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八、難民

「なるほど、お二人は中央大陸のアルボスから、フェルム海を船で渡ってここまで来たんですか……えっ、海洋都市クラルスを通って? それはけっこうな時間がかかったでしょう? ああ、やっぱり一年以上かかりましたか。大変でしたね……」

 と、さも当たり前のように相槌を打ちながら、僕は内心だらだらと冷や汗をかいていた。

 アルボスっていったいどこだろう。

 フェルム海? クラルス? なにそれおいしいの?

 ……。

 ……。

 ……いや、最初は僕だって「それどの辺にあるんですか?」と訊こうと思ったんだ。

 なのに「男神様に似てる!」とさんざん持ち上げられてハードルが上がって、しかも僕のチートな翻訳機能――世界共通言語だけでなく『アルボス語』をもナチュラルに理解していることがバレてしまい……なんとなく“物知り博士キャラ”で通さなきゃいけない空気になってしまった。

 後でボロが出たら恥をかくのは己自身だというのに、どうしてこういうつまらない見栄を張ってしまうのか……。

 とにかく街へ入ったら真っ先に世界地図を買い求めようと心に決めて、僕は第一村人ならぬ美人母娘とのトークに集中する。

 列に並んでから十分足らずで、二人のプライベート情報はざっくり教えてもらった。

 お母さんの名前はユリアさん。年は二十五歳。ちょっとおませな女の子はリリアちゃん。もうすぐ五歳。

 二人はアルボスという国からやってきた……いわゆる“戦争難民”だ。

 ご主人を亡くし、住み慣れた故郷を追われたユリアさんは、幼い娘を連れて命からがら逃げてきた。

 ユリアさんと同じ馬車で到着した八名――今僕の前に並んでいて、僕たちの話に聞き耳を立てている人たちもほぼ同郷だという。

 長い旅をともに乗り越えてきた“戦友”である彼らは、いつしか輪になって思い出話を始めた。それを聴いているだけで僕の胸はズキンと痛む。

 ……今までのぼっち生活で、僕は自分が世界一不幸な気がしていた。

 でも僕にはまだ家族がいる。戻れる故郷がある。

 それらを全て失ってしまった彼らの苦しみに比べれば――そもそも比べるのがおかしいけれど――まだ帰れるという希望があるだけ幸せなのかもしれない。

 それとも、叶わないかもしれない夢を中途半端に見続ける僕より、新たな道を選んだ彼らの方が幸せなんだろうか。

「でも、どうしてユリアさんたちはわざわざ『聖都オリエンス』へ? もっと近くに平和な街があったんじゃ……」

 僕の投げた素朴な疑問に対し、ユリアさんはただ悲しげに目を伏せるばかり。

 別に厳しい言い方じゃなかったはずだけれど、ユリアさんの中では「どうして祖国を捨てて、こんな遠くまで逃げ出したんだ?」と問い詰めるようなニュアンスに聴こえたのかもしれない。

 黙り込むユリアさんの代わりに、より年配の女性が答えてくれた。

 どうやらこの街は、とんでもなく“フェミニスト”な街として世界中にその名が知れ渡っているらしい。

 具体的には、女性に限り税金が免除され、住居が与えられ、仕事が斡旋される。また住民登録にあたりその出自は一切問われない、まさに『来るものは拒まぬ街』とのこと。

 ちなみに男性に対してはそこまで優しくない。女性の分までしっかり税金を払わなきゃいけないし、家がなくて野垂れ死にしたところで自己責任だ。

「まあその代わり、男には別の仕事が待ってるんだ。高収入でやりがいのある、でっかい仕事がな!」

 そう言ってガハハッと豪快に笑う、ワイルドなおっさんたち。

 皆まで言わずともその仕事が何なのかは分かった。僕はつい老婆心から尋ねてしまう。

「大丈夫ですか? この辺りの魔物はかなり強い……らしいですよ?」

 この世界のことを何一つ知らない僕にも、これだけは断言できる。

 ――冒険者の仕事は、ハイリスクハイリターン。命がいくつあっても足りない。黒竜みたいなヤツが定期的に襲ってくるなら、なおさらヤバイ。

 僕はさりげなく黒竜のことを伝えた。僕自身が直接戦ったことは伏せたけれど、昨日この街へ現れて、ものすごい勢いで暴れまくったせいで、街の中は大変な騒ぎになってるってことを。

 それでも、彼らの気持ちは変わらなかった。

 少なくとも人間同士で命を奪い合うよりはマシだ、と……。

 しんみりした空気を吹き飛ばすかのように、一番体格の良いおっさんが発破をかける。

「おいおい、こっちのことを心配してる場合じゃねぇぞ? そんな細っこい身体で“世界の果て”まで来たのは認めるけどな、命が惜しけりゃさっさと逃げろよ坊主!」

「……でも僕、そこまで弱くないつもりですけど」

「どうしてもこの街に住みたいっていうなら止めやしないけどな、別に無理して危ない橋を渡る必要はないんだ。坊主は賢いんだから、その頭を使って稼ぎゃいい」

 と、かなりガチな感じで諭してくる。

 彼らは「遠い島国から来た」と言葉少なに語った僕のことを、“訳あり”で旅をしている大商人のお坊ちゃんだと思い込んでしまった。

 それに十六歳という年齢はまだこの世界じゃ未成年で、さらにこの体格は年の割に小柄な方だ。丸っきり子ども扱いされてしまう。

 まあ、心配してくれるのはありがたいけれど……今さら逃げるわけがない。

 僕はこのために旅をしてきたんだから。

 三番目の『罪人の街』で立ち上がった冒険者ギルドは、アリスがいた四番目の街でさらに規模を拡大していた。歴戦の勇者であるギルドマスターを置き、きちんとしたルールの下に運営され、神殿や街の警備兵とも連携して魔物討伐に当たるようになった。

 つまり、冒険者として名を上げれば自ずとコネクションができる。そうすれば情報収集も楽になる。

 ……まずは、アリスの身内を探す。

 そして僕みたいな『異世界人』がいないか調べる。できるなら元の世界へ戻る方法も。

 絶対に、この夢を諦めたりしない――

「僕は冒険者になるつもりです。これからは“同僚”としてよろしくお願いします!」

 揺るぎない決意の言葉に、男たちは嘆息し、女性は不安そうに顔を見合わせた。

 生き急ぐ若者の死を嫌になるほど見てきたのだろう、彼らの瞳は「危ない」「無理しないで」と訴えてくる。

 話の内容をほとんど理解できていないリリアちゃんでさえ、涙目になりながら僕の手を握ってくる。

 僕はその場にしゃがみこみ、リリアちゃんと目線を合わせながらハッキリと伝えた。

「大丈夫。こう見えて僕は強いんだ。キミがこれから暮らすこの街は、僕が絶対守ってあげるから」

「うん!」

 嬉しそうに笑って、僕の胸に飛び込んでくる幼い少女。

 そのとき僕は、この街で女性が優遇される理由を察した。こんなにも危険な街にわざわざ女性を住まわせようとする理由を。

 ――おとこという生き物は、大事なひとを守るためならとことん頑張れるものなのだ。

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