奇跡
「起きて! 兄ちゃん! 起きて起きて起きて」
突然響くわめき声。
ティカの――声。
カラフは鉛のように重い目を精一杯開く。
そこにはずっとずっと必死に探し続けたティカの姿があった。
あの賑やかで、元気で、うるさくて――。
「死んじゃだめ!」
「……ティカ、生きて――」
「……ごめんね、生きては、いないんだよ」
そう言うとティカは少し寂しそうな顔をする。
「この宝石の"奇跡"だよ」
そう言うとティカは青く光り輝く赤い宝石を差し出す。
洞内が青い光で一杯に満たされる。
「私、思ってたよりずっと早く魔力が発現したみたい。
でも、直ぐにそれがバレちゃって――。
だから必死に石にお願いしたの、お兄ちゃんに会わせてって。
――でも、やっぱりまだダメだった。
石は光ったけど、願いは完全には叶えられなかった。
それでも、もう石の魔力はつかっちゃったからもう奇跡は叶えられない――。
それで、怒ったあの人に私は殺されちゃったの」
「ティカ――そんな……」
それでも、とティカは精一杯の笑顔を見せる。
「ちょっとは願いが叶ったみたいで嬉しいよ。
おばけになってからになっちゃったけど、こうやってお兄ちゃんとまた会えた。
――だから、私は今とっても幸せだよ!」
カラフの目から涙が伝う。
「そうか、――なら、良かった。
そう言ってくれると、兄ちゃんも救われるよ」
そう言うと、ティカは昔と変わらない調子でおどける。
「おいおいおいおい、何しんみりしてんだよぅ!
私は幸せなのだ。救われるとかじゃなくって、もっと喜びなさい」
ティカはにかりと笑う。
「兄ちゃん、手当てしてあげる、痛いでしょ」
「ああ、さっきまではすごく痛かったけど、もう痺れて、あんまり痛くは無いよ」
「そりゃまずい、さっそく手当てしてあげる」
「――もういいよ、もう血もすっかり抜け切ってしまったから。俺もここで一緒に眠るよ」
「なーにいってのさ兄ちゃん。奇跡はまだ続いてるんだよ」
そう言うとティカはすっかり冷え切ったカラフの右肩に手を当てる。
ティカの手が触れている部分から見る見るうちに体温が戻っていき、全身が温まってゆく。
「宝石の魔力と私の魔力があれば治療くらいはお手の物なのだ」
ティカはにっと笑う。
「あとは、血は止まったけど傷口がむき出しなのは良くないね」
そういって自らのスカートを破いて包帯を作り、傷口を覆う。
「どやっ! ティカの治療術は」
満面のしたり顔。
目の焦点が合うようになって、懐かしのその顔がはっきりと見て取れる。
「ああ、本当にすごいよ。ありがとう」
へへ、とティカは得意げに笑った。
この地の星は青く見える。
二人で寝転んで見る星空は今日もきれいだった。
洞窟の穴から見える景色は少し狭かったけれど、それでも見上げていると時折流れ星が見えた。
その度に、二人して今のはすごく光っていただの、今のは見間違いだだのと騒ぎ合った。
そうして過ごしている時は1年前と何も変わらなかった。
空が白んで星がいなくなってきた頃、ティカは呟いた。
「私、もうそろそろみたい」
「――そうか」
覚悟はしていた。
この奇跡を起こしているのが石の魔力であるなら、その奇跡は有限だ。
その有限の奇跡が、今終わりを告げようとしているのだ。
ティカがすっと立ち上がる。
「さ! お兄ちゃんも立って」
ティカに手を引っ張られて立ち上がる。
「お兄ちゃんはもう村に戻るの。待ってる人もいるんだから」
「……ティカ」
「――ティカはなんでも知ってるんだから」
そう言うとティカは、にししと笑った。
「ティカは本当に、もう戻れないのか」
カラフは、分かりきっていることを訊いてしまう。
奇跡が奇跡であるのならば、ティカが完全に生き返るという奇跡だって起こってもいいはずだ。
「ティカは、もう戻れないよ。
石の力で魂を一時的に留めておけたけど、それももうおしまい。
奇跡だって、万能じゃないから」
「そうか、分かった。――ティカ、本当にありがとう。
今まで、ありがとう。楽しかったよ」
涙はもう見せない。
昨晩あれだけティカの前で涙を流したのだ。
もう見せられない。
だというのに、涙はそんな意思とは関係無しに流れてくる。
――だからカラフはそれを嬉し泣きに見せるために精一杯の笑顔を作って言った。
「それじゃあな、ティカ。お前はずっとずっと俺の最高の家族だ」
最後まで笑顔で言えたかは分からない。
でも、ティカも笑顔で返してくれた。
「ありがとう! お兄ちゃん!
私は、お兄ちゃんの妹でいられて、とってもとっても幸せだったよ」
ティカの笑顔は途中から泣き笑いのような顔になっていた。
そして、最後にはやっぱり泣いていた。
きっと俺もおんなじ顔をしていたに違いない。
――だって、血の繋がった兄妹なんだから。




