四十三、眼力
「ギルマスさーん! スミマセン、僕ちょっと急用ができて……あれ?」
「「「ユウ殿ッ!」」」
物見の塔を降りると同時、ダッシュで出迎えてくれたのは、僕が追い出した三人の兵士だった。
全員二十代半ばくらいで、剣や鎧など重たげな装備は一切身につけていない。代わりに鷹のマークの入った腕章をつけている。
もしやそれは『鷹の眼を持つ塔の番人』という意味なのか? と、やや中二っぽいことを考えていると。
「あの、ギルマス殿は今、兵舎裏の鳩小屋へ……」
「いつもは元気な鳩が、なぜかぐったりしていて……」
「そもそもアレは隊長専用の鳩なのですが、不思議とギルマス殿の言うことをよく聞きまして……」
口々に説明してくれる彼らに、うんうんと相槌を打ちつつも、僕の心はすでに『死の霧』へと飛んでいた。
できれば今すぐゴブリンダッシュしたいところだけれど、ここで挙動不審になるのはマズイ。
それにあの黒いシミは、まだもやっとした塊でしかなかった。たぶん『復活』まで時間に余裕はあるはず……。
ジリジリとした焦りを理性で抑えつつ、僕は彼らの話に耳を傾ける。
「ちなみにこの鷹の紋章は、我らが『鷹のごとき優れた視力を持つ』という意味でして……」
「ただ一人で見ていると、どうしても集中力が切れてしまい……」
「三人交代で『死の霧』の動きを監視しているのですが……」
なぜか奥歯に物が挟まったような言い回しだった彼らが、チラッとアイコンタクトを取り合った。
そして、三人のうちで最年長の青年が、鋭い鷹の目を僕へと向けて。
「それはあくまで表向きの話。実は『死の霧』を視ているのは一人だけなのです」
「へっ?」
「残り二名が監視しているのは、主に神殿の動き。ヤツらの警備体制はこの塔から逐一観察し、いざというときの侵入経路や攻略方法なども常々検討しております」
「ほぅ……それは素晴らしい」
「特にここ最近注目していたのは、塔の最頂部です。ときおり“人の姿が見えないのに窓が開く”ことがありまして」
「あ」
気づけば三人の青年から、ジーッ……と見つめられていた。
それは冷たい疑惑の眼差しというより、興奮を押し殺したような熱い眼差しで。
「えっと、皆さんはこの位置から塔のてっぺんって……」
「「「視えます」」」
「じゃあ、神殿の塔から何かが出てきたとか、それが僕のところに飛んで来たのとかも、全部……」
「「「視ました」」」
「ちなみに、この件をギルマスさんに報告などは……」
「「「していません」」」
最後のハモリにより、地の底へ沈みかけていたテンションは急上昇。
僕は鷹の目チームの皆さんに「目をつぶってください!」とお願いしてみた。それこそ土下座せんばかりの勢いで。
もし僕が神殿のお宝であるアリスと親しくて、二回も肩車してあげて、しかも今夜はデートっていうか彼女の部屋にこっそり忍び込むなんてことがギルマス氏にバレた暁には――
……うん、意外と有益なアドバイスをいただけるかもしれない。
例えば穢れなき乙女の心を守りつつも、ちょっぴり親しくなれちゃったりするような紳士的テクニックを……。
……。
……。
――いやいや、ちょっと待て。冷静になれ、僕!
今はそんなこと考えてる場合じゃない!
さっきのミーティングで「隠し事はするな」と恫喝されたばかりだし、神殿の精霊術師と親しいなんて知られたら絶対怒られる。
一番マズイのはギルマス氏に誤解されることだ。最悪この件を『密会』だと思われて、神殿側のスパイ扱いされかねない。
「えっと、誤解のないように言っておきますが、僕は神殿のスパイとかそういうんじゃないんです。ただあの精霊術師さんには、以前死にかけたところを助けてもらってて、ちょっと目を付けられたっていうか、この黒髪をロックオンされたっていうか、特に肩車のポジションから撫でるのが好きみたいで……」
奥歯に物が挟まったような感じでもにょもにょと言い訳すると、鷹の目チームのリーダーはうんうんと頷いて。
「分かっています。ユウ殿は隊長の秘蔵っ子ですからね。それに北門に勤めている同期から『シュレディンガー』の件も聞い」
「おい、そのネタはマズイぞッ!」
「ユウ殿が『魔術技師』だってことは、くれぐれも内密にと言われただろうッ!」
「――ああ、スミマセンッ、今の話は聞かなかったことに!」
という感じで、奇しくも僕らは互いの弱みを握りあう形になった。
そのついでに、神殿の攻略方法をこっそり教えてもらう約束も取りつける。まさに行きがけの駄賃。
「えー、とにかく我々はギルマス殿には何も報告しておりません。一応隊長への報告は義務として考えておりますが、なにぶんコトがコトですし、まずはユウ殿にご相談をと」
「お気遣いありがとうございます。隊長には折を見て僕から話しておきますので、今は見なかったことにしていただきたく……」
貴重な『魔術技師』である僕のお願いに、鷹の目チームの皆さんは快く頷いてくれた。
そして彼らは、ギルマス氏が向かった鳩小屋のある兵舎の方をチラリと見やって。
「もう一点ご報告しておきますが……ギルマス殿も『上空で白い布が舞っている』ということには気づいたようです」
「あと、その布が『女性のスカート』だということにも気づかれました」
「それが『若い女性』のものではないか、ということも、薄々」
「ううっ……」
ギルマス氏の眼力、パネェ。
というか、魔石による空中結界の実験をするべく塔に昇った僕が、なぜ女性のスカートを空に向かってひらひらと振っていたのか――
……それも『企業秘密』でごまかすしかない。ごまかしきれなかったら「女性のスカートには魔力を増幅させる効果がある」とか言ってみよう。
だけどすごく胸が苦しい。やっぱり僕に“嘘”は向いてない。
異世界から来たとか、特別隠さなきゃいけないこと以外は、全て打ち明けておいた方がいいかもしれない。
隊長にアリスと親しいって話をするときには、ギルマス氏にも立ち会ってもらおう。あと裏ギルドマスターのお姉さんにも。
ひとまず今は、ごまかす方向で動くべし!
さっそくアリバイ工作をせねば!
「分かりました。ギルマスさんが戻ってくる前に僕は退散します。あと若い女性向けのスカートを一着購入しておきます……」
力なく肩を落とした僕を見て、鷹の目チームの皆さんはさらにディープな報告を。
「まあ『若い女性のスカート』という話は、さすがに冗談半分でしたよ」
「ただそのせいで、余計なイタズラを思いついてしまったようで」
「わざわざ鳩を持ち出して、『あの娘のスカートの中に入って下着を盗んでこい』と命じていたんですが……大丈夫でしたか?」
……。
……。
……僕は「素晴らしい結果になりました」とだけ答えておいた。




