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十一、夜話

「ふわーぁ……よく寝た……」

 天国のように柔らかい――ごく普通の木製ベッドの上で、僕はうーんと伸びをした。やはり藁や草や砂のベッドとは寝心地が違う、スッキリとしたイイ気分だ。

 毛布をきちんと畳むと、僕は裸足のままひんやりとした木目の床に降りた。そして嵌め込み式の窓から外の様子をうかがってみる。

 暗闇に包まれる街。城壁に阻まれて月は視えない。

 次はドアの方を見やる。

 ランタンの明かりが灯された建物からは物音ひとつしない。さっきまでの喧騒が嘘のような静寂。耳を澄ませば、壁を数枚隔てた向こうから微かな寝息が聴こえる。

 僕の体内時計によれば、時刻はまだ深夜一時過ぎ。

 トータル三時間は眠っただろうか。本当は朝まで爆睡したいところだけれど、染みついた夜型生活はそう簡単に直らない。

 部屋に残された水差しの水を飲み、僕は出かける準備を始める。

 まずは部屋の片づけからスタートだ。

 ベッドとデスクが置かれただけのがらんとした六畳間が、今や足の踏み場もない。転がった酒瓶、脱ぎ散らかされた誰かの服、食べカスなどなど。

 ……聖都オリエンスの住民になって初めての夜は、イベント盛りだくさんだった。

 検問が終わって『口止め料』という名の手土産をもらった後、僕はアルボスの人たちと一旦別れた。

「やだやだ、“おにいちゃん”といっしょがいい!」

 と、リリアちゃんに駄々をこねられたものの、彼らには移民専用の宿泊施設が用意されているとのことで、分別のある大人のお兄ちゃんはやむなく辞退。三日後の夕方、冒険者ギルドでの再会を約束する。

 再びぼっちに戻った僕は、ちょっとしょんぼりしつつ石畳の道を歩きだした。

 こんなときは楽しいことを想像するに限る。まずは市街地へ出て適当な宿屋を探して、念願の食べ歩きを――と考えたところ、慌てて駆け寄ってきた隊長に止められた。

 その理由は、想定外のもので。

「お前、その格好……臭いぞ」

 なんと、泥水生乾き状態の身体は悪臭を放っていた!

 ……正直、全然気付かなかった。僕の嗅覚はハイスペックだと思っていたけれど、まだまだゴブリンレベルだった。

 というか、リリアちゃんにお別れのハグをしないで良かった。「おにいちゃんくさい!」とか言われたらショックで立ち直れなかった……。

 放心状態の僕は、そのまま北門脇にある兵士の宿舎へ拉致され、風呂へ放り込まれた。

 風呂といっても湯船があるわけじゃなく、タイル張りの室内にでっかいタライと桶が置いてあるだけの簡素なスペース。

 これなら“霧の秘湯”の方がよっぽど情緒がある……と思いきや。

 置かれていた巨大タライ、ただのタライじゃなかった。魔石が埋め込まれた『スーパータライ』だった!

 桶で掬えば掬っただけ、あたかも天然温泉のようにこんこんとお湯が湧いてくる。なるほど、魔石にはこんな使い方もあるのかと感心しつつ入浴終了。

 一年ぶりに石けんを使って身も心もさっぱりし、ついでに制服と荷物のクリーニングも終えた。魔石の残数が心もとないし、今夜も魔物を狩りに行こうと決める。

 いただいた下着と平民服チュニックを着て風呂を出ると、昼間の勤務を終えたばかりの兵士たちにバッタリ。今から市街地へ出てご飯を食べるつもりだと言ったら、いきつけの店へ連れて行ってくれた。

 ――約一年ぶりの、まともなご飯キター!

 狂喜乱舞した僕は、すぐにテンションを下げることになる。

 訪れた店は焼肉屋。出てきた料理は、肉、肉、肉……ときどきサンチュ

 体力勝負な兵士の夜食は、だいたいこんな感じらしい。もちろん塩を振ってあるから『ニンゲンのご飯』の味がして美味しいんだけど、どうせならもっとひと手間かかった繊細な感じのが食べたかったです……。

 と、心の中でぶつぶつ文句を言いつつも、腹ペコだった僕は三人前をぺろりと平らげた。ゴチです。

 その後「適当な宿屋を探す」と言ったら、兵舎の空き部屋へ来ればいいじゃん的なノリになって、酔っぱらったおっさんや兄ちゃんにわっしょいわっしょいと担がれ、この部屋に放り込まれた。

 ついでに隣近所の部屋からも人が集まり、自前の酒を持ち込んでの二次会がスタート。

 当然未成年の僕は水のみ。おつまみは小魚や貝のひものだった。できればポッキーとかキスチョコとかそういうのが欲しかったです……。

 食事に関する不満はさておき、僕はその歓迎会をめいっぱい楽しんだ。

 元の世界で剣道部に入っていて本当に良かった。もし帰宅部で毎日本を読むだけの引きこもり生活をしていたら、この暑苦しい洗礼に悲鳴をあげていたことだろう。

 いかついおっさんも兄ちゃんも、まるで僕を本物の弟みたいに可愛がってくれた。

 単なる旅人の一人である僕にこれだけ良くしてくれるのは、やはり『命懸けで見知らぬ女性を救おうとした勇者』だから……ではなく。

 僕は『あのヘンタイ王子に噛みついた勇気ある子ども』として讃えられ、わしわしと頭を撫でられまくった。まあ、妥当な評価だ。

 撫でられるついでに「この黒髪は怪しいですか?」と尋ねてみたところ「珍しいけれど別に怪しくはない」との解答が得られてホッとする。もし神殿のヤバイ人に目をつけられて“粛清”されそうになったら助けてもらおう。

 酔っ払いたちは昼間の疲れが出たのか、小一時間ほどで撤収。満腹になった僕も心地良い睡魔に襲われ、柔らかなベッドへ倒れ込んだ。

 そして三時間後、スッキリ起床。

「……よし、片付け終了。立つ鳥後を濁さずってな」

 ホウキなどの道具が見当たらなかったため、掃除は自己流。

 まずは大きなゴミを拾って部屋の隅へ置き、細かい食べカスを集塵魔術で掻き集める。

 最初は単に風で散らしてしまおうとしたのだけれど、ふと思い立って、誰かが椅子代わりに持ち込んだ木箱に魔石を組み込んでみた。そいつに『魔力が切れるまで塵を集め続けるように』と命じると、全自動集塵箱――掃除機の完成だ。

「スーパータライができるなら、こんなのもできるってね!」

 と、発明家気取りで自画自賛してみたものの。

 ……よく見ると、あんまり可愛くないっていうか、ちょっと不気味だった。ゴソゴソと勝手に部屋を動きまわる木箱。後で猫の顔でも描いておこう。コイツの名前は『シュレディンガー』だ。

 掃除を終えたら、通路の隅にある洗面所へ。顔を洗って歯磨きをすると、本当に『ニンゲン』に戻れた気がして感動する。

 最後は鏡の前で身だしなみをチェック。

 髪は寝ぐせもなくサラサラだし、石けんで洗ったから肌もつるつる。隊長にもらったチュニックは新品で、多少寝汗はかいたけれどまだ臭くない。兵士御用達の品だから縫製もしっかりしている。今までの服と違って、そう簡単にボロボロにはならないだろう。

 あと僕に足りないのは、相棒だ。

 兵舎の訓練場あたりに転がっている剣をこっそり拝借……と思いかけ、ぶるぶると頭を振る。

「それじゃ確実に窃盗犯だ。ここは廃墟の街とは違う、勝手に家探しするのはマズイ」

 ニンゲンらしい理性を働かせた結果、僕はとりあえず兵舎を出て城門へ。

 夜勤中の兵士の誰かに、武器を借りていいか訊こうとしたところ。

「――おお、坊主! こんな時間にどうしたんだ?」

 第二の城門前で僕を出迎えてくれたのは、本日お世話になりっぱなしの隊長さん。

 月明かりの下で見ると、渋さが五割増しのイケメンだ。軽鎧から覗く腕は太く逞しく、頬の傷が『熟練の兵士』といった空気を醸し出していてカッコイイ。

 やはり僕もマッチョ化をはかるべきだろうか……という悩みはひとまず棚の上へ置き、僕はにこやかな笑みを浮かべて歩み寄る。

「隊長さんこそ、どうしたんですか? 休まなくていいんですか?」

「オレは元々夜勤なんだ。夕方の騒動で寝てるところを叩き起こされて……まあ良くあることだから気にするな」

 そう言って、僕の頭をわしわしと撫でる。王子のせいで妙な流行が生まれてしまったようだ。

 それから暇を持て余した隊長に付き合って、軽く世間話をする。

 世間話といっても、“エセ物知り博士”の僕にとっては貴重な情報ばかり。

 例えば「暇だ」という一言にも「冒険者が魔物を狩り始めるのは、明け方近くからだしなぁ」なんて前情報がついたりする。

 人畜無害な少年を前に、隊長はおいしい情報をつるつると漏らしてくれる。

「えっと、つまりこの街は聖都オリエンスであり、“旧王都”でもあるんですね?」

「ああそうだ。遷都はオレがガキの頃のことだし、もう三十年以上前になるのか……当時は『死の霧』もこれほど近くまで迫ってはいなかった」

 どこか遠い目をしながら、隊長は語ってくれた。

 元々『聖都オリエンス』と呼ばれていたのは、僕が最初に見つけた廃墟の街だ。そこが『死の霧』――僕が迷いの霧と名付けた魔物の天国――に浸食され、聖都はじりじりと西へ場所を移していく。

 そして王都も危ういと判断された結果、王族を含めたお偉いさんたちは苦渋の決断をした。立派な城壁を持つこの街を捨てて、魔物の少ない北の果てに逃げようと。

 代わりにこの場所が正式な『聖都オリエンス』となり、今や魔物の侵攻を抑える最重要拠点になっている、と。

「なるほど、だからこの街では冒険者を優遇しているんですね」

「ああ、ここが潰れたら国は終わりだからな。どんな手段を使ってでも護りたい。たとえ過去に罪を犯した人間だとしても、腕が立つならその罪を許して戦わせる。一匹でも多く魔物を狩って、魔石を得て、城壁の結界を強化する……だがそろそろこの戦い方も限界かもしれない」

「限界、ですか?」

「今日着いたばかりの坊主は知らんだろうが……ついにこの街へも『邪竜』が現れたんだ。空を飛んで来られちゃ、結界なんて全く意味がない」

「邪竜……」

「坊主もおとぎ話で聞いたことがあるだろう? 魔界域――ネムスにいるって噂の、翼を持つ恐ろしい化け物のことだよ」

 ――ネムス。

 けっして忘れられないその単語に、僕のアンテナがビリビリと反応する。これはかなり重要な情報だ。

 脳みそが激しく動き出す。

 あの黒竜はネムスに生息している。そこは『魔界』と呼ばれるほど危険なエリアで、たぶんネムス人は『夜の民』と称されるような容姿。しかも『ネムス語』はこの国じゃタブー……。

 と、いうことは?

「っと、まずいまずい。ネムスの話は聞かなかったことにしてくれ。万が一神官の耳にでも入ったら大変だ。アイツらのネムス嫌いは尋常じゃない。今回の件だって『邪竜はネムス人が操っている、ネムスがこの国を滅ぼそうとしている!』なんて言い出してるからなぁ」

 ハハッと苦笑する隊長に、僕もひきつり笑いを返す。

 ――ヤバイ、僕、犯人扱いだ!

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