四十四、爆発
中央エリア商業区域のブティックにて、店員のお姉さんに「プレゼントですかぁ?」とニヨニヨされつつも無事白いロングスカートを入手した僕は、迷わず東へ向かう街道を進んだ。
本来であれば、北門を経由して『死の霧』へ向かうのが正しいルートなのだが、時間が惜しかったのと、顔見知りの兵士に見つかりたくなかったため却下。
南門経由のルートは『お菓子小僧』の件で騒がせてしまった直後なので、やはり却下。
正直この街の東エリアは、あまり活気が無い。
定期便の乗り合い馬車も少なく、住宅の合間に小さな畑がぽつぽつとあるだけの、いかにも片田舎といった雰囲気だ。住人はたいてい北か南へ出稼ぎに行ってしまい、昼下がりのこの時間帯は、畑仕事をする老人くらいしか見当たらない。
よって、フードを目深にかぶった僕は、安心してゴブリンダッシュ!
現在『開かずの門』となっている東門に到着するや、重たい閂をサクッと外し、壊れた跳ね橋をぴょんと飛び越えて再びダッシュ!
荒野を駆け抜ける間、鷹の目チームの皆さんに発見されないかとビクビクしていたけれど、さすがにこれだけ距離があるし、風よりも速く走る僕の姿は捉えられないはず。
そうして、わずか三十分足らずで目的地へ到着したわけだが。
「……はぁー、こりゃダメだ。さすがに無理だ」
禍々しい瘴気が渦巻く深い霧の中で、僕は上空を見つめながら独りごちた。
例の『黒いシミ』の真下に来てみたものの、ヤツはどう考えても僕の手には届かない遥かな高みにいる。物見の塔から見てもやや上の位置にあったってことは、二百メートル近い高さだろうか。
まだ再生工程の初期段階らしく竜の形はしていない。ぶよっとした丸い胴体に、翼と思わしきモノが生えかけている。
洞窟で見た雑魚と違って、サイズもでかいしパワーもあるから、再生にも時間がかかるんだろう。
「前回の結果からすると、明後日には復活するって感じかな……まあとりあえず、試せることは試しておくか」
僕は適当な小石を拾い、真上へ向かって投げてみた。
ヒュンッと風を斬り飛び上がったその石は、ぶよっとした何かを貫いた後、そのまま重力に逆らわずズトンと落ちてくる。ぼーっと上を眺めていた僕は、あやうく脳天をかち割られるところだった。
しかし、胴体に風穴を開けられたところで、ぶよぶよはノーダメージ。
アレはまだ『魔鉱石』ができてない瘴気の塊だし、物理攻撃でダメージを与えることはできない……それは洞窟のゾンビで学んでいたけれど、僕は念のためにと“実験”を繰り返す。
魔石を組みこんだ矢を射たり、魔石そのものを投げてみたり、『球状結界』に包んでみたり。いずれも結果は芳しくなかった。
最後に取り出したのは、気まぐれな僕の相棒――麗蛇丸。
ギラリと輝く刀身をなでなでした後、僕は魔石を嵌めこんだ束を握り締め、切っ先を中天へと向けた。
「一刀両断、お願いしますッ!」
すると、刀身から月光のごとき煌めく光が生まれ――なかった。
どうやらまだ機嫌が悪いらしい。というか、たぶん力が発揮できない理由があるんだろう。
試しに近くをうろうろしていた大イソギンチャクを斬ってみたけれど、洞窟の角ウサギと同じ感覚だった。プスッと刺さるものの威力に欠ける、いかにも軽い剣といった印象。
「うーん、なんでだろ。魔石はちゃんと嵌ってるし、魔力を発射するイメージもしてるのに……まあ今夜もう一回試してみるか。もしかしたら夜じゃなきゃ力を発揮しないのかもしれないし」
ぬめっとしたイソギンチャクの死骸を放置し、僕は『霧の秘湯』へ。念入りに身を清めて着替えをする。
そして上空でじわじわと形作られていく『黒いシミ』を気にしつつも、街へ向かってダッシュ!
……もし僕が正規の兵士なら、この場に張り付いて寝ずの番をする。そして復活する瞬間を見届けた後に、素早く葬り去るだろう。
でもギルドのお姉さんが言ってくれたように、僕の使命はこの街を守ることじゃない。
今の僕にとって、もっとも大事なことは。
「リリアちゃんにギュッてされることだ――!」
魂の叫びが、乾いた荒野に響きわたる。
魔物の現れない日中とはいえ、死の霧へ近づくニンゲンは誰もいない。僕は思う存分独りごち、妄想を垂れ流しまくった。
東門へ到着し、しっかり閂をかけて元通りに直した後、僕は『ぼっちゴブリンモード』を解除。紳士なお坊ちゃんキャラに戻り、北へ向かう辻馬車へ乗り込んだ。
お客さんの少ない馬車の荷台で、のんびり揺られてうとうとしているうちに北の繁華街へ到着。
空を見上げると、またもや雨が降りそうな曇り雲が広がっている。
リリアちゃんたちとの約束は、「夕方くらいに」というアバウトなもの。まだ余裕がありそうだなと、僕は一旦ギルド内へ。
いつもの窓口にお姉さんは座っていなかったため、呼び出してもらうと。
「あら、ユウ君。お帰りなさい!」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、僕の元へやってきたお姉さん。
スタスタと歩く姿はまるでショーモデルさんのように艶やかだ。他の冒険者たちの恨みがましい視線が、恐ろしい反面ちょっと心地良い。
「スミマセン、お仕事の邪魔しちゃって」
「全然平気! っていうか、今ちょうどメンドクサイ仕事を押し付けられそうになってたから、すごく助かったわ! でも今回はドーナツのお土産は無いのね?」
「アレは一日一回です。食べ過ぎると太っちゃいますよ」
という一言は禁句だったようで、お姉さんの頬がお餅のようにぷうっと膨らんだ。慌てて僕が「女の子はちょっと太めなくらいがカワイイですよ」とフォローを入れると。
「か、かわいいって……もう、キミは口が上手いんだから!」
と言って、ぷいっとそっぽを向いてしまうお姉さん。
……うん、ホントにカワイイです。
◆
「それで、ノエルの調子はどうですか?」
壁の向こうのざわめくロビーを警戒しつつ、僕はぼそぼそと小声で問いかけた。
お姉さんに案内された受付脇の相談室は、二人掛けのテーブルが置いてあるだけの質素な小部屋だ。完璧な密談場所であるギルドマスター室とは違って、音が漏れてしまう可能性もある。
お姉さんの方も僕の耳元へ唇を寄せ、ひそひそと声をひそめて。
「まだ眠ってるわ。昨日あんな目にあったばかりだし、きっと疲れが出たのね。今は私の部屋にいるけれど、ノエルちゃんさえ良ければこのまま女子寮の空き部屋に住んでもらおうかと思っているの。ここの女子寮なら防犯設備は完璧だし、私だけじゃなく誰かしら非番の同僚が傍にいるしね」
「あ、でもさっき隊長は『北の兵舎』にって」
「――何をバカなことを言ってるのかしらあの脳筋男に可愛いノエルちゃんを預けられるわけがないでしょう冗談は顔だけにしてちょうだい」
「……あ、そう、ですよね。じゃあすみませんが、ノエルのことよろしくお願いします」
僕がビビりながらもペコッと頭を下げた瞬間、お姉さんは満面の笑みを浮かべた。これでノエルの親権はお姉さんの元に移動完了。
まあ、確かにこれは妥当なプランだ。
いくら男装に慣れているとはいえ、あの兵舎ではノエルも気が休まらないだろう。それこそガサツな兵士の皆さんにいつお風呂を覗かれるか分からないし……むしろ武蔵坊弁慶になる僕の方こそ全く気が休まらないし。
せっかくだから女子寮用に『スーパータライ二号』でも開発しようかな、と考えていると。
「それで、塔の方はどうだった? ギルドマスターはまだ戻ってきてないけれど、何か成果はあった?」
「あー……とりあえず城壁までの距離は確認しました。あと“スカートの儀式”も終えておきました」
「スカートの儀式?」
「ハイ。女神への祈りの儀式と言いますか、女性用の白いスカートをひらひらさせると、穢れが払われて魔石の力がアップするんです」
しゃあしゃあとそう告げつつ、僕は荷袋からロングスカートを取り出してみせた。お姉さんは「へぇー、すごいわね!」と素直に驚いてくれる。
僕の胸はズキンと痛む。嘘つきは泥棒の始まり……。
しかし、これでアリバイ工作は完了!
ノエルの無事も確認したし、何かとうるさそうなギルマス氏が戻らないうちに撤退するべし!
「じゃあ僕、用事があるんで行きますね。また明日ノエルの様子を見に来ますんで」
「えっ、もう行っちゃうの? もう少しお話ししましょうよ」
ガタッと椅子を立った僕を、寂しそうに見上げるお姉さん。
これは僕と別れるのが辛いんじゃなく、メンドクサイ仕事に戻らなきゃいけないことが辛いんだろう。
「すみません、今から人と会う約束があるんです」
という何気ない一言から、女性ならではの直感をピンと働かせたのか、お姉さんは涼やかな瞳をスッと細め、なにやら険呑な空気を醸し出して。
「ふーん……さては“可愛い女の子”と会うんでしょう」
「えっと、まあ、そんなところですね」
リリアちゃんの姿を想像した僕が思わずデレデレすると、すっかりやさぐれたお姉さんは、ぶつぶつと呪いの言葉を吐いた。
チート翻訳機能がその台詞を適切に処理した結果、僕の耳にはこんな風に届いた。
「――リア充爆発しろ」
◆
「そろそろかなぁ……まだかなぁ……」
いかにも初デートの待ち合わせといった感じで、北ギルドの正門前をうろうろする僕。頭の中は今夜のプランでいっぱいだ。
「夜ごはんにはまだちょっと早いし、カフェでお茶しながら近況報告しようかな。そうだ、ドーナツ屋さんの前を通ってリリアちゃんに一袋買ってあげよう。やっぱりあのドーナツは揚げたてを食べるのが一番美味しいもんなッ」
そのとき、僕の頭にはリリアちゃんとユリアさんのことしかなかった。
具体的には、いかにしてリリアちゃんの手を母親であるユリアさんから奪い取り、「おにいちゃんだいすき!」の一言を引き出すか、ということしか考えていなかった。
だから、目の前にいきなりゴツイおっさんたちが現れたとき、ちょっと面喰った。
「――よぉ、坊主! 三日ぶりだなッ!」
「あ……アルボスの皆さん、お久しぶりです!」
ぞろぞろと徒党を組んで現れたのは、すっかりこの街に染まった――いや、すっかり『冒険者』になったおっさんたちだった。
旅の間に着ていた民族衣装っぽいカラフルな服は、シンプルな生成りのチュニックに変わっている。伸び放題だった髪も髭もさっぱりと整えられ、かなり爽やかな印象だ。
そして目立つのは、腰に下げた立派な長剣と、胸元で輝く赤い石。
アクセ屋のお姉さんよりワンランク暗いものの、確かな輝きを放つその色は――
「皆さんって、もしかしてCランクですか?」
「おお、よく分かったなぁ」
「魔鉱石で判別するってのはこの国独自のやり方らしいが、なかなか面白いもんだな。魔物を相手にするには理にかなっている」
「南の魔物じゃ手ごたえが足りないってんで、これからは北へも顔を出すかもしれん」
誇らしげにそう言って、自身の胸元へと視線を落とすおっさんたち。
先日「同僚としてよろしく!」なんて大口を叩いてしまった僕は、かなり気まずかった。「坊主の方はどうだい?」と訊ねられる前に、速やかに話題をチェンジ。
「あっ、そういえば、リリアちゃんとユリアさんは……」
と呟いた瞬間、なんだか嫌な予感がした。
さっきまで自信に満ち溢れていたおっさんたちの視線が、なぜかゆらりと泳いでいる。
「えーと、リリアは昨日の夜から体調を崩してな……」
「えっ!」
「いや、それほど大したことじゃない。ただその……」
と言い澱むおっさんの代わりに、ズイッと前へ出た中年のおばちゃん曰く。
「ありゃあ“恋煩い”みたいなもんだね。アタシも昔かかったことがあるから間違いないよ」
「こ、恋煩いッ?」
「ああ、あんなにも甘いのは初めての経験だしねぇ。たぶんリリアもしばらく引きずるよ……下手すりゃ一生忘れられないかもしれない」
「あ、相手は、誰ですかッ!」
動揺のあまりふくよかな腕に縋りつく僕を、おばちゃんはアハハッと明るく笑い飛ばして。
「あー、おかしいおかしい。こいつは“お菓子”の話だよ」
「お菓子……?」
「おや、坊やはまだ知らないのかい? 昨夜南の町に『怪人お菓子小僧』ってのが出たんだよ」
「お菓子小僧……」
「ソイツがばら撒いたお菓子が、たまたま一つうちらの宿舎に入ってねぇ。女たちでこーんなちっぽけな欠片に砕いて食べたのさ」
おばちゃんは親指と人差し指で『C』のマークを作ってみせる。その隙間は三センチ弱。ちょうど一口分くらいだ。
「それを食べたら、もう全員のハートが蕩けちまってね。特にリリアは遅くまで興奮して、『お菓子小僧に会いたい』ってずっと言い続けて、今日は疲れてダウンさ。せっかくの“デート”のはずが、残念だったね坊や」
あっけらかんと言い放ち、僕の髪をなでなでするおばちゃん。その手がすごく優しくて、僕はちょっと涙目になる。
……リア充は爆発しました。




