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リアリスフィア ~竜は孤高の花を望む~  作者: AQ(三田たたみ)


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31/111

三十、鎮魂

※冒頭に回想シーンがあります。後日時系列順に修正するかもしれません。

 以前僕は『魔物が発生するシステム』を知りたいと思った。

 迫りくる霧の壁が、そう遠くない日にこの街の城壁へ届いてしまうことを危惧して。

 もしそうなれば、物理的な結界は意味をなさない。魔物は霧の中から自然と生まれるから。

 いったいなぜ魔物は生まれるのか――壮大な謎の答えは、街の片隅の小さな工房で知ることになった。

「これはネムスに伝わる話なんだけどね……魔物っていうのは、殺された獣たちの“魂”なのよ。だから実体がないの」

 悲しげに目を伏せたお姉さんは、嗚咽を堪えながら語ってくれた。

 例えば老衰だとか、自分自身が満足して死んだときには、その魂は女神の元へすんなりと旅立つ。

 しかし、他者に無理やり命を奪われた獣の魂は、この世界に留まり続ける。

『死にたくない、元の肉体を取り戻したい』

 その飢餓感――生命への渇望が魔力となり、暗闇の中でかりそめの肉体を生みだす。そして狂ったように他の獣たちを襲いだす。

 ただどんなに襲ったところで、魂が満ち足りることはない。本当に欲しいもの――自分自身の肉体はけっして取り戻せないから。

 ひたすら他者を食らい、また他者に食われ、より強い恨みとともに復活する……その無限ループ。

「それじゃ、魔物はどんどん増え続けるってことですよね。どうすれば減らすことができるんですか?」

 僕の疑問に、お姉さんはしごく真っ当な答えを返した。

「魔物を減らす方法は一つしかないわ。むやみに獣を殺さないことよ」

 もし命を奪ったとしても、その魂に感謝の言葉を捧げること。余すところなく肉を食べ、毛皮を加工し、残った骨は土に返す……少なくともネムスの民はそうしてきたのだとお姉さんは語った。

「本来なら、魔物はこれほど増えるはずじゃないのよ。自分たちが食べるためだけに獣を狩るならね。ただ、今は戦争が起きているから……荒れた土地では獣だって生きていけないわ」

 悔しげに唇を噛んだお姉さんに、僕はハッとさせられた。

 戦争の被害者はニンゲンだけじゃない。むしろ物言わぬ獣たちの方が、よほど苦しい思いをしているのかもしれない、と。

「神竜だって同じことよ。あれほど尊い神の化身が『邪竜』になってしまった……邪竜は自分を殺したヤツらを決して許さない。その身体を取り戻そうとして、何度でも蘇るわ」

「それは、精霊術師が『浄化』しても、ですか……?」

「ええ。多少の気休めにはなるかもしれないけれど、根本的な問題を解決しなければどうしようもないのよ」

 神竜に祈りを捧げ、奪った肉体を土に返すこと。それしか邪竜を止める方法はないのだとお姉さんは言う。

 その二つの条件から、僕は一つの結論を導き出していた。

 ――この街には、戦犯がいる。

 神竜の身体を奪った罪人が、ここへ逃げ込んできたのだ。そのニオイを嗅ぎつけて邪竜が現れた。

 街を守るなら、空中結界を造るよりソイツを見つけ出した方がてっとりばやい……。

 これからやるべきことを冷静に考えながら、僕はポロポロと涙を零し続けるお姉さんに『邪竜討伐』を誓った。


 ◆


 カルディア洞窟地下三階フロアは、かなりの広さだった。

 蟻の巣のように入り組んだ複雑な道は、ぐるりと一周するだけで一時間近くかかる。

「これでも道が整えられて歩きやすくなった方よ」とお姉さんは言うけれど、ここをEランクの冒険者がうろつくとしたら、それなりの準備と覚悟が必要になる。

 まずは明かりの確保。

 お姉さんくらい魔力がある人はさておき、普通のパーティはランタンを持ち込むことになる。その時点で一人の冒険者の片手が埋まってしまう。

 魔物を倒した後、外へ運び出す作業も発生する。往復の手間を考えると、地下三階にいるネズミあたりの雑魚は放置せざるを得ない。

 それなりに身入りの良い魔物が現れるのは、もう一フロア下の地下四階。初心者パーティは南ギルドでそこまでのマップを渡されるらしい。

 そして、カルディア洞窟での“冒険”もそこでストップ。

 地下五階への穴は開いているものの『階段』は設置されていない。なぜならわざわざ深部へ進む意味がないからだ。

 冒険者の目的は、あくまで魔石の入手。

 洞窟の奥で倒した魔物をせっせと運んで一日を終えるくらいなら、明け方にフィールドをうろついた方が効率的だ。外なら月明かりもあるし、弓などの遠隔攻撃も行える。

 つまり――カルディア洞窟は、ほとんど“攻略”されていない。

 RPG的に考えると、ちょっともったいないというか、冒険者としての探究心が疼くというか……。

 一歩前を行くお姉さんの背中に向かって、僕は問いかけた。

「それじゃ、お姉さんも地下四階までしか行ったことがないんですか?」

「実はね、一度だけ興味本位でその下に降りたことがあるのよ。地下五階になると、さすがにCランクくらいなきゃ厳しいわね。天井が高くなってコウモリの魔物が増えるし、あと地底湖があるから水蛇なんかも出るし」

「へぇ、ちょっと面白そうですね」

「興味あるなら、また今度行ってみよっか。ちゃんと朝から準備してね。ただ“見学”するにしても、地下五階までにしておいた方がいいわ。あまり先まで進むと夜になっちゃう。夜は魔物の数が一気に増えるし、一匹倒すとその死体を狙って他の魔物がわらわら寄ってくるし……ホントうんざり」

「分かります。『死の霧』でもそうでした」

「あっそう、『死の霧』でも……あー、なんかキミと話してるとアタシの中の常識が狂ってくるわ……」

「大丈夫です、僕もお姉さんと話してると常識が狂ってきますから」

「えっ、どうして? アタシはごく普通の人なのに」

 くるんと踵を返したお姉さんが、小首を傾げてみせる。僕はサッと目を逸らした。

 僕の中のお姉さんは、お手製のネックレスと耳飾りがよく似合う、エキゾチックな美人さん。性格は明るくてちょっと天然で、年上とは思えないほど可愛らしい。

 なのに今は――

「……いえ、なんでもありません。先を急ぎましょう」

「そうね。早くしないと次の獲物が“復活”しちゃうわ!」

 このフロアのマップは完全に把握しているのか、迷路のような道のりもサクサク進むお姉さん。僕はちょっとビクビクしながら付いていく。間違ってもその身体に接触しないよう、適度な距離を保って。

 指先から生み出される、温かな光の中に浮かび上がるお姉さんの姿は……めちゃめちゃ怖かった。

 これまでにお姉さんが倒した『ゾンビ』は合計四匹。復活を目論んでもぞもぞと蠢きはじめたゾンビを見つけると、その傍でジッと待ち、魔鉱石がしっかり結晶化した直後に手を突っ込んでぐしゃり、と。

 そのたびに腐肉がお姉さんの全身に飛び散り、整った面立ちを覆い隠し、ホラー映画に出てくるような“殺人鬼”へと変える……。

 せめて顔くらいは布で拭えばいいのに、お姉さんは「どうせ外に出れば消えるんだし」と言ってスルー。僕は日が高いうちに絶対ここを出ようと決意した。

 不気味な“殺人鬼”との冒険を終えるためには、クリアしなきゃいけないクエストが一つ。

「……それにしても、普通の魔物は全くいませんね」

「今日の団体さんは、このフロアをしらみつぶしに歩いたみたいね。一部の魔物は外へ運ばれたっぽいし、絶対数が少ないわ。地下四階へ行けば出てくるけれど、他のパーティにキミの剣を見られたくないし……あっ、ゾンビ発見!」

「――ちょっと待ったッ!」

 嬉々として駆けだしたお姉さんのポンチョを慌てて掴む。腐肉で汚れていない背中の真ん中を。

「もう魔鉱石は充分でしょう。アレは僕が仕留めますんで、お姉さんはそこで見ててください。この“神竜剣”で軽く一刀両断してみせますから」

 キッパリと言い放ち、僕はお姉さんを押し退ける形でズイッと前へ。「えー、もっとほしいのにー」とぶつぶつ愚痴られるも、鉄の意志でスルー。

 ――ここで僕の剣技を見せつけて、一刻も早くダンジョンを脱出する!

「頼むぞ、麗蛇丸」

 気合いを入れて、僕は相棒の柄を握り締めた。

 昨夜よりひとまわり大きな魔石を埋め込まれた相棒が、仄かな熱を返してくる。「俺に任せろ」とでも言うように。

 その熱に背中を押され、僕は暗い闇の中をねめつけた。

 曲がりくねった道の先に赤黒い物体が横たわっている。抜き放った麗蛇丸の切っ先を、僕はソイツへと向ける。

 視力を限界まで下げ、グロい部分をモザイク状に脳内加工しつつ、ゆっくりと近づいていく。

 ゆらり、と立ち上る瘴気の靄。

 四肢を潰された角ウサギの肉塊は、その靄に包まれるや、じわじわと獣のシルエットを取り戻していく。剥き出しになっていた骨に肉がつき、薄い皮が張られる。

 お姉さんなら、この瞬間に『核』となる魔鉱石を奪い取っている。でも僕はそのまま復活の時を待つ。あえて五メートルの距離を開けたまま。

 薄皮の上に針のごとき短毛が生え、額の中央には鋭い角が伸び、ついには色のない瞳に深紅の光が宿り――

 この瞬間、亡霊は魔物へと返り咲く。

 他の獣を襲い、血肉を食らい、魔力を蓄え、より強い存在になろうと足掻く獰猛な獣へ。

「――キシャァァァッ!」

 歓喜の叫びを上げながら、岩肌を蹴り、その身体を宙へと踊らせる角ウサギ。

 深紅の双眸にはきっと僕の姿しか映っていない。ひ弱なニンゲンの肉はよほど美味いのか、口の端からはヨダレを滴らせている。

「苦しまずに逝かせてやるよ」

 期待のこもった熱い眼差しを背に受けながら、僕は麗蛇丸をスッと前へ突き出した。

 振り下ろす必要すらないことは、すでに分かっていた。

 研ぎ澄まされた刃の先からは、岩をも砕く鋭い光線が放たれ――……ない。

「ピギャッ!」

「あ」

 僕へ向かってぴょんと飛びかかったウサギが、麗蛇丸にブスッと刺さった。

 腹から背中までを見事に貫かれたものの、細身の剣だけにあまり血も出ず、急所を外れていたのかダメージも少ない。

 串刺し状態のまま、ジタバタと手足を振り回す角ウサギ。まるでイキの良い魚みたいな動きだ。

 呆然とする僕の頬にチリッと熱が走った。角の先が掠ったらしい。生温かい血がつうっと顎の先へ流れ落ちる。

 その痛みが、僕を現実へ引き戻す。

「あれ……なんで?」

 慌てて麗蛇丸を振り降ろし、刺さっていたウサギを地面へ落とす。そして今度こそ急所である心臓を一突き。口から血の泡を吹いたウサギは、三秒後ピクリとも動かなくなった。

 チラリ。

 背後を見やると、生温かい目で僕を見つめる“殺人鬼”の姿があった。

「……一刀両断……?」

「い、今のは失敗です! もう一匹! さあ次の獲物を探しに行きましょう!」

 というやりとりを繰り返すこと、四回。

「――もう一回! もう一回だけやります!」

「やめてちょうだい、これ以上やると日が暮れちゃうわ!」

「いやだ! 僕ちゃんと一刀両断できるって、ホントはすっごい強いんだって、絶対証明してみせるッ!」

 鼻から血を吹くほど頑張った僕は、最終的にお姉さんよりドクターストップ。

 僕は串刺しで倒した四匹のウサギを引きずり、涙目になりながら洞窟を後にしたのだった。

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