九十八、自覚
王子視点により、理路整然と語られる『僕』というキャラは――紛うことなき魔術技師だった。
……もちろん、非常識なことをたくさんやらかしたという自覚はある。
ニアさんが“殻”に閉じこもるようになったのも、元を辿れば僕のせいだ。
未来樹へ旅立つ前、僕はアリスをけしかけて自由に街を飛び回るように仕向けた。アリスが行き先に図書館を選んだのは偶然だけど。
あと、今日ニアさんが吐血した件にもしっかり絡んでいる。
ロボを操って西エリアへ向かったのはアリスだし、あのタイミングで風の精霊を飛ばしたのは大巫女様だから、僕はまったくの無実……とはさすがに言えない。
所詮たらればの話になってしまうけれど、僕が『銀髪の精霊術師』の動向に気を配って、きちんと情報収集をしていれば避けられた悲劇だった。
というか……。
もし『エア彼女』をここへ連れてきたら、ニアさん、マジで死んでたかも……?
……。
……。
……いや、ちょっと待て。こればっかりは僕のせいじゃない。
ふざけ半分にアリスを誘ったのは王子。つまり諸悪の根源は王子だ。
でも、王子はあの場にアリスがいることすら知らなかった。あの発言は『エア彼女』を僕の嘘、もしくは妄想の産物だと思った王子の挑発でしかなかった。
僕はその挑発にうっかり乗りかけた。
王子にローズさんのことを揶揄されなければ、アリスに「付いておいで」と言っていたはず。
ローズさんは僕へのスキンシップが激しいし、それを見たアリスが本気でやきもちを焼いたら怖い……と思って全力ダッシュで逃げたのは、きっと女神様の思し召しだ。
けっして僕がヘタレなわけじゃない、けっして。
「……で、何か言うことはないか、坊?」
「僕はヘタレじゃありません」
「お前、俺の話を聞いてなかっただろ」
「ちゃんと聞いてましたよ、八割方は」
「残り二割はどこへ行ったんだ……まあいい、もう一度言ってやろう。――お前はいったい何者だ?」
いつもより八割増しで冷たい目をした王子が、射抜くような視線でこっちを見やる。
僕はぐんにゃりしていた身体をシャキッと起こし、片膝をついて両手を組み合わせる女神教信者のポーズをとった。
「何者と言われましても、僕はただの善良な一市民ですよ。あと敬虔な女神信徒です」
「……いつからお前は女神信徒になったんだ」
「今です」
「は?」
「いや、女神様ってスゴイなーと今さら気づきまして。先ほど僕は、危うく悪魔の誘いに乗ってニアさんを殺してしまうところでした」
「悪魔?」
「はい、その悪魔とは王子のことです」
「……お前が何を言っているのかさっぱり分からないが、意味不明な言動で質問をはぐらかそうって魂胆なら、こっちにも考えがあるぞ」
ゴゴゴゴゴ……という効果音がぴったりな感じの冷笑を浮かべ、僕に詰め寄る王子。
すかさず飛び込んできたニアさんが、僕を庇うべく立ちはだかる。
「いかなる理由があろうとも、ユウ様に危害を加えることはわたくしが許しません!」
「ニア、お前にも訊きたいことがある。坊をここへ連れてきただけで、なぜそこまで豹変する? コイツはお前の何なんだ?」
「そんなことッ!」
「あ、それは僕も知りたいです」
ニアさんの背後からにゅっと首を突っ込むと、ガチタイマンモードだったニアさんがポッと頬を赤らめた。
イケメン王子に近づかれてポッとなるなら分かるけど、なぜ僕なんだ。謎すぎる。
「え、えぇと、そのようなことは口に出すのもおこがましいというか……わたくしにとって、ユウ様は……」
もごもごと口ごもってしまうニアさんを、王子がさらに挑発する。
「なんだ、恋でもしたか?」
「まさか! そのようなことは天と地がひっくり返ってもありえませんわ!」
うっ……。
痛い。なんか胸に刺さった。
ニアさんが僕のことを好きとか、そんなラブコメハーレム展開はまったく期待してなかったのに……。
いや、ちょっと期待してたのかも……。
これは「浮気ダメ、ゼッタイ」という女神様からの啓示なのか、もしくはアリスの呪いなのか……いずれにせよ僕が百パー悪いってことは間違いない。
反省した僕が真珠の海へ土下座をする中、ニアさんは羞恥心で赤く染まった頬を隠そうともせず、王子に食ってかかった。
「貴方の思考は穢れています! わたくしがユウ様にそのような邪な想いを抱くわけがありません!」
「じゃあ何なんだよ。この館に来てからも、お前は『坊に会いたい』としか言わなかったし、理由を尋ねてもハッキリ答えなかった。そろそろ俺らに分かるように説明してみろ」
「それは……ッ」
両手を膝の上でギュッと握りしめ、ニアさんは視線を背後へと泳がせた。
土下座で禊を終え、キレイな心に生まれ変わった僕をチラッと見るや、ニアさんは恥ずかしげにパッと目を伏せる。なのにまたチラッと見てくる。いかにも「ドキドキしてます」って感じで胸に手を当てて、前髪の隙間から上目遣いで。
……ぶっちゃけ可愛い。メチャメチャ可愛い。
これが恋じゃないとか詐欺だ。僕がフリーだったら確実に騙されてる。女って怖い……。
そうしてたっぷり十秒ほど見つめ合った結果、僕が再び『呪い』ステータスに陥ろうとしたとき。
ニアさんの眼が眩しげに細められ、可憐な唇がゆっくりと開かれて。
「ユウ様は、わたくしの――神です」
「……」
「……」
王子と僕は、無言のままアイコンタクト。お互いに目が半開きになっている。
ニアさんだけが、キラキラ輝く瞳で語り続ける。
「ああ、今言葉にしてようやく実感しました……出会ったときから、わたくしにとってユウ様は紛うことなき神でした。それなのに、幼い頃に植え付けられた記憶がこの“信仰心”に蓋をしたのです。この世界において、神と呼べる存在は女神のみであると。神殿の教えは、嘘や欺瞞に満ちていると知っていたにも拘らず……でもわたくしは自分の気持ちを信じたかった。もう一度ユウ様に会って真実を見極めたかった。その願いはついに叶いました。ユウ様はわたくしが思っていたとおりの方でした」
ふわり、とニアさんが宙へ浮かび上がる。
風の精霊と契約していないニアさんを持ち上げたのは、やはり水の精霊だ。
透明な水の絨毯は、みるみるうちに全長五メートルほどのミニ水龍となって、僕の周りを嬉しそうにくるくると飛び回る。
くるくるくるくる……。
ニアさんを背に乗せてはしゃぐ水龍を眺めているうちに、だんだん気持ちが落ち着いていく。ヨガのポーズに頼らなくても、僕は悟りの境地へ入れるようになったらしい。
……うん、これはアレだ。いつものパターン。
ノエルとマルコさんにさんざん言われまくった、アレ。
「――つまり、ニアは坊のことを“男神”のように感じている、ということか」
正解を告げたのは、僕じゃなく王子だった。
それを耳にしたニアさんは、王子の傍らにすうっと寄り添った。そして水龍の長い尾っぽを王子の胴体にぐるりと絡め、逃げられないようギュウッと締めつけて。
「男神、という存在がいるのですか? 本当に?」
「あ、ああ……この国では禁忌だが、他の大陸では普通に信仰されている」
「ではユウ様は“男神様”なのですかっ?」
「知らん。俺に訊くな……」
クイッとあごの先で僕の方を指し示すと、王子はぐんにゃりと床に突っ伏した。精神的疲労、もしくは水龍の放つ神気にやられたんだろう。ご愁傷様です。
王子を倒したニアさんはというと、期待と興奮で顔を真っ赤にしたまま、僕の正面へぴゅんと飛んできた。
「ユウ様、ユウ様! 貴方はもしや“男神様”なのですかっ?」
「違います」
「ですがっ」
「悪いけど僕は普通のニンゲンだから。百歩譲っても、ちょっとチートな魔術技師……」
ん?
今なんか引っかかった気がする。
ニアさんの過去話を聴いていたときも感じたけど、何か大事なことを忘れているような……?
首を傾げる僕に対し、ニアさんは握りこぶしを作りながら力説する。
泥水の中で僕に抱き上げられたとき、モノクロだった世界が色鮮やかに塗り替えられたとか、さっき再会したときも、僕に名前を呼ばれて魂が溢れんばかりの光に満ちたとか、歯の浮くような美辞麗句を。
「そうですわ、ユウ様のお力を証明するものがあります!」
「証明?」
「ええ、今こうしてわたくしに従っている水の精霊です。……光の精霊と契約したにも拘らず、その後もわたくしが『できそこない』のままだったのは、力の強い水の精霊を制御しきれなかったためです。女神の名のもとに契約を交わそうとしても、水の精霊は言うことをきいてくれませんでした。ユウ様の御名をお借りしたことで、わたくしは真の精霊術師となれたのです!」
キリッ、と語尾につく感じで言い放つニアさん。
脳みそが蕩けきった僕は、ニアさんを背中に乗っけたままパタパタと愉しげに尾を振るミニ水龍へと、生温かい目を向け……。
「ん? 水龍?」
……オカシイ。なんかオカシイ。
ニアさんの“証明”により、一つのオカルト現象に気づいてしまった僕は、現状を冷静にジャッジしてくれるであろう唯一の人物へ声をかけた。
「あのー、王子、生きてますか?」
「死んでる」
「そうですか、では教えてください。今ニアさんが乗ってるモノって何だか分かります?」
「分からん」
「よく見てください。なんでしたら、僕がその長いまつ毛を全力で引っ張っ」
「神気の塊に乗ってるんだろうな。俺の目には朝靄のような薄い霧にしか見えん。嘘じゃないぞ」
「そう、ですか……」
やっぱりオカシイ。どう考えてもオカシイ。
僕、今まで精霊って見えたことなかったんだけど……。
何よりこの水龍、ニアさんだけじゃなく僕にも懐いてるっていうか、そこはかとなく“あの物体”に似てるというか……。
「いや、まさか、そんな、でも……」
ずっと頭の片隅に引っかかっていたことが、するすると解けていく。
僕はこの街に来てから、死にかけていた人を三人ほど助けた。
最初は泥水に落とされたニアさん、次は鞭で打たれていたノエル、そして自殺志願者のマルコさん。
奇しくも三人に共通するのは『できそこない』の精霊術師だってことだ。
もしも彼らが、壊れかけた木箱や、はぎれになった布と同じだとしたら……。
「ユウ様、どうなさったんですか?」
僕の目の前でひらひらと振られる手のひら。しゅるしゅる揺れる水龍のヒゲ。
しぐさ一つで伝わってくる、絶大なる僕への信頼。
まるで魔法にかけられたみたいに、僕を慕い主と仰ぐその理由は、きっと――
「――魂再生、チート、魔術……」




