二十、召喚
昼下がりの冒険者ギルド一階は、かなり閑散としていた。
この場所が賑わうピークは夜明け前後だ。魔物討伐へ向かう冒険者が出没ポイントをチェックしたり、または戦いを終えて成果を報告しに来たり。
明日から僕もその輪の中に混じる――気の合う仲間を見つけてパーティを組んで、着々と冒険者ランクを上げていく……そう信じていたのに。
「サイアクだ。まさか僕の力がこれほど“規格外”だなんて……」
ボソッと落とした呟きは、負け犬の遠吠えにすらならなかった。
ギルド内に集う冒険者は、いずれも身体のどこかに小さな丸い石をくっつけている。ネックレスにして首からぶらさげたり、ブレスレットにしたり。
北ギルドのマークが入った魔鉱石――それは冒険者の証であり、強さの証。その赤色を見せつけるようにわざと露出させている人物も多い。
さっき僕がもらった石は、アリスの指輪とともにチュニックの奥へ隠れている。当然のごとく色は灰色のままだ。
……屈辱的な『Fランク』認定の後、僕は必死で食い下がった。こんなの絶対オカシイって思ったし。
すると、一つのショッキングな事実が判明。
「まさか、他の人たちが“身体強化”をしないなんてなぁ……」
どうやらこの世界では、魔石の魔力は“モノ”にしか移らないと思われているらしい。
つまり、魔石の活用方法は『武器などのアイテムに直接埋め込む』という形になる。
しかしその方法だと、魔石に触れた部分だけが脆くなるから、あまり実用的ではない。武器を使い捨てにするか、または一流の武器職人に“魔石に耐えうる逸品”を作ってもらうしかない。
となると、庶民またはエコロジー派の冒険者がやるべきことは一つ。
――己の魔力で武器を強化する。
ノーマルな武器では、魔物の身体に傷をつけるのは難しい。だから武器に自身の魔力を注ぎ込みながら戦う。
よって武器の強さは、そのひとの保有する魔力量に比例する。
より長く魔力を出し続けられる者、一撃に乗せられる魔力の多い者、またはギルマス氏のように『炎の刃』が生み出せるなど魔力コントロールに長けた者……それらが上級者とみなされ、いつしか冒険者ランクの指標にもなった。
一方、僕はこの身体そのものを“モノ”として扱っている。
だから魔石を使って普通に『身体強化』をしてきたし、その発想は正しかったと思うけれど……。
「確かに、筋繊維とか乳酸とか骨のカルシウムとか、この世界の人が具体的にイメージするのは難しいだろうなぁ。それ以前に『魔物の魔力を自分の体内に組み込む』ってことに拒絶反応示しそうだし……説明するだけ無駄だよな」
今僕の身体の中に、余分な魔力なんてものは無い。
全ての魔力は肉体へ吸収され、自動的に『身体強化』が行われる仕組みになっている。
ちょっとでも強くなりたい、または背が伸びて欲しい……日々そう思い続けてきたからこそ生み出された、自動アップデート機能。それはとても便利だし、実際に僕を強くしてくれた。
ただ、残念ながらギルドのルールにはそぐわなかった。
身体能力は高いはずなのに、魔鉱石に移せるような余剰魔力がないというだけで、戦えない弱者とみなされてしまう。
これってまさに“冒険者ギルドの劣等生”……。
「はぁ……まあしょうがないか。身体能力が高いっつっても限度があるもんな。もし戦闘スタイルとか見られたら、絶対ゴブリンって思われるだろうし。でも“最弱”って誤解されるのは切ないよなー。せめて『本当はすごいんです!』って言ってくれる味方がいてくれたら……ああ、そういえば一人いたっけ。僕のことを最強だと思ってくれてるひとが」
だけど、アリスにだけは絶対バレたくない。
あんなにもゴブリンのことを恐れて警戒していたんだ。あのとき正直に打ち明けたならまだしも、一緒に監視活動までしておいて「実は僕でした!」なんて、本気で嫌われるに決まってる……。
「イヤだ、嫌われたくない……僕はアリスが大好きなんだ……」
ぶつぶつとキモイ感じで独りごち、屈強な冒険者たちを恐れおののかせながら、僕は北ギルドを後にした。
ドアをくぐると同時、眩い太陽光に出迎えられる。まだ外は明るく人通りも多い。
ギルドを出た冒険者たちは、たいてい周囲の武器屋を巡りに脇道へ消えていく。武器を見繕った後は居酒屋で騒いで、早めに宿屋へ戻ってひと眠り。そして夜明け前からまた動き出す。
……僕は彼らと行動パターンをずらさなきゃいけない。
魔物を狩ることを禁じられた『Fランク』が、彼らの目につく場所をうろついていたら不審に思われる。
まずは隊長に事情を打ち明けて、北門の通過を許可してもらおう。夜になったらすぐ外へ出て、冒険者が決して近寄らないという『死の霧』の傍で魔物を倒し、そのまま霧の秘湯でひと風呂浴びて、お昼近くに帰宅すればいい。
入手した魔石は、今までどおり身体強化と貯蓄に回す。
邪竜との再戦を視野に入れつつ、『空中結界装置』の試作も進めるとなれば、魔石はいくらあっても足りない。
あとは現金を切らさないよう、ギルドを通さずに魔石を買ってくれる店を探しておいた方がいいかもしれない。これからはニンゲンらしく、宿屋や飲食店のお世話になるんだし。
「ひとまず、お金のことは後回しでもいいかな。これだけあれば一ヶ月は遊んで暮らせそうだし」
傷ついた自尊心を癒やすべく、僕は背負った荷袋をなでなでする。
ゴロッとした魔石の感触は減ったものの、代わりにずっしりと金貨が詰まっているのが分かる。当面の生活費にと、手持ちの魔石をいくつか換金してきたのだ。いずれも色、純度ともに申し分なく、かなりの高値がつけられた。
しかし、お姉さんに『リッチな親にもらった旅の資金』と勘違いされてしまったのが口惜しい。「自力で獲ったんです!」って言いたかったけど、ヤブヘビになりそうだから止めておいた。
「まあいい。資金はたっぷりあるし、隊長が起き出すまで時間もある……よし、思う存分“やけ食い”するぞ――!」
と、一人気勢を上げたとき。
「……ユウ……」
砂混じりの東風に乗り、微かな呼び声が聴こえた。
それは僕のハイスペックな聴力でもギリギリのボリューム。気のせいかと思いつつも、念のためぐるりと周囲を見渡してみる。もしや護衛の兵士さんが僕のことを呼んだのかと思って。
でも、彼らは僕をつけてるってことをあまり気づかれたくないみたいだ。わざとらしくサッと顔を逸らした数名の通行人が、そそくさと建物の影に身を潜める。
……二、三人かと思ったら、六人もいる。隊長の心配性はホンモノだ。
やっぱり隊長には、僕がちゃんと強いってことを話しておこう。非番なのにこきつかわれる兵士さんが可哀想だし。
「あ、そうだ。護衛の皆さんにもお土産を買っていこう。あのドーナツでいいかな。それともお酒とかおつまみの方が喜ばれるのかな……」
「――ユウ!」
「……ッ?」
今度はハッキリ聴こえた。僕のすぐ傍から。
だけど周りには誰もいない。今冒険者ギルドの入口に佇んでいるのは僕だけだ。一般の人はここを避けて通っているし、見張りの兵士さんは物陰に隠れているし。
ということは――
「幻聴ッ?」
「ふふっ、ここよ」
ふわり、と穏やかな風が上空から舞い降りた。キラキラ輝く不思議な光とともに。
その光が僕の右腕に触れた瞬間。
「ア、リス……?」
僕の右隣りに一人の女の子がいた。
豊かな緑の髪とエメラルドの瞳を“半透明”になるくらい薄くしたアリスの幻影が、僕の腕に絡みついている。ちょっと上目遣いになって、いたずらっ子みたいに微笑んで。
「ね、驚いた?」
「驚いたっていうか……その身体、どうしたの? 半分消えかかってるけど」
「他の人には視えないようにしてって、精霊に頼んであるの。神殿の人に見つかったら怒られちゃうから」
「へぇ、そんなこともできるんだ。精霊ってスゴイね」
内心ドキドキなのを必死で隠し、僕はポーカーフェイスのまま相槌を打つ。「幽霊っぽいけど充分可愛いなぁ」なんてことが万が一にも顔に出ないように、キリッと表情筋を引き締めて。
「ユウは冒険者ギルドにいたのね。もう用事は済んだの?」
「ああ、今から街をぶらぶらしようと思ってたところ。……一緒に行く?」
「うん!」
女の子らしくキャッとはしゃいで、アリスは僕の肩に頬を寄せた。
こんなにも魅力的な彼女の姿が、他の人に視えてないってことが信じられない。
半透明でも肌触りは人のものと分かるくらい柔らかく、さらさらの髪からはいつものフローラルな香りが漂ってくる。鈴が鳴るような声は軽やかで、耳の奥がくすぐられるみたいに心地良い。
幸せにどっぷり浸りたいところだけれど、その前に確認しておかなきゃいけないことが一つ。
「でも、今日はどうしてここへ? また“例の魔物”の気配でもしたの?」
グサッと刺さる自虐的な質問に、アリスはクスッと笑って。
「違うわ。今日はユウに会いにきたのよ」
「えっ、僕に?」
「風の精霊が教えてくれたの。ユウが私を呼んでるって。なんだかすごく熱心に、私のことを求めてるみたいって……いったい何があったの?」
――風の精霊さーん! 余計なコト言わないでくださーい!




