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三、生贄

 新たな『街』の影を見つけたのは、巨大猪に代わり、巨大トカゲが現れ始めた頃だった。

 ソイツは体長約十メートル。もはや恐竜と呼んでもおかしくないような風貌だ。

 もちろん強さもハンパない。全身をみっしりと覆う茶褐色の鱗は鋼よりも堅く、長い尻尾を鞭みたいにぶん回す。しかも口から火を吐きやがる。危うく僕は丸焦げになるところだった。

 近くに池があったから助かったものの、慌てて飛び込んだせいで荷物がびしょぬれになってしまった。僕の“お守り”である携帯も……。

「……絶許ゼツユル……!」

 湧き上がる怒りに任せ、魔術による氷の刃をこれでもかとぶっ放した結果、見事クソトカゲを撃破。

 ただ、せっかく溜めこんだ魔石をかなり消費してしまった。トカゲを倒して得られた魔石は今まで見たことも無いようなクオリティだけれど、それにしてもリスクが高い。普通の冒険者なら四人以上のパーティで対峙するレベルだろう。

 できれば、あのトカゲの鱗を切り裂けるような武器が欲しい……。

 そう考えていた矢先に見つけた『街』だけに、僕は喜び勇んで突き進んだ。

 人が住んでいるという期待は全くしなかった。街の周囲に放置されてしばらく経つ畑や水路があったからだ。

 どうやら四番目の『罪人の街』も廃墟らしい。

 とはいえ、畑は砂の下に埋もれていないし、水路の水も枯れ切っていない。僕のテンションも自ずと上がっていく。

「次の街はかなり新しそうだし、何か掘り出し物が残ってるといいなぁ。シルバーソードとか、ミスリルソードとか……あとマントも欲しい。燃やされて焦げたとこ魔石で修復するのはメンドクサイし」

 なんて、かなり楽観的な気分で街へ向かっていた僕は――途中、ふとした違和感に立ち止まる。

 強い東風が吹き抜け、ぶわりと舞い上がる黄土色の砂塵。街へ近づくたびにこの風が吹くのはお約束。

 僕はマントにくるまって砂嵐をやり過ごしながら、その奥に潜んだ“何か”に目を凝らす。

 乾いた道の先に広がるのは、まだしっかりと原形を残した高さ二メートルほどの石垣と、手前にポツンと置かれた鉄球。街の中に高い建物はほとんどなく、敷地の最奥にある神殿の尖った屋根だけが突出している。

 今までの街と比べても、配置的には大差のない光景。

 そこに、おかしなものが混ざっていた。

 ――鉄球の脇に何かがいる。

 とっさに空を仰ぎ見れば、ギラリと輝く真昼の太陽があった。

 つまりアレは魔物じゃない。普通の獣だとしても微動だにしないし、命を失っていることは間違いない。

 ハッキリとそう分かるのに、僕の身体は小刻みに震えていた。

「……まさか、アレは……」

 ドクドクと激しく脈打つ胸を押さえ、僕はゆっくりと歩きだす。

 数十年、数百年という単位で移動している人々に比べれば、僕の進むスピードは速い。だからこそ、いつかはきっと生きている街に追いつくはず……そう思って一心不乱に歩んできた。

 逃げる側の気持ちなんて、考えたことすらなかった。

 辿り着いた四番目の『罪人の街』に待っていたのは、あまりにも残酷な真実。

 真っ先に僕を出迎えてくれる鎖のついた鉄球……その脇に転がっていたのは、干からびた一つの死骸だった。

 鎖に繋がれ、逃げることを許されず、力尽きて地面に倒れ伏したニンゲンの遺体が――

「くそ……なんてことをッ」

 孤独な旅の中で削ぎ落とされてしまった、人間らしい感情がぐわりと湧きあがる。怒りと悲しみといたたまれなさがぐちゃぐちゃに混ざって、僕の心のやわらかな部分を激しく揺さぶる。

 命を奪い奪われるなんて、とっくに慣れたつもりでいた。だけど、同じ人間の死を見るのは初めてだった。

 ようやく出会えた“仲間”が物言わぬ骸だなんて……。

 いや、そうじゃない。

「僕はもう出会ってたんだ。気づかなかったけど、あと“三人”いたんだ」

 ――罪人の街。

 どうしてここがそんな風に呼ばれるのか、その意味がやっと理解できた。

 彼らは街を捨てるときに生贄を残していた。“名もなき乙女”を鎖に繋いで、魔物たちに捧げていたのだ。

 あの石碑は、憐れな生贄の魂を祀ったものだった……。

「可哀想に」

 安易な同情を越えた、苦々しい呟きが漏れる。

 “彼女”の傍らに立った僕は、背負った荷袋を下ろしてしゃがみこんだ。

 こうして間近に見ても、湧きあがるのは憐憫の情のみ。不快さは一切感じない。

 彼女の姿はあまりにも細く小さく、何もかもが儚い。なのに面立ちはどこか穏やかで、全ての運命を受け入れて旅立った……そんな風に見える。

 それでも想像してしまう。飢えて死ぬときの壮絶な苦しみを。

 仲間に見捨てられ、一人きりで死の街へ置き去りにされた彼女は、どれほどの孤独と絶望に襲われたことか。

 いっそ魔物に食われて一瞬で死ねたほうが楽だったろうに、彼女の身体には荒らされた形跡が全くない。

 ひょっとして神様にでも守られていたんだろうか……だとしたら、この世界の神様はそうとう残酷だ。

「いや、残酷なのは神様じゃなくて、人間の方か」

 僕は自分の両手をジッと見つめる。

 千を越える命をこの手で奪ってきた。でもそこには意味があった。僕が生き抜くためという譲れない大義が。

 彼女の死には、いったいどんな意味があったんだろう……?

 そんなことを考えながら、僕は土を掘った。魔石を使えば一瞬ですむと分かっていながら、あえて自らの手で掘り進めた。

 そして彼女の身体から降り積もった砂を払い、壊れ物を扱うようにそっと抱きあげて穴の底へ下ろす。

 生きている間はそれなりに大切にされていたのか、彼女が身に纏った衣服は長い月日を経ても色褪せない、上質なものだった。

 元は純白だったと思われる、幾重にも重ねられた法衣のような衣装。紫色に染められた腰紐。長い髪を束ねる飾り紐。煌びやかな装飾品は特にない。

「あ……指輪……?」

 コロリ、と彼女の手の中から銀色の輪が零れ落ちた。そこには神殿のシンボルマークである百合の花の紋章が刻まれている。

 以前僕が死を覚悟したとき、手に取ったのは家族との思い出が詰まった携帯だった。

 彼女にとってこの指輪はそれくらい大事なものなんだろう。もう一度手の中に戻してあげよう。

 そう思って拾い上げたとき、指輪にくくりつけられた小さな紙片を見つけた。

 細く折り畳まれたそれを開いてみると……記されていたのは、一篇の詩。



 しがみつく

 百合と秘密は


 知らないなら

 分からないなら

 変わらないなら


 死は罪

 独り逝く罪が、死


  アリス



「これは、遺言……か?」

 ところどころ滲んだインクと、震えるか細い筆跡。ぼんやりとそれを眺めているうちに、一つのイメージが湧いてくる。

 名もなき乙女――アリスという名の少女が、生贄に選ばれたことを知り、涙を零しながらこの詩を綴る姿を。

 だけど、彼女の涙はただの悲しみとは違う。

 彼女は死ぬことに怯えてなどいなかった。むしろ大事なひとを残して、先に死んでしまう自分を罪深いとさえ感じていた……そんな気がする。

 僕は紙片を元通り指輪へくくりつけると、彼女に向かって宣言した。

「やっぱりコレは埋めずに持っていくよ。急げば間に合うかもしれないから。キミの家族が『次の街』で生きているとしたら」

 探そう、と僕は心に決めた。

 この指輪を渡して、彼女の末路をありのままに伝えてやろう。たとえ遺族が罪の意識に苛まれることになったとしても。

 別にそれは、相手を苦しませたいからやるんじゃない。

 もし僕が同じ立場なら――この世界で死んだら、家族に真実を伝えて欲しいと思うから。無駄死にしたわけじゃなく、自分なりに精一杯頑張ったんだって。

 彼女もきっと、力の限り生き抜いたに違いない。

 だからこそ、これほどまでに安らかな顔をしているんだ。

「……助けてあげられなくてゴメン。代わりに、キミの想いを必ず伝えるから」

 オレンジに染まりつつある空の下、僕はアリスの身体に土をかけ、野の花を手向けた。


 ◆


 それから三日ほど、僕は『罪人の街』で過ごした。

 武器などのアイテム探しと、アリスの身元調査も兼ねて。特に神殿の中は念入りに調べた。

 しかし、崩れていない神殿はとにかく広い。

 一般市民の住まいは明らかに突貫工事と分かる掘っ立て小屋なのに、毎度神殿だけは立派なのが不思議だ。

 天まで貫くような太くて長い円柱をずらりと並べ、重たげな屋根を乗せてある。中には百人以上が暮らせる小部屋と、広々としたホールや礼拝堂を兼ね備えている。

 外観だけじゃなく内装もすごい。

 礼拝堂の扉や壁には、太陽と草花と、妖精っぽいミニチュアの生き物と、やたら胸のでかいロングヘアの美女――たぶん女神様と思われる――が彫り込まれていて、別世界のように華やかだ。

 これだけの工事を人の手でやるとなれば、かなりの時間と労力がかかるはず。魔術を使うにしても、トカゲの魔石を十個は消費するだろう。

 どうせ何十年後かに捨てる街ならもうちょい手抜きして、その分の魔石を結界の方に費やせばいいのに……というのは、たぶん庶民の発想。

 この世界において、神殿は『権威』らしい。

 宗教的な心のよりどころというだけじゃなく、まつりごとを行い、揉め事の調停を行い、学校や病院の役割も果たす。当然墓地も管理する。

 つまり神殿に勤める人たち――神官の仕事は多岐にわたり、その詳細は捨て置かれた文書にもたっぷりと記されている。

 一方、巫女という存在は極めて特殊なポジションなのか、有益な情報がなかなか見つからない。

 特に『生贄』の問題については完全に隠ぺいされている。アリスの詩に記されていた『百合と秘密』という一節が、そのあたりを示唆しているのかもしれない。

 結局アリスが何者なのか全く分からないまま、僕は後ろ髪を引かれつつ四番目の街を後にした。


 再び始まった、新たな旅。

 今までのようにのんびりレベルアップをはかりながら……というわけにはいかなかった。アリスの指輪を手にし、勝手に使命感を燃えあがらせた僕は、寝る間を惜しんで先を急いだ。

 それなのに、スピードは一向に上がらない。

 障壁となったのは、橋の壊れた大河や、土砂崩れで塞がれた山道。そして立ち往生する僕のニオイを嗅ぎつけ、襲いかかってくる魔物たち。

 全ての元凶は天候だった。

 以前はあんなにも待ち焦がれた恵みの雨が、ここへ来て僕の敵に回った。見上げた空は常に分厚い雨雲で覆われていた。

 暗く湿った空気はやがて灰色の霧となり、いつしか一寸先も視えないほどの濃霧へと変わる。

 この世界へ来て二度目の『霧の壁』だ。

 ……正直、僕はこの霧を舐めていた。

 前回は飢え死に寸前でふらふらだったけれど、今の僕は健康優良児というか、ある意味『超人』だし、あっさり抜けられるだろうと。

 しかし、RPG的に考えれば、そんな温いシナリオなんてあるわけがなく。

 今度の霧の中には、しっかり魔物がいた。

 太陽の光が届かないこのフィールド、魔物にとっては一日中活動できる、まさに天国みたいな場所だ。死骸を浄化してくれる“奇跡”もないから、僕にとっては地獄に他ならない。

 まがまがしい瘴気が満ちる中、僕は魔物たちとの戦いにあけくれた。

 まあ戦いそのものは慣れているから問題ない。暗闇も霧の中も大差ないし、目をつむっていてもこなせる。

 キツかったのは、倒したところで魔石が手に入らないのと、戦っているうちに方向感覚が狂うこと。

 少しでも進路を誤ると、岩壁に阻まれた袋小路へぶつかる。または何度も同じところをぐるぐる歩かされる。『迷いの霧』と名付けてもいいくらいの難所だった。

 それでも立ち止まることなく進み続けて……魔石のストックを三割ほど減らした頃、ようやく霧が薄まり始めた。

 代わりに、強い風が吹き始める。

 黄土色の砂嵐が視界を塞ぐ……その先に視えたのは。

「――街、か……?」

 おぼろげな輪郭を映し出す神殿に、高い塔。風に乗って届く微かなニンゲンの声。雑多な生活の匂い。

 僕は強く大地を蹴り、無我夢中で走り出した。

 一歩前へ踏み出すたびに空気が少しずつ澄んでいく。眩い太陽の光が戻ってくる。

 久しぶりに浴びるその光は優しく温かく、心が洗われるようだった。ピンと張り詰めていた心の糸が一気に緩んで、思わず涙が零れそうになる。

 ……なのに神様は、僕に一息つく余裕なんて与えてくれなかった。


 溢れる喜びを隠せないままフィールドを駆け抜ける僕の足元に、ふっと暗い影が差した。

 また雨雲でも現れたのかと、軽い気持ちで上空を仰ぎ見て……背筋が凍りつく。

 影の主は、一頭の魔物だった。

 今まで対峙した魔物の中でもっとも凶悪な、翼の生えた巨大トカゲ――ドラゴンと呼ぶべき存在。

 陽光の降り注ぐ中、漆黒の竜は優雅に羽ばたきながら……ちっぽけな虫けらの僕をやすやすと追い越していった。

 僕が求め続けてきた、『生きている街』の上空へ向かって。

※アリスの詩にはとある仕掛けが隠されていますが、分からなくても問題ありません。(ヒントは作者のプロフィール欄。正解は活動報告にて)

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