第11話 蹂躙する者、抗う者
ルイス・カードは男である。
いくら外見が女子のようであろうが、胸は平らだ。ただし、パットは入れている。いくらすらりと足が美しい曲線を描いていようが、股間にはマグナムが仕込まれている。
ルイスが女装しているのは、単なる趣味であり、『可愛い服』を着るのが好きだからだ。なので、中身は普通に男子であり、恋愛的な意味で好きになるのも、欲情を抱くのも、もちろん女子だ。女子とスキンシップしやすいからという理由で、女装を続けているという疑惑もあるぐらい、ルイスは男である。
なので、ギィーナとしてはとても不愉快だった。
「お待たせ、ギィーナ君。えへへ、どうかな、私、可愛いかな?」
「…………テメェ、どうして学園に居る時よりも気合いが入った服装なんだ?」
「だって、ほら……今日はギィーナ君と二人でお出かけだから♪」
「(イラッ)」
いつもは女装している癖に地味な格好を好むルイスが、なぜか自分と買い物に行く時には気合いを入れてお洒落をするのが、不愉快だった。フリルのたくさん付いたワンピース姿など、吐き気を催すほど苛立ってしまう。恐らく、修業に勉学と女子と遊ぶ暇のない、童貞の自分をからかって楽しむ算段なのだろうと、ギィーナは心中で舌打ちした。
「なんで、男二人で適当に古書を漁るのに、そんなお洒落が必要なんだ、ああん?」
「ほら、ギィーナ君が将来女の子とデートする時の予行練習だよ! あ、でも、今の生活を続けえていると、ずっと年齢イコール彼女無し歴だからね!」
「なんでテメェはこういう時に限って、妙に強気なんだろうなぁ、おい」
ギィーナは苛立ち交じりに、がちん、と牙を鳴らして吐き捨てる。
「それっくらいの強気で、普段の実習もやれよ。そうすりゃ、お前のエンチャントだって、ちっとはまともになるだろうよ」
「…………あはは、それは言われちゃ、私、何も言えないなぁ」
ギィーナの言葉に、ルイスは困ったように笑って頬を掻いた。
ルイスは間違いなく、落ちこぼれである。幼少の頃から、七英雄の一人である『支援支配』という、エンチャーターの英雄に憧れ、ずっと『戦闘用のエンチャント』を練習し続けて来た。
なのだが、どうにもルイスは平均的なヒューマンよりも圧倒的に魔力の保有量が多く、おまけに、魔力の扱いが下手だったのである。基礎的な魔術行使でも、ルイスは無意識に過剰な魔力を使ってしまい、結果、魔術が破綻してしまうことが多い。なので、多くの魔力が必要のない基礎的な魔術よりも、むしろ、多くの魔力を必要とする儀式レベルの魔術の方が得意なのだ。
まぁ、得意と言っても練習段階で失敗しない、というだけであるが。
問題は、エンチャント……付与の魔術である。
「なんかいつも、いっつも、過剰に強化し過ぎて、まともに動ける人が居なくなっちゃうんだよね。前に、保護が失敗していた時なんて、それで大変なことになっちゃったし」
「おう、具体的には俺の両腕が砕けたな」
「…………マジ、ごめんなさい」
ルイスのエンチャントは、基礎の身体能力強化だけでも、非常に強力だ。強力過ぎて、誰もまともに扱いきれない。誰だって、己の体に無数のジェット機を付けられたら、通常通りに動くことなんて叶わない。精々、直線的に動くことがやっとだ。おまけに、エンチャンターとして未熟なルイスは、強化と共に体にかける保護が足りない場合がある。そうなってくると、過剰な速度で動いた対象が、己の力に耐えきれず、自壊してしまう、という被害が発生してしまうのだ。
過去に一度、その失敗を身に受けたギィーナが実感と共に、ルイスのエンチャントの強力さを証明している。なにせ、人類の中でも一番頑強であるドラゴニュート……その中でも、戦術科有数の戦士であるギィーナの両腕が砕けたのだ。もしも、ヒューマンが同じ状況に陥ってしまったのなら、間違いなく、両腕が弾け飛んでいただろう。
「だって、怖かったんだよ……もしも、あの時みたいに、いや、あの時以上にギィーナ君が怪我してしまったら、どうしようって」
「けっ! だからと言って、威力を調整するのと、手を抜くのはまるでちげぇよ。あんな中途半端を掛けるぐらいだったら、全力で強化も保護も掛けられた方が、まだマシだっての」
「ギィーナ君…………優しいんだね」
「うるせぇ」
上目づかいで見上げてくるルイスの視線を、鬱陶しげに払うギィーナ。
どれだけ外見が女子であろうが、気合いを入れてお洒落をすれば美少女になるという条件があろうが、中身が男なら、ギィーナは色々と御免である。もっとも、ルイスも挙動がいちいち女っぽいだけで、その気はないだろうが。
「よし、分かった! 悩んでいる暇ももったいないよね! さっそく、今日帰ったらエンチャントの猛特訓を開始するよ! 私、見下してくるクラスの奴らを見返してやる!」
「心構えは立派だが、前みたいに手当たり次第に適当に強化エンチャントをかけて復讐、なんてむごい真似はするなよ?」
「あれは反省しているから」
落ちこぼれと呼ばれているルイスだが、苛められないのはギィーナと友達であることに加えて、ルイス自身もきっちり復讐をする性格だからだった。
「ともあれ、それは帰ってからの話だろうが。今は、古書めぐりだろ」
「えへへ、そうだったね。今日は街で、定期的に古本市が開催される日なんだ。うまく探せば、『支援支配』様の伝承が、新しく見つかるかも!」
「俺は教本だな。英雄じゃなくて、古代の達人たちが残した槍術の教本なんかがあると、大分参考になるんだが…………」
二人は夕暮れの王都を、並んで歩いていく。
ドラゴニュートと、ヒューマン。この王都であるのならば、異なる種族が仲良く歩いている光景は珍しくないのである。むしろ、通常通りだ。あらゆる種族を従え、大陸に覇を唱えたクロウ王が作り上げた国、その首都なのだから。
「ギィーナ君は予算大丈夫?」
「ぐ、ちょいときついな。最近、武具を新調したからな」
そう、二人にとって、通常通りの放課後になるはずだった。
「――っ! 頭を下げろぉ!」
この瞬間、風のような速さで、影が二人に襲い掛からなければ。
「え?」
「ちぃ! くそがぁ!」
反応が出来ず呆けるルイスを突き飛ばし、ギィーナは影を腕で振り払うように弾く。多少、皮膚上の鱗が傷ついたが、ギィーナに大したダメージは無い。けれど、この一撃をヒューマンであるルイスがまともに受けていたら、即死もあり得た威力だっただろう。
「ふざけんなよ、ああん? なんで、街の中に魔物がいやがるんだよ!?」
ギィーナは、自分たちに襲い掛かった影を睨みつけ、瞬時にその正体を見抜く。
影のように見えたそれは、真っ黒な毛皮をした一頭の狼だった。赤い瞳を爛々と輝かし、殺意と憎悪を持って、二人へ牙を剥いている。
『グルァアア!』
「ルイス、俺の傍から離れたら死ぬぞ! 警戒を怠るなぁ!」
「う、うん!」
ギィーナは魔物の飛びつき、そして急所を狙った牙の一撃を、弾き落とす。さらに、狼の魔物が体勢を立て直す前に、胴体へと鋭い手刀を突き入れた。狼の魔物は、血を流さず、『ガッ』というぐぐもった断末魔を上げて、霧散して消えて行った。
「絶命によるマナへの還元現象……やはり、間違いなく魔物か……となると、まずいな、ウルフタイプの魔物の特徴は――」
「うわぁ! ギィーナ君、さっきの奴が五頭ぐらいこっちに来てるよぅ!」
「やっぱりな。群れで襲って来やがる」
ウルフタイプの魔物は、一頭一頭はそこまで強くない。むしろ、雑魚だ。
けれど、その本領は複数頭によるコンビネーション攻撃だ。決死の覚悟と憎悪を持って、狼たちは人間に食らいつく。何度も、何度も、隙を伺って、執拗に噛み殺す。逃げようにも、ウルフタイプは嗅覚が鋭く、敏捷が高い。一度狙われたら、逃げるのは難しい。
「し、しかも、なんか周りがおかしいよ! ギィーナ君! なんでみんな、『目の前に魔物が現れたのに、まったく反応が無い』の!?」
それはさながら悪夢のようだった。
すぐ隣で、魔物が吠え猛り、一般市民を食い殺しても、まったく誰も、その事実に気付かない。朗らかな談笑を続けていたり、あるいは、何も見えていないかのように通り過ぎていく。
「くそ! 恐らく大規模な幻術の類だ。俺とお前はその手の魔術に耐性があるから、レジストできているが、ただの一般人にはあの通りってわけだ!」
「ぎ、ギィーナ君! は、早く何とかしないと、次々と人が! ううぅ!」
凄惨な虐殺の光景を目のあたりにして、思わずルイスは悲鳴を上げる。喉の奥からは吐き気が込み上げてくるが、ここで呑気にゲロを吐いたら、ギィーナの足を引っ張ることは明白だ。なので、必死にルイスは目に涙を貯めて、衝動を堪えた。
「ちぃいいいっ! 素手じゃさすがに限界があるかよ!」
ギィーナは次々と襲い掛かる、魔物の群れを弾き、捌き、叩きのめしていくが、明らかに手数が間に合っていない。元々、ギィーナは素手ではなく、槍を用いた戦闘が本領だ。もちろん、槍が無いからといって何も出来ないような戦士ではないが、なにしろ、守る対象が多すぎるのが厄介だった。
狼の魔物はギィーナとルイス以外にも、幻術に掛かった一般市民たちを次々に殺戮していくのだ。だが、そちらを防ごうとすれば、今度はルイスを守るのに不十分が出る。
故に、ギィーナは冷徹な判断力を持って決断した。
「逃げるぞ、ルイス。なんとか幻術の範囲外まで逃げて、この事態を一刻も早く、警察……いや、衛兵に連絡する」
「で、でも、ギィーナ君、この人たちは……」
ルイスの戸惑いを、ギィーナは冷たい言葉で切り捨てる。
「不可能だ。助けきれない。仮に俺が自己犠牲で全力を尽くしたところで、魔物どもに削り殺されて、被害は結局変わらない。なら、衛兵に連絡して、素早く軍隊を派遣させる。及び、俺たちも武装して魔物の排除に当たった方が懸命だ」
「………………うん」
ギィーナの冷たい言葉の裏に隠された、悔しさ、苦々しさを受け、ルイスもまた目を伏せて頷いた。
「なら、行くぞ。死ぬ気で付いて来い、文字通りにな」
「わかった! 私もギィーナ君の死角を警戒しながら走るよ!」
こうして未熟な学生二人は、狂乱の中を駆けていく。
●●●
状況はギィーナの予想以上に悪かった。
「…………まったく結界が働いていない。いや、この幻術自体が、結界を中和して魔物の自由を許しているのか?」
人ごみの中を、襲い掛かる魔物たちをいなして疾走する、ギィーナとルイス。
王都の結界は魔物を外部から拒絶すると同時に、内部に侵入してきた魔物に負荷をかけて行動不能にする効果もあるのだが、なぜか、それが機能していない。ウルフタイプのような、小型の魔物だけでなく、大型の魔物が街を闊歩していることから、それは確実だ。
王都の結界自体をなんらかの方向で破壊したのか? あるいは、限定的に結界の効力を、何らかの魔術によって相殺しているのか? ギィーナは可能性としては後者が高いと読んでいた。なにせ、結界装置は軍隊の中でも、腕利きの軍人たちによって守護されている。そこんじょそこらのテロリスト程度では、即抹殺。仮に腕の立つ暗殺者が襲ってきたとしても、援軍が来るまで持ちこたえ、警報を鳴らす程度やれないはずがない。
「ギィーナ君! よく目を凝らしてみると、うっすら白い靄のような物がこの一帯に漂っているよ! 恐らく、これが幻術の正体だと思う!」
「……靄、いや、霧か? 人の目を覆い隠す霧……しかも、こんな大規模でとなると……間違いなく兵器として開発された戦略魔術のはずだが」
世界管理者である魔女や、その同類でなければ、これほどの魔術を一人で起動させることは不可能である。通常、専用の魔導具をいくつも用意し、繊細な魔力の使用が必要とされる戦略級の魔術。これを街中で発動させることが可能だったということは、それ相応の組織が狙った大規模テロの可能性が高い。
「となると、目的はなんだ? これだけの仕掛けを披露しておいて、低級の魔物をばら撒いただけで終わり? 馬鹿な。幻術で隠していても、直ぐに軍隊が派遣されて駆除される。被害は出るが、それだけだ……」
「ギィーナ君! 考え事している場合じゃないよぅ! 囲まれてる! 囲まれてる!」
「ちっ、ぬかったか」
このテロの意図を考えた一瞬の隙を突いて、ウルフタイプの魔物たちが二人の周囲に集まってきた。しかも、数が多い。ギィーナがざっと見渡しただけでも、三十頭は集めてきている。
いくら屈強な戦士であるギィーナと言えど、素手でこの数の相手は困難だ。
まして、背後に守るべき友を庇っていては、動きがかなり制限されてしまう。
「ご、ごめんねぇー、ギィーナ君! 私が、私が役立たずだから……」
「今は、んなこと言っている暇ねぇだろうが」
じりじりと、ウルフタイプの魔物たちは輪を縮めて、二人へとにじり寄っていく。赤い瞳に憎悪を灯して、確実に二人を食い殺すために。
「こうなりゃ、一か八かだ……ルイス、俺が時間を稼ぐから、全力で身体強化のエンチャントを俺にかけろ。いいか? 全力で、だ」
「でも、そんなことをしたら、ギィーナ君が――」
「うるせぇ! さっさとやれェ!」
ギィーナの怒声と共に、狼たちによる一斉攻撃が開始された。
ウルフタイプの魔物たちの知性は低いが、獣としての本能が、この場においての最適解を導き出す。即ち、余計な真似をされる前に全力で殺すこと、だ。
もちろん、受け構えるギィーナにも、魔物たちがそういう行動を取ることはわかっていた。故に、ここで最悪、半死半生となっても、友だけは生きて返そうと決意を固めている。
「犬くせぇなぁ、おい」
それは、魔物たちの全力を、ギィーナの決意を嗤うかのような光景だった。
一瞬。一度だけ瞬きするだけの間に、飛びかかっていた魔物たちは全て、何者かによって打ち落とされていた。次いで、状況の理解が出来ず混乱する周囲の魔物たちが、しゅがががっ、という軽快な音と共に打撃を与えられていく。
その打撃は、ギィーナの一撃のように、魔物たちの体を砕くほどの威力は無い。だが、打ち抜かれた魔物たちは、まるで全身が麻痺したように動けなくなり……やがて、絶命して霧散した。一つの、例外も無く。
「ったく、折角の味噌ラーメンが台無しだろうが、ああん?」
打撃の主は、真紅のジャージを纏った白髪の少女――賢悟だった。
賢悟は、ラーメン屋から苛立ちを隠さず出て来たかと思えば、とりあえず、倒しても問題なさそうな魔物たち相手に蹂躙を始めたのである。
「つーか、なんだよ、この愉快な地獄は? 衛兵とか、警察とかどうした? そもそも、お前らさ、なんで魔物に追われてんだよ?」
まさに、それは蹂躙にふさわしい光景だった。
賢悟が拳を振り抜く度に、『明らかに射程外』の魔物まで、打撃を受けて散っていくのだ。しかも、賢悟からは魔術を使っている様子は見られない。魔力の動きすら、まるで感じられないのである。
結局、ギィーナとルイスは、賢悟がウルフタイプの魔物たちを一掃するまで、呆けたような顔でその不可解な現状を眺めていた。
「あー、疲れた。やっぱり、体力ねぇな、この体。鍛え方が足りんわ」
一仕事した、とばかりにぐるぐると腕を回して、浅く息を吐く賢悟。
そんな日常生活の延長のようなボヤキを零す賢悟へ、思わずギィーナは目を剥いて突っ込む。
「いやいやいや! テメェ、さっきのあれはなんだ!? 一瞬で、魔物どもが次々と打ち抜かれて……それより、どうやって射程外に拳を飛ばした!?」
ギィーナが知る限り、賢悟のプロフィールは『魔力を奪われた博識の少女』だ。元が男であることはさっぱり抜けているが、この場合は問題ない。ギィーナが問題としているのは、どうやって、魔力の行使無しで、条理を越えた打撃を行っているのか、だ。
「ああ? そんなもん、気合いと何となくだ。俺にも道理は説明できねぇよ」
「自分でも理解していない攻撃を淡々とこなしているんじゃねーよ! そのくせ、打撃は的確に魔物どもの内臓を破裂させていた癖に!」
「基本、どの生物も内臓柔いのは基本だろうが」
さらりと『ね? 簡単でしょ?』とでも言わんばかりに答える賢悟だったが、賢悟が行った攻撃はどれも、『マジック』においても条理の外側に類する物だった。おまけに、それを扱う本人に『なんかできるからやっているだけ』と答えられれば、一介の戦士であるギィーナとしてはブチ切れるのも無理はない。
「あ、あの、それよりも……ケンゴ……ううん、賢悟、さん。賢悟さんは、魔力がほとんど無いのに、どうやって、この幻術を……?」
対照的に、ルイスは魔術方面での賢悟の異常に気付いていた。
王都の一部に展開されている、白い靄の幻術は、魔力の低い一般人などが良くかかりやすい。もしくは、心理的に集中の欠いている者など。ルイスは膨大な魔力で自動的にレジストされていて、ギィーナは戦士の心得として、ある程度の幻術に耐性を得ている。
つまり、魔力が全くない賢悟にとっては、この手の幻術は恐ろしく効果的なはずなのだ。
「え? 幻術って、無性に集中が散りそうになるこの白い靄か? んなもん、深呼吸して心頭滅却すれば無視できるだろ?」
「ギィーナ君! この人頭おかしいよぅ!」
賢悟の入っていることは、麻酔を打たれても、気合いを入れれば意識を失わないと言っているような物である。確かに、不可能では無いかもしれないが、ある程度のラインからは限りなく無理に近い芸当である。
「そんなことより、今はこの状況を打開する方が先決だろ?」
「くっ、正論だが納得いかねぇ」
「絶対おかしいよ……」
「失礼な。大体、俺より学園実力上位者の方が頭悪い真似しやがるってーの!」
賢悟としては、元の体でやっていたことの劣化バージョンを行っているだけなので、そんな評価をされるのは心外だった。加えて、学園実力者たちにはさっきの『遠当て』も初見か二度目で防がれているので、そこまで自分の性能はおかしくないと思っているのだ。
もっとも、学園上位者と連戦しまくった上に、負けたとはいえ、戦いになっている時点でもう充分化物扱いだったりするのだが。
「ええい、なんか緊急事態っぽいからこの話は終わりだ! この状況は一体、何なんだよ? 魔物がどうして、王都に侵入している?」
「俺らにも把握できていない。だが、このままじゃ終わらないということは確かだ。一刻も早く、軍隊に知らせなきゃいけねぇ!」
焦燥を隠せないギィーナへ、あっさりと賢悟は言う。
「あ、それなら俺のダチが転移魔術の使い手だから、もう連絡しに行ったぞ」
「……早いな、おい。それなら、まぁ、まずは一安心ってところか。王国の軍隊は、全世界でも練度が随一だ。あっとう間に、この事態は解消されるだろうよ」
肩透かしを食らったように、ギィーナはため息を吐いた。気を抜いたわけではないが、それでも、これから状況の収集が始まるかと思えば、いくらか気も楽になる物だ。
「あ、あははは…………ギィーナ君。あ、あれ……」
だが、まだ悪意は収まらない。
「んあ? なんだよ、ルイス――――は? んだよ、ありゃ?」
「おおう、随分とまぁ」
ルイスが指さした方角を見て、ギィーナは目を丸くし、賢悟は愉快そうに唇を歪めた。
『ゴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
大地が鳴動せんばかりの方向と共に、指差された方角から現れたのは――巨人だった。浅黒い肌に、小山のような筋肉の塊。纏うは襤褸切れの如き、下穿き。そして、赤い単眼。
推定五メートル超の巨体を持つそれの名前は、サイクロプス。
ウルフなどとは一線を画す、紛れも無い上級魔物の一体だった。




