六十四、正体
「じゃあ、僕そろそろ行くね。あとはよろしく!」
くるん、と踵を返した瞬間、背負った荷袋がガシッと掴まれた。限界まで詰め込んだ魔石によりパンパンに膨れ上がったそれはかなりの重量で、鍛え上げた全身の筋肉がミシミシと音を立てる。
バランスを崩しつつも首から上だけ振り返ると、泣きすぎて腫れぼったい目をしたマルコさんが、恨みがましい三白眼でジトーッと僕を睨みつけていた。
「えーと……まだ何か問題ある?」
「はい、あります」
「何だろう?」
マルコさんを魔物の一斉駆除に利用してしまったことは、誠心誠意謝った。
そして腰が抜けてしまったマルコさんをジャリジャリした魔石タワーから岩場へ移動させ、全裸じゃマズイからと持っていた予備の市民服を着せた後、この先のスケジュールについて説明した。
今から僕は南へ行く。
街の様子を眺めたいってのもあるけれど、一番の目的はノエルの『救いの神』ことアクセ屋のお兄さんに会うことだ。具体的には、南の職人ギルドで匿われているというバジルたちの無事を確認し、王子に会うためのアポを取る。
王子に引き取られたお姉さんの状況も気になるものの、さすがに王子の家へアポなしで行ける気はしないし、普通に暮らしていることだけ確認できればOK。
時間に余裕があれば、例の焼き菓子を入手して東の移民街ルートで帰りたい。あのお菓子さえあればリリアちゃんの心は僕のものに……。
「うん、完璧な計画だな」
「――どこが完璧ですか! 大事なことが抜け落ちてます、ごっそりと!」
「大事なこと?」
「この場所のことです! 私はこれからどうすればいいんですか! 私をここへ置き去りにするつもりですかッ?」
くりくりした栗毛を怒髪天にするマルコさん。蒼穹に響き渡るその声を恐れ、ザーッと引いていく白い霧。
むき出しになった大地は、一面キラキラと赤く輝いている。
もはや魔物の気配はほとんど感じないというか、ここら一帯の魔物は完全に駆逐されてしまったようだ。クレーター周辺の地割れから濃厚な瘴気が上がってくるとはいえ、雑魚魔物が再生するまで最低半日はかかるだろう。
僕は涙目になるマルコさんから目を逸らし、街の方角を見やった。敏感な両耳が屈強な男たちのざわめきをキャッチする。
……もうすぐ、この場所に隊長率いる北の精鋭チームがやってくる。
「やっぱり何の問題もないよね? 魔物はいないし、マルコさんは最強だし、すぐに隊長たちが来てくれるし」
「そこです、そこ! 隊長殿にこの状況をなんと説明すればいいんですかッ?」
「うーん、そうだなぁ……」
北門を出発した隊長たちが最初に目にするのは、ぐにゃりとお椀状に凹んだ“死の霧”の姿だ。
これが夢じゃないと分かった瞬間、彼らはきっと喜び勇んでこの場所へ駆けてくる。
長年苦しめられ続けてきた死の霧が後退した上に、喉から手が出るほど欲しい魔石がゴロゴロ転がっているんだ。興奮しないほうがおかしい。
しかし、問題は道の途中で無造作に脱ぎ散らかされたマルコさんの服。
それを見た瞬間、興奮は一気に醒めるだろう。
いったい誰がこの状況を生み出したのか……明確な理由を求めて、全員が目を血走らせながらここへ押し寄せることになる。
……ぶっちゃけ、メンドクサイ。
というネガティブな気持ちを隠し、僕はニッコリと微笑んで。
「正直に言えばいいんじゃないかな? 邪竜も魔物も、全部マルコさんの声でやっつけました、って」
「他人事みたいに言わないでください! どう考えても主犯はユウさんでしょう!」
「いやだなぁ、僕は『最強の精霊術師』をちょっとサポートしただけだよ? それにマルコさんの名声が高まってくれればノエルのカモフラージュになるし、僕のカモフラージュにもなるし、一石二鳥だよね」
「正直すぎますよ! 私に生贄になれってことですかッ?」
「うん。僕もノエルも、これ以上神殿に目をつけられたくないんだ。だからお願い」
殊勝な面持ちでそう言って、ペコッと頭を下げる。
僕の“お願い”にとことん弱いマルコさんは「ぐぬぬぬ……」と唸りながらも僕の荷袋から手を放してくれた。僕は笑顔をキープしたまま、そろりと後ろ歩きに進みだす。
「まあ僕のことは適当にごまかしといてよ。なんなら『邪竜にビビッて逃げた』とでも言っといて。それで隊長たちの魔石回収に協力してほしい。かなりの時間がかかるだろうし、霧が近寄らないように歌でも歌ってあげて」
「はぁ、分かりました……」
ぐんにゃりと脱力したマルコさんが、岩の上にへたり込む。そして「よりそってーせかいーみらいじゅのほうこうー」と僕の知らない歌を歌いだす。
明るい曲に見合わず、自分一人がババを引いたようないじけた顔をしているから、僕はちょっとした意趣返しを。
「でもさ、これって全部マルコさんの“予言”通りなんだよ?」
「予言、ですか?」
「『無垢な乙女を傷つけし者、女神の導きにより二度と“男”に戻れぬよう裁きを下す。もっとも罪深き者は、死の霧へ沈める。――お菓子小僧』……コレ覚えてるよね?」
「はい、もちろん……って、え、ええッ?」
「無実の“僕”に罪をなすりつけたんだから、ココでしっかり反省してください。じゃあね!」
全てを理解したマルコさんがガックリとうなだれるのを見届けた後、僕は軽快な足取りで霧の中へと走り出した。




