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二、冒険

 ――ぐしゃり、と獲物の臓腑が潰れる音がした。

 巨大な猪が、断末魔の叫びをあげる。丸太のような四肢が折れ、巨躯は支えを失いぐらりと揺れる。傷口から飛散する血しぶきが闇に舞う。

 とっさに身をよじったものの、生臭い血がマントの裾についてしまった。それでも集中を切らすことなく剣を構え直す。

 そんな僕の姿を青白い月が照らしだす。相対する影――岩山のごとき影が蠢き、鋭い牙の奥から恨みがましい唸り声を洩らす。

 しかし、敵の抵抗はそこまで。

 深紅の双眸をギラつかせるも、ヤツはこちらへにじり寄ることすらできないほどのダメージを負っている。

 血に濡れそぼった身体はしだいに重力を増していき……ついには力無く大地に横たわった。

 ツキン、と胸の奥が痛む。

 僕がもう少し強ければ――せめて一瞬で殺してあげられたら良かったのに、と思う。

 こんな思考が自然と浮かぶくらい、僕はこの世界にどっぷり染まってしまった。

「……よし、今日のノルマは終わり」

 微かな呟きを、夜明け前の冷たい風がさらっていく。

 最近ずいぶんと独り言が増えたけれど、それもしょうがない。無理やりにでも言葉をしゃべらなきゃ、自分がニンゲンだってことを忘れてしまいそうだった。

 ……神様のくれた果実を食べてから、もうすぐ一年が経つ。

 僕にとってはものすごく濃厚な、長い一年。それでも過去を忘れるにはまだ早過ぎる。

 湧きあがる郷愁を振り払うように、僕は剣を月へ掲げた。

 刃渡り五十センチほどの細身な銅剣は、先日入手したばかりの品で、素人目にもそうとうな年代物と分かる。まあ廃墟に残されていたものだし、ぶっちゃけゴミのレベルだ。

 ちょっとでも血糊を付着させたままにしておくと切れ味はすぐに悪くなるから、布で丁寧に拭って腰に差す。

 あとはただ夜明けを待つのみ。

 野性の獣並に鋭くなった視覚と聴覚を駆使し、僕は周囲へアンテナを立てる。せっかく倒した獲物を横取りされないよう、暗闇の奥をねめつける。

 今夜の成果は、猪が三頭。

 見た目は猪そっくりだからそう呼んでいるけれど、向こうの世界の常識に照らし合わせれば、コレを猪とは言わない気がする。なんせ小型の象くらいデカイし。

 この巨大猪、僕にとっては比較的楽な相手だった。

 ヤツらはターゲットリンクした相手に向かって一直線に駆けてくる。深紅の瞳を愉悦に細め、牙の隙間から涎を垂らして。これほどちっぽけな“虫けら”が抵抗するなんて考えたことすらないんだろう。

 対して、僕のやることは簡単だ。

 まずは離れた位置から矢を放ち、ダメージを与えつつ獲物を煽る。分かりやす過ぎる突撃を半身になって避け、すれ違いざまに脚を切り裂く。そして動きを止めたヤツの懐へ飛び込み、比較的柔らかい腹の部分へと刃を突き立てる。

 抉られて剥き出しになった肉やドクドクと流れ出る鮮血は、闇の中であっても充分生々しい。最初はあまりのグロさに吐き気を覚えたけれど、さすがにもう慣れた。

 僕はこの世界における唯一のニンゲン――ゲーム風に言うなら、魔物を狩る“ソロプレイヤー”になっていた。

 ゲームと違うところは、スライムみたいな異形のモンスターが現れないこと。魔物というより『魔獣』と呼ぶ方が正しいかもしれない。

 最初の敵は、大型犬サイズの巨大ネズミだった。その次はやたらと爪が鋭い巨大猫、頭のてっぺんに角が生えた巨大ウサギ、岩のように擬態した巨大蛙……。

 ヤツらの特徴は、肥大化した身体と深紅の瞳。日中は森や洞窟の奥に潜み、日没とともにフィールドへ現れる。

 だから僕も、自ずと夜行性になる。

 日中は安全な場所で眠り、夕方に起きてその日の食料を調達し、夜になったら魔物を狩る。

 そして朝日を――“奇跡”の時を待つ。

「ん、眩しい……」

 白み始めた空の彼方、連なる山麓の影から光がスウッと差し込む、そのとき。

 魔物たちは、この世界から完全に駆逐される。

 腐臭を放つ死骸も、大地に染み込んだ体液も、僕の羽織ったマントという名のボロに飛び散った血痕も、何もかもがキラキラと煌めいて消えてしまう。

 残されるのは魔物の心臓――いわゆる『魔石』だ。

 光により浄化された魔物は、血の色をした一粒の宝石に変わる。このあたりもちょっとゲームっぽい。

 ただ、ゲームとは比べ物にならないくらい、この一粒の価値は重い。

 だからこそ、手に入れられた喜びは格別で。

「うん。大きさ、純度ともに文句なし」

 手の中で魔石をコロンと転がしただけでじわりと伝わる濃厚な“魔力”に、ついニヤけてしまう。

 魔石とは、『魔力』の塊。

 これを握りしめながら何か念じると、たいていの願いが叶えられる。水や炎が出せたり、敵をシャットアウトする『結界』が作れたり。そうして魔術を使うたびに魔石の色は黒ずみ、最後はただの石ころに変わってしまう。

 この奇跡システムがなければ、僕はここまで生き延びれなかった。

「さて、コイツをどうするべきか?」

 今日の反省点は、敵の返り血を浴びてしまったこと。

 マントで防げたから良かったものの、危うく目に入りそうだった。つまり僕に足りないのは敏捷性。もちろん一撃で仕留められないから腕力も。

「……あんまりムキムキになっても困るんだけど、まいっか」

 体格が変化しないよう、筋肉を増やすんじゃなく質を上げるイメージで……僕は魔石を強く握り締めた。

 両腕から腹部、両足へと魔石を滑らせる。

 触れた部分が熱を持ち、ピリッと痛みが走るけれど、その刺激がいっそ気持ち良い。筋繊維が超高速で切れまくって、乳酸とアドレナリンがドバッと出まくる感じ。

 魔石が完全に色を失ったら、ぴょんっと跳ねて軽くダッシュ。

「おお、かなり速くなった! 今なら百メートル十秒どころか、三秒切る、かな?」

 僕は満足げに頷いてみせる。ちょっとナルシストっぽいけど気にしない。

 己の力のみで敵を倒し、経験値を独り占めする――これぞソロプレイヤーの醍醐味!

 ……まあ、うっかり死んでも自己責任なのがツライところだ。

 実際、今ではオイシイ獲物である巨大猪も、数日前はまるで歯が立たなかった。一戦交えるどころか遠目に影を見つけただけで足が竦んで、一目散に逃げ出していた。

 だけど、より強い敵を倒せばより良質な魔石を得られる。

 その魔石で『強化の魔術』をかければ、ステータスが上がる。

 部活や勉強や、向こうの世界でコツコツ努力するのと大差はない、むしろやればやっただけ成果がでるのが嬉しい。

「でもちょっと虚しい……早く人と会いたいなぁ」

 ぶつぶつと独りごちながら、僕は拠点としている川べりの結界へ戻った。その中に転がっていたもう二頭分の魔石も回収。

 一日三個の魔石を収穫し、一つは肉体強化に、一つは料理や結界に、一つはいざというときのためにストックする。これが最近のノルマだ。

「うん、ストックもだいぶ溜まったな。コレ一気に使えば、憧れの『飛行魔法』ができるかも……まあ、そんなもったいないことしないけど」

 荷袋の中を覗き込んでニヤニヤし……すぐに虚しくなる。早くこの貯金を自慢できる相手が欲しい。

 魔石のチェックを終えた後は、血抜きしておいた兎肉を炎で炙って腹に詰め込み、川で水浴びをして結界の中へ。枯れ草を敷いた小さなドーム型の結界は、テントみたいでなかなか落ちつく。

 ルーチンワークのラストは、本気の“反省会”。

 浅いまどろみへと落ちながら、僕は左手に刻まれた古傷に触れる。とっくに痛みは消えているけれど、初心を忘れないようにと自分を戒める。

 ……この傷を受けたときのことは、今でも鮮明に思い出せる。

 それは、神様の実を食べた日の夜――


 翻訳機能の『ギフト』に喜んだのもつかの間、僕はすぐに腹が減ってどうしようもなくなって、廃墟の街を再度うろついた。でも井戸は枯れているし食糧もゼロ。

 ただ文字が読めるようになったおかげで、生きるためのヒントは得られた。神殿の中から、子ども向けに書かれた教科書っぽい石板を発掘したのだ。

 ――この世界には『魔物』がいる。

 魔物を倒すと魔石が得られ、魔術が使えるようになる……ただし魔物は“普通の獣”より格段に強いから、夜になったら街の外へ出てはいけないよ、と。

 他にも、女神様やら魔神やら竜やら、ファンタジックなことが書いてあったけれど、飢えた脳みそはほとんどスルー。

 ……とにかく水が飲みたい。そして。

「“普通の獣”の肉が食べたい――!」

 その一念に突き動かされ、僕はふらふらと街の外へ出た。崩れかけた石垣を乗り越え、神殿のさらに向こうの未知なるフィールドへ。

 そこに広がっていたのは、牧歌的な田舎の風景。最初の草原と違ってちゃんと生命の気配がする世界だった。

 雑草に覆われた古道には、蝶やバッタが跳ねまわっている。土を掘り返せばミミズもいる。古道からさほど離れていない場所には森と湖も発見。

 一瞬歓喜したものの……そう簡単にコトは進まない。

 見つけた野兎はあっさり取り逃がすし、森に入れば立派な角を生やした野鹿に威嚇されるし、魚はすばしこいし、湖の水を飲んだら腹を下すし。

 せめて湯を沸かせたらと、木の枝を拾ってこすり合わせたところで煙一つ出ない。

 ……残念ながら、現代っ子の僕にサバイバル能力はゼロだった。

 味気ない木の実や酸っぱいだけの野苺を摘まみ、満たされない腹をさすりながら獲物を求めてフィールドを進んでいくうちに、空はオレンジに変わり、青白い月が浮かび……。

 気付けば僕は、深紅の目をした巨大ネズミに食われかけていた。

 頼りない月明かりの下、狩りを楽しむかのように何時間も草原を追い回されたあげく、疲れ果ててへたり込んだところを容赦なく蹂躙された。まずは両足の腱を爪で引き裂かれ、顔を庇った左手に牙を突き立てられ、生き血を啜られて……。

 その瞬間、自分の中の何かがプツンと切れた。

 唯一動かせた右手で、僕はネズミの目玉を抉っていた。激しく抵抗されるも無我夢中でしがみつき、自分の拳の骨が砕けるのも構わず狂ったように殴り続けた。

 ネズミが死んだと分かっても、勝利の喜びなんて全く感じなかった。空っぽの胃袋からひたすら胃液を吐き続け、大量の血だまりの中に倒れ込んだ。

 闇の中に、新たな魔物の気配を感じた。きっと僕が力尽きるのを待っているんだろうと思ったけれど、もう一歩も動けなかった。

 死を覚悟した僕を助けてくれたのは――眩い朝日と、手元に残った一かけらの魔石。

 爪の先ほどの小さな紅い石は、たった一口分の水を欲し、身体の傷を塞いだだけで灰色に変わってしまった。

 醜く引きつる傷跡を見つめながら、僕は覚悟を決めた。

 生きるためにはこうするしかない――魔物を殺すしかない、と。

 翌日、僕はさっそくリベンジを決行。廃墟の中から武器として使えそうなアイテム――“ひのきの棒”を発掘し、魔物たちが跋扈する夜のフィールドへ。

 夜目が利かない中、むやみにうろつくのは愚の骨頂。岩陰に潜み、体力を温存しながら巨大ネズミの出没を待った。

 僕の放り投げた小石に反応し、奇声をあげて飛びかかってきたソイツは――かなり動きが鈍かった。というか、僕を舐め切っているのがバレバレだった。

 陽花に付き合わされて剣道を習っていたことを、このときほど感謝したことはない。僕は一定の距離を保ちながら的確に打撃を与えていき、夜明け前になんとか息の根を止めることができた。

 得られた魔石のかけらで浴びるほど大量の水を飲み、僕はかろうじて命を繋ぎとめたのだった。


 それから廃墟の街を拠点として、本格的なソロプレイヤー生活がスタート。

 魔石による魔術をひと通りマスターし、弓矢や釣り竿などの道具を作って狩りをした。

 クセのある獣肉や焼いただけの魚を調味料もないままガツガツと貪って、夜は凶暴な魔物を倒しながらひたすらレベルアップを図る日々。

 油断して怪我をすることもあったけれど、『治れ』と念じながら魔石を押し付ければ傷は塞がった。

 そうして体中に生傷を増やしながら死に物狂いで戦い続けて、いっぱしの冒険者と名乗れる自信がついたとき……僕は廃墟の街を旅立つことにした。

 神様の実を食べてから一ヶ月後のことだ。

 昔は馬車が行き来していたと思われる、朽ち果てた古道に沿ってフィールドを進んでいくと、しだいに強い魔物が現れ始める。

 死と隣り合わせの過酷な旅を続けること、約三ヶ月。ようやく僕は次の街へ到着した。

 しかし、期待はまたもや裏切られることになる。

 僕を出迎えてくれたのは、石垣の外にぽつんと置かれた鉄球と、廃墟と化した街並み。そして見覚えのある一つの石碑。

『名もなき乙女の魂――罪人の街・オリエンスに眠る』

 ……正直、訳が分からなかった。

 もしや幻覚の魔術にでもかかって、最初の街へ戻ってきてしまったのだろうか、と。

 だけどよくよく見れば、最初の街とは何もかもが違う。着実に文明が進んでいる。

 石造りの建物の代わりに赤茶けたレンガ造りの建物が増え、石板の代わりに手漉きの紙が普及していた。一部には下水らしき溝もある。

 ただその分、整然とした都会的な雰囲気は失われてしまった。美しい広場や塔はなく、放射線状の道も細くて頼りない。

 最初の街を捨てた人々が、新たに同じ街を作ろうとして中途半端なミニチュアになってしまった……そんな印象だった。

 ひと通り町中を歩き、今までより格段に良い武器と服を手に入れると、長居は無用と再び旅立った。

 RPGのセオリー通り、先へ進むほどより強い魔物が出迎える。僕はまたもや満身創痍で二度目の旅を終えた。

 結果、辿り着いたのは――『罪人の街』。

 ……まあ、二度あることは三度ある、というヤツだ。

 しかし、どうして彼らはせっかく造った街を捨ててしまうんだろう?

 やはり魔物の襲撃のせいだろうか?

 疑問を解決するべくリサーチしてみると、街を囲む石垣に結界の魔石が埋め込まれていることが判明。その効力が尽きる頃をめどに、彼らは移住を繰り返しているらしい。

 もちろん人間側も抵抗しなかったわけじゃない。

 三番目の街には『冒険者ギルド』という建物があった。異世界ファンタジーではお約束といってもよい、命知らずの荒くれ者が集う組織だ。

 それでも、魔物を撃退するほどの戦力は得られなかったようだ。追い詰められた人々は、より遠くへ逃げざるをえなくなった。

「もしこの仮説が正しいとしたら……いずれは生きている『罪人の街』に辿りつけるはず」

 心の奥に、小さな希望の光が灯った。

 その光を求めて――それまで生き抜けるだけの強さを求めて、僕は魔物と戦い続けた。

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