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第12話 黒き巨人と意地

 巨大な生物は鈍重である、という印象は無いだろうか?

 例えば、怪獣映画などで正義の巨人と、怪獣の一騎打ちなどは、普通の殺陣に比べていささか遅いと感じてしまうことがあるだろう。

 それは、決して間違いでは無い。確かに、巨体を持つということは、その分、強大な質量を己で動かさなければならないという制約が存在する。故に、己の重さで体が自壊しない程度の速度で、巨体を動かさなければならないのだ。


 しかし、だ。

 もしも巨体を構成する物質が特別に強靭であり、己の質量で自壊しないという前提があったとすれば…………その前提は覆る。


『ゴガァ!』


 咆哮と共に、巨人は舗装された道路を蹴り、駆けた。強靭な筋肉繊維で作り上げられた肉体は、疾風の如き速さを伴って、巨大な質量を移動させる。


「――だぁ!?」


 最初に、ルイスを押し飛ばして庇ったギィーナが、その突進の餌食となった。総重量一トンにも及ぶ巨体の、超高速による突進。それは、いくら屈強なドラゴニュートの体を持つギィーナと言えど、耐えきれるものでは無かった。

 ごきゃ、という骨が折れ、肉が潰れる嫌な音がいくつも鳴って、ギィーナの体は錐もみに回転。そのまま、無残に道路へ倒れた。


「ギィーナ君!?」

「やめろ、お前が喰らったら死ぬぞ」


 庇われたルイスは、驚愕と共に、倒れ伏すギィーナに駆け寄ろうとする。だが、それよりも先に、賢悟が腕で制した。


「多少骨が折れて、内臓も傷ついているが、死んだわけじゃない」

「で、でも、手当しないと……」

「あいつが、させてくれると思うか?」


 巨人の魔物――サイクロプスは、ギィーナを弾き飛ばした後、油断なく二人の方へと視線を向けていた。ギィーナに止めを刺さないのは、その瞬間を狙って賢悟が一撃を放つことを予測しているからだろう。もしくは、死体よりも、中途半端に生きている人間の方が、何かと都合が良いことを理解しているからか。

 なんにせよ、間違いなくサイクロプスは知性を有していた。それも、ウルフとは比べものにならない……否、間違いなく人類と並ぶほどの知性を。


『ガァ!』


 故に、サイクロプスは容赦なく突進を続ける。理解しているのだ。並大抵の人類であるならば、己が全力でぶつかるだけで死に絶えると。それが一番効率が良いと。

 突進の対象は、当然の如くルイスだ。サイクロプスは、先ほどギィーナがルイスを庇ったのを見て、学習したのである。

 こいつは、足手まといであると。


「ったく、この体でどこまでやれるかねぇ!?」


 賢悟は冷や汗を背筋にたっぷりと掻きながら、ルイスを庇うように前へ踏み出す。


「――しぃっ!」


 そして、愚直なほどに全力で突進してきたその巨体を、『投げ』た。ルイスを賢悟ごと押しつぶすはずだった巨体が、ぐるんと、前転するように投げ飛ばされたのである。


『ガッ!?』


 混乱の声を上げて、路面に叩き付けられるサイクロプス。

 無理も無い。巨大に生まれ、巨大に育ってきた巨人が、己より小さい生物に投げ飛ばされたのだ。状況を理解できる知性があるからこそ、余計に混乱してしまうだろう。


「しっ、しっ、しやぁ!」


 次いで、賢悟はサイクロプスの混乱を見逃さず、三つの打撃を叩きこむ。ウルフの時と同じ要領で、脳、肺、心臓と、衝撃に脆い部分を打ち抜く……のだが、


『ゴガァアアアアアアアッ!!』

「くそ、魔力で内側も強化してやがるな……厄介な」


 強化魔術が発動されており、柔い内側すらも、ある程度の打撃に耐えうるほどになってしまっている。まったく効いていないというわけではないが、今の賢悟の打撃力で、絶命まで持って行くのは困難だ。


『ガァアアアアアアッ!』


 思わぬ反撃を受けたサイクロプスは、怒り狂い、賢悟を標的に定める。突進だけでは無く、巨椀で薙ぎ払うような攻撃や、細かく刻む攻撃を繰り返す。


「ちっ、やっぱり一度やられたら学習するよなぁ、おい! まったく、元の世界の不良より頭いいな、こいつ!」


 サイクロプスの攻撃を逸らし、流し、躱し続ける賢悟だったが、その顔に余裕はない。全力で突進してくるような愚直な攻撃なら、まだ完全に力の流れを操ることは可能だったが、今は細かく刻むような攻撃だ。攻撃の間隔が短くなれば、その分、流れを操るのが難しくなるのは当然である。

 まして、賢悟の本領は、この合気という技術を用いた受け流しではない。今はなんとか、見様見真似でこなしているだけ。達人というレベルには程遠いのだ。


「と、なると――」


 賢悟は一瞬にして周囲を見渡し、現状を確認する。

 まだ周囲に一般人は取り残されているが、幸いなことに人数は少ない。うまくやれば、被害は最小限に抑えられるだろう。そして、使える要素と、仕込みの経過を見届けた。


「こうなるかぁ!」

『ウガ?』


 賢悟は、体を丸めるように縮め、サイクロプスの攻撃の嵐をすり抜ける。すり抜けた後は、勢いよく路面を蹴り飛ばして、目的の場所まで疾走を開始した。

 そう、『武器屋』という、『サイエンス』ではめったに見られないファンタジーな店の前まで。


「あ、ちょっとアンタ――おふぅ!?」

「はいはい、御免よ」


 幻術により状況を理解できない店員を一瞬にして気絶させ、賢悟は躊躇いなく武器屋の品を手にする。手にして、


「うらぁ!」

『ゴガ!?』


 そのまま容赦なく、サイクロプスへと投擲を開始した。

 美しい刀剣だろうが、銃器の類だろうが、槍だろうが、鎖鎌だろうが、あるは大槌の類だろうが、投げられる物は手あたり次第、投擲してく。

 はっきり言って、乱雑な投擲だった。勢いだけはあり、何もせずに受けたら、サイクロプスが軽傷ぐらい追うかもしれない。その程度の、嫌がらせ程度の投擲。


『グガァアアアアッ!』


 当然の如く、サイクロプスは巨大な両腕を持って振り払う。

 まだ、賢悟が魔力を持っていて、魔導具の類に魔力を通した上での投擲ならば、あるいは脅威を感じたかもしれないが、これではただの目くらまし程度だ。

 そこで、サイクロプスは気づく。

 この投擲は、目くらましだったのではないか、と。横目で周囲を確認すれば、つい先ほどまで、サイクロプスが歯牙にもかけていなかったヒューマン――ルイスが、忍ぶように走っていた。加えて、ルイスの視線の先には、無数に突き立てられた武器と、倒れ伏すギィーナの姿が。


『グガガガガガガッ』


 なるほど、そうかとサイクロプスは笑った。

 先ほどの投擲は文字通り、目くらまし。本命は、ルイスによるギィーナの回復。もしくは救出であると。


『ガァ!!』


 だからこそ、サイクロプスは人間の小賢しさに苛立ち、標的を変更した。

 スカートを揺らし、涙目で駆けて行くルイスの後ろ姿。それを、丸ごと頭から潰せるように、ぎちりと右腕に渾身の力を込めた。


「ちっ! おい、デカ物! こっちだ、こっちぃ!」


 サイクロプスは背後の投擲を意識から外す。後ろの人間の打撃は鬱陶しいが、投擲は大したことは無い。受けたところで、どうにもならない。それよりも、肝心な場面で打撃を受け、攻撃を中断しないよう、渾身を込めることが肝心だ。

 一度放たれたら、己でも止められないように。


『――』


 渾身の一撃は、叫び声すら上げる間もなく放たれる。

 駆けて行くルイスは、どうしようもなく、遅い。ギィーナの元に辿り着くよりも先に、巨大な拳によって潰されるのは目に見えていた。

 事実、サイクロプスの単眼には、その光景が未来予知のように見えていた。そう、己が憎き人間たちの希望を潰す瞬間が。


「エルメキドン流槍術――――空蝉殺し」


 けれど、その未来は、視認すら不可能な一閃によって消し飛ばされた。

 呟かれた言葉が、サイクロプスに届くことは無い。当然だ。それは宣言を意味する言葉では無い。己の一撃によって、幕引きとなったという証明の言葉だ。


「テメェは知らなかっただろうな。俺が、ドラゴニュートが、並外れた耐久力を持つ人間だってことを。だから、俺から意識を外した」


 ゆっくりと、言葉の主であるギィーナは立ち上がる。

 右腕には、いつの間にか握られていたのか、一本の槍が。そして、その槍は先ほど、賢悟が乱雑な投擲の際に投げたうちの一本だった。

 立ち上がっていくギィーナとは対照的に、サイクロプスの巨体はゆっくりと傾いていく。

 その巨体には、振り下ろされた右腕と、首から上が存在していない。不可視の絶技によって、消し飛ばされたからだ。


「俺を舐めたのが、テメェの死因だ。デカブツ野郎が」


 完全に立ち上がったギィーナは、血反吐と共に、己の勝利を吐き捨てるように告げた。

 己が貫いた、巨大な敗者を見下して。



●●●



 種を明かしてしまえば、それは作戦とも呼べない稚拙な物だった。賢悟は単に、ギィーナが気を失っている振りをしていたので、うまくそれに乗っかって囮を買って出ただけである。後は、武器屋が見えたので、少々強引に武器を入手。後は、それをサイクロプスにばれないように、ギィーナの近くへ投擲すれば、なんとかなるだろう、という楽観交じりの推測だった。


「ふん、さすがは学園有数の槍使いだな……正直、見直したぜ」

「けっ! テメェに見直されても、どうせ喧嘩を売られるだけだろうが」

「いや、残念ながら私闘禁止令が保護者から出てなぁ」

「ざまぁ!」


 賢悟とギィーナは互いにボロボロになっているというのに、減らず口を叩き合う。

 賢悟の方は、目立った怪我こそない物の、体力が底を尽きかけてフラフラであり、ギィーナに至っては、骨が砕け、肉が裂け、全身血みどろである。


「ふ、二人とも! 呑気に話してないで早く逃げようよ! さっきみたいな奴が来たら、もう戦えないよ!」

「…………ちっ、だとよ、女」

「お前に言われなくても分かっているぞ、トカゲ」


 ただでさえ疲労している上に、ギィーナが血を流しているのだ。時間が経てば、ウルフタイプのような、嗅覚の優れた魔物が嗅ぎ付けてくる可能性が高い。それまでにせめて、少しでも学園の近くに非難すべきだった。学園内であれば、戦術科の学生たちに加えて、衛兵、教師陣など、戦力を期待できる面々がたくさんいるのだから。

 だからこそ、『敵』は対象が学園内から出るのを待って、行動を開始していたのだ。


『――見事だ、矮小なる人間ども』


 それは、厳かな声だった。

 魂が揺さぶられるような、重低音。

 生物であるのなら、本能が否応にでも警報を鳴らす、絶対強者の声。


『まさか、我が眷属まで砕かれるとは思わなんだ』


 声は、気付けば賢悟たちのすぐ目の前から聞こえていた。

 けれど、姿は見えない。恐ろしく強大な気配はあると言うのに、姿は見えない。

 ガシャン、ガシャン、という不気味な金属音は嫌というほど聞こえるというのに。


『故に我は、戦士として貴様らに敬意を示そう』


 賢悟たちは目を凝らすことで、やっと気づく。

 目の前にある風景、空間が…………徐々にひび割れていくことを。

 声は、そのひび割れの奥から聞こえていたことを。


『敬意を示し――――選択の機会を与えようではないか、田井中賢悟。異世界の客人よ』


 やがて、ひび割れが拡大していき……声の主が姿を現す。

 それは、漆黒の全身鎧を纏った巨人だった。しかも、先ほどのサイクロプスの倍近い身の丈がある。もはや、生物というより災害と呼ばれる存在だ。

 そして、その全身鎧の巨人の背後から、先ほどとサイクロプスと同種の巨人たちが現れる。次々と。少なく見積もっても、十以上の数が。


「…………くそが!」

「あ、あぁ…………」

「おいおい、マジかよ」


 突然現れた絶望に、ギィーナは苦し紛れに毒づき、ルイスは目を見開いて震えるのみ。賢悟でさえ、苦笑するしかないという有様だ。


『貴様が大人しくこちらに下れば、その友人二人は見逃そう』

「…………驚いた、魔物が人類に交渉とはな」


 諦観と絶望で押しつぶされそうな精神を奮い立たせ、賢悟は鎧の巨人に言葉を返す。


『ふむ……エリの記憶から我々の存在について参照しているかと思ったが、なるほど、その手の記憶にはロックがかかっているようだな』

 フルフェイスの兜で表情は見えないが、巨人はやや不思議そうな声色だった。


「待て、待ってくれ。なぜ、その名前が出てくる?」

『この場において、それは重要では無い』

「…………さいですか」


 さりげなく話を伸ばして時間を稼ぐ作戦だったが、あえなく失敗した賢悟。どうやら、敵の親玉というだけあって、眷属よりも数段上の知性を持っているらしい。


『今、この場において肝心なことは、貴様が異世界人であること。その魂は、我々にとって有用であること。貴様が投降すれば、友人二人は見逃す、ということだけだ』

「俺が投降すれば、二人を逃がすという保証は?」

『我の誇りに誓おう。だが、忘れるな、己の立場を、な』


 賢悟は重く息を吐いた後、二人を一瞥した。

 ギィーナは睨みつけるような視線で応え、ルイスはただ、戸惑いを返す。


「…………わかったよ、しゃーねぇな、これは」


 その反応で、賢悟は投降することを決めた。

 自分ひとりだけだったら、力尽きるまで抗うかもしれない。けれど、覚悟を決めていない人間まで巻き込むほど、賢悟は無責任ではなかった。

 それに、鎧の巨人からは並々ならぬプレッシャーを感じる。仮に賢悟が万全の体調であっても、否、万全のギィーナと二人掛かりであっても、勝機すら見えない。

 だから、賢悟は大人しく鎧の巨人の元へ歩いていこうと思っていたのだが、


「ふざけるんじゃねぇ!!」


 ギィーナと怒声で足が止まり、次いで放たれた無数の槍撃に目を見張った。


『ふん』


 いずれも、サイクロプスを一撃で葬り去ったそれと遜色ない槍捌きだったが、鎧の巨人には意味を成さなかった。ただ、鎧の巨人が無造作に振るった一撃で、振るわれた槍が砕けたのだから。


「俺を! 誇り高き竜人を! 舐めるなよ、ケンゴォオオオオオッ!!」


 だが、それでもギィーナは諦めない。

 固く拳を握りしめ、鎧の巨人へと殴り掛かる。己の拳が砕けるのも構わない、全身全霊の一撃。だが、それに対して、もはや鎧の巨人は動きすらしない。なぜなら、漆黒の鎧はその程度の一撃では、ヒビ一つすら入らないからだ。


「テメェが何者だろうが、何を隠していようが、俺の知ったことじゃねぇ! だがな! 勝手に俺に失望するな! 諦めるな! テメェに命を救ってもらって! へらへら笑っていられるほど、俺はヘタレじゃねぇ!」


 もう片方の腕で、ギィーナは全力で鎧を殴る。

 当然の如く、砕けた。敵にダメージは無い。意味も無い。


「お前も! そうじゃねぇのか!? ルイスぅ!!」


 だが、両の拳が砕けようとも、ギィーナは牙を噛みしめて殴り続ける。

 絶対的な強者に挑み続ける。

 それこそが、己の生き様であると証明するように。


「お前は――――」

『残念だが、貴様の言葉を待つ義理は無い』


 言葉を遮るように、鎧の巨人の一撃がギィーナを薙いだ。

 対して力も籠めていない、技ですらない動作で、ギィーナはピンポン玉の如く弾き飛ばされてしまう。幾重も建物を突き破り、やがて、ギィーナの姿が見えなくなっても破壊音は続いていた。今度こそ、疑う余地すらないギィーナの戦闘不能だった。いや、命があるかどうかも、怪しい。


『愚かだったが、誇りある選択だった……さぁ、残った貴様はどうする? 臆病で矮小なる人間よ』

「…………」


 ルイスは無言だった。

 無言で唇を震わせて…………やがて、強く、拳を握った。

 ギィーナとは比べるのもおこがましい、小さな拳。サンドバック一つ、まともに叩けない、小さく、弱い拳。けれど、それは今、確かな覚悟と共に握られたのである。


「賢悟さん」

「なんだよ?」

「…………先に謝っておきます、ごめんなさい」


 ルイスの目からは戸惑いが消え、代わりに静かな炎が灯った。

 それはきっと、覚悟と決意を静かに燃やす、青い炎だ。


「どうやら、私、男だったみたいです」

「…………はっ」


 ルイスの覚悟に、賢悟は不敵な笑みを持って応える。


「見れば分かるさ」


 その二人を、鎧の巨人はどこか満足げに眺め、二人の戦意を受け取った。


『よかろう。ならば、貴様ら矮小な人間がどこまで出来るか、試してみるといい』


 戦意への返礼には、圧倒的な力による絶対即死の一撃を。

 力任せでは無い、技を伴った巨椀の振り下ろしを。


『これで死ななければ、褒めてやろう』


 鎧の巨人もまた、兜の中で笑みを浮かべ、その一撃を放った。

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[一言] ジャイアントキリングと言うやつ( ˘ω˘ )
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