第16話 恐るべき光景
賢悟が無事に退院してから、一週間後のことである。
ギィーナとルイスという学園内では見慣れたコンビが、街中を歩いていた。繁華街から少し離れた路地。少し入り組んだ道を歩いていくと、知る人ぞ知る美味しいコーヒーを出す喫茶店があるらしい。
「ほらほら、こっちだよ、ギィーナ君」
「そんなに急いでも店が逃げるわけでもねーだろ? それとも、直ぐに満席になるほど人気店なのか?」
「いやいや、知る人ぞ知る所だから。そんなことはないけどさー」
「だったら、少しは落ち着けってんだ」
二人とも、今日は学園の講義の無い日だったので、ちょっとお洒落な喫茶店にでも繰り出そうと、朝から並んで歩いていたのである。
「ふふふーん! ギィーナ君に見せたい物があってさ! 絶対驚くよ、ギィーナ君。腰を抜かすかもしれないね!」
「俺が腰を抜かすって、どんな喫茶店だよ、それ」
呆れたようなため息を吐くギィーナと、その顔を見て楽しげに笑うルイス。
傍から見れば、ドラゴニュートとヒューマンの一風変わった恋人同士に見えるかもしれないが、二人とも男だ。性癖は共にノーマルである。
「いやぁ、私は初めて見た時に自分の正気を疑ったね。十分ぐらいかけてやっと、現実だって理解したけど、未だに信じられないもん」
「意外と精神が太いお前がそこまで言うとはな」
見た目が完全に少女のルイスだが、中身は鋼のメンタルを持つ男子だ。なにせ、一般人だったらトラウマ確実。下手したら精神病院にでも入院しかねない凄惨な光景を目のあたりにしておいて、今ではけろりと日常生活を送れているのだから。
そんなルイスが正気を疑うとまで言ったのだ。渋々連れてこられたギィーナとしても、少しばかり興味が出て来たらしい。
「ふん。だが、俺は勇敢なるドラゴニュートの戦士だからな。どんなことにも動じんさ」
「ふふふふっ、その余裕が何処まで続くのか、見ものだね……あ、ほらほら、あそこだよ」
ルイスが指差した先にあったのは、ごく普通の喫茶店だった。
木造作りで、ひっそりと隠れるようにビル同士の隙間に建っていた。
店名は『まほろば』と共通言語で書かれている。なお、『サイエンス』では通じる意味を持つ言葉であるが、この『マジック』には存在しない言葉だ。故に、この店の常連だとしても、未だにこの店名の意味を知る者は少ない。
「外装は普通だな。隠れ家的な喫茶店という感じで、良い雰囲気じゃないか」
「でしょ? 普通にいい感じの喫茶店なんだよ、此処。コーヒーも美味しいし、結構サイドメニューも充実しているし。でも、今回見せたいのは違うんだなぁ」
「ふむ?」
にやにやとルイスが愉快そうに笑みを浮かべている。
一体、何がこの店の中に待っているのかと、ますますギィーナの疑念は深まっていく。
「まぁ、見ればわかるか」
だが、悩むのも馬鹿らしいとさっくり疑念を切り捨て、ギィーナはさっさとドアを開けて店内へと入る。基本的に戦闘以外の事で頭を悩ますのは、ギィーナは嫌いなのだ。
「いらっしゃいませー♪」
からんころん、とドアのベルが鳴ったかと思うと、元気のいい女子の声が店内に響く。柔らかく、けれど力強さを感じさせる美声だった。
「二名様でよろしいでしょうか?」
声の主はパタパタとスカートの裾を揺らしながら、二人の元へ歩いてきた。そして、笑顔で接客を開始する。
「…………」
「ぷ、くくくっ、あ、はい、そうです……ぷぷっ」
そのウェイトレスの姿を見て、ギィーナは大きな口をあんぐりと開けて呆然と。ルイスは込み上げてくる笑いを必死に押させて、答える。
「では、ご案内させていただきますねっ♪」
にこやかに対応するウェイトレスは、まさしく美少女だった。
白銀のショートヘアに、同色の銀眼。健康的な美肌と、思わず見惚れてしまう成長途中のプロポーション。モデルのように完成されたそれより、成長途中のそれは、少女らしさを強調して可愛らしい。身に纏っているのは、ロングスカートのメイド服。ファッションとしての物では無く、作業服としてのシンプルなデザインだが、返ってそれがウェイトレスの可愛らしさを際立たせていた。
「…………なぁ」
「はい、なんでしょうか、お客様?」
「…………」
そんな美少女メイドウェイトレスへ、ギィーナは震える声で訊ねた。
「お前、何しているんだよ――――ケンゴ」
「見ての通り、ウェイトレスですよ、お客様♪」
そう、この美少女メイドウェイトレスは賢悟だった。
普段から、仏頂面をしている賢悟だった。
極力女性の服を着るのを嫌う賢悟だった。
誰かに愛想なんて使うこと自体が珍しすぎて、流れ星レベルな賢悟だった。
そんな賢悟が、今、ギィーナの目の前でウェイトレスをやっているのである。しかも、とてもにこやかな営業スマイルを浮かべて。
「ケンゴ、その、大丈夫か? なにか、辛いことがあったのか? それとも何かひどい後遺症があったのか? 相談に乗るぜ?」
思わずライバル的なポジションを自称するギィーナが優しくなるのも仕方ないだろう。
「あははは、お客様。『私』は至って健康ですよー」
「うわぁ! うわぁ! なにこれ!? なんだこれェ!?」
だが、そんなギィーナの優しさも、ちょっと困ったように笑ってスルーする賢悟。
勇敢なるドラゴニュートの戦士でも、急に人格全てが書き換わったような対応をされれば、そりゃ混乱もする。ついでに寒気も走る。
「では、こちらへどうぞ」
「おおい、ケンゴ? 正気か? お前は果たして正気なのか?」
「はい、正気です。後、お冷で御座います」
賢悟は、ギィーナの質問を受け流しつつ、慣れた手つきで作業を進める。そして、にこやかに「ご注文が決まったら、手元のボタンでお呼びください」と、去って行ってしまった。
「…………ルイス、あれは何だ?」
「あはははは! どう? 驚いたでしょ?」
「驚いたとかそういうレベルじゃねーぞ、あれ!? 前にダンジョンであった『強制混乱』トラップ並みの代物だったわ!」
賢悟が真面目にウェイトレスをしている姿と、即死の可能性もある『強制混乱』のトラップは、ギィーナの中では等しく危険らしい。
「バイトだってさ」
「バイト!? バイトっていうのは、人格をあそこまで変化させるものなのか!?」
「やだなぁ、ギィーナ君。あれは全部賢悟君の演技だよ?」
「むしろ演技じゃなかったら、どうしようかと思っていたぜ!」
ギィーナにも、賢悟が演技をしていることぐらいわかっている。そんなもの、にこやかな営業スマイルの奥底に沈められた、狂わしいばかりの怒りを察すれば嫌でもわかるだろう。
だが、問題はそこでは無い。
「どうしてケンゴは、あんな演技までしてこのバイトをしてんだよ?」
問題は、そのような賢悟がそのような演技をしている理由だ。女と呼ばれることを嫌い、出来る限り男として生きようとしている賢悟が、わざわざメイド服を着てウェイトレスのバイトをする理由。
よほどの事でなければ、賢悟は怒りを押さえつけてまでこんな真似はしない。
「んー、それは――」
「それは! ミーがケンゴにお願いしたからデースヨ!」
ルイスの声を遮るようにして現れたのは、チャイナドレスを着たエルフだった。緑の髪に、金の瞳。たれ目がちだが、常に何かを面白がって観察しているような印象を抱かせる目つき。長身で、たわわな胸がドレスの下から存在を主張している。
「アンタは……ハルヨ先輩?」
「そのとーり! お久しぶりデスネー、ギィーナ!」
チャイナドレスに身を包んだエルフの名前は、ハルヨ・スタンフィールド。
戦術科の上級生であり、ギィーナの先輩にあたる人物だ。
「なんでそんな恰好なんっすか?」
「むふふー、エロいでショウ?」
「自分、鱗が無いタイプはちょっと……」
「オー! そういえばギィーナは巨乳の加護が効きませんでしたネー」
けらけらと笑うハルヨに対して、ギィーナはどことなくやりづらそうに視線を背けている。どうやら、ハルヨはギィーナにとって苦手なタイプのようだ。
「あ、あの……ギィーナ君、この人は?」
「ああ、ルイスはまだ会ったことが無かったな。この人はだな、まぁ、俺ら戦術科の先輩にあたる人で、そんで、まぁ――」
ギィーナはハルヨに視線を向けて、畏敬を込めて言葉を続ける。
「エルメキドン学園で、一番強い学生だ」
「イエース! アイム、サイキョー!」
お道化て舌を出して見せるハルヨを見る限りでは、ルイスは到底信じられないだろう。
このエルフこそが、学園第一位にして、最強。
そして、学園内で唯一、単独でダンジョン――『神世へ繋がる異常空間』への立ち入りを許可された学生である。
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ダンジョンとは『マジック』における自然現象であり、また、魔物と等しく、災害である。
『マジック』は古来から、突然変異的に神世へと繋がる空間が発生する。それがダンジョンだ。ダンジョン内は何者かの意思によって作られており、意図的にトラップや魔物、あるいはガーディアンの類が設置されている。そして、ダンジョンの最奥には、ダンジョンの難易度に見合った『アイテム』がこれ見よがしに置かれている。『アイテム』を手に入れると、ダンジョンは「役割は終わった」と言わんばかりに自然消滅。その際、ダンジョン内に居た者たちは、空間転移によって安全に帰還させられるという仕組みになっている。
魔物が神の呪いによる産物だとすれば、ダンジョンは何者かによる作為的な試練だ。今のところ、一番有力な説が『神世の住人達の暇つぶし』であるが、それを証明する手段を、今の人類は持っていない。
ただ、ダンジョンの報酬として与えられる『アイテム』は人類にとって非常に有用である。
例えば、どんな病気だろうが一口で消し去ってしまう万能薬。
例えば、どんなに硬い物質だろうと切断することが可能な大鋏。
例えば、異世界の超技術で作られた何か。
難易度によって得られる『アイテム』の質は違ってくるが、最下級のダンジョンの『アイテム』だとしても、売り払えば一年は遊んで暮らせる金が入ってくるだろう。
ダンジョンを踏破できれば、の話だが。
最下級のダンジョンでも、訓練を受けていない者が好奇心で侵入すれば、確実に死ぬ。鍛えた武人だとしても、単独で侵入すれば、八割の確率で死ぬ。精鋭の軍人たちが、訓練を受けてようやく、死亡率を三割以下にまで落とすことが出来るのだ。
これで、中級、上級と難易度が上がってくれば、国がダンジョンを処理できずに持て余し、封印処理を施す物も少なくない。
しかし、そんな地獄のような空間へ、栄光と財宝を求めて挑戦する者たちが居る。
そんな命知らずたちを指して、万民は彼らをこう呼ぶ――『冒険者』と。
「まー、そんなわけでケンゴはミーに弟子入り志願したのデス! その対価として、ミーが出した条件は一つ。ミーがオーナーをやっている店で、一週間看板娘として働くこと、デース!」
そして、このいかにも怪しい口調の巨乳エルフは、外見からではとても想像できないだろうが、超一級の冒険者である。
故に、賢悟は将来のことを見据えて、苦渋の耐えていたのだった。以下に道化を装っていようが、学園内で最強の学生であることは事実。おまけに冒険者としての心得もあるならば、いずれ受けるフィールドワークの試験対策としては、このエルフの教えを受けるのが一番手っ取り早いと。
「むふー、ケンゴはよく働いてくれてマースネ! ミーはとても嬉しいヨ?」
「あははは、先輩の弟子になる為ですから。私、頑張っちゃいますよ♪」
そんなわけで、賢悟は内心血反吐を吐きながら、ウェイトレスとして従事しているわけなのだ。しかも、退院初日からずっとであり、今度は胃潰瘍で入院しそうなレベルで内面にダメージを受けている。
だが、賢悟はやめるわけには行かないのだ。
どうしても、賢悟はハルヨの力を借りねばならない。加えて、ハルヨは――
「ハルヨ先輩にこき使われるとは、不憫だな、ケンゴ」
「愉快だよねー。いつもは仏頂面の賢悟さんがこんな格好しているなんて……あ、ウェイトレスさぁん。この、『メイドさんの愛情たっぷりオムライス』くださーい!」
「…………はーい、わかりましたぁ♪」
それはそうと、バイトが終わったら絶対にルイスをシメてやろうと決意した賢悟であった。
「んじゃ、頑張れよ。俺と戦うまで死ぬんじゃねーぞ」
「ぷくく、またねー。そのメイド服、良く似合っているよ♪」
ギィーナは憐憫と共に激励を、ルイスは完全なからかいの言葉を残して去って行った。
「良い友達デスネー、ケンゴ。特にギィーナはミーのおすすめデスヨ」
「ええ、私の自慢の友達ですよ、オーナー。女装している方は後で復讐しますが」
「アハハハ、素直にそう言える関係を築ける友達が居るのは、羨ましいネ」
賢悟が約束していた労働のシフトは今日の午前中までだ。なので、ハルヨは監視がてらに、自分の店の査察にやってきているのだ。と言っても、この喫茶『まほろば』は主に無口で無骨な中年マスターがほとんど一人でやっていて、今は臨時看板娘として雇われた賢悟と合わせて二人だけのスタッフである。昼時間でも、あまり混まないおかげか、マスター一人でバイトだけでも充分回せるらしい。
ただ、全てが万事上手くいっているわけでは無い。
「お待たせしました。『メイドさんの愛情たっぷりチャーハン』です♪」
「おお! すげぇ、マジでこれ、メイドさんが作ったの!?」
「えへへ、愛情たっぷり入れておきましたからぁ♪」
時々、賢悟はウェイトレスの他にも、このようにコックの役割も任されることがある。しかも、媚をたっぷり込めた台詞も言わなければならないという、憤死モノの屈辱も加えて。体力と精神力がガリガリ削られるメニューなので、賢悟はこの系統の注文が入ると、内心舌打ちして客の突然死を願ったりする。
「んー、さすがケンゴデスネー。内面を鉄仮面で押させつけるその精神力……そう、実はこれは弟子にするための試験だったのデス! なんかこう、精神的なテスト的ナ!」
もちろん、ただの戯言である。
それどころか、賢悟に要求したこの対価だって、ただの暇つぶしに過ぎないだろう。
ハルヨは基本、その場のノリで適当に嘘や真実を織り交ぜて話をするので、真面目に話を受けてはいけないのだ。もっとも、『約束』をした場合は別であるが。
その後、賢悟は数々の屈辱を噛み砕いて、飲み干しながらウェイトレスを続けていく。
「け、けけけけ賢悟様がメイド服姿と聞いてぇ!」
「帰れ」
途中で変態が一人やってきたが、店に入ってくる前に打撃して放り出すことで事なきを得た。店に入る前に倒してしまえば、ウェイトレスとして対応しなくてもいい。相手が知り合いかつ、殴り飛ばしても心が痛まない相手だからこそできる裏技だった。
「…………ふぅ」
およそ朝から四時間程度の労働を経て、賢悟はやっと最後のシフトを終えた。
己の衝動のまま、メイド服を破り捨てて焼却処分したいのだが、借り物なのでぎりぎり理性がそれを留めた。後で、一式洗ってハルヨに叩き付ける予定に変更だ。
「……うっし」
不快感しか抱かなかった服装から、何時もの赤ジャージ姿へ。
威風堂々と、唇の端を釣り上げながら、ハルヨへと迫る。
「よぅ、先輩」
「ヤァ、ケンゴ。よくぞ我が試練に打ち克ったネ! 約束通り、君を、ミーの弟子にしてしんぜヨウ!」
ハルヨは賢悟から鋭い敵意をぶつけられても、笑顔を崩さない。それどころか、面白がって笑みを深めてさえいるようだ。
「あぁ、俺らの天使が修羅に戻ってしまった!」
「だがそのギャップも良い!」
「中身が男!? そんなの関係あるか!」
「むしろ、それが良い!」
「ジャージの芋っぽさも素敵だぜ!」
もっとも、背後の常連客は大盛況になっているが。
「確かに、それも肝心だ。だがよ、今はもっと大事なことを効きたいんだよ、俺は」
「オー、確かに。弟子にするのともう一つ、二つ合わせての対価でしたネー。約束には、ちゃんと応えないといけませんカラ」
うんうん、と演技臭く頷くハルヨ。
「ええ、それでは教えてあげまショウ」
お道化るように手を広げて、ハルヨは賢悟へと囁いた。
「――――『東の魔女』の居場所を、ネ」




