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対峙

 森を抜けると村は異様なほどの静けさだった。

 ひょっとして盗賊が村を襲ったという話は何かの間違いだったのではないか。

 灯火のように小さく湧いた希望はしかし――。


「待って――。君の家には今盗賊が入っている。近づいてはダメだ」


 身を屈め、隠れるようにカラフに近づいてきた隣人のベシンによって掻き消された。


「行かないわけにいかないだろ!家族が中に居るんだぞ!」


 静かに、とベシンはカラフを制止する。


「盗賊は君の家の宝石を狙ってきたようだ」


 カラフの血の気が引く。

 ――何で、あの石のことが村の外にバレて……。


「っ……! とにかく、家族を助ける」


 カラフは剣を今一度硬く握り締め、男の制止を振り切り家へと駆け出した。



「ばあちゃん!」


 扉を開けると祖母は膝を付かされ、男たちに囲まれ捕らえられていた。

 そこには妹のティカの姿は見えない。

 祖母はカラフの姿を見るなり恐怖の表情へと顔色を変える。

 そして直ぐに祖母は、はっと気づいたようにカラフから目をそらした。


「なんだぁ、あんた、やっぱり家族が居たんじゃないか」


 盗賊の1人が薄ら笑いの含んだ声で言う。

 それでカラフも理解した。

 祖母が家族は居ないと嘘をつき、人質を取られないようにしていたと。


 カラフは一瞬しくじったか、と考える。

 しかし直ぐに、気を引き締め思いを改めた。

 ――祖母には申し訳ないが、カラフにとっても祖母をみすみす見捨てるなんてことは出来ない。


 「お前たち、ここから出て行け」


 カラフは剣を抜いて構え、家の中の侵入者たちをぐるりと見回し、睨み付けた。

 数は6人。

 想像していたよりも少ない。

 こんな少人数で村を襲ったのかと、カラフは内心馬鹿にされたような気分になった。


 だが実際、村は盗賊たちにここまでの侵入を許してしまっている。

 その現実に、カラフは歯を噛んだ。

 ――この村には武装した見張りはおろか、まともに動ける男手も少ない。

 寂れて金目のものに乏しく、さらには外界との交流の乏しい辺境にあるこの村は長く盗賊の類の襲撃を受けてこなかった。

 しかし、一度目をつけられればこんなにも無抵抗のままに全てを差し出さざるを得ないのだった。


「少年、余計な争いは私たちもしたくは無いんだよ」


 ガタイのいい男たちの奥から一人だけ上等な服を着た長髪の剣士が現れる。


「私はこの家に伝わる奇跡を起こすという宝珠を譲り受けにきただけなんだ」

「……どこでそんな話を」

「君のお父さんからだよ」

「親父が? ……生きている?」


 カラフの両親は揃って山菜を摘みに行ったきり、村には戻っていなかった。

 失踪したときには村人総出で近くの山を捜したが、ついには2人とも戻らなかったのだった。

 ふた月ほど前のことだった。

 その父親が――。

 束の間の希望を抱いたカラフだったがその希望は目の前に立ちはだかる長髪の剣士によって即座に打ち消される。


「生きてはいないけどね」

「っ……! お前……!」


 カラフは歯を噛む。


「君たち両親とウルブ山で出会ってね。でも金品を何も持っていなかった。

 そのまま殺そうかと思ったが君の家に代々伝わる奇跡を起こす宝珠があって、それを譲るって言うじゃないか。

 それで、もしかすると、と思ったよ。それは魔法石じゃないかって。

 ――君のお母さんはまだ魔術師の血を少し引いていたようだね。

 問い詰めて、その場で小さな魔術を見せてもらったよ。

 で、その話を信じることにして、二人とも殺した」

「……き、さま!」

「動くんじゃないよ。祖母まで殺されたいかい?」


 カラフは一歩足を踏み出したところで踏みとどまる。


「おばあさん。早く宝珠を渡してくれないか。

 どうせ家捜しすれば出てくるんだろうが。余計な手間はかけたくないんだよ」


 祖母は唇をかみ締め、押し黙っている。


「もういい。お前たちこの家の中を徹底的に捜せ」


 祖母は、はっとしたように顔を上げる。

 カラフも同時に緊張する。おそらくティカはまだ家の中に居る。

 家の中を捜されたら終わりだ。


「まて」


 祖母は低い声で言い、立ち上がる。


「宝珠はここにある」


 祖母は自らの手首をトントンと2度叩く。

 すると手首が橙色に光り、中から親指よりもひと回り程大きい真紅の宝石が浮き上がってきた。


「――驚いたな」

「これがお前たちが欲しがっている宝珠だ。受け取れ」

 祖母はネックレスとして加工された宝石を差し出す。

 長髪の剣士は少し躊躇いながらも手を伸ばす。

 そのとき――。


「albastru ceresc」


 祖母が何か呪文のようなものを呟き、同時に真紅であったはずの宝石が青く光り輝く。


「――お前、何を」

「この者たちを――っ!」


 祖母はカラフが今まで聴いたことの無いような、地の底から這い登ってくるような低い声を上げ宝珠から魔力を開放する――。

 ――同時に剣士の剣が抜かれた。

 そして、呪詛を最後まで紡ぎ終わる前に、祖母の首は宙を跳んだ。



 長髪の剣士はふうと息を一つ吹き、テーブルの上に置いてあったナプキンで剣を拭うと鞘に収めた。

 カラフは膝から崩れ落ちる。


「ばあ、ちゃん……」


 祖母の最後の抵抗も空しく、殺されてしまった。

 カラフはもはや戦う気力も削がれて剣を落とす。

 その横を行くぞ、と一味に声をかけ長髪の剣士が通り過ぎた。


「良いんですか? 宝珠、持っていかなくて」


 盗賊の一人が剣士に尋ねる。


「不要だ。あれはこの家の魔力を宿す人間にしか扱えない。

 この家の子供は男だ。男には魔力は宿らん。

 奇跡を起こす呪文すら教わっていないだろう」


 長髪の剣士は忌々しげに歯を噛む。


「この家の女以外にはあの宝珠は扱えない。

 魔力を取り出せなければ、あんなもの唯のゴミだ。宝石としての価値すらない」

 剣士は吐き捨てるように言って、家から出て行き、一味もそれに続く。



 血まみれの家の中には首を落とされた祖母の亡骸とカラフ1人が残された。

 しばらく呆然とした後、カラフは最後の肉親となったティカを思い出す。


「――ティカ……!」


 どうか家の中に、……無事で居てくれ。

 もう、家族を失うのは嫌だ。

 力を失った足に活を入れ、カラフは2階へと駆け出す。

 ティカの寝室のドアを開け、妹の名を呼ぶ。


「――ティカ!」


 ……誰も居ない。

 別の部屋へと駆け出そうとしたとき――。


「カラフおにいちゃん……?」


 ベッドの下から怯えながら顔を出したティカの姿が見えた。


「ティカ……!」


 よかった。本当によかった。

 ティカだけでも無事で居てくれて。

 この家に唯一残った肉親を強く抱きしめる。


「怖かった……。怖かったよぉ……」


 ティカはぽろぽろと涙をこぼす。


「もう大丈夫だ。もう怖い奴らはいなくなったよ」


 言いながら、大切な家族をまた失ってしまったことを思い出し、カラフも涙を溢す。

 カラフはティカを心配させたくは無かった。

 安心させたかった。

 だからカラフは声は殺し、ティカを強く抱くことで自らの顔を見せないように泣いた。

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