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序章-花売りの少女-

 その城は少年にとっては監獄だった。

 窓を開け耳を澄ませば城下から微かに聞こえてくる子供たちのはしゃぎ声。

 しかし、その楽しげな喧騒の中に少年の声が混ざることは無い。


 少年は病を患っていた。

 国にお抱えの名医ですらその病は取り払えないと口を歪ませる。

 少年の病状は日に日に悪くなっていった。



 ついに少年がベッドから起き上がることも出来なくなり、数日が経ったある晩のことだった。

 少年は熱に浮かされ、喘いでいた。

 そのとき、窓の直ぐ向こうに人影が見えた。

 窓の向こうには足を掻ける場所は無いはずだったが、その人影は実に優雅にその場所に留まっていた。


「少年、生きたいか」


 人影はそう語りかける。

 締め切った窓ではあったが、少年は確かに、はっきりとその声を聞いた。

 少年はかすれる声で必死に言葉を返す。

 生きたい、と少年は言った。


 ただ息が漏れただけのような、ほとんど聞き取れないほど微かな声に、しかしその人影は確かに応答した。

 人影はそこに窓など無いかのように手を伸ばし、少年の胸に手を当てる。

 触れられた手からは間もなく青い光が放たれた。

 ――そのまま少年は眠りに付いた。



 少年の病は嘘のように回復していた。

 医者は喜びつつも困惑したふうに見えた。

 しかし、今の王子は健康そのものです、とそれだけは力強く答えた。



 力を取り戻した少年は街へ出ることを望んだ。

 生まれつき病弱だった少年はいよいよ自らの足でこの城を飛び出していけるものと希望に胸を膨らませた。


 しかし、父はそれを許さなかった。

 少年が城を出られないのは病が故、それのみではなかった。

 将来この国を治めるものが勝手気ままに城外へ出ること自体が許されることではなかった。

 少年は落胆した。


 それでも、剣の修行をしたいと言うと城の庭にまでは出してもらえることを覚えた。

 それから少年は剣の修行に明け暮れた。

 僅かな外界とのつながりを求めて。



 そのうち、城の庭の側に少女が現れるようになった。

 垣根を隔ててではあるが、師範の目を盗んでたびたびその少女と会うようになった。

 花売りをしていると言うその少女は少年の知らない多くのことを教えてくれた。

 街の人々の様子や流行の歌、そのときに行われているお祭りや今城下で咲いている季節の花のことまで。



 少女はとても楽しそうに語ってくれた。

 少年もその話を聞くのが毎回とても楽しみだった。

 そして何より、楽しげに話してくれる少女の笑顔を見るのが好きだった。



 少女は会うたびに一輪の花を持ってきてくれた。

 少年はその花自分の部屋に飾ったが、その花が枯れる前にまた少女が花を持ってきてくれた。

 少年はその花のお返しをしたかったが、少年が渡そうとするものはとても高価だと言って少女は受け取ってはくれなかった。


 何かプレゼントできるものは無いかと少年は考えあぐねた挙句、手作りのものならば受け取ってもらえるだろうと考えた。

 少年は庭に落ちていた木から一輪の花を削りだした。

 小さなナイフを手に、毎晩一生懸命に彫ったその花はお世辞にも形が良いとは言えなかったが、少女は大変喜び、少年から初めて贈り物を受け取った。


 そのうち、少年が稽古の合間に花売りの少女と会っているということが父の耳に入った。

 父は大層怒り、二度と少女と会うことが無いよう少年に言いつけた。

 しかし、少年はそれには反発した。

 少年にとっては少女だけが唯一の外の世界とのつながりだった。

 そして何より、少年は少女に好意を寄せていた。



 それから少しすると、少女は顔を出さなくなった。

 少年は心配したが、どうすることも出来なかった。

 部屋の花は枯れたが、それでも少女が顔を出すことは二度と無かった。



 悲しみにくれる少年の耳に、暫くしてからある噂が耳に入った。

 花売りの少女が殺された、と。

 そしてそれは城の兵士に無礼を働いたためである、と。


 少年は父に詰め寄った。

 父が下した命令に違いないと少年は考えた。

 少年の父はあっさりとそれを認めた。

 唖然とする少年に父は言った。


「二度と下賎のものと関わるな」


 父が言った言葉は謝罪や弁解の言葉ではなく、吐き捨てるように言ったその言葉のみであった。


 少年は泣いた。

 怒りに震えながら、ひたすらに泣いた。

 ――もう一度、あの少女に会いたい。


 そして、少年はあの時自らの身に起こった奇跡を再び求めた。

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