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十五、工作

「――よぅ、坊主!」

 城壁を降りて土の大地を踏みしめた直後、すらりと背の高い男性が声をかけてきた。鎧を脱いだラフなチュニック姿とはいえ、頬にある傷痕のおかげで誰なのかは一目瞭然。

「隊長さん! 待っててくれたんですか?」

 脳内を埋め尽くしていた『アリス』の文字は一旦デリート。僕は慌てて彼の元へ駆け寄った。

 僕の軽快な走りを見た隊長の瞳に、あからさまな安堵の色が浮かぶ。かなり心配をかけてしまったらしい。眼の下のクマがヤバいし。

「すみません、夜明け前には戻るって言ったのに、予定より遅くなっちゃって……」

「いや、こっちもちゃんと説明しなくて悪かった。この街は信じられないくらい広いだろう? 途中でへばったかと思って、今から助けに行こうとしていたところだ。しかしこんなに細っこいお前さんが、まさか本当に一周してくるとはなぁ……よく頑張ったな!」

 感慨深げに告げて、隊長は僕の背中をバシバシと叩いた。

 昨夜、僕が西へ向かって歩きだすのは確認していたから、逆方向から戻って来たことを大げさなくらい褒め称えてくれる。

 ……なんだか嬉しいような悲しいような、複雑な気分だ。

「あの、僕、そんなに虚弱っぽく見えますかね……?」

「あー……ゴホン、とにかく歩き通しで疲れただろう。兵舎で休んでいくといい。オレも戻るから一緒に行こう」

 質問をさりげなくスルーした隊長が、草の生えた土の道を颯爽と歩きだす。僕はとっさにその腕を掴んで引きとめた。

「ん、なんだ?」

「せっかくのご厚意なんですが、僕は今から“冒険者ギルド”に行ってきます。昨夜は兵士の皆さんにもお世話になりましたし、登録が済んだらあらためてお礼に伺いますので」

 丁寧にお辞儀をし、僕はくるんと踵を返した。土の道じゃなく繁華街へ通じる石畳の方へ。

 ぐっすり眠ったおかげで疲労感はない。耳の奥には“アリス”の囁き声が残っているし、胸には“もう一人のアリス”の指輪もある。

 二人のアリスに背中を押され、僕は意気揚々と歩き出した……はずが。

「ちょっと待て」

 今度は僕の方が引きとめられた。猫の子をつまむみたいにやすやすと、首根っこを捕まえられてしまう。

「なんでしょう?」

「お前さん昨日街へ来たばかりだろう? 冒険者ギルドがどんな場所にあるか知ってるのか?」

「いえ、詳しくは知りません。でも夜ご飯をいただいたお店は覚えてるので、そのあたりでまた人に訊いてみます」

 ではごきげんよう、と再度頭を下げたものの。

「あー、待て待て! 別にわざと引きとめてるわけじゃないんだ。あのエリアは今ごろ血に飢えた獣みたいなヤツらが集まってるから……その、お前さん何か“武器”は持ってるのか?」

「武器、ですか?」

「パッと見たところ丸腰のようだが、そのデカい袋の中には何か武器が入ってるのか?」

 僕は「もちろんです」と頷いてみせ、荷袋の中をごそごそと漁る。クリーニングした制服や向こうの世界の小道具を押し退け、一つのアイテムを握り締める。

 取り出したのは、今僕が持っている中でもっとも攻撃力の強いアイテム――尖った黒い石。

 普段は獣の処理にしか使っていないけれど、魔石で丁寧に研いでいるため切れ味は抜群だ。

 僕のスピードと合わせれば、巨大トカゲ相手に接近戦で戦うことも可能。返り血を浴びるのがイヤだからやらないけど。

「はい、これです」

 自信を持って僕はそのナイフを差し出した。

 しかし隊長は、なんだか残念なものを見るように僕の顔を眺めて。

「坊主……これは武器じゃない、石だ」

 ……はい、その通りです。スミマセン。

 リベンジすべくお手製の強化弓を取り出してみると、「木の枝を削って作ったのか、本物そっくりだなぁ」と感心された。

 いくら見た目が貧弱な木の枝だからって、工芸品扱いはひどすぎる。ちゃんと魔物にも刺さるくらい強度を高めてあるのに……。

 若干涙目になりながら、それらの“武器”を袋にしまっていると、隊長が溢れんばかりの父性愛を発揮。

「やっぱり一度兵舎へ来い。オレの剣を一本譲ってやるから」

「えっ、いいんですか!」

「ああ、オレが若い頃――冒険者だった頃に使っていた一級品だ。今のオレにはちょっと軽すぎるんだが、お前さんにはちょうどいいだろう」

 なんという幸運!

 一文無しの身にはありがたすぎる申し出に、僕は小躍りして喜んだ。

 ついでにお世話になった兵士の皆さんに挨拶していこう、立つ鳥跡を濁さず……と考えながら、隊長の隣をのんびり歩いていると。

 突然、前方から悲鳴が聴こえた。可愛い女の子の声じゃなく野太いおっさんの声だ。

 僕は隊長と顔を見合わせ、あうんの呼吸で走り出す。全力ダッシュするとまた魔物扱いされそうなので、力をセーブして隊長の後をついていく。

 そうして辿り着いた兵舎では、ちょっとした騒動が起こっていた。

 大型旅館並に広いロビーに、なぜか寝間着姿の兵士たちが集まっている。眠っていたところを叩き起こされ、取るものもとりあえず逃げ出してきたという雰囲気だ。

 彼らのほとんどは、昨夜の歓迎パーティで顔を合わせた面子。駆けつけた隊長の姿を見るや、シャキンと背筋を伸ばして速やかに道を開ける。僕は隊長の背中にくっついて騒動の中心部へ。

 靴を脱がないタイプの宿舎のロビーは、砂埃に塗れていた。夜に来たときは気づかなかったけれど、男所帯とあってそうとうな汚さだ。新人の兵士が掃除を担当しているのか、廊下の隅には竹ぼうきを持った若者が五名。

 彼らは、手にしたほうきを剣のように掲げていた。

 その視線の先に蠢いていたものは――

「――シュレディンガー!」

 隊長の背後から飛び出した僕に、竹ぼうき部隊がぎょっとした顔で後ずさる。

 そして床で蠢く木箱は、嬉しそうにカタカタと震えながら僕の元へ。

「どうしたんだよ、大人しく部屋で待ってるかと思ったのに」

『カタカタ』

 ……チートな翻訳機能とはいえ、さすがに木箱との会話は通じなかった。でもちょっと怯えているような気がする。

 僕はシュレディンガーを両手で抱えあげた。ここへ来るまでに大量の砂埃を吸い込んだのか、ずっしりと重たい。一度ロビーの外へ出てコンコンとお尻のあたりを叩いてやると、溜めこんだ塵をドバッと吐きだした。気まぐれに作ったわりにはなかなか優秀だ。

 軽くなったシュレディンガーを「偉いぞ」と撫でていると。

 呆然と佇んでいた隊長がふらりと近寄り、僕の腕の中の木箱をうつろな眼で見やって。

「おい、坊主……それはいったい何だ?」

「猫です」

「……オレの目には木箱にしか視えないんだが」

「やだなぁ、木箱は勝手に動きまわったりしませんよ」

 さらりと答えると、隊長は深いため息を吐いた。こめかみのあたりを強く押さえながら。

 僕がこの状況をちょっと面白がっていることは、とっくにバレてしまっているらしい。「ちゃんと説明しろ」と真面目な口調で詰め寄られ、僕はあっさり白旗を上げた。

 種明かしのため箱をひっくり返そうとしたものの、嫌がるシュレディンガーにガタガタと暴れられたので、しょうがなく口頭にて。

「えっと、この中には塵を食べる猫がいます。本当に猫がいるのかは、箱の中を覗き込まない限り分かりません。ただ本人は見られることを嫌がっているようです。放っておけば館内の掃除をしてくれるので、もし良ければこちらで飼ってやってください。名前はシュレディンガーです」

「――スマン、さっぱり意味が分からん」

 隊長のリアクションに、周囲の兵士たちも一様に頷く。

 その後、ガタイの良いオッサンたちに取り囲まれ、あれこれと分かりやすい例を出しながら解説した結果……約十分後、その場にいた全員が納得する、一つの結論が導き出された。

「――そうか、坊主は“魔術技師”だったのか!」

 ……と断言されたところで、僕の方こそさっぱり意味が分からない。

 置いてけぼりの僕をスルーし、隊長たちは興奮しきりといった様子でワイワイと騒ぎだす。その声を拾ってみるに、どうやら“魔術技師”という存在は、精霊術師とためを張るくらいのレアキャラらしい。

 隊長曰く――

 今から二十年ほど前、隊長がフリーの冒険者から『聖都オリエンス』の門番へ転職したばかりの頃。大規模な魔物の侵攻をたった一人で食い止めたことで、国王から直々に報償として与えられたお宝があった。

 それが“魔術技師”の作るオリジナルアイテムだ。

 当時、まだ若くモテたかった隊長は、国王から頼まれてやってきた魔術技師に「何か希望はあるか?」と訊かれて、こう答えた。

「いつでも湯あみできる道具が欲しい――」

 そうして風呂場に置かれたのが、お湯がコンコンと湧き出る便利なタライだった。

 それからというもの、むさくるしく女にモテないはずの兵士たちが小ざっぱりするようになり、結婚して兵舎を出て行く者が増えたそうな。

 しかし、隊長自身がまだここに住んでいることについては……何も言うまい。今度王子に会ったら「誰か紹介してあげてください」と頼んでみよう。

 僕の向ける生温い視線にも気づかず、隊長はしみじみと語る。

「魔術技師にはとにかく変わり者が多いんだ。意味不明な……ッと失礼、庶民には理解できない独自の理論を打ち立てて、あっという間に不思議な装置を作り出したり、身分を隠してふらふらと諸国を漫遊したり……オレが世話になった方も、王都へは戻らず中央大陸へ旅立って行った。ちょうど内戦が激化しはじめた『アルボス』へ向かうと言って、止める間もなく風のように姿を消してしまったんだ。まったく、精霊術師とは別の意味で危なっかしい……」

 台詞の最後に、チラッとこっちを見やる隊長。他の兵士たちも似たような動きをする。

 たぶん僕が堀へ飛び込んだことを思い出しているんだろう。または王子に噛みついたことか。それとも丸腰で街をうろつこうとしたことか……。

 ……。

 ……。

 ……邪竜と戦ったことは、絶対内緒にしておこうと思った。

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