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リアリスフィア ~竜は孤高の花を望む~  作者: AQ(三田たたみ)


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五十六、死神

「――いや、僕だって最初はそんなつもりじゃなかったんです」

 という、いかにも言い訳くさい台詞から始まった“説明”は、小一時間にも及んだ。

 その主張を一言でまとめると――全ての元凶は神殿にあるってことだ。

 ヤツらがあこぎな真似をすることに対し、僕は内心ものすごく腹を立てていた。邪竜を退治するのは構わないけれど、ヤツらの命や財産を守ることにもなると思うと、どうしてもモチベーションが下がってしまう。

 だからヤツらを崩壊させるべく「内乱の種が撒けないか?」と考えていた……というところまでは隊長も知っているし、他の皆さんもうんうんと頷いてくれていた。

 ただし、問題はその後の行動で。

「でも結局下っ端に手を出したところで、トカゲの尻尾切りになって終わるだけじゃないですか。だからトップを攻めようと思ったんです。いっそのこと、ヤツらが崇めてる精霊術師をこっちに寝返らせてやったら面白いかなって」

「「「……」」」

「でも彼女ってかなり特殊なキャラなんですよ。ものすごく世間知らずの“お姫様”だし、何が地雷なのか分かんないし、外へ連れ出すのは今のところ厳しい感じですね。まあこの先もちょくちょく会いに行く約束をしたんで、ちょっとずつ調教……じゃなくて教育してこうかなと」

「「「……」」」

「あっ、そうだ! 神殿に潜入したとき、僕ヤバイ人に会っちゃったんですよ。例のヘンタイ王子に。でもあの人、ああ見えて実はイイヒトですよね。僕のこと追っ手から庇ってくれたし、地下牢に閉じ込められてた知り合いのお姉さんを助けてくれたし。後でお礼も兼ねて会いに行かなきゃと思ってるんですけど、そういや家の場所を聞くの忘れちゃったなぁ」

「「「……」」」

 僕の軽快なトークに対し、ひたすら重たい沈黙を返してくるのは、隊長、ギルマス氏、お姉さんの三人。何か言いたいことがありそうなのに、言葉にならず口をぱくぱくと動かすばかり。

 一方、ゴブリン王国の忠実なる家来ことノエルとマルコさんは、宝石のごとき瞳を五割増しでキラキラさせながら、

「ユウ兄、すごい……むてっぽう……」

「ユウさんの行動力、あまりにもすごすぎて、私ごときにはとうてい理解が及ばないレベルです」

 と、手放しで大絶賛。

 特にマルコさんは、地下牢や番犬軍団のことをよく知っていたため、言葉足らずな僕のトークにちょいちょい解説を挟んでくれた。

 その表現がかなり大げさだったせいで、ちょっとした空き巣的行為が壮大な冒険譚っぽくなってしまった。まるでハリウッドのスパイ映画みたいに。

 上映後の余韻からなかなか抜け出せない隊長たちに、僕は休憩を提案。

 隊長とギルマス氏は、親子水入らずという感じで肩を寄せ合いながら、ふらふらと部屋を出て行った。

 せっかくの機会だし、僕もノエルとマルコさんを連れて街をぶらぶら……するのは、お姉さんから「危ないことは金輪際しないでちょうだい」という命令が下されたため控えておいた。代わりに軽食のサンドイッチとお茶を差し入れしてくれたので、ギルマス室でまったり過ごす。

「そうだ、ノエル。先に言っとかなきゃいけないことがあって」

「なに、ユウ兄?」

「バジルたちのことなんだけど――」

 とり急ぎ僕は、お姉さんから聞いた情報をなるべくマイルドな表現でノエルに伝えた。そして明日には南へ様子を見に行くつもりだと。

 一瞬、ノエルが「ボクも行く」と言いだしたらどうしようと思ったものの、聡明なノエルは涙を堪えながら「よろしくお願いします」と頭を下げてきた。サラサラした亜麻色の髪を撫でつつ、僕は「任せろ」と漢の約束を。

 そうして場が和んだところで、本格的な休憩タイムスタート。

「……それにしても、先ほどは予想外の展開になりましたよ」

 ドーナツで腹が膨れたのか、それとも甘味以外にはさほど興味がないのか、野菜のサンドイッチを一切れ食べただけで食事を終了したマルコさんが、香り高い紅茶をズズッと啜りながら呆れ声で呟いた。

 同じく野菜サンドをはむはむしていたノエルも、無言のままコクンと頷く。

 ジューシーなチキンサンドを頬張っていた僕だけが、小首を傾げて。

「予想外って?」

「いえ、てっきり私のことを厳しく糾弾されるかと思っていたので。北の隊長は“ぬるい”という評判どおりの方でしたが、北の悪魔と呼ばれるギルドマスターがあそこまで骨抜きにされているとは……さすがです、ユウさん」

「骨抜き……いや、単に呆れてるだけだろ。あの三人は僕のことを『常識外れの魔術技師』だと思ってるから」

「それでも全幅の信頼を置いていることは確かですよ。これほど怪しい身の上の私を大事な密談に同席させた上、さらに『掌中の珠』である貴方がたとともに放置していくとは……フフフ……」

 不気味な笑い声を立てながら、マルコさんはゆっくりと立ち上がった。そしてアンデッドのように両手をだらりと前へ出し、僕とノエルへ迫りくる。

 ……ものの、窓を背にしているせいでキラッキラした後光が差していて、ちっとも悪そうに見えない。むしろ僕らを天界へ誘う大天使ミカエル様って感じだ。

「マルコさん、美人だなぁ……」

「マルコ兄、かっこいい……」

 見事にハモった僕らのリアクションに、マルコさんはがっくりと肩を落とした。そして肺が空っぽになるほど大きなため息を吐いて。

「まあ、そういう方だからこそ、私も付いていこうという気になったんですけれどね……ただ私のことはもう少し警戒された方が良いと思いますよ。保護されるべき弱者と見せかけて、実は神殿が送り込んだスパイという可能性も――」

「それはないな」

「それはないよ」

 またもやハモった僕とノエルの声。

 それが会心の一撃となったのか、よろよろとソファへ戻ってくるマルコさん。白い頬をほんのり赤く染め、猫背になって俯いてしまう。

 僕はノエルをなでなでするみたいな感覚で、マルコさんの背中をポンポンと叩きながら、率直な意見を述べた。

「マルコさんが賢い人だってことは、僕も分かってるからさ。そうじゃなきゃ『魔石狩り』をコントロールなんてできなかっただろうし。あの“腕輪”だって、カモフラージュでつけてたんだろ? 腕輪を外したら、精霊術師だってことがバレるから」

「ユウさん、それは……」

「つーか、あの腕輪は魔力を封じるだけじゃなく、精霊術師の力を封じるものでもあったんだな。僕の前でわざと外してみせたのは、僕を試してたのか?」

 そのとき、ずっと使っていた敬語を止めてみたのは、マルコさん自身がそれを望んでいる気がしたから。

 僕の『糾弾』に対し、マルコさんは一度頷きかけたものの、結局頭を横に振った。

「いいえ、わざとではありません。ですが、そう見えたとしても無理はないと思います……私は貴方に出会ったとき、本気で動揺していたんです。腕輪が外れたのは偶然でしたが、普段の私からするとありえない失態でした」

「それは僕が黒髪だから? それともヤツらを襲ったときの動きが」

 人外、魔物、ゴブリン、お菓子小僧……と、いくつかの選択肢を前にうーんと迷っていると。

 マルコさんは長いまつ毛を伏せ、唇の端を軽く持ち上げて、ふっと自嘲した。そして冷めてしまった紅茶のカップに手を添えながら「お話ししたいことがあります」と小さく囁いた。

 大事な告白をされる――そう直感した僕はスッと居住まいを正した。そして風に消え入りそうな声に耳を澄ます。

「私の生まれ故郷には、男神様にまつわるおとぎ話があります」

「ああ、女神様との恋話?」

「いえ、そういう言い伝えが残る地域もあるようですが……私の故郷において男神様は、けっして人々に望まれる存在ではありませんでした。男神様とは、光と生命をつかさどる女神と対になる存在。つまり、人を冥府へと導く“死神”なのです」

 ――死神。

 その比喩に、僕は大きく息を呑んだ。

 不吉だとか暗闇の色だとか、邪悪な魔物だと言われるよりもずっと胸に刺さる。

 いや、刺さったのは死神という単語じゃなく、胸を掻き毟るようにしながらそれを告げた、マルコさんの声そのものだったのかもしれない。

 隣に座る僕を……自分より小柄な少年のことを本物の神様に見立てながら、マルコさんは深々と頭を下げて懺悔した。

「私はずっと、死を求めていました。しかし女神はそれを許してくださいませんでした。何度殴られても、身体の骨を折られても、いつの間にか元通りに治ってしまう……その現象を『奇跡』と呼ぶのは何も知らない子どもだけです。私は不気味な魔物だと、忌み嫌われていました」

 マルコさんは断言する。

 その力はただの再生能力であり、倒したはずの魔物がいつの間にか復活するようなものだ、と。

 なぜなら、マルコさんは他人の傷を癒すことができなかったから。

 故郷を逃れてこの街にやってきたところで、一度貼られたレッテルは剥がれない。

 他人の治癒ができないくせに、自分の身体だけは治せる不器用な男。

 できそこないの治癒術師――そうジャッジした神殿は、マルコさんを『魔石狩り』チームへ組みこんだ。若者たちの不満を解消させる、便利なサンドバッグにするために。

「ちょっと待ってください、でもマルコさんは腕輪を付けていたから……そのせいで本来の力が発揮できなかったんじゃ」

「違うんです、今までの私は本当に役立たずだったんです。こんな風に身体が光り輝くのも、精霊の姿がハッキリと視えるようになったのも、貴方と出会ってからなのです」

「えっ……」

「とにかく、私は自分のことを生きる価値のない人間だと思っていました。けっして死ねない“魔物”の身体には、本物の魔物でさえも興味を示さなかった……だから私は貴方を見たときに、強く心を揺さぶられたのです。ようやく死ねる時が来た、と……」

 それは森の奥深くに湧き出る泉のように静かで、透明で、冷たい声だった。

 言葉を失った僕の背中に、ノエルがギュッとしがみつく。

 僕の服を握りしめるその手は微かに震えている。あたかもマルコさんの言葉に共鳴したかのように。

 この世界の宝である貴重な精霊術師二人が――女神の愛娘とも呼ばれる存在が、なぜこんなにも『死』に反応するのか?

 長い静寂の後、その理由がマルコさんの口から語られた。

 僕が薄々気づいていながら、確認するのを躊躇っていた一つの事実を。


「冥府には、私を待っている人がいるのです……私をこの世に生み出した、最愛の母が」

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