧弱だと呼ばれる種族である。

 しかし、ヒューマンはその数の多さから、特異な才能を持つ者――固有魔術の所有者が生まれるケースがある。要するに、ヒューマンは『例外』や『天才』が生まれやすい種族なのだ。


 では、天才として生まれなかった者たちはどうなるだろう?

 結果から言ってしまえば、天才として生まれなかったからと言って、無才という訳でもない。加えて、ヒューマンは秀でた種族特徴が無い代わりに、種族的な欠陥も少ない。あらゆる分野で器用貧乏、良く言えば万能なのだ。仕事さえ選ばなければ、この現代において生きていくことはそう難しくは無い。

 ならば、才能の無い者はどうしたらいいのだろうか?

 シルベはいわゆる、『何をやってもぱっとしない奴』だった。

 特別劣っているわけでは無いのだが、何をやっても目立った成果が得られず、評価されない。要領が良ければそれでも、世の中を渡っていくことも出来たのだろうが、それもまた才能の一つだ。無才であるシルベには、そんな器用な真似は到底できなかった。


 才能が無く、不器用に生きて来たシルベは、控えめに言ってもただの無能だっただろう。

 将来に何の展望も持てず、情熱を傾けられるほどの夢も無い。

 未来に夢を持てるのは、才能がある者だけの特権であるとすら、シルベは思っていた。それほどまでに、シルベは己の人生に絶望していたのである。

 だから、シルベが自暴自棄な行動に出るようになるには、そう遅くは無かった。

 どうせ愚図で無能な自分の命だ、好きに使って、好きに死のう。

 当時、実の両親にすら呆れられて見捨てられるほどだったシルベは、ある日、街の外に出て冒険者になる事を選んだ。

 つまり、遠まわしに自殺することを選んだのである。

 王国内は軍隊による駆除作業で、魔物が生息する地域は少ない。だが、少ないだけで居ないわけでは無い。おまけに、都市部や、生活区域の外は魔物ですらない獣がうろついていることが多々あるのだ。

 魔物ですらない野生動物。

 彼らは人間を積極的に襲うわけでは無いが、だとしても対応を間違えれば危険である。

 舗装されている道の傍を行くのであれば、それでも危険は少なくなるだろうが、あえてシルベは自ら危険な場所へと進んで行った。

 冒険者として、放棄されたダンジョンへと足を踏み入れたのである。

 ダンジョンは神世に通じる穴。

 そこには人知を超えた化物や、知恵を試すトラップが仕掛けられており――当然の如く、無才であるシルベはそこで、瀕死に陥った。


 無才である者が、ろくな準備もせずに結果を得られるほど、ダンジョンは甘くない。

 何もかもを諦めて、命を捨てようとしていた物が栄光を得られるほど、人生は甘くない。

 シルベの人生は何一つ、幸運と呼べるものは無かった。

 その時もそうだ。

 神様から唐突に才能を授かるような、そんな幸運はシルベにとって有り得ない。

ならば、


『契約をしよう、人間。お前の肉体を私に寄越せ。代わりに私はお前に生きる意味を与えてやろう』


 この運命を呼び寄せたのは、決して幸運などでは無く、彼の悪運によるものだろう。

 どうやら、シルベはどうあっても生き足掻くような人生を送らなければならない定めらしい。



●●●



 屋敷の外の騒乱は、当然、中に居る賢悟たちにも伝わっていた。

 賢悟の仲間たちがやってきたことも。

 王都に鳴り響いた警報も。

 そして、屋敷中に轟いた爆発音も全て。


「ぎゃー! ぎゃー! 死ぬ! 死んでしまう!」

「落ち着いてください、マホロ様。とりあえず、私が護衛しますので、外に出て衛兵の方たちと合流しましょう。賢悟様は自衛できますよね?」

「ついさっきテメェをぶちのめした奴に、何を聞いてんだか」


 カリスマモードが切れてしまったのか、マホロは普通に目を回して混乱している。そんなマホロを小脇に抱え、シルベは手早く移動を開始。賢悟も、シルベの後に続いて、避難を開始しようとしていたのだが、ふと違和感に気付く。


「――そこだな」


 違和感に気付いたのならば、とりあえず殴っておくのが賢悟である。

 己の勘を信じるというよりは、やって損では無いことはやっておこうという主義の人間だからだ。そして、それはこの場において重要な分かれ目となった。


「うおおおおっ!? あっぶな! あっぶないですね、もう! 完全に気配を消していたはずなのに、どうして分かるんだか。つくづく、貴方は思い通りにはならない人ですね。田井中賢悟さん」


 わざとらしい言い回しと、癇に障るような物言い。

 妙に平坦な声で特徴の無い声だというのに、人の神経を逆なでするそれ。それと共に、部屋中に霧が立ち込めて……やがて、人影が一つ姿を現した。


「どうも、お久しぶりです」


 黒服姿のヒューマン。

 ナナシのリーダー。

 王都を襲った未曽有のテロの主犯。

 マクガフィンと呼ばれる怪人が、三人の前に、柔和な笑顔を持って現れた。


「久しぶりだな、死ね!」

「相変わらず人の話を聞かない人だ!」


 賢悟は姿を確認した瞬間から殴り始めるが、マクガフィンが展開した障壁によって打撃が阻まれる。それを越えて打撃を届かせようと殴るのだが、妙なことに上手く手ごたえが得られない。どうやら、賢悟の打撃に合わせて専用の防御策を講じているようだ。


「ふふふふ、ですが今回はしっかりと準備をしてきましたとも」

「ほう? その成果がこれか」

「その通りでございます。どうですか? 私なりに貴方の拳に着いて研究し、視覚情報で得られる認識を――――」

「…………どうした? 早く言え」


 拳を止めて、言葉を促す賢悟の態度に違和感を抱いて言葉を止めるマクガフィン。そして、数秒思案した後に、合点が言ったように手を叩いた。


「ああ! なるほど、貴方は条理を飛び越えて拳を振るう癖に、こういう時は人の話を聞くのですね! そして、取得した情報から己の感性に合わせて、改めて拳を振るう。怖い怖い、何時もの如く、わざわざ解説していたら、また殴られるところでした」

「ちっ、無駄に鋭い奴め」

「貴方だけには言われたくないですね!」


 やっと賢悟の前で言葉を開く権利を得たとばかりに、マクガフィンは胸を撫で下ろした。


「やれ、これでやっと会話ができます。と言っても、今回は賢悟さんと会話をしに来たわけではありません。正確には会話をする必要が薄れた、という感じですね。まったく、因果や運命とは相性が悪いと思っていましたが、まさかこんな具合に上手くいくとは思いませんでしたよ。たまには脳筋の言うことも聞いてみるもんですね」


 べらべらと言葉を垂れ流すマクガフィンに、賢悟は不快そうに顔を顰め、マホロは驚きで目を丸くしている。

 だが、ただ一人、シルベだけは違う反応を取った。


「なるほど、外の出来事はガエシアの馬鹿がやらかしたから、ですか。相変わらず、あの馬鹿は思考能力が足りていないようです。まぁ、所詮は植物程度ですから、仕方ないのかもしれませんがね」


 飄々と、まるで旧知の仲に応えるように言葉を紡いだのである。


「同感です。一度成功したシイ様の奇襲を真似しても、二度目は失敗に終わりますよ、と警告したのですが、聞く耳を持たず。シイ様も我々の同盟から離脱してしまって。正直、もう王都では何も出来ないかと思っていたのですが……偶然、貴方がこの場に居てくれて助かりましたよ」


 シルベの言葉を受けて、マクガフィンは親しげな笑みを返す。

 賢悟は無言でシルベに拳を構え、マホロはただひたすらに戸惑うのみ。


「では、貴方の能力を用いて、手早く状況を終わらせましょう。いつもだったら、貴方の仮初を名残惜しむぐらいはやりたいのですが……賢悟さん相手に、それは不味い。この方に時間を与えるのはまずいのです。なので、どうかよろしくお願いしますよ」


 マホロの戸惑いをばっさりと切り捨てるように、マクガフィンはとある真実を口にした。


「影の魔王――――ベール・シュッテン・スキーニ」


 マクガフィンの言葉を証明するかのごとく、シルベの瞳が鮮やかな赤眼へと変わっていく。


「生憎、その名はもう捨てましたよ、マクガフィン。此処に居る私は、ただのシルベ・ハシセルンでございます」

「あ、え…………」


 怯えるように、シルベに抱えられたマホロは、シルベを見上げた。

 シルベはいつも通り、にへら、と気の抜けた笑みでマホロの疑問に答える。


「まぁ、そんなわけで実は私、魔王だったりするのです、マホロ様」

「…………い、いつから? だって、そんな、私と会った時から、お前の気配も、雰囲気も、何もかも変わっていない!」

「ええ、なので『最初から』ということになります、マホロ様」


 シルベの答えに、マホロは愕然とした。

 いくら知性を獲得しようとも、言葉を語ろうとも、魔物は神の呪いから生まれた生物である。故に、必然と本能として人間を殺さずにはいられない。

 しかし、シルベはマホロが知る限り、誰も殺さず、かつ、何事も無く常に自分の傍に寄り添っていたのだ。


「さすがは影の魔王ですね、ベール様……いえ、今はシルベ様ですか。人間に憑いたとしても、その殺戮本能をは失わないというのに――貴方はそれを耐えきった。今、この時まで。並大抵の精神で出来ることではありません」


 ぱちぱちと拍手するマクガフィンの態度は、マホロにとって最大の皮肉である。

 己が信頼する従者の殺意に、最初から最後まで気づかんかったことになるのだから。


「さぁ、シルベ様。賢悟さんは私が抑えます。なに、本気を出せば数十分は身動き一つさせずに拘束できますので――」

「ああん?」

「…………絶対に数十秒は固いので、その間に出来る限り早く『乗っ取って』ください!」


 マクガフィンと賢悟が相対し、互いにけん制を始める。

 いくら賢悟の拳が魔術師相手に優れていようが、マクガフィンはかつてのエリさえ認めた、大魔術師。少なくとも、何十人が集まって儀式をすることによって発動できる大魔術を、単独の詠唱のみで成し遂げられる規格外だ。

 魔王と呼ばれる存在が、賢悟がかつて戦ったシイと同格であるのならば、まさしく絶体絶命の危機だろう。


「ふむ、その前に一つ尋ねたいのですが」

「なんでしょうか? あまり余裕が無いので、手短に」


 シルベはにへら、と気の抜けた笑いでマクガフィンに訊ねた。


「マホロ様は、どうしましょう?」

「……ああ、なるほど」


 マクガフィンはシルベの問いかけに、朗らかな笑みと共に答える。


「殺しましょう。今までずっと我慢してきたのでしょう? なに、ちょっとぐらいの寄り道だったら構いませんよ」

「そうですか、では遠慮なく」


 気の抜けた笑顔を浮かべたまま、シルベはそっとマホロを降ろす。


「……あ」


 マホロは身を固くしたまま、茫然とシルベを見つめるだけ。

 何かを言おうにも、舌先が震えて何も言葉は紡げない。せめて、覇王らしく笑ってみようにも、手足が震えて立っているのが、やっとだ。


「では、マホロ様。今までありがとうございました」


 シルベは虚空から二刀を召喚し、両手に携える。


「おっと、邪魔はさせません」

「ちぃ!」


 賢悟の拳は、マクガフィンに阻まれて通らない。


「し、シルベ」

「マホロ様。ご安心を……ええ、痛みなどはありませんから」


 そして、二刀は残酷なまでに容赦なく振るわれて…………鮮やかな赤色が、シルベの執事服を汚した。

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