五十五、説明
もじゃもじゃ青年の正式な名前は、マルコさんと言うらしい。
年は二十一歳。全然オッサンではなかった。でもあのビジュアルじゃ誤解するのもしょうがないと思う。
マルコさんは今をときめく神殿勤務の治癒術師でありながら、なぜかその力を認められず、不遇の魔石狩りチームに配属されてしまった。
粗暴な若者たちに殴られ、給料をカツアゲされ、ろくなものが食べられずに過ごした数年間。
当然、銭湯や床屋に行く余裕なんてない。雨が降ったとき、外で肌を擦る程度のことしかできなかった。
そんな彼が、もしもお風呂に入ったら――
「おおおー、別人ッ!」
「は、恥ずかしいですあまり見ないでください男神さ……ではなく、ユウさん……」
ポッと頬を染めながら、鏡のある壁際へと後ずさるマルコさん。後ろ髪がないことが気になるのか、スッキリした襟足をひたすら撫でまくる。水に濡れたせいでくりくりになる天然パーマの髪は、シルクのような煌めきを放つ淡い栗毛だ。
ここは勝手知ったる北兵舎の大浴場。
ゴブリンダッシュでこの場所へ転がりこみ、例のごとく『トリミング』に着手した僕は、愛用の“黒い石”を使ってマルコさんの邪魔なもじゃもじゃを全て取り除いた。
すると、現れたのは――見事なまでのイケメン青年。
鬱陶しい前髪の下の瞳は、ちょっと垂れ気味のくっきり二重で、その輝きはトパーズのごとき美しさ。横髪とヒゲに隠されていた頬は白く滑らで、鼻はスッと高く、唇は薄く形良い。
今は痩せすぎているから薄幸の美青年って感じだけど、もうちょっと太って健康的になれば、それこそ女性が群がるようなビジュアルに……いや、群がったらマズイのか?
例えばこの先マルコさんが女性を好きになったり、『子作り』なんて行為をしたら、精霊は逃げ出してしまう……。
と思われがちだけれど、実際どうなるかは分からない。
精霊術師に関する常識はすでに崩れているというか、今回マルコさん自身がぶち崩しまくった。
それに――
「ああ、これが私の真の姿なんですね……物心ついてから一度も鏡というものを見たことがありませんでしたが、本当に信じられません。まるで神殿の壁画に描かれた女神のごとき麗しさ……」
浴室の鏡にぺったり貼りついたこの姿から想像するに、たぶん女子には全くモテないと思われる。
「えーと、じゃあ僕は先に出てますんで、下半身は自分で洗ってくださいね」
一皮剥けて白くなった上半身と黒い足のギャップが、なんだかケンタウロスみたいだなーとどうでもいいことを考えながら、僕は浴室を脱出。
念のため脱衣場の前で『弁慶』をやった後、夜勤明けの隊長と合流したのだが。
「よぅ、坊主! また妙なヤツを拾ってきたんだってなぁ。いったい今度は何を――あ」
一階奥の密談ルームにてマルコさんを見た瞬間、隊長は氷の彫像のごとくビキッと固まった。
なんせ目の前に現れたのは、全身からキラキラのオーラを放つ中性的な美青年。これが前回のような美少女ならまだショックも小さかったはずだけど、今回はどこからどう見ても本物の男。
口から魂が飛び出たまま戻ってこられなくなった隊長を連れて、僕らは北ギルドへ向かった。馬車を使ってのんびりと。
隊長は心ここにあらずという感じで、何を言っても「ああ」としか言わなかったため、僕は「もう“小柄ですばしこい魔物”探しは諦めた方がいいですよ」と刷り込んでおいた。
北の繁華街に着いた後は、いつものドーナツ屋へ。
新作の塩キャラメル味――これも僕がアイデアを提供したものだ――を入手し、アツアツほかほかの紙袋を抱えて北ギルドへ移動。
無駄にキラキラしたマルコさんの容姿は目立ち過ぎるので、僕のローブを貸してあげた。
コレもそのまま奪われそうだし、またギルマス氏に貢いでもらおう……と小賢しいことを考えながら門をくぐると、ロビーにいたお姉さんとバッタリ。
「あっ、ユウ君! ちょうど良かったわ、こっち来て!」
美青年のマルコさんもダンディな隊長も、お姉さんの視界には全く映らなかったらしい。ハツラツとした笑みを浮かべたお姉さんは、僕の手を取って掲示板前へと引っ張っていく。
てっきり最新の瓦版でも見せられるのかと思いきや……そこに貼られていたのは一枚のポスターで。
『犯人逮捕にご協力を! 市民を襲う凶悪犯――通称“お菓子小僧”を我々は許さない』
派手なキャッチコピーの下には、例の猫男っぽい似顔絵が描かれていた。ついでに「小さい」「すばしこい」「高いところに昇れる」などの特徴も箇条書きにて。
「このビラなんだけど、たった今中央ギルドから届いたのよ。今朝早く、中央から北に向かう旧街道で“一般市民”がお菓子小僧に襲われたんですって。ユウ君、なにか知ってる?」
そう言って、いたずらっ子のように微笑むお姉さん。僕が何かやらかしたってことはすでに感づいているらしい。
がっくりと肩を落としつつ、僕は「作戦成功です」と呟いた。
◆
「あっ、これすごく美味しいですね! さすがです男神さ……じゃなくてユウさん!」
「ユウ兄、これちょー美味しいよ……!」
昨日よりさらに人数が増えた、北ギルド最上階のギルドマスター室。
雨模様だった昨日とは打って変わり、室内は明るい朝の光に満ちている。しかしそこにいる人たちの顔色も一様に明るい……というわけにはいかず。
ミーティングのメンバーは総勢六人。
配置としては、長椅子の真ん中に僕が、右隣にノエル、左隣にマルコさん。ノエルを守るべく斜め後ろに立つお姉さん。対面にはギルマス氏。そして床の上であぐらを組む隊長。
テーブルの上に置かれたドーナツを夢中で頬張るのは、やはりこの面子で一番飢えているマルコさんとノエルだ。
特にマルコさんは、生まれて初めて口にする甘いお菓子に夢中。封印されていた食欲全開って感じで、食べカスをボロボロ落としながら貪りついている。
……このミーティング、予想通りカオスと化した。
まずは謎の飛び入りメンバーであるマルコさんを紹介したのだが――
マルコさんが羽織っていたローブを脱ぎ捨てた時点で、ギルマス氏とお姉さんの精神が軽く崩壊。
「そんな馬鹿な!」
「こんなの嘘よ!」
と叫びながらマルコさんの顔をガン見し、その後へなへなと崩れ落ちる。
馬車の中で気持ちを立て直したはずの隊長も、窓から差し込む日差しを受けて神々しいまでの輝きを放つマルコさんの姿を見せつけられ、再びノックアウト。ヤニで黄ばんだ壁にもたれかかり、うつろな目をしながら「精霊術師とは美しく清らかな乙女であり女神の末裔で国王の……」と機密事項をダダ漏れにする。
唯一動じなかったのは、ノエルだ。
昨夜ギルドの女子寮でゆっくり休んだせいか、健康的な顔色を取り戻したノエルは、好奇心旺盛な子猫状態。
最初は僕の身体越しに、チラチラとマルコさんの横顔を眺めているだけだったけれど、どうにも我慢できなくなったのか、そろりと指先を伸ばし、スッキリ短くなったマルコさんの栗毛をツンと引っ張ったり、くるんと丸まった毛先を指に絡めたり……たぶんその場所に隠れている精霊の姿でも見つけたんだろう。
マルコさんの方も、挙動不審なノエルに対して全く動じることなく、ニッコリと微笑んで。
「貴女がノエルさんですね。初めまして、私はマルコと言います。このたび男神さ……ユウさんの配下に加えていただくことになりました。よろしくお願いします」
「ん……お願いします」
という感じで、我がゴブリン王国は平和だった。
ただノエルが呟いた「マルコさん、ユウ兄に似てる」という意見についてはきっちり否定しておいた。
僕こんな美形キャラじゃないし、そもそも乙女系でもナル系でもないし。
料理も裁縫も得意だし、マッチョな己の身体に見惚れることもあるけど、絶対違うし……たぶん。
「えっと、ひとまず可及的速やかにマルコさんの身体検査を実施しましょう。本当にその……アレなのかどうかを」
精霊術師、という単語を使わずお茶を濁したものの、ちゃんと主旨は伝わったらしい。
弾かれたように飛び上がったギルマス氏とお姉さんが、マルコさんに『冒険者チェック』を行う。例の書類を書かせて魔鉱石を握らせて。
その結果。
「コイツは間違いなく“Fランク”だな。坊主くらいの年ならまだしも、成人しても魔力を一切持たない男がいるとは初めて聞いたぜ……」
「でも本当にありえないわ。魔物との戦績がゼロ――中央大陸からここまで、魔術を使わずに一人で旅をしてきて、しかも野宿までして一度も魔物に襲われなかったなんて……」
ギルマス氏とお姉さん、二人から珍獣扱いをされたマルコさんはというと、涙目になって「生きててスミマセン」と平謝り。どうやら幼いころから「この役立たずめ!」と大人たちに罵られて生きてきたらしい。
特にギルマス氏を見るとトラウマが刺激されるようで、ガクブルしながら僕の背中に隠れようとする。
一人きょとんとしているノエルに、僕は尋ねた。
「なあ、ノエルも小さい頃旅をしてきたんだよな。そのときは魔物に襲われたか?」
「襲われたよ。でも、ボクのそばにはいつも、お父さんがいたから」
「ちなみに、ノエル一人で外を出歩いたことは……」
「ないよ」
「そっか……」
つまり深夜ノエルを外で独りきりにさせて、もし魔物に襲われなければ、それは『精霊術師』であることを証明する一つの手段になる。
まあ大事な宝物であるノエルに、そんな危ないこと絶対させないけど!
邪な兄心を発揮した僕が、ノエルをギュッと抱きしめてスリスリ頬ずりしていると、隅っこでぼーっとしていた隊長が軽く手を挙げて。
「スマン、オレには話がさっぱり分からん。そもそも、マルコ殿が何者なのかを教えて欲しいんだが……」
このメンバーでもっとも単純な思考の持ち主である隊長の質問に、呆然としていたギルマス氏とお姉さんも、ノエルをなでなでして悦に入っていた僕もハッと我に返った。
全員の視線を一身に浴びたせいか、またはギルマス氏にギリッと睨みつけられたせいか……マルコさんは「ひっ」と叫んで亀のように首を竦めてしまう。
そこで僕の方から、軽く馴れ初めを話してみたのだが。
「えっと、もともとマルコさんは、神殿にお勤めの方でして」
「ほぅ、それは“治癒術師”として?」
「いえ、魔石狩りチームです」
「へっ?」
「昨日の夜、僕ちょっと変装して神殿に潜入してみたんですよ。神殿が匿ってる精霊術師の女の子を拉致れないかなーと思って。まあそれはさすがに無理だったんですけど、その帰り道にたまたま魔石狩りと鉢合わせして、うっかり退治しちゃいまして。ちょうど御者をしてたのがマルコさんだったんですが、なんか精霊術師っぽいなーと思ったんで連れ帰りました。あ、魔石狩りを再起不能にした上で、犯人を『お菓子小僧』ってことにしたのは、僕じゃなくてマルコさんです」
……という説明は、我ながらツッコミどころ満載すぎた。




