悪夢
外が騒がしい。
女性の悲鳴のようなものが聞こえた。
カラフは慌てて窓からそっと道を覗く。
「フィーナ!」
盗賊たちはまだ村の中にいた。
カラフを追って森から出てきたフィーナを捕らえたようだった。
カラフは急いで階下に駆け降り、剣を握り締めて道に飛び出す。
「フィーナを離せ!」
フィーナの髪を鷲づかみにした剣士がこちらを振り返る。
「君、兄妹がいたんだねぇ」
剣士は寒気のするほどの冷たく邪悪な笑みを浮かべていた。
「フィーナは俺の兄妹じゃない。いいから離せ!」
「じゃあ何だって言うんだ?
君の家に入ろうとしていたぞ?それに君もそんなに必死になって」
「フィーナは俺の婚約者だ! 血は繋がってない」
「その年で婚約者か。少々苦しい言い訳じゃないか?」
剣士は抑えてろ、とフィーナを乱暴に一味の一人へと押し付け、剣を抜く。
「まあいい。とりあえずこの娘と宝珠はもらっていく。
この娘が魔力を宿しているかどうかは帰ってからじっくりと尋ねてみることにするよ」
「させない……!」
カルフは一気に馬2頭分もの距離を詰め、軽い体重をカバーするように勢いをつけ大振りで剣士に切りかかる。
剣士は元の位置から一歩も動かず、剣を掲げるように防ぐ。
容易く軌道を変えられたカルフの剣は地面を抉る。
「そんな一直線の大振りじゃ殺せるわけ無いだろう」
剣士は手首をすばやく返して剣先を天に向け、カルフの首元めがけて剣を流す。
一連の動作は無駄が無く、鳥の滑空のようだった。
剣を地に付かせているカルフは上から下ろされる剣戟を防ぐ手立てが無い。
カルフは相手の剣戟を目視せず、ほとんど感だけで横に転がり剣戟を躱し、剣士の剣は空を薙ぐ。
「ほう、身のこなしは良いみたいだね。猿みたいだ。――今度はこちらからいくよ」
カルフが体勢を立て直す間もなく、剣士は剣を振る。
カルフはギリギリのところで剣を構え、剣戟を防ぐ。
「次は上だ――次は右から」
「く、そっ――」
剣士は試すように自らが攻撃をする方向を宣言してから剣を振る。
「突き――!」
剣士が宣言どおり剣を突き出してくる。
その速度は最初にカルフの首を狙ったときよりも遅いものだった。
「なめるなぁ!」
片手で突き出された剣を両手で力いっぱいに払う。
金属の立てる高い音が響く。
「――っらぁ!」
カルフは剣士の首めがけ、剣を横一線に払う――が、
「だからそんな大振りじゃダメだって」
剣士は腰を落とし容易くその剣戟を躱した。
そして剣を下から軽やかに振り上げる。
カルフは全力で後ろに飛び退きこれをすんでのところで躱す。
服が切れ、胸から細く血が流れた。
「本当によく躱すね、君は。
その生存本能だけは褒めてあげるよ。でも、そろそろ面倒だし――」
そう言うと剣士はにたりと笑い、「上」と宣言しながら一気に間合いを詰める。
「くっ――」
カルフは急いで防ごうと剣を掲げる――が、
「うーそっ」
剣士の剣戟は思いもよらぬ右下から繰り出された。
必死に剣の角度を変えるが、力のこもっていないその防御により、
カルフの剣は吹き飛ばされてしまった。
「何だ、右腕を切り落とそうとしたのに」
剣士は残念そうにそう呟くが、
「まあいい、これで終わりだ」
切っ先をしりもちをついたカルフに向け、そう宣言した。
「――っだめー!」
そのとき、後ろから声が聞こえてきた。
「――ティカ……!」
剣士の視線がカルフの後ろに注がれる。もはやカルフのことなど見えてはいないようだった。
「見つけたあああぁぁぁぁぁ!!!」
剣士は形相を変えてカルフの横を駆け抜け、ティカの首を掴む。
「――っか」
「お前はここの家の子だね?奇跡を起こす呪文は母親から聞いているな?」
鬼のような狂気の形相でティカに顔を近づけ尋問する。
しかし、首を押さえられ宙に浮いたティカは息が出来ないで喘いでいる。
「やめろ! やめてくれ!」
カルフが懇願するが剣士の耳には届かない。
「ディーア様! その娘、死んでしまいます! 宝珠が使えなくなります」
一味の男の呼びかけにディーアと呼ばれた剣士はようやく正気を取り戻す。
手を離し、咳き込むティカの頭に手を置き、
「これは悪いことをしたね」
笑顔の仮面で悪魔の形相を覆い隠す。
「2つ質問に答えてくれるかな?そうしたらお兄ちゃんは助けてあげるから」
そう言うと、ティカは涙目になりながらもこくんとうなずいた。
「君はこの家の子だね?」
ティカは頷く。
「そうか。ならもう一つの質問。
お母さんやおばあちゃんから宝珠を使うための呪文は聞いているかな?」
「ティカ……」
少しの逡巡の後、ティカは小さく頷いた。
悪魔が再び冷たい笑顔を浮かべる。
そして――。
「連れて行け。宝珠も回収しろ」
一味に告げ、踵を返す。
「やめろ!連れて行かないでくれ!宝石ならやるから」
「宝石だけじゃ意味が無いんだよ。分かってるでしょ?」
「お願いだ、お願いだ。最後の家族なんだ。連れて行かないでくれ。――お願いだ」
カルフは恥も外聞も無く涙を流す。
「うるさいなぁ。
殺してやりたいけど、あの子との約束だから君は生かしておいてあげるよ。
それに殺したらあの子が呪文を使ってくれなくなるかもしれないしね」
「――お願いだ、お願いだ」
ディーアは不愉快そうにカルフの元から立ち去り、
「ディーア様こっちの娘はどうします?」
ディーアはフィーナの方へと歩いてゆく。
「いらないよ、この娘は」
「じゃあ、離してやっても良いですか」
ああ、と興味なくフィーナの前を通り過ぎようとしたとき、ディーアに悪魔の顔が覗いた。
背筋が凍るようなあの笑み――。
「そういえば、こっちの娘は助ける約束しなかったなぁ……」
「まさか――やめろぉ!」
カルフが叫び終わる間もなく、抜かれた剣はフィーナの喉を貫いた。
どくどくとフィーアから流れ落ちる血。
ディーアは剣を抜き去ると、開放されたフィーナも崩れ落ちた。