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リアリスフィア ~竜は孤高の花を望む~  作者: AQ(三田たたみ)


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八十二、帰還

 聖都オリエンスへの帰路は、行き道とは打って変わって亀の歩みだった。

 一刻も早くアリスに会いたい……と逸る気持ちをグッと堪え、僕はじっくりとリサーチする。

 街の人たちにとっては想像することさえ困難な、『死の霧』の向こうの世界――そこがどんな風に成り立っているのかを把握する。

 重点的にチェックしたのは、魔物の出没エリアと頻度だ。行きは一直線に駆け抜けてきたフィールドを、大きく蛇行しながらジグザグに進む。

 視えた風景は、一年前とさほど変わらなかった。

 魔物がフィールドに現れるのは夜のみ。日中は暗い森の奥や洞窟に潜み、日没と同時にそろりと出てきて魔物同士で縄張り争いをする。

 未来樹のある大陸の東端には、魔力の弱い雑魚モンスターしかおらず、西へ進むごとに少しずつ大型モンスターへと変わっていく。

「これはたぶん、地下から染み出す瘴気の濃度に比例してるんだろうな……もしくは東から流れてくる神気の影響か」

 深夜、月明かりの届かない曇り空の下で、僕は闇に包まれたフィールドへと目を凝らす。

 カルディア洞窟では分かりやすかった魔物のリポップも、外だとわずかな光源で掻き消されてしまうから、こういう漆黒の闇は貴重だ。

 ゆらりと立ち上る瘴気の靄の行く先を追い、それがにじみ出る『竜脈』の位置を頭の中にインプットしていく。

 それらの情報を、一年前の記憶と照らし合わせてみると。

「……やっぱり、瘴気は西へ向かってる」

 未来樹を護る二つの霧のうち、一つ目の『神気の霧』の位置はほとんど変わらない。強烈な砂嵐のせいで分かりにくかったけれど、多少西側へズレた程度だろう。

 それに比べて、二つ目の『瘴気の霧』の進むペースは速い。

 次々と『聖都』を飲み込んでいったもの――石碑の見せてくれた映像の中で、聖都の人々から恐れられていたのは、二つ目の霧の方だ。

 では、なぜ死の霧は西へと動くのか?

「うーん……その理由まで考えるのは、手持ちのデータだけじゃちょっと厳しいな。とりあえず“女神の思し召し”ってことにしておくか」

 という投げやりな呟きが、案外的を得ているような気がして、僕は一人苦笑する。

 僕にとって『死の霧』とは、巨大な浄水器のろ過膜のようなものだ。

 邪魔なモノを追い出して、綺麗なモノだけを内側に残す。

 一つ目の膜で残るのは、精霊と植物のみ。二つ目の膜で残るのは、獣と魔物。

「結局ニンゲンだけが弾き出されてる。つまり、未来樹にとって邪魔な“異物”はニンゲンってことになるんだろうな」

 はぁっ、とため息が漏れてしまうけれど、なんとなく理解できなくもない。

 結局この世界ホシを汚しまくって、生態系を壊してしまいかねないほど醜く争い合うのは、ニンゲンという生き物だけ。

 女神様はそんなニンゲンたちに愛想を尽かして、死の霧を生み出したのかもしれない。

 というより、この現象はニンゲンに殺されまくった獣たちの復讐劇であり、どっちの味方もできない女神様はハラハラしながら見守っている、とか?

「やっぱり女神様の意図は分かんないや……でも実際、このまま死の霧が止まらなかったらヤバいよな。いずれは西の端まで到達するだろうし、その間にじわじわ追い詰められていくのも心理的にキツイし」

 凍てつく夜風に吹かれながら、僕は未だ見ぬ王都の住人を思う。

 隊長たちの姿を見ていれば、次の『遷都』はありえないと分かる。最後の防波堤である今の街が壊れてしまったら、その後はきっとなし崩しになる。

 この国の王様たち――女神直系の子孫と言われる人たちは、そのときどうするんだろう?

 お隣の中央大陸へ『難民』を送り込むんだろうか? 戦火に舐めつくされてボロボロになっているという噂の場所へ。

 それとも交流の少ない北大陸や南大陸へ行くのか。『男神』の存在を認めている異教徒の国だとしても、背に腹は代えられないと。

 そこまで考えて、僕は首を横に振った。

「きっと最後まで、精霊術師を“利用”するつもりなんだろうな……今までと同じように」

 彼らはたった一人の少女に、責任を押し付ける。

 ニンゲンの犯してきた罪を償わせようとする。

 次の『人柱』の力で、死の霧そのものを消し去れたらベスト。せいぜい数十年、よくて数百年の時間稼ぎができたらベター、なんて考えて。

「……まあ、そうならないように僕が動くんだけどね」

 大地から染み出す瘴気の動きを見ているうちに、僕は一つのアイデアを思いついていた。

 たぶんマルコさんあたりが聞いたら、「これだから男神様は……」と頭を抱えるような、若干外道なやり方だ。

 だけど、外道上等。

 全てのニンゲンを救おうなんて最初から考えてないし、今さらキレイゴトを言ったってしょうがない。

 とにかく、僕は一つの手土産を――画期的な“死の霧攻略”のアイデアを持って、大事な人たちの暮らす聖都へ戻った。


 ◆


「……それじゃ、洗いざらい話してもらおうか? お前さんが失踪してたこの三ヶ月間、いったいどこで何をしてたのかをな」

 地の底から響くようなギルマス氏の声が、やたらと調度品が豪華になった北ギルド最上階の小部屋を揺るがす。

 火のついた葉巻をギリッと踏みつけ、つやつやしたビロードのソファからゆっくりと立ち上がるギルマス氏の姿は、まさしく生ける魔王様。いかつい軽鎧の胸元では、冒険者の証である深紅のペンダントがギラリと光る。

 ちょっとビビった僕は、逃げ場を求めて周囲を見やった。

 視界の隅に映るのは、感極まってうぐうぐと男泣きする隊長。ボサボサの髪と伸び放題の髭、くたびれたチュニックが哀愁を誘う。

 隊長の脇に佇むのは、滝のようにダバッと涙を流すマルコさん。相変わらず食が細いのか、今にもポキッと折れそうだ。

 そんなマルコさんの羽織った純白のローブの裾を掴んで、精一杯背伸びしながら「イイコイイコ」と頭を撫でる、白いワンピース姿の天使なノエル。

 キラキラ輝く亜麻色の髪が少し伸びて、透明感ありまくりの、まさに眩いばかりの美少女に……という話はさておき。

 たぶん隊長とマルコさんの涙は、まったく意味が違うんだろう。

 隊長は「坊主が生きてて良かった!」って感じで、マルコさんは「こんなに長く放っておくなんて鬼ー!」みたいな?

 ……。

 ……。

 ……いや、僕だってこれほど時間がかかるとは思ってなかったんだ!

 ただ調査の仕上げに、死の霧がどこまで横に広がってるのかを調べてたら、結局この大陸を南北縦断してたっていう……。

「あのー、ゆっくりお話したいのはやまやまなのですが、僕には今すぐ行かなきゃいけないところがありまして」

「そうかそうか、じゃあ三行で説明しろ。その話でオレらが納得できたら解放してやる」

「うっ……」

 精霊をも無意識に従える、強烈な魔力の持ち主であるギルマス氏にズイッと迫られて、僕は一歩二歩と後ずさる。

 そのまま背後のドアをぶち破って逃走してしまいたいけれど、そこに待ち構えるのは当然――

「あらユウくん、もしかして逃げようなんて企んでないかしら? だとしたら、この三ヶ月で“SSランク”に上がった私をきっちり倒して行きなさい?」

 ゴゴゴゴゴゴ……。

 そんな効果音を立てて、扉の前に仁王立ちする受付嬢のお姉さん。

 今日のお姉さんはいつにも増してセクシーだ。北ギルドの制服である紺色のワンピースじゃなく、露出度高めな深紅の鎧を身にまとっている。

 肩から胸をきっちり覆いつつ身体の動きを阻害しないその鎧の下は、アリスが「羨ましい」と言いそうな丈の短いパンツに、膝上までを守る鋼のロングブーツ。腰には鋭いレイピアが。

 お姉さんは、もはや『受付嬢』なんて下っ端っぽい呼び方ができないほど出世していた。

 なんせ死の霧の中にこっそり潜んでいた僕を捕まえて、首根っこを掴みながらこの場所へ引きずってきたのは、この麗しいお姉さんなのだ!

 正確に言うと、岩風呂で“脱ゴブリン”していた僕を独自の嗅覚で発見し、濃厚な瘴気の霧をものともせず、周囲にうようよしている凶悪な魔物たちをもぶっちぎって襲い掛かってきた。

 その姿は、僕の目でも捉えられないほどの速さだった……。

 ゴブリンをはるかに凌駕するあの速さ、まさにオーガレベル……。

 あのときたぶん僕はお姉さんに大事なトコロを見られ……いや、その件は深く考えるまい。

 首根っこを掴んで引きずられる間に、もともと破れていた服がビリビリになって、現在上半身裸だってこともひとまず棚の上に置いておこう。

 コホンと咳払いをし、僕はいつものポーカーフェイスを装着。

「待ってください、お姉さんは勘違いしてます。僕は別に逃げるつもりじゃないんですよ? ただちょっと優先しなきゃいけない用事があって、それが終わったら必ず戻っ」

「その用事とやらはどのくらいかかるのかしら? 半年? 一年? それ以上?」

「ううっ……」

 追い詰められた僕は、麗しいお姉さんからサッと目を逸らす。

 すると、残像さえ残らないほどの速さで詰め寄ったお姉さんが、逸らしたはずの僕の顔を両手で挟み、ぐりっと正面へ。

「い、いひゃいです……」

「人と話すときは相手の目をちゃんと見なさいね?」

 ニコッ!

 神々しい笑顔にあわせて、お姉さんの背後からピカッと後光が差した。ポニーテールに結わえた長い赤髪が、あたかもメデューサの蛇のようにゆらりとうねる。

 女神様というより男神様の厳しさを感じさせる、美しくも恐ろしいその笑顔に、僕は屈した。

「はぁ……分かりました。三行は無理なんで、三分で説明しますよ」

 そう呟くと、お姉さんは「イイコイイコ」と僕の頭を撫でてくれた。

 マルコさんをケアしていたはずのノエルも、気づけば僕の背中にぴったりくっついている。

 気丈なノエルだけど、やはり兄貴分である僕の不在は寂しかったらしい。遠慮がちに伸ばされては引っ込む、もみじみたいにちっちゃい手が可愛すぎる。

 僕をとことん甘やかしてくれるこの場所は、あまりにも居心地が良くて、張りつめていた心の糸が緩んでしまいそうになる。

「スミマセン……正直、今回皆さんには会わずに出発するつもりだったんです。やらなきゃいけない課題をちゃんとクリアするまでは、って……」

 街へ戻ったら、真っ先にアリスのところへ行こうと思っていた。

 それは「待たせてゴメン」と謝って、ぎゅうっと抱きしめて思う存分スリスリする……ためではなく。

 アリスには、霧の向こうで見てきたことの一部を話す予定だった。

 少なくとも、大巫女様に会わなきゃいけないって理由を説明して、できれば精霊を通じてアポイントを取ってもらって、その流れで「これから王都へ行ってくる」と……。

 もちろん、それは皆が無事だってことを確認した上での話だ。

 お姉さんに引きずられてここへ来る途中、馬車の荷台から眺め見た聖都は……ぶっちゃけ拍子抜けするほど平和だった。

 三ヶ月前の『ゴールドラッシュ』で得た力はかなり大きかったんだろう。死の霧の傍には、装備を整えた兵士や冒険者たちが普通にうろついていたし、年代物でボロボロだった城壁はきっちり整備されていたし、街道沿いに住む人々の顔に不安の色は見えなかった。

 その安寧をもたらしているのが、ここに勢ぞろいした面子だ。

 冒険者として現役復帰したギルマス氏、なぜかオーガクラスにまで成長したお姉さん、広告塔ならぬ“救世主”として馬車馬のごとく働くマルコさん、決して人前に姿を見せない謎の治癒術師ことノエル。

 そして、彼らの調整役として走り回らされる不憫な隊長……。

 ……。

 ……。

 なんだか隊長の涙の意味が変わってきた気がする。『お前がいない間、ちょー辛かったんだぞ……』と訴えているような。

 涙を見られまいと顔を覆ってたはずの両手が、今は胃のあたりに移ってるし。

 もしかしたら、僕の報告でさらに胃痛を悪化させてしまうかもしれないけど……そこはノエルのケアにお任せしよう。

「えーと、とりあえず僕が行ってきたのは“霧の向こう”です」

 ――ピキッ!

 と、全員が固まったのをサクッとスルーして、僕はトークを継続。

「詳しい理由は話せないんですけど、僕あの霧吸っても全然平気なんですよ。あと神殿の神気も平気です。だからちょっと自分の力を過信してたっていうか、死の霧の先にある『未来樹』に突撃しちゃったんですよね。あ、未来樹っていうのは、なんでも願いが叶う女神様の樹のことです。古い神話に出てくるらしいんですけど、たまたま僕はその樹の生えてる場所を知ってたんで」

「「「「「……」」」」」

「だって、チマチマ争ってるやっかいな問題、一つずつ解決してくの面倒くさいじゃないですか。だから未来樹の実を食べて、世界平和でも願ってみようかなと思って。そしたらまんまと死にかけました。未来樹の周りの神気って、めちゃめちゃ濃厚なんですよ。あのトラップを突破するの、普通のニンゲンには百パーセント無理ですね。精霊術師でも無理だと思います。魂を破壊されますから」

「「「「「……」」」」」

「ただ、無駄足踏んで帰るのもナンだし、ちょっとでも手土産が欲しいなぁと思って、向こうのエリアをいろいろ調べてたんですよ。それで『死の霧』が西へ移動してる理由を考えてみたんですけど、どうも女神様ってニンゲンを滅ぼそうとしてるっぽいんですよね。このままじゃ、いずれニンゲンは逃げ場を失って全滅するってのが僕の結論です」

「「「「「……」」」」」

「どうしてニンゲンが滅びるかっていうと、一言でいえば『動物虐待』ですかね。そもそも西のネムスでは、理不尽に殺された獣の“怨霊”が魔物になると言われてるんです。だからニンゲンがいなくなった霧の向こうの世界では、動物がのびのびと自由に生きてるんですよ。もちろん魔物もいるんですけど、再生リポップ率はかなり低いです。結局ニンゲンさえ絶滅すれば、この世界から魔物がいなくなって、真の平和が訪れるのかなーと思います」

「「「「「……」」」」」

「なんて、キツイこと言っちゃいましたけど、なんだかんだ女神様って優しいらしいし、本気で反省すれば大丈夫かなって気もしてます。ていうか、本気で反省した人だけは僕が助けてあげようかなって……でもそれはさすがにおこがましいじゃないですか。だからその前に、率直な意見を訊いてみようと思ったんです。王都の大神殿にいる大巫女様に」

「「「「「……」」」」」

「あ、僕も最近まで知らなかったんですが、大巫女様ってもう千年近く生きてるすごい人なんですよ。もともと『聖都オリエンス』が遷都を繰り返してきたのって大巫女様のアイデアだし、たぶんこの国における真のラスボスっていうか、神殿も王族も全部牛耳ってるんだろうなと思います。だから、今から大巫女様に会うために王都へ行ってきます」

 ぴったり三分、立て板に水のごとく説明した結果。

 僕は誰にも引き止められることなく――唯一正気を保ったままのノエルに「いってらっしゃい」と手を振られて、意気揚々と北ギルドを後にした。

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