四十九、密談
「ここで一旦別れましょう、僕はもう少しこの建物を散策してみます」
地下牢から続く階段を上った先の小部屋で、僕は王子たちに告げた。
すると王子の背中にぴったりくっついていたお姉さんが、パッと身を翻した。そして僕を引きとめるべく法衣の袖口を掴んで。
「えー、ユウ君も一緒に“若旦那”のお家行こうよー。アタシの作った超芸術的なシャンデリアの下で、一緒にご飯食べてカードゲームしようよー。カワイイ猫ちゃんもいるっていうしさー」
「僕もそうしたいのはやまやまなんですが、今日はちょっと……」
もにょもにょと口ごもる僕を見て、お姉さんは唇をツンと尖らせる。腫れあがった左頬は痛々しいものの、やはりその表情は幼げで可愛らしい。
実際お姉さんとは離れがたいというか、できれば王子の家に落ちつくまで付き添ってあげたいけれど……。
困り顔を浮かべる僕を、お姉さんは上目遣いでジーッと見やって。
「だって、単独行動なんて心配だよ……キミが強いってことは充分わかってるけどさぁ……」
「分かってくれてるんですね、ありがとうございます」
可愛いワガママをさらりと受け流しつつ、僕は周囲への警戒を強化する。
この場所で長々と立ち話をするわけにはいかない。
なんせここは敵陣である上神殿のど真ん中。一歩外へ出れば、神官や番犬の兵士たちがうろうろしている。
何より、僕らを横からジーッと見つめる視線が痛い。
冷たいブルーの瞳で忌々しげにこっちを睨みつけているのは、お姉さんの上得意である若旦那さま。お姉さんにコバンザメされ、手のひら返しでちやほやされながらここまで上ってきたものの、未だにご立腹のままだ。
それでも、助けだしたお姉さんを自宅へ匿ってくれるとか、今後神殿から狙われないよう根回しすると言ってくれたし、最低限のコミュニケーションは取れているけれど……やはり「ヘンタイ」と連呼されたのが効いたのか、現在はかなりの“ツン”モード。
一方、王子を護るべく周囲を取り囲んだ七名の騎士様たちは、不安を隠そうともせずに僕を見つめている。
今までのやりとりから、僕のことを『親しい女性を助けようと飛び込んできた無茶な少年』と捉えているようで、その眼差しはどこか温かい。
「大丈夫ですよ、こうして頭巾をしっかり巻いていれば、僕の姿はただの『僧侶見習い』にしか見えませんから」
と言ってみたところで、説得力に欠ける。やはり僕の存在は異質だ。
王子の『顔パス』があり、なおかつ騎士様のサーコートに同化させてもらわなければ、怪しい刺客扱いされること間違いなし。
でもまあ建物の構造はだいたい分かったし、この薄暗さならゴブリンダッシュすればなんとかなる。
……という楽観的な考えは、しっかり顔に出てしまっていたようだ。
若者の暴走を止めるべく、お目付役のお爺さん騎士が一歩前へ出たとき。
「何も言うな、坊の好きなようにさせろ」
主の鶴の一声で、騎士様たちは沈黙。僕はありがたく思いつつも、内心引っかかるものを感じる。
僕とバッタリ出会って以降、王子には全く動じるそぶりが見えない。
それは単に神経が図太いってだけじゃなく、やはり僕の正体を――僕が魔術技師だってことを知っているんだろう。北門の兵士にスパイを送り込んでいるのは、どうやら神殿ばかりではないらしい。
この件も隊長たちに報告しようと心に決め、僕はお姉さんにしっかりと向き直った。
「また会いに行きます、近いうちに」
前回の別れ際と同じ台詞を告げると、お姉さんも拗ねた顔をしたまましぶしぶと頷いて。
「いつ?」
「約束はできないんですが、時間に余裕ができたらすぐにでも」
「分かった。アタシはしばらく若旦那の家に居候させてもらうことになると思うけど……アタシより先に、バジル君のことをケアしてあげて。うちの工房に行けばバカ兄貴がいるだろうから、隠れ家まで案内してもらうといいわ」
「了解です。お兄さんたちに会ったら報告しておきますね。お姉さんが無事に保護されたって」
「まあバカ兄貴は心配してないだろうし、放っておいていいわよ。でもバジル君にはちゃんと伝えて欲しいかも。今朝あの子、なんだか錯乱してたみたいだから」
「錯乱?」
「うん。大泣きしながら『ゴブリンの兄貴が絶対助けてくれる!』って何度も言ってたのよ。意味分かんないでしょ?」
「……ええ、そうですね。バジルにはちゃんと言っておきます。お姉さんを助けたのはニンゲンの紳士だって」
僕は王子に「先触れとして、お兄さんのところへ鳩を飛ばしてもらえませんか?」と頼んでみた。むっつりしていた王子も、この件に関しては一つ返事で承諾。
ただ見知らぬ『若旦那』からの手紙だけじゃ、バジルたちにも不安が残るだろう。できれば直接顔を合わせて報告したいところだけれど、僕が南へ行けるとして、最短でも明後日の朝になる。
今夜はアリスと会ってから、朝まで『死の霧』で寝ずの番。
明日のお昼は北ギルドでミーティング。
夕方は鷹の目チームの皆さんにお礼と報告をしに行って、夜は『邪竜』復活の気配濃厚だからみっちり警備。
こう考えると僕の生活はかなりハードだ。まさにリア充というか、むしろ社畜っぽい。
例えば、お姉さんの元気な姿を写真とか映像で撮って、データを送ったりできれば楽ちんなのに……と、僕がいつもの魔術技師的な妄想にハマっていると。
「……っと、そうだ、コレをあげるわ」
突然ポンッと手を叩いたお姉さんは、ニヤニヤといやらしげな笑みを浮かべつつ、首にかかっていたネックレスを外した。そしてチュニックの裾でチェーンの部分を丁寧に拭った後、僕の手にそっと握らせて。
「これ、キミが買ってくれたのと同じネックレスよ。中古品になっちゃって申し訳ないけど、次にいつ会えるか分からないし、せっかくだから渡しておくわね」
「ありがとうございます。でも」
どうして、という疑問は口に出すことができなかった。
お姉さんは軽くつま先立ちして僕の耳元へ唇を寄せると、いかにも愉しげにクスッと笑って。
「どうせこの後、可愛い女の子に会うんでしょ?」
「へっ?」
「お姉さんには全てお見通しよ。このネックレスは、その娘にプレゼントするつもりで買ったのよね?」
「なっ、なんで、そのことを……」
「バカねぇ。年頃の男の子が高いアクセサリーを買うなんて、他に理由があると思う? 告白するつもりなら、もじもじしないでハッキリ『好き』って言うのよ。じゃあ頑張ってね!」
お姉さんは僕の頭をくしゃっと撫でると、大事な若旦那&騎士様たちを連れて意気揚々と小部屋を出ていった。
一人残された僕は……しばらくぼんやりと呆けていた。
◆
「べ、別に僕は、アリスのことを好きとかそういうんじゃないし……もちろんアリスのことを『愛してる』とか言ったりしたけど、それはあくまで冗談っていうか、どっちかっていうと人類愛っぽい感じだし……」
地下牢へ続く小部屋を出た後、僕はぶつぶつと独りごちながら塔へと続くルートを進んでいた。
当然、思う存分しゃべれるよう『簡易結界』を張ってある。音だけじゃなく僕の姿も視えなくなるようにと念じてみたら、あっさり成功してしまった。
今や僕は、完全な透明人間状態だ。
狭い通路で神官たちとすれ違ったところで、彼らは会釈すらせずスッと通り過ぎていく。
まれに勘の鋭いヤツが「魔力の気配……?」と首を傾げることはあるものの、そんなときは結界ごとゴブリンダッシュすればOK。これでもう『僧侶見習い』のコスプレは必要なし。
頭に巻いていた布を外し、くるくると巻き取りながら、僕は塔へ向かうべく階段を上っていく。
「そもそもアリスとはまだ出会って三日だし、そりゃすっごく可愛くて見てるとドキドキするけど、でもやっぱりまだ早すぎるっていうか、こういうことはもっとお互いをよく知ってから……ん?」
塔へと続く螺旋階段の一歩手前、三階フロアに到着したとき、僕の耳に怪しげなひそひそ声が飛び込んできた。
速やかに独り言を中止し、その声の主を探してみると……いかにも密談用といった薄暗い部屋の中で、二人の人物が顔を寄せ合っている。
一人は僕が見かけた牢屋番の兵士。もう一人は“神官長”と呼ばれる偉そうな髭のオッサンだ。
その場に立ち止まり、軽く聞き耳を立てると――
「例の件、王子に気づかれなかったか?」
「はい、問題ありません」
「しかしヤツにも困ったものだな。最初は枢機卿の犬かと思ったが、単なる女好きのうつけ者だったか」
「ええ、精霊術師に続き、今度はネムスの女をご所望のようで……」
「とにかく今は女を好きなだけ与えて泳がせておけ。いずれ時が来れば枢機卿もろとも……」
みたいな感じで、どう考えても『真っ黒』だった。
ただヤツらの会話で、神殿も一枚岩ではないということが判明。
荒くれ者を番犬として雇い、逆らう者を地下牢へ閉じ込めているのがこの神官長。番犬たちの中には『魔石狩り』も混ざっているというから、呆れるくらいの悪者だ。
彼は、自分を敬ってくれる手下以外の市民はどうでもいいというポリシーらしい。ある意味とても分かりやすい。
対して、市民たちへ腕輪を売りつけているのが枢機卿。
病院である下神殿を開放したり、世界各地から『治癒術師』を集めたりと精力的に動き、なるべく大勢の人を護りたいと考えている。その活動の一環として、王都から貴重な精霊術師を呼び寄せたのも枢機卿なのだとか。
やはり店長どまりの人間と、出世するエリアマネージャーでは格が違う。
ただ僕からすると、『多くの人を護りたい』とか言いながら足元の澱みに気づかない枢機卿ってヤツも全く信用できないけれど。
「……まあ、コイツらをボコるのは後でいい。今は泳がせておいてやるよ」
完璧な結界に阻まれた僕の独り言は、ヤツらの耳に届くことはなかった。




