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リアリスフィア ~竜は孤高の花を望む~  作者: AQ(三田たたみ)


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二十三、真実

「――ということで、隊長さんのところへ流れてきた噂は、決して大げさじゃなかったみたいです。ギルマスさんの分析によると、僕が黒髪っていうだけでネムス人認定されて、攻撃されかねないって」

「そうか……」

 北門脇の城壁へ寄りかかった隊長が、厳しい面持ちで虚空を睨みつける。

 仕事のスイッチが入った隊長は、やはりクールでカッコイイ。さんざん『ヘンタイ野郎』と罵っていた相手の呼称もサクッと改める。

「北のギルドマスターはそこまで掴んでいるか……残念ながらその情報はうちの隊へは届いていない。届いたとしても、それは被害者が出た後になる。逆に言うと、まだ具体的な被害が出ていない以上、こちらが積極的に動くことは難しい」

 苦しげな呟きに、僕は「大丈夫」と頷いてみせた。そんなことは織り込み済みだ。

「僕としても、みすみす虎の尾を踏みに行くようなマネはしません。ここにいる間は、なるべく神殿と関わらないように気をつけるつもりです。それで用事が済んだらすぐにこの街を離れます」

「……護衛をつけると言ってもダメか?」

「すみません、もう決めたんです」

 迷いのない僕の台詞に、隊長はがっくりと肩を落とした。

 貴重な魔術技師だから心配なんだ、と口では言うけれど、内心は出来の悪い弟みたいに思ってくれているんだろう。その気持ちはすごく嬉しい。

 だからこそ余計な争いに巻き込みたくないと思う。ニンゲン同士のくだらないいざこざに。

「ギルマスさんにも同じことを言ったんです。僕がいなくなるだけで平和が維持できるなら、それが一番じゃないかって……。だから僕の用事に――人探しに協力して欲しいって」

「人探し?」

「はい。ただギルマスさんたちにも、まだ詳しいことは何も伝えていません。協力してもらうためには、多少込み入った事情を話さなきゃならなくて……その、僕が魔術技師だってことを含めて」

 この台詞から、危うい“秘密”の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。スッと身を起こした隊長は、この付近に誰もいないことを再度確認するべく薄闇をねめつけた。

 それは『聖都オリエンスの守護神』と呼ばれるに相応しい表情であり……父親であるギルマス氏によく似ていた。

 ――うん、やっぱりこの人は信頼できる。

 僕は襟元に手を入れ、首にかけた革ひもを引っ張り上げる。そしてコロンと出てきたモノを手のひらに乗せた。

 すると隊長は、大きく息を呑んで――

「これは……ッ」

「実は僕、とある女の子の……あっ」

 まちがえた。

 僕の手のひらに乗っていたのは、ビー玉みたいな丸い石ころだった。この街で冒険者をやっていた隊長には、よく馴染みのあるもの。

 節くれだった太い指が無遠慮に伸び、つるんとした灰色の石を摘まみあげる。腰をかがめた隊長の瞳は、驚きと興奮に満ちている。

「こりゃどう見ても灰色だな……この色は魔力を持たない“子ども”の証だ」

「いや、これは違くてッ」

「違うってのはどういうことだ? まさか魔力があるにも拘わらず、わざと魔鉱石へ移さなかったのか?」

「う……確かに魔力は無いです、けど」

「おー、やはりそうだったか! 魔術技師の能力とは“精霊術師”と同じく、清らかな心を持ったまま大人になった少年が得られる奇跡の力――!」

 口から炎を吐き出すかのように、興奮しまくりで叫ぶ隊長。もしここが住宅街なら、近所迷惑で苦情がくるレベルの大声だ。僕はちょっとだけこの人に秘密を打ち明けていいかどうか心配になった。

 しかしそれ以上に、隊長は僕のことが心配になってしまったようで。

「それにしても、まさか坊主が魔力を持たないとは……我が魂とも言える“麗蛇丸”を託したのは、やはり女神の導きだったのかもしれん。この剣はオレが若かりし頃、海洋都市クラルスで行われた『闘技大会』の優勝商品として手に入れた、魔石に耐えうる唯一の剣。柄の部分に魔石を埋め込めば、竜の鱗ですら貫く最強の大蛇と化す。無論『魔術酔い』の反動も大きいから、そのことはあえて坊主に伝えていなかったが……魔力を持たない坊主にとってこれほど相性の良い武器は無いだろう。よし、今すぐ麗蛇丸を蘇らせよう!」

「あの、隊長さん、僕の話を……」

「確かタンスの奥に、忘年会の景品で当たった魔石の欠片があったはずだ。坊主にはシュレディンガーの件で世話になったし、あれをくっつけてやろう。これで坊主も最強の剣士だな!」

「隊長さん、ちょっと待って……」

「ついでに剣の鍛錬にも付き合ってやるか。もちろん坊主がそこそこの腕前だってことは、その体捌きを見りゃ分かるし、手加減してやるつもりはないぞ。実際“覚醒”させた麗蛇丸が相手となると、オレでさえ打ち負ける可能性も――」

 ……暴走した隊長は、まさしく脳筋だった。

 熱烈なアプローチに心が折れた僕は、近々兵舎の訓練場で一本手合わせすることを約束し、ようやくナイショ話が再開。

「先ほどの『人探し』の件ですが……本当に見ていただきたかったのは、コレなんです」

 首にかかった二本の革ひものうち、何があっても千切れない強固な一本をひっぱり出す。そして月明かりに鈍い輝きを返す銀の輪を確認。ちょうど『遺言』の紙片が隠れるように摘まみ、百合の花の紋章を表へ向ける。

 すると隊長は、何やら悪霊でも見たかのような顔をして、サッと身を引いた。

「あ、もしかしてこの指輪、どこかで見たことがあるとか」

「いや……スマン、見覚えはない。だが神殿の配布している『魔術封じの腕輪』に似ている気がする」

「それって、巡礼の人たちが付けていた腕輪のことですか?」

「ああ。アレは特殊な魔鉱石を埋め込んだ腕輪でな。持ち主の魔力を勝手に吸い取り、魔術を封じる。並の人間にはとうてい耐えられん苦行だが、“治癒術師”になるためにはどうしても必要らしい」

 その単語は僕も知っていた。

 四番目の『罪人の街』で見つけた書類に記されていた、神官の仕事の一つ。いわゆるお医者さんのことだ。

「オレらにとっちゃ怪我なんて日常茶飯事だし、神殿の世話になることもあるが……あの仕事だけは無理だと思っちまうな。魔力を奪われるってだけでもキツイのに、肉も酒も禁じられた上に、“女”まで……おっと、この話は坊主にはまだ早かったな」

 ……いえ、僕の心はとっくに穢れているので大丈夫です。

「とにかく神官ってのは、普通の市民とはかけ離れた独自のルールで動いている。“ネムス人迫害”の件も含めて、上が『やれ』と言ったことには無条件に従っちまうんだ」

 隊長曰く――

 この国の神殿にはカースト的なピラミッドがある。

 最上位にいるのが、女神の愛娘と言われる精霊術師。彼女たちはほぼ神様扱いされ、一般の信徒からもその存在を隠されている。

 ニンゲンの中で一番偉いのが、王都の大神殿を治める『大巫女様』と呼ばれる女性。チェーン店で例えるなら社長のポジションにあたる。

 そして各地の神殿を束ねる『枢機卿』――エリアマネージャー的人物が三十名ほど。

 さらに各神殿のトップが『神官長』――店長にあたる人物がいて、その片腕となる補佐官がいて、参謀がいて……巡礼の信徒は、平社員の営業マンといったところか。

 彼らに与えられた社員章が『魔術封じの腕輪』ということになるわけだが……。

「その腕輪を身につけると、魔力が無くなっちゃうんですよね? もし旅の途中で魔物に襲われたらどうするんですか?」

「当然、身を守る術はないな。普通の感覚なら、あんなものを身につけるのは絶対に無理だ。オレはあの腕輪を目にするだけで怖気を覚える。逆に怖いと感じない腕輪は“ニセモノ”だとすぐに分かるから楽だが……」

 そう言って隊長は、さも恐ろしげにぶるりと震えた。

 凶悪な魔物相手に一歩も引かないという隊長が怖がるくらいだし、魔力を吸い取とられるというのはよほどのことなんだろう。

 なんとなく僕は『注射』をイメージした。常に腕へ針が刺さっていて、血が抜かれ続けている感覚だとしたら……確かにブルッとくる。

「神官の皆さんって大変なんですね……」

「まあ彼らにも利点はあるんだ。魔力を失うと、代わりに精霊の加護が受けられるらしい。だから治癒術が使えるようになる、という話だ」

「なるほど……魔力を使って怪我を治すことはできない、ってことですね」

 僕の言葉に隊長が「何を今さら?」という顔をする。

 つまり、僕が今までやってきたこと――魔石を使った治癒行為も異端になるわけだ。人前で披露しないように気をつけよう。

 心のメモ帳に新たなタブーを記していると、隊長はどこか呆れ混じりのため息を吐いて。

「……しかしな、さっきから聞いてりゃ、坊主の話は矛盾している気がするぞ」

「矛盾、ですか?」

「その指輪の持ち主を探すっつーと、確実に神殿がらみだろう? ヤツらの周りをこそこそ嗅ぎまわれば、すぐに目をつけられる。冒険者の中にも過激な“隠れ信徒”はたくさんいるしな。大怪我から救ってもらったヤツは皆ハマっちまうんだ」

「まあそうなりますよね……でも僕が探しているのは、この指輪を持っていた女の子の家族の方なんで、まだ大丈夫かなって」

 家族ぐるみで熱心な信者というパターンもあるかもしれないけれど……自分の身内が忌わしい慣習の犠牲になって、それでも女神教にしがみつくものなのか、僕には疑問だ。

 しがみつく……。

 そういえばその言葉が『遺言』の中にもあったなと、僕がぼんやり考えていると。

「坊主、残念だがその人探しは、無理だぞ」

「えっ?」

「神殿は女人禁制……神官になれるのは男だけだ。“普通の娘”がその紋章の入った道具を所持することはない」

 低く掠れた苦々しい声。その行間には一つの答えが隠されていた。

 それは僕が薄々感づいていたことで……。

「そうです、この指輪の持ち主は“精霊術師”なんです」

 ――アリス。

 僕が出会った、孤独な生贄の乙女。

 彼女がいてくれたから、僕は『生きている街』への道を急いだ。そして邪竜の襲来にギリギリで間に合った。“もう一人のアリス”とともに、この街を守ることができた。

 女神様の導きなんてものは眉唾だけれど、彼女の魂が導いてくれているとしたら、僕には信じられる。

 アリスの遺言は、必ず家族へ渡してやるんだ……。

 揺るぎない僕の決意を感じ取ったのか、隊長はこめかみを抑えながら深いため息を吐いた。

「悪りぃな、坊主……昨夜は『精霊術師についてさほど詳しくない』と言ったが、あれは嘘だ。本当はある程度のことを知らされている。もちろんオレが聞いたのもつい最近で、この街へ本物の精霊術師が来ると決まってからのことだが……」

「気にしないでください。極秘事項なんですよね?」

「まあな。しかし坊主を見てると気が緩むっつーか……このサラサラした黒髪を撫でてるうちに『話しても大丈夫だ』って思わされちまうんだよな。オレも年かなぁ……」

 ため息を連発しながら、僕の頭をなでなでする隊長。僕は「幸せが逃げますよ」という軽口をグッと我慢した。

 そして静かに待ち続ける。隊長からの完全な信頼を勝ち取る、その時を。

 ひとしきり精霊と戯れた後、隊長は覚悟を決めたように頷いて。

「分かった、白状しよう。精霊術師ってのは……本物のお姫様なんだよ」

「お姫様……?」

 僕の脳裏に浮かぶのは、緑の髪の天使だった。

 アリスはちょっとおてんばだけど可愛くて、ちっとも世間ずれしていなくて、まるで本物のお姫様みたいで――

 ……ああ、そうか。そういうことだったのか。

 自ずと漏れる深いため息。

 隊長は「敏い子だな」と苦笑した後、夜空に輝く月を見上げながら、まるで独り言みたいに告げた。

「精霊術師は、国王が正妃以外の女に産ませた落とし胤――“女神の末裔”なんだ」

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