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リアリスフィア ~竜は孤高の花を望む~  作者: AQ(三田たたみ)


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29/111

二十八、秘密

「ハハッ、いやだなぁお姉さん。僕はネムスじゃなくて遠い島国の人間ですよ? そもそも邪竜とか地竜とか、あんな黒くてデカイもの一度も見たことないですし、尻尾の先がやたら硬いことなんて全然知らないし」

 動揺のあまり墓穴を掘りまくりながらも、僕は速やかにハイスペックイヤーを駆動。この会話を誰かに聴かれていないかチェックする。

 幸いこのあたりの職人たちは仕事に夢中なようで、道をうろついている人は一人もいなかった。

 そして目の前のお姉さんも麗蛇丸に夢中。怪しすぎる僕の言い訳など全く耳に入っていないらしい。

 ひとまずお茶の残りを飲み干してクールダウンした後、いつもの奥義こと『質問返し』を繰り出してみる。

「それにしても、なぜそんな誤解を? お姉さんはこの剣について何か知ってるんですか?」

「ねぇ、ちょっとこの剣に触ってもいい? ネムスの“竜使い”がこの剣をすごく大事にしていて、他人にはめったに触らせないってことは聞いてるんだけど、そこをあえてお願いします!」

「うっ……」

 ――我が奥義、破れたり!

 僕はガックリと肩を落としつつ、お姉さんに麗蛇丸を差し出す。

 半ばひったくられるように奪われた麗蛇丸は、マッドな職人の手により隅々まで蹂躙された。鞘をなでなでされ、柄をスリスリされ、剥き出しになった刀身をぺろぺろ――

「ちょっと待った!」

 さすがに舐めるのはどうかと思う!

 僕もリンゴ飴にはクラッときたし、その気持ちは分からなくもないけど!

 ……という心の叫びが届いたのか、お姉さんはとろんと蕩けていた瞳にすうっと理性の光を宿して。

「うん、やっぱり間違いないわ。この白さ、この輝き、この硬度……この剣は竜使いにのみ受け継がれる“神竜しんりゅう剣”ね」

「神竜剣……?」

「この世界で最強の硬度を誇るとされる、竜の角でできた剣のことよ。ただし、ネムスの竜使いしか使いこなすことができない――竜使いが手にすれば一撃で山をも斬り裂くと言われているけれど、実際のところはどうなの?」

「ううっ……」

 お姉さんのキラキラ輝く瞳からサッと目をそらし、僕は取り戻した麗蛇丸をまじまじと見つめる。

 確かにお姉さんの言うとおり、山のような地竜を一刀両断したのは事実だ。でも元々の持ち主は隊長だし、僕は昨日譲り受けたばっかりで、この剣の素材やら素性なんてちっとも知らなくて。

 なのに、不思議と納得できてしまう。

 調査隊のリーダーである隊長は、『東へ向かった光』のことなんて何も言わなかった。それは光輝く麗蛇丸を見たことがなかったからじゃないだろうか?

 真の“覚醒”を促すのは――光の魔剣を生み出すのは、僕だけの特殊なアビリティ……?

 頭を抱えてうーんと唸るばかりの僕に、マッドな職人モードのお姉さんはさらなる追及を。

「まあ、言いたくないなら言わなくてもいいわ。アタシにはもう分かったから。二匹の邪竜を倒したのは、“精霊術師”じゃなくてキミなんでしょう?」

「い、いったいなにをおっしゃっているのやら」

「だってキミ、さっき自分で言ってたじゃない。邪竜が黒くて大きいとか、尻尾の先が硬いとか」

「ぐふっ……」

 ……聴いてたんすか、そっすか……。

「実を言うとね、妙な噂がこの街に広まってたのよ。邪竜を倒したのは精霊術師じゃなく、ボロをまとった小汚い魔物だって。それってキミが正体を隠すためにあえて『擬態』してたってことよね? とうていニンゲンとは思えない、すごく気持ち悪い魔物だって聞いたけれど、噂ってホント当てにならな――ねぇ、キミ大丈夫? 口から魂が飛び出てるっぽいけど……」

 お姉さんにペチペチと頬を打たれるも、強化された身体はノーダメージ。バシバシと容赦なく往復ビンタされ、最後は後頭部を鈍器のようなものでガツンと殴られて、ようやく目が覚める。

「大丈夫? 生き返った?」

「はい……ありがとうございます」

 完全にノックアウトされた僕は、お姉さんに「この話は誰にも言わない」と約束してもらった上で、軽く事情を説明した。

 僕がこの街を訪れたのも、麗蛇丸を手にしたのも、邪竜を倒したのも――何もかもが偶然だってことを。

 もちろん僕が異世界から来たとか、アリスの件とか、余計な情報は差っ引いて。

「――つまり、僕は本当に何も知らないんです。麗蛇丸が竜の角でできてるってことも今初めて知ったし、あとネムスの“竜使い”のことも……僕はネムスの人間じゃないんで」

 若干言い訳がましい感じでぼそぼそと呟くと、お姉さんはニセモノの胸の前で腕組みしながら、うんうんと頷いて。

「なるほどね。じゃあキミが今この街にいることは、全て“男神様”の導きってことかな」

「男神様、ですか? 女神様じゃなくて?」

「だって竜を統べるのは男神様だし」

 そんなことも知らないの? とでも言いたげな視線に、僕はガチ劣等生の気分でしょんぼり俯いた。自ずとお姉さんは女教師のポジションへ。

「そもそも竜は“神竜”って呼ばれるくらい尊い生き物なの。ネムスじゃ男神様の化身扱いをされてるしね。でも神竜は邪悪なニンゲンに殺されて、竜使いも姿を消してしまって、その代わりに“邪竜”が生まれたってわけ。ただ男神様は、邪竜のせいで無垢な人たちが命を奪われることを悲しんで――」

「えーと、お姉さん。お話の途中でスミマセンが……」

「あら、なぁに?」

「隅から隅までよく分かりません。男神様の話を簡単にまとめたガイドブック的なものはないでしょうか?」

 頭のたんこぶをさすりながらそう言うと、お姉さんは呆れ混じりのため息を吐いて。

「あるわけないじゃない。ここをどこだと思ってるの? 世界一過激な『女神教』の聖地よ? アタシみたいな南大陸の出身者は『闇色の肌』って言われて、ただでさえ肩身が狭い思いをしてるのに、そんなものを持ち歩いてたらあっという間に密告されて、神殿の地下牢にぶち込まれて体中の皮を剥ぎとられた上で洞窟ダンジョンに投げ捨てられるわ」

 ……怖い。女神教怖いです。

「それにね、この話を知っているのは世界中でもほんの一握り。南大陸の、もっとも西寄りの地域に住んでいた人だけなの。もうこの世界に純粋なネムス人は誰一人いない……っていうとちょっと語弊があるかな。ネムスは長らく国交を閉じているのよ」

「えっ、どうしてですか?」

「さっきも言ったけれど、他の大陸からやってきた邪悪なニンゲンに、ネムスの魂とも言える“神竜”を殺されたせいよ。それからネムス人はどこにも見かけなくなったし、もし見かけたら『復讐しにきたんじゃないか』って疑われるの。バカみたいな話でしょ」

 ふうっ、と重たいため息を吐きだすお姉さん。僕もつられてため息を。

 意外と歴史に詳しいお姉さん曰く――

 神竜が狩られるまで、ネムス人は『賢者』的な扱いを受けて、さまざまな国に招かれていたらしい。なぜかというと魔術技師が多く生まれる国だったから。

 しかし、一部のアホなヤツらがネムスに忍び込んで、彼らのアイデンティティである大事なお宝――神竜を殺してしまう。

 ネムス側は「恩をあだで返された」と言って鎖国。賢者たちも一斉に引きあげてしまった。

 とばっちりを受けた周囲の国は激怒し、犯人とされる国は「冤罪だ!」と逆切れ。ついには戦争へと発展……。

「ってことは、中央大陸のアルボスで起きた戦争って……」

「そうね。犯人はそのあたりの国じゃないかって疑われてるみたい」

 庶民のアタシごときに真相は分からないけれど、と冷たく言い放ったお姉さん。僕もリリアちゃんたちのことを思い出して、ちょっと虚しくなる。

 戦争なんてものは偉い人が勝手にやり始めるくせに、被害を受けるのはいつだって普通に暮らす人々だ。

「でも、そもそも神竜が狙われたのはなぜですか? アルボスは別に『女神教』ってわけじゃなく、男神様のことも認めていたはずですよね?」

 疑問を口に出しつつも、僕の脳みそはすでに一つの答えを導き出していた。

 それは世界各国に『女神教』を広めようと活動する、過激な信徒の存在。ネムスの神竜は運悪くそいつらに狙われてしまった。

 ……そんなことを考えた僕は、まだ生温かった。

 お姉さんは忌々しげに眉根を寄せ、可愛らしい耳飾りを揺らしながら首を横に振って。

「違うわ。神竜が狙われたのは、その身体が優れた武器になるからよ」

「武器……」

「もちろんキミの剣は別格。それはネムスの中でも限られた剣士が、神竜と契約を交わして譲り受けたものだから。でも他の部分は……神竜の牙も、鱗も、爪も、何もかもがこの世界では最高の素材になるの。それに竜の肉を食らえば寿命が百年延びるとか、逆に竜の血を飲めばどれほど強い敵でも一滴で命を失うとか……ここまでくるともう『おとぎ話』よね。信じてもらえなくてもしょうがないって思うわ」

 力なく肩を落としたお姉さんが、寂しげに微笑む。僕はぶんぶんと首を横へ振ってみせた。

 お姉さんはきっと、限りなくネムスに近いエリアの出身なんだろう。もしかしたら実際にネムスの血が混じっているのかもしれない。

 鎖国の際、ネムスに入ることを許されなかった混血の彼らは、祖国の歴史が歪められないように――誰かから一方的に悪者扱いされないように、こうして“同郷”の人物にだけは事実を伝えているのだ。証拠を残さない口伝という形で。

 そんな『密命』の匂いを感じ、僕はあらためて思った。

 ――この世界はどこか歪んでいる。

 迫りくる霧の壁、突然現れた邪竜、対立する人々、崇められる精霊術師……そして明らかな異分子である僕の存在。

 女神なのか男神なのか、もしくは“アリス”なのか分からないけれど、僕がこうして大事な情報を次々と得られるのは、何者かの思惑があるとしか思えない……。

「あの、お姉さん。僕に何かして欲しいことはありますか?」

 魔鉱石を譲り渡す、という当初の目的はすでに頭の片隅へ追いやられていた。

 僕の真っ直ぐな問いかけに、お姉さんはふっと柔らかな笑みを浮かべた。光の加減によっては漆黒にも見えるその瞳に、薄らと涙を滲ませて。

 そしてお姉さんは静かに眉を寄せ、悲痛な胸の内を吐き出した。

「……お願い、この街を助けて。よそ者って言われることもあるけれど、アタシにとっては第二の故郷と思えるくらい大事な街なの。だけどこのままじゃ邪竜に――“神竜の亡霊”に滅ぼされてしまうわ!」

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