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リアリスフィア ~竜は孤高の花を望む~  作者: AQ(三田たたみ)


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三十四、宝物

「オレの名前はバジルだよ、魔王様!」

「ボクの名前はノエルです、男神様、じゃなくて、魔王様……?」

 栄えあるゴブリン王国に加わった二人の家来は、性格が全くといっていいほど違った。

 そばかすの少年ことバジルは、現在十三歳。とにかく明るくて元気な子だ。

 正義感が強く、友情を大事にする、誇り高き冒険者。少年漫画だったら主人公になっていてもおかしくないタイプ。

 弟分のノエルは、一つ年下の十二歳。優しくて思慮深いイイ子だ。

 口数が少なく大人しそうに見えるものの、仲間のためには命を惜しまないという芯の強さも併せ持つ。

 というか、ノエルの方は……。

「カワイイ、よなぁ……」

 この世界に美形が多いことは分かっていたものの、あらためて遭遇するとビビる。

 もろ野生児って感じのボサボサ髪に隠されたその素顔は、紛うことなき正統派美少年。長いまつ毛に縁取られた二重の瞳には、吸い込まれるような引力を感じる。

 今は病みあがりだし痩せ細っているけれど、肉がついて健康的になれば、誰もが振り返るような美形キャラになるだろう。それこそ天使レベルに。

 バジルの方もくりっとした瞳が理知的だし、太めの眉毛も凛々しい。もう少し成長して筋肉がつけば、あの長髪の少年を超える『男前キャラ』になれそうだ。

 ……なんて僕がホクホクしながら観察している間にも、二人の可愛い家来たちは取っ組み合いのケンカを始めた。

「魔王様は魔王様だ! 本人がそう言ってたんだからな!」

「違う……魔王じゃなくて、男神様だよ……ッ!」

「うん、割とどうでもいい」

 僕がボソッと呟くと、二人はぴたりと動きを止めた。

 ポジション的にはノエルが優勢。バジルの腹の上へ馬乗りになり、伸び放題な前髪をぐちゃっと掴んでいる。バジルの方が腕力は強そうに見えたのに、意外とそうでもなかったらしい。

「助けてください、魔王様ッ!」

「……また魔王って言った……粛清……」

「あー、待て待て。その呼び方はどっちもオカシイぞ。二人ともちょっとここに来なさい」

 僕たちの姿をすっぽりと隠してくれる、巨大な楡の木の根っ子に二人を座らせて、僕は教育的指導をスタート。

「確かに僕はニンゲンではないと言ったが……この街では普通のニンゲンに“擬態”して生きていくつもりだ。だから『魔王』とか『男神』とかいう呼び方はどちらもよろしくない。僕のことは『ユウ』と名前で呼びなさい」

「ハイ、ユウ様!」

「ユウ様……」

「その“様”も要らないから」

「じゃあ、ユウ兄ちゃん!」

「ユウ兄……」

 瞳をキラキラ輝かせ、頬を染めながら僕を見上げる二人は、完璧に僕をご主人様認定したワンコ状態。

 まあ図らずも命の恩人になってしまったわけだし、こうして懐かれるのもしょうがないけれど……さすがにちょっと照れる。

 僕はコホンと咳払いをし、二人の熱い眼差しから目を逸らした。

 四方へと枝葉を伸ばした楡の木のひさしの先には、夜空を貫くような神殿の塔が見える。物見の塔と並んでこの街を一望できる高さがあり、常に周囲を見張っていることが分かる。

 そこから流れてくる不穏な気配を肌で感じ、僕は緩みかけていた気持ちをグッと引き締める。

「とにかく、僕にはこの街に潜伏して『悪者を倒す』という目標がある。だからバジルとノエルにも協力して欲しい。僕の正体は誰にも言っちゃダメだぞ?」

「うん!」

「ん……」

 しっかりと頷いた二人に、僕はご褒美としてクルミをあげた。

 殻を指先だけでパキッと割ってみせると、ノエルの方はすごく驚いてくれた。手錠を壊したのを見ていたバジルが「ユウ兄ちゃんの力はこんなもんじゃねーぞ!」と自分のことのように自慢する。

 そして二人とも、素朴な木の実を喜んで食べた。

 本当はもっと美味しいものを食べさせてあげたかったけれど、手持ちの食料がそれしか無かったからしょうがない。

 というか、今さらながら撒き餌に使った焼き菓子が恋しい。二つ三つ手元に残しておけば良かった。

 ……たぶん僕は、二度とあの店には行けない。

 クルミをぶつけられた七人の兵士は、僕のことを決して許さない。殺し損ねたノエルはもちろん、物見やぐらからお菓子を撒いた少年を『主犯』と見て、しらみつぶしに探そうとするだろう。

 当然、店舗の方にも捜査の手が伸びる。

 あの店はかなりの高級店だし、顧客のプライバシーにも配慮してくれそうだったけれど、神殿の権力をチラつかせられたらどうなるかは分からない。

 もしあの菓子をばら撒いたのが『黒髪の少年』という情報が流れれば、僕への追っ手がかかる危険性もある。

 いや、この不穏なざわめきからすると、すでにお触れが出されている気がする。ノエルの治療に時間を使ってしまったし、今頃は気絶していたヤツらも目を覚まして、烈火のごとく怒り狂っているはず。

 重傷の怪我人を隠せるところなんて限られている。真っ先に抑えられるのは町医者と宿屋あたりか。乗り合い馬車の停留所も監視されているかもしれない。

 煩わしい兵士たちの足音は、この南門へも迫っている。どうやらのんびりしている余裕はなさそうだ。

 嬉しそうにクルミをついばむ二人へ、僕はつとめて冷静な口調で告げた。

「二人とも、よく聴いてくれ。僕は今から北エリアへ戻る。そこにはノエルを連れて行こうと思う」

「えっ……ユウ兄ちゃん、どうして……オレのこと見捨てるの……?」

 手の中のクルミをぽろりと地面へ落とし、大きな目を落としそうなほど見開いて僕を凝視するバジル。あまりにも素直すぎるリアクションに、僕はつい苦笑を浮かべてしまう。

 リーダーである長髪の少年の気持ちがよく分かった。どこまでも真っ直ぐなバジルの言葉は胸に刺さる。

「見捨てるんじゃない。バジルにはこの南エリアを守って欲しいんだ」

 涙目になったバジルの正面にしゃがみこみ、しっかりと目線を合わせながら僕は語った。

 たぶん神殿は僕とノエルを探し出そうとする。ノエルの『家族』であるバジルたちは、真っ先に疑われるだろう。

 そして、矢面に立たされるのは長髪の少年になる……。

「だからバジルはここに残って、彼を支えて欲しい。ついでにこの街の噂を集めてくれ。僕も定期的にここへ来るから報告を頼む」

「うん、分かった」

 託された重要な任務に、メラメラと使命感を燃やすバジル。

 一方ノエルはしょんぼり俯いてしまった。きっと自分のことを足手まといだとでも思ったんだろう。

 今度はノエルに向き合い、小さな頭の上にポンと手を乗せた。

「ノエルにも、北についたら任せたい仕事がある」

「ユウ兄……ホント?」

 棒きれみたいな手足をギュッと縮こめ、その足の間に顔を埋めたノエルが、前髪の隙間からチラッとこっちを伺ってくる。思慮深いというか、どこか疑り深い眼差しで。

「ああ、ノエルにしかできない仕事がたんまりあるから、覚悟しておけよ」

 ニコッ。

 ……と微笑んでみせたものの、ぶっちゃけノエルの処遇についてはノープラン。

 まあ隊長とギルマス氏に相談すればなんとかなるだろう。特にギルマス氏あたりは、ノエルが受けた仕打ちを耳にすれば激怒して、ノエルの保護に全力を尽くしてくれそうだ。

「あー、でも全部は言えないよな……」

 少なくとも、ノエルが鞭で打たれた直後ってことは内緒にして、過去の古傷ということにしなきゃならない。他にもいろいろ訊かれるだろうし、つじつまを合わせるのが大変かも。

 とにかく僕が魔術技師だってことを先に伝えて、ごまかせるところは『企業秘密』でごまかそう。

 なんてことを考えていた僕をジッと見つめて、

「口裏……合わせるよ……?」

 と囁いてくれたノエルは、マジでイイ子だった。


 ◆


 夜が更けると、月は分厚い雨雲に覆われて見えなくなった。

 北東へ向かう細い馬車道には、人っ子一人いない。乗り合い馬車は夕方の便で終わってしまったし、ランタンの灯りすら点せない貧しい住民たちはとっくに眠りについている。

 一寸先も見えない暗闇の中を、僕は颯爽と駆け抜けていた。背中にデカイ荷袋を背負い、腕の中には温かい荷物を抱いて。

「ユウ兄、重くない……?」

 白いシーツからちょこんと顔を覗かせたノエルが、申し訳なさそうに眉を寄せる。僕はハハッと笑い飛ばしてやる。

「ノエルよ、僕を誰だと思ってるんだい? 栄えあるゴブリン王国の――」

「ニンゲンのフリ……」

「あっ、ハイ」

 僕より四つも年下だというのに、ノエルはやたらと賢かった。王様的にもちょっと見習わなきゃいけない気がする。

 というか、怪我をしていたノエルを運ぶときにも思っていたけれど、あらためて実感する。

 ――ノエルは、細すぎる。

 バジルもノエルも、第一印象では十歳以下だと思ったくらいだ。これほど成長が遅いのはオカシイ。完全に栄養が足りていない。

 街を出る前に、何かちゃんと腹に溜まる物を入手しようとしたところ、ノエルに「お腹いっぱい」と言われてしまったのは、かなりショックだった。クルミ三粒で満腹だなんて、どれほど胃袋が小さいのか……。

 まあノエルのことは僕が直接見てやるからいいとして、問題はバジルの方。

 長髪の少年を中心としたバジルの『家族』は、悪さをしないという厳しい掟の元に、全員が冒険者として働いている。

 しかし、魔力の少ない子どもにとって、魔物との戦いは過酷なものだ。

 怪我などのリスクがもっとも低い洞窟の大ネズミを狙っても、数人がかりで一日一匹倒すのが関の山。まだ魔力に目覚めていない『Fランク』のノエルを含め、働けないほど小さい子も数名いるという。

 別れ際、僕がお金を差し出そうとするのを、バジルはきっぱりと拒絶した。

「家族のことは自分たちでなんとかする。あとさっきばら撒いたお菓子の分も、いつか必ず返すから」

 誇り高い冒険者のプライドを傷つけるまいと、僕は素直に引き下がった。

 ただ“チビ”と呼ばれていた幼い子のことは気がかりだった。もし神殿とのトラブルを理由に、町医者から診療を拒絶されてしまったら……それは僕の責任でもある。

 せめて栄養のあるものを食べさせてあげたい。そのためにはどうしてもお金が必要。でもバジルは“施し”なんて受け取ってくれない。

 いったいどうすればいいのかと悩みながら、なんとなくアリスの指輪に触れたとき、僕は妙案を思いついた。

 ――そうだ、アクセ屋のお姉さんの助手にさせよう!

 魔物じゃなく『ゾンビ』を狩るなら、魔力も腕力も要らない。ただタイミングを見計らって、あのぐちゃっとした腐肉に手を突っ込むだけだ。重たい死骸を外へ運ぶ必要もないし、忙しいお姉さんも喜んでくれるしで、まさに一石二鳥。

 にっこり笑いながらそう伝えると、バジルは「うっ……」と怯んだものの、最終的には納得してくれた。

 僕は物々交換で入手したネックレスをバジルに渡し、今すぐお姉さんの工房へ向かうよう指示。「助手の契約料として、ウサギの魔石四個分ください」というメッセージも託したから、当面の治療費くらいは賄えるだろう。

 次に会うときバジルがどんな顔をするか楽しみだ。お姉さんに振り回さ……修行させられて、一回りは成長しているに違いない。

「あのさ、ノエル。今度南へ行くとき……っと、眠っちまったか」

 心地良い振動の中、長い睫毛を伏せたノエルは、すうすうという穏やかな呼吸を繰り返していた。赤ん坊みたいにあどけない寝顔に、思わず頬が緩む。

 ――これは僕が手に入れた『宝物』だ。

 もう二度と傷つけさせたりしない。薄汚い神殿の兵士なんて、僕がぶっ潰してやる……。

 お人形のように愛らしい横顔を見つめながら、僕は地面を蹴る足に力を入れた。

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