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リアリスフィア ~竜は孤高の花を望む~  作者: AQ(三田たたみ)


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七十、擬態

「え、えっと、でもその“性豪”な人、ギルドランクだとトップじゃなくて、もっと上の人がいるみたいですよ?」

 魔力とは生命力であり、精力でもある……。

 となると、現在ギルドランク一位のあの人は――すごく、えっち、です……?

 女神のごとき麗しい受付嬢のお姉さんを思い浮かべた僕が、ちょっとドキドキしながら尋ねてみると、クロさんはあっさりと言い放った。

「いや、そうとも言い切れないな。むしろギルドランクはそこそこなのに、圧倒的な魔力を持つようなヤツが要注意だろう」

「え、そうなんですか?」

「さっきも言ったように、ギルドランクってのは、あくまで肉体という器から溢れた魔力を測るシステムだ。溢れた魔力は“物質”へ――魔鉱石やら剣やらに移されて、それが強さの指標になってる。ここまでは分かるな?」

「はい」

「普通のヤツは、日常的に魔術を使うことで余剰魔力を発散させている。だがもし、その発散が追い付かないほど魔力が有り余ってるヤツがいたら、どうなると思う? 例えば外で魔物を狩りまくっていた冒険者が、引退して事務作業ばかりさせられるようになったら」

「う……すごく、ストレスが溜まると思います。魔力余りまくりです」

「そうだろう? そして余った魔力は最終的に“物質”と同化する。これは世間じゃ知られていない話だが、体内で行き場を失った魔力はいったんココへ集まる」

 骨ばったクロさんの人差し指が、こめかみのあたりをトンと突いた。

 と同時、頭の中にピカッと電球が光った気がした。魔力にまつわる一つの疑問がクリアになったような。

「余剰魔力は、脳の指示で身体のどこかに割り振られる、ってことですね」

「そういうことだな。つまり、膨大な魔力を持て余すほどの才能の持ち主は、意図せず“身体強化”を行うことができる」

「なるほど……その結果、外へ溢れ出る魔力が少なくなって、ギルドランクは下がるってわけですか」

 ギルマス氏は、自力でその域に到達したんだろう。例えば『いつまでも強く若々しくありたい』という漠然とした望みを、余った魔力が無意識に叶えてしまっている。

 そして僕やクロさんは――ネムス人は、意図的にそれができる。

 ポイントは、人体を“モノ”として扱えるかどうかだ。

 人の身体が目に見えないほど小さな分子で構成されているだなんて、さすがに普通は思わない。生き物には魂が宿っているという女神教の教えにも反するだろうし、広めようとしても難しい気がする。

 それに対して、男神様を崇めるネムス人は医術にも長けていたという話だし……ある意味科学的な視点で物事を見ているんだろう。

 しかし、この理屈を一切分かってないのに身体強化できてしまうギルマス氏は凄すぎる。隊長がいつまでたっても勝てないわけだ……と僕が一人納得していると。

 至極真面目な顔で解説していたクロさんが、ふっと相好を崩した。そして僕の耳元へ唇を寄せて。

「ちなみに、強化した部位は自力でコントロールできる……この意味が分かるな?」

「え、えっと、それって……」

「下半身へ魔力を集めれば、女が満足するまで勃」

「――ご教示ありがとうございました、なんかスッキリしました!」

 慌てて会話を打ち切ると、クロさんは僕の頭を撫でながら心底楽しげに笑った。その手のひらにも“魔力”が篭められている気がして、僕はついドキッとしてしまう。

 やっぱりこの人クロい……こんな人にロックオンされたら、落ちない女子なんていない気がする。

 そっち方面を完全にコントロールできないギルマス氏の方がまだ可愛げがある。実際ギルマス氏は奥さんに逃げられっぱなしだし。

 いや、むしろ下半身をコントロールできないからこそ、奥さんに逃げられてるのかも……?

 とにかく、今度ギルマス氏に会ったら「冒険者に復帰してみたらどうか?」と提案してみよう。

 可愛いノエルを毒牙から守るためにも。


 ◆


「それにしても、魔術って奥が深いんですねぇ……」

 今までは完全に独学というか、ファンタジー小説のお約束に則って適当に使いこなしていたけれど、取りこぼしているものがたくさんあるかもしれない。

 特に魔術技師の能力はかなりレアだし、この道の大先輩であるクロさんにはもっと詳しい話をお聞きしたい……という小さな欲望は、赤い扉の前で掻き消された。

 扉の奥から響いたのは、本当に微かな――絹を引き裂くような悲鳴。

「クロさん、今の声はッ?」

「チッ、もう起きちまったか……すまないが今から多少“嫌なもの”を見せることになる。覚悟しといてくれ」

 善良な青年の仮面を剥いだクロさんは、ぶっきらぼうな口調で吐き捨てると、固く閉ざされた鉄扉を軽々と開け放った。

 普通の人なら数人がかりで押し開かなきゃいけないほどの重量も、埋め込まれた魔石による厳重な結界も、圧倒的な力の前には意味がない。横で見ていた僕には、クロさんの体内に蓄積された魔力が、一瞬で両手に集中するのが分かった。

 もし僕がこの扉を開けろと言われたら、きっと扉そのものをぶち壊している。

 クロさんと比べて僕の魔術は稚拙だ。そもそも魔力のコントロールなんて意識したことがなかった。単純に魔力総量を上げることばかり考えていた。

 つまり僕も立派な脳筋ってことか……なんて呑気なことを考えている余裕は一切なく。

「ちょ、速……ッ!」

 本気を出したクロさんはゴブリンを軽く凌駕するスピードで、背中を見失わないようにするのが精一杯だ。このエリアは人払いをされているみたいだけれど、もし館の住人がすれ違ったとしても、幻影を見たとしか思えないだろう。

 豪華な絨毯を土足で踏みしめ、玄関ホール奥から二階へと続く螺旋階段を駆け上り、館の北側へと突き進む。

 通路のそこかしこに飾られた絵画も調度品もまったく視界に入らない。邪魔くさいスカートの裾を持ち上げながら必死で走る。

 そして、長い通路の終わりが近づく頃。

 前方からもう一つの足音が聴こえた。小さな子どものものと分かる軽い足音が。

 慌てて部屋を飛び出してきたと思われるその子は、毛足の長い絨毯に足を取られて前へつんのめり――風のような速さで滑り込んできた、逞しい両腕に支えられた。

「大丈夫か、バジル?」

「ッ、クロさん!」

 呼吸を乱すこともなく、飄々とした態度でバジルを抱き起こすクロさん。頬にそばかすの散った可愛らしい少年は、今にも泣きだしそうな顔でその胸に縋り付く。

 三秒遅れでその場所へ到着した僕は、汗ばむ手のひらでスカートの裾をギュッと握りしめた。どうやら完全に出遅れてしまったようだ。

「あの、さっきお嬢様が目覚めて、クロさんがいないって……」

「分かってる、すぐ行く。キミはゆっくりおいで」

 余裕たっぷりな大人の笑みを浮かべたクロさんは、バジルの頭をポンと叩くと、通路の突き当りにある部屋へ入っていった。

 残されたバジルは、不安と安堵が入り混じった複雑な顔でそっちを見つめ続けている。

 きちんと仕立てられた服を着ているため、その横顔は貴族の子弟のように理知的だ。ここ数日でいろいろあったせいか、顔つきもどこか大人びた気がする。

 でも、とにかくバジルが元気そうで良かった。

 ……という慈愛に満ちた兄からの視線にも、バジルは全く気づかない。どうやらクロさんと“お嬢様”のことで頭がいっぱいのようだ。

 離れていたのが短い期間だったとはいえ、もうちょっと感動的な再会になるような気がしてたんだけど……まあ今は緊急事態っぽいししょうがない。

 正直、ここまでガン無視されるとは思わなかったけど……。

「ああ、そうだ、ぼんやりしてる場合じゃない。お嬢様の着替えを用意しなきゃ」

 自身を奮い立たせるかのように独りごちると、バジルはクロさんたちのいる部屋へと歩き出し――

 ……。

 ……。

 ……いやいや、さすがに僕のこと置いてっちゃうのはどうかと思いますよ、バジルさん!

「ゲホンゴホン!」

 ここにいるぞ、というアピールのためにわざとらしい咳払いをしてやると、バジルは公園の鳩みたいにビクッと跳ねた。

 そして背後でむっつりしている僕を見つけるや、青ざめていた頬をみるみるうちに赤らめて。

「す、スミマセン……クロさんのお客様、ですよね? あの、オレ……ボクは、その、クロさんの従者みたいなことしてて……とりあえず客間にご案内を……」

 ドキドキという鼓動が聴こえるくらいの距離まで近寄ったバジルは、子どもながらに一丁前の紳士だった。ふんわりしたネッカチーフを揺らして一礼をすると、ピンと背筋を張って僕をエスコートしようと片手を差し出す。

 僕が氷のように冷たい視線をぶつけてやると、真っ赤になった顔がパッと逸らされ――反射的に脳天へチョップ!

「痛ッ! ……な、何するんですかぁ?」

「何するんですかぁ、じゃない! なんで分かんないんだよ!」

「えっ?」

「お前にとって僕はその程度の存在だったってことか? それとも記憶喪失にでもなったのかッ?」

「あ……その声って、もしかして……ユウ兄ちゃん?」

 震える声で正解を呟いたバジルに、「ようやく気づいたか薄情者め」と恨み言をぶつけてやる。そして両手を開き、喜びの抱擁の準備をする。

 僕の中のバジルは、ちょっとおバカだけど素直で元気な柴犬みたいなキャラだ。

 もし再会したら「ユウ兄ちゃん!」と叫びながら飛びついて、今までの逃亡生活を思い出して僕の胸で泣きじゃくる……それを受け止める気満々だったのに。

 なぜかバジルは、赤い顔をますます赤らめて一歩二歩と後ずさり。

「ご、ごめんなさい……オレ、今までアナタにすごく失礼なことを……」

「なんだよ、失礼なことって」

「だって、全然気づかなかったから……まさかあのカッコイイ魔王様のユウ兄ちゃんが――こんなキレイな“女の人”だったなんて……ッ」

「お前はアホか!」

 二度目のチョップは手加減できなかった。頭を抱えてうずくまったバジルの瞳から、涙がポロリと零れ落ちる。

 涙のついでに、バジルの本音もポロポロと。

「うう……ヒドイよ……オレ、生まれて初めて女の子をスキになったかもって思ったのに……三秒で失恋とかないよ……しかも相手がユウ兄ちゃんだったなんて……」

 ……。

 ……。

 ……うん、ゴメン。今のは僕が悪かった。

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