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再会

 立っていたのはカラフだった。

 おびただしい量の血を落としながら、崩れ落ち、仰向けに倒れた剣士を見下ろす。


「ティカを――返せ」


 気管に流れ込んだ自らの血に咳き込みながらディーアは答える。


「死闘の末……ようやく勝利した相手に対して


 ……真っ先に、かける言葉が、それかい?」


「貴様なんかにはこれ以上感情をぶつける価値も無い」


 カラフは横たわる剣士の顔も見ずに言葉を返す。

 ただ真っ直ぐ、正面だけを見据えていた。

 ディーアは咳き込みながらも細く、自嘲めいた笑いを漏らしていった。


「そうか、なら、さっさと会ってくると、良い。


 この道を、道なりに……進むと、野営地を出て、洞窟に向かう。そこの、奥だ」

 カラフは無言で歩き出す。

 最後まで、先ほどまで死闘を繰り広げた相手には一切の感情の篭った言葉を投げかけることなく――。


 ディーアはくつくつと笑う。

 咳き込みながらも、それでも笑う。


「ああ、もう少しだけ、起きていたいなぁ……」


 悪意に満ちた笑みと共に言ってから、ディーアは最期に表情を崩し、涙を溢す。


「――私も、とうとう、会えなかった……」



 洞窟の入り口は真青な満月に照らされ、わずかばかり中の様子が見えていた。

 だが数歩も歩くと洞窟は直ちに深淵へと姿を変える。

 全身黒に包まれる感覚。

 視覚を完全に断ち切られ、進んでいるのが奥なのか、それとも出口へ向かっているのかわからなくなる。


 そうだ、壁に手を這わせよう。右手は無いから、左手で。

 カラフはごつごつと尖った岩肌に軽く手を当てながら進む。

 距離にしてはホンの数十歩歩いた程度だが、深淵の中の歩みは永遠にも感じられる。


 そのとき、果てしなく黒一色の世界に白い点が映る。

 光だ。光が見える。

 洞窟は山を突き抜けるトンネルになっているのだろうか。


 カラフはよろめく。

 右腕の出血が激しい。

 そろそろ限界が近くなっているようだ。

 果たしてあの白い点のところまでたどり着くのだろうか。


「ティカ……どこに」


 カルフはひたすらに歩いた。



 ようやく白い点だったものが視覚にはっきりと認識される距離になったとき、カラフは地形を認識する。

 洞窟は山を貫くトンネルではない。

 そこは洞窟の最奥であり行き止まり。

 そしてそこには天井が無く、満点の月明かりを空から差し込ませていた。


「……ティカ?」


 だがそこには全く人気は無かった。

 かつてここに閉じ込められていたのかとも思ったが、生活感も何も無く、ただ、漫然と自然の中の空間たりえていた。


「くそ――、くそ、畜生……」


 最後の最後に奴にだまされた。

 奴はカラフの傷を見て、ここに誘導した。

 最期に妹と会わせずに野垂れ死にさせるため。

 カラフはうつぶせに倒れこむ。

 出血量が限界を超えていた。


 これ以上、一歩も、歩けない。

 力が抜ける。


 悔しい。カラフはひたすらに悔しかった。

 ティカはきっと今でもどこかで閉じ込められている。

 だというのに体は動いてくれず、意識は遠のいていく。

 焦点がぼやけ始める。

 視界の中の月の光もかすみ始める。


 ――そのとき、カラフは青白い月の光に照らされた洞内に赤い光を反射させるものを見つけた。

 最後の力を振り絞って這いより、それに手を伸ばす。

 掴んだそれはじゃらりと音を立てた。

 それはティカと共に持ちさられた宝石のペンダントだった。


「なん――で」


 奴ら盗賊があれほどまでに求めていたはずの宝石が、こんな洞窟の奥に打ち捨てられている。

 何故だ、どうして。

 この宝石は奇跡を起こすために必要ではなかったのか。

 それとも、すでに奴らは奇跡を――。


 混乱するカラフは自らが何かの上に覆いかぶさっていることに気づく。

 ごりごりと硬く胸を圧迫するそれを手で確かめる。

 月明かりで認識したそれは小さな人の頭骸だった――。


 カラフはただ、涙を溢した。

 もはやカラフは泣き声も喉から発することが出来ないほど衰弱していた。


「ごめんな――」


 カラフの下にはかつてティカが連れ去られたときに着ていた服がボロ布のように変わり果てて打ち捨てられていた。


「もっと早く、見つけてあげられれば良かったなぁ……」


 洞窟の中。夏の夜とはいえ洞内は冷たい空気で満たされている。

 冷えた空気と岩肌がカラフの体温を奪う。

 出血したカラフにはもはやその体温を取り戻すすべは無い。


「寒いなぁ。ティカも……寒いだろ」


 カラフはそっとかつてティカだった頭骸を抱える。


「今日は、兄ちゃんと一緒に寝ようか」


 ――カラフはそっと目を閉じた。

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