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第24話 花の魔王

 奇襲に対しての彼らの動きは早かった。


「エイジスシステム最大展開ぃ! そんな花火で、この盾は貫けませぇん! いえい!」


 ヘレンの魔装が鈍色の大傘を象り、上空からの火焔を全て防ぐ。

 自動防御に加え、使用者であるヘレンが最大出力で対抗魔術を展開したため、火焔は瞬く間に掻き消えた。


「流転は風を呼ぶ!」


 レベッカは魔術で風を操り、無明の闇から襲撃者の位置を割り出す。


「馬鹿メイド! 思念共有でそっちに位置データを送るわ! しくじるんじゃないわよ!」

「誰に言っているのですか、猫耳」


 位置データを受け取ったリリーは、その赤眼で闇を射抜いた。ヒューマンでありながら、夜目が効くリリーの射撃は、的確に襲撃者へ吸い込まれていく。

 下位の魔物なら一撃で、上位の魔物であっても数発でマナに返す特製の魔弾。それが一分間に六百発以上の速度で叩きこまれているのだ。跡形すら残らないと判断するのが、当然だろう。


「――愚かな」


 ならば、その銃弾の嵐を受け切ってなお、平然と降り立ったそれは一体何者だろうか。


「愚かで、脆弱な生物ですわねぇ、人間とは…………つくづく、こんなものが万物の霊長であるとは、認めがたいわ」


 リリーの魔導小銃によるフルオート射撃は確かに襲撃者を捉えていた。けれど、放たれた銃弾は襲撃者に触れる数センチ前の地点で、強固な壁にぶち当たったように強制停止させられていたのである。

 ヘレンとレベッカは一目で、それが膨大な魔力によって発生させられた魔力障壁だと理解した。同時に、それが人間では……いや、魔物だとしても到底有り得ない量の魔力の保有量でなければ発生させられない強度だということも、気付いてしまった。


「いっそのこと、一握りに全て潰してやりたいところなのだけれど……面倒なことに、田井中賢悟とやらと、ヘレン・イーグレスという人間は確保しないといけないのよ」


 パーティの前に降り立った襲撃者は、傲慢に言い放つ。

 闇の中でも虹色に輝く長髪をなびかせて。

 全身を金の装飾が施された、悪趣味なドレスで纏って。

 ヒューマンに近い造形をした長身の彼女は、堂々とパーティと衛兵たちに対して宣戦布告した。


「だから、出来る限り抵抗はせずに死になさい、人間。そっちの方が、お前たちも苦しまずに最後を迎えられるわよ?」


 自信過剰と言うよりも、あまりにも人間という存在を見下している発言。

 挑発ですらなく、ただの事実として語っているような、呆れるほどの上から目線。普通であれば、滑稽さすら覚えるほどの傲慢であるが……その傲慢に見合うほどの力を、この女は持っているのだ。


「テメェの物言いには聞き覚えがあるぜ」


 誰しも虹色髪の女が放つ威圧感に戸惑う中、ギィーナが槍を携えて、一歩前に出た。


「その俺たち人間をゴミクズにしか見ていないような物言いに、ありえねぇ魔力……はっ、まさかこんな短期間に二体目が現れるとは思わなかったぜ――魔王様よ?」

「ほう?」


 虹色髪の女は少々考え込む仕草をすると、にやりと侮蔑を滲ませた笑みを浮かべる。


「あぁ、そういえば、聞いていたわね。巨人の王がひと暴れした時に、無様に殴り飛ばされたトカゲが居たって。あれはお前だったのねぇ」

「――テメェ」


 己の牙が軋むほどに怒りが込み上げるが、ギィーナが持つ槍の矛先だけはぶれない。

 どれだけ侮蔑によって怒りを覚えようとも、既にギィーナの体は思考と別たれた領域で、最善のコンディションを維持していた。


「ふざけるなよ、このケバ女ぁ! ギィーナ君は凄いんだぞ! 確かに、前は噛ませ犬みたいなポジションだったけど、あれから色々修練を重ねているんだぞ!」

「うるぜぇ、ルイス。誰が噛ませ犬だ、こら」

「いたたた!? ギィーナ君、ギィーナ君! わざわざ構えをキャンセルしてまで、私を殴らないでよ! ほら、警戒、警戒ぃ!」


 ルイスとギィーナのやり取りは緊張感の欠片も無いように見えるが、その実、パーティの中で誰よりも虹色髪の女を警戒していた。

 かつて賢悟が死闘を繰り広げたあの黒い巨人と同格だとすれば、少しでも気を緩めてしまえばその瞬間に全滅してもおかしくないからだ。


「ふぅ、やはり人間は喧しいわね。我慢してあげようかと思ったけど、やっぱり無理かもしれないわ」


 虹色髪の女は、赤い両眼でギィーナとルイスを睨んで告げる。


「とりあえず、そこの二人ぐらいは消し飛ばしても構わないでしょう。ただの有象無象に過ぎない雑魚は、さっさと消えてもらった方がいいもの」

「上等だ。やってみろ」

「出来ることなら、私は狙わないで欲しい!」


 ギィーナとルイスは、虹色女の視線を真っ向から受けて立ち、そして――


「はい! 魔力障壁クラック完了ぅ!」

「パイルゥウウウウウウバンカァアアアアアアアアア!!!」

「無明の闇に散れ!」

「戦塵乱舞ぅ!」


 隙だらけだった虹色髪の女の魔力障壁を、ヘレンが干渉し、分解した。

 その後、間髪入れずにタイミングを伺っていた衛兵たちが突入。釘打ち機の一撃によって、虹色髪の女の頭部が弾け、緑色の鮮血が飛び散る。闇色の炎が、体を焼き尽くす。双剣による剣舞によって、灰すら残さず切り払われる。

 その間、二秒に満たない奇襲だった。


「…………」

「え、衛兵の人たちつよぉ!?」


 突然の出来事に、ギィーナは肩透かしを食らわされたかのように無言。ルイスはこっそりモブのような存在だと思っていた衛兵の活躍に、驚愕していた。


「ちょ、え? え? あの、ギィーナ君!? あの人たち、強くない!? え!? 普通の軍人さんだよね! 強くない!?」

「馬鹿お前、ルイス……普通、学生よりプロの軍人の方が強いに決まっているだろ。よほどの規格外は除くけどよ」

「当然よ、我ら王国が誇る守り手たちだもの」


 学生たちの賞賛に、一仕事終えたばかりの衛兵たちはやや照れくさそうに、頬を掻いたり、そっぽを向いたりしている。どうやら、あまり面と向かって褒められることには慣れていないようだ。

 ただ、そんな戦勝ムードの中でも、警戒を失わない者が二人居た。

 ヘレンとリリーである。


「あ、解析結果来たー。ヘイ、諸君ぅ! 警戒態勢なー! 多分、来るっぽい」


 ヘレンの言葉が終わるか否やというタイミングで、路面の下から地鳴りが響く。それは、地下深くから何か、巨大な化物が唸り声を上げていると錯覚するほど大きく、醜悪だ。


「さっきのは端末で、本体は地下に潜んでいた感じだねぇ! さぁ、てんかーい! ひろがって、ひろがって! 下からなんか魔術撃たれるかもー! 私のエイジスでも、ちょっと受け切れないレベルの大魔術かもー!」

「マジかよ、うぉい!」

「に、逃げてー!」

「ええい、落ち着きなさい、馬鹿ども! 私が出来る限り相殺してみせるわ!」


 パーティメンバーは各自が地下からの攻撃に備え、衛兵たちは己の身を挺してでも守るべき国民の盾と成ろうとして。

 そして、ただ一人、リリーだけが己の目的のため、攻勢に出ていた。


「賢悟様、今参ります」


 リリーは虚空から速やかに自動拳銃を召喚。

 その銃口を地面に向かって降ろすと、小さく、誰にも聞こえないような声で呟く。


「解除コード――我が忠誠は愛のために」


 呟きと共にリリーがトリガーを引くと、銃口から銃弾の代わりに光り輝く文字列のような何かが打ち出された。それは地面に吸い込まれるに消えていき、


「この面子なら死にはしないでしょう……では、お達者で」


 直後、地面が巻き上がるような大爆発が巻き起こった。

 それは地下の敵が放とうとしていた大魔術では無く、それよりも先に引き起こされた大魔術。リリーが放った文字列が、行使されようとしていた魔力を略奪し、別の魔術を強制的に生み出したのである。


「馬鹿メイドぉ!」

「なんなんだよ、あいつぅ!」

「死ねばいいのに!」

「ばぁああああああか! ばぁあああああかっ!!」


 爆発に巻き込まれた仲間の罵倒を背に、リリーは屋敷の中へ疾走して行った。

 控えめに言っても、外道の所業である。


「ごほ……皆、無事!?」

「辛うじてだ、クソが」

「い、いきてまーす」

「あひゃひゃ、魔装で弾いたよーん」


 爆発によって飛ばされた面々ではあるが、重傷を負った者はいない。多少、火傷や軽傷は受けたが、動くのには支障が無い程度だ。同じく、衛兵の者たちにも、行動不能な者は居ない。

 地下で起こった爆発故に、その爆風は全て、大魔術を放とうとしていた『本体』の方に流れて行ったのだろう。地上に居た面々が吹き飛ばされたのは、ほとんど余波に過ぎなかったようだ。


「あー、まったく、あの駄メイドは味方の存在を気にしないから困るわ。どんだけ、賢悟が好きにゃのよ、あの馬鹿…………ま、一応こっちが耐えられると思っての行動でしょうけど」


 服の土ぼこりを払うと、レベッカは猫耳をぴんと立てて立ち上がる。

 そして、大爆発で出来た目の前の大穴を睨むと、周囲の仲間たちに向かって声を張り上げた。


「各自、警戒! まだ魔力反応が生きているわ! 死んでいない!」

「おいおい……タフにもほどがあるだろうが」

「うっわー、戦いたくなぁい」


 ギィーナは舌打ちと共に、足元の槍を蹴り上げて、警戒を崩すことなく槍を手にする。ルイスも、口をへの字に曲げながらも、魔導具の杖は手放さない。


「んんー? 魔力が続く限り、マナの再構成によって肉体を修復しているのかねぇ? どちらにせよ、伊達に魔王ではないってことかもー」


 ヘレンはぶつぶつと推論を呟き、衛兵たちは静かに己の武器を構えた。


「――我を虚仮にしたわね、人間ども」


 大穴から這い上がってきたのは、醜悪な怪物だった。

 中心に眼球のような巨大な種子が存在し、そこから触手の如き根が、幾千と生えているのだ。まるで、まりもやウニにも似た造形だが、根の先からは人間の形をした肉が、次々と産み落とされている。


「許しが無い」

「この侮辱」

「貴様らの血と絶叫で」

「贖わせてもらうわ」


 産み落とされた分身たちは、断片を継ぎ合わせるかのように言葉を繋ぐ。


「我が名はガエシア・エゼン・ムーン」

「美しき花たちを総べる彩色の王」

「魂に我が名を刻みつけ」

「恐れおののき――」

「死ぬがよい!」


 膨大な魔力の奔流と共に、ガエシアは慢心を怒りで塗り替える。

 冷静な判断では無く、狂気を孕む怒りを持って、全力を発揮する。


「かかってきなさい、魔王ガエシア。その傲慢ごと、私たちが灰塵に還してあげるわ」


 ガエシアの全力に、レベッカが一番槍に啖呵を切り返す。

 レベッカの啖呵に続き、パーティメンバーはガエシアの怒りに震えることなく、立ち向かって行った。

 月も無い暗い夜。

 夜の帳を破るように、激動が始まる。

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