第96話 殺し合い
メインシステム、戦闘モードを起動します
モニタに表示された彼我の距離は、100m以上。ひとまずは盾を構えてどう打ってくるかを観察するにとどめる。操縦技術はこちらの方が間違いなく上なのだから、焦らずに動きを見て、そのうえで最適な対処をするべし。生け捕りにするのと、機体をできるだけ破壊せずに無力化するなら、バッテリーの破壊が一番簡単だが、バッテリーは大体背中にあるのだし、正面からの破壊は不可能。ならどっちにしろある程度接近しないとだな。
暗視モードのモニタの中で、敵機の持つライフルがこちらを向いて、マズルフラッシュが暗闇を照らすとほぼ同時に、ガン、ガンと盾を強く叩かれる。あちらにとっては残念なことに、二十ミリ程度でどうこうなる軟弱な素材ではない。地面に端をつけて衝撃も逃がしているし、間接への負荷も少ない。このまま弾が切れるまで撃ってくれれば、脅威レベルも低下するしちょうどいいのだが。
しかし何発か盾に当たってもびくともしないので、さすがに無駄だと気付いたのか、射撃を中断し、ブレードを光らせながら突進してくる。大砲の直撃に耐えられても、熱による切断はさすがにどうだろうと考えて、シールドから手を放して実体ブレードを腰部マウントから取り出す。
距離が十を割り、接近、接敵。タップダンスを踊るように、踵を鳴らしてローラーを回す。出力はもちろん最大。電力の消費が急速に増加し、稼働時間も目減りしていく。いきなりトップギアまで上げたから地面をえぐり、空転を始めるが、それを見越して余裕を持ったせた早めの起動なので問題ない。
閃光がカメラを覆う前に機体が急加速し、視界が流れていく。手放した盾を中心に弧を描く機動で、敵機の背後へ回り込み、狙うは無防備なバッテリー。ブレードを回転の勢いも上乗せして叩きつけようと、振りぬく。しかし空振り。距離感の問題か、それとも相手がよけたのか。まあ、後者ということにしておこう。警戒レベルを一段階引き上げて、振り向きざまに向けられるライフルを、ローラー移動で避ける。
不意打ちは一度失敗したらもう使えない。盾も手放したし、撃ち合いはリスクを抑えるためにもできるだけ避けたい。だが接近すれば一撃必殺のブレードもある。どっちがマシか……どっちもメンドクサイ。
「かぁ、めんどくさあ」
ブレードの腹を盾代わりに使い、蛇行移動で回避しつつ右腕でライフルを放つ射撃戦を選択。狙うは足。一番脆い膝関節周辺。目論見がばれないようにあえて、数発に一度の割合でしか当てない。乱雑に、狙いもつけず、適当に撃っているように思わせたい。
チィンと、ブレードを貫通してきた弾が装甲を掠める。こっちも避けてるのによく当てる、過小評価していたかと焦りが生じるが、相手は射撃に夢中になり機動が単調になりつつある。当てるのはそう難しくない……相手の膝関節の装甲もかなり凹んでいるし、ラッシュをかけてしまおうか。
と、ここで相手のライフルの弾が先に尽きたのか、手荷物を放り捨てて、機関砲に手を伸ばした。わずかな時間、動きが止まる。
ここでしくじればハチの巣にされる。確実に。息を止め、集中。心臓が高まり、頭に血が集中し、眼球が熱を持つ。銃口の角度を確実に調整、画面に現れる照準と弾道予測線を、しっかりと、相手の膝に重ねて、三度、人差し指を引く。もはやバースト射撃に近い、高速の三点射。少々のブレはあるが三発とも敵機の膝に命中し、散々痛めつけた装甲を食い破り、その先にある急所を破壊した。相手の体勢が崩れ、機関砲は明後日の方向へ曳光弾の線を描きながら放たれる。
もう一度接近して正面から蹴り飛ばし、完全に転ばす。ついでにブレードを振るって機関砲を握る手を切断。返し刃でレーザーブレードが装備された腕も切断し、完全に無力化。ただの棺桶になったアースから出られないように正面装甲に足を乗せたら、仕事はお終い。
「チェックメイトだクソガキ。冷や汗かかせやがって」
視界が元通りになり、血の気が引いていく。もはや抵抗する術はあるまいと、安心して通信回線を開く。
『ありがとう』
「あん?」
なんでこの状況になって礼の言葉を吐く。コイツが俺に抱いている感情は憎悪。間違っても感謝の言葉を発するようなものじゃない。こういうときは、悔しさと憎しみの入り混じった負け惜しみの言葉をみっともなくぶちまけるのが普通だろう。
『この距離なら逃げら――』
最後の一言を発する前に、エーヴィヒの放った三十ミリ砲が足元の機体の胴体を消滅させ、支えを失った足が地面についた。まずいと思った瞬間の事だった。
『自爆するつもりだったんでしょう。おそらく、ですが』
「だろうな。助かった」
あの状況で、あの言葉。わざわざ近寄ってきてくれて『ありがとう』だったのだろう。最初から勝てないと踏んだ上で、どうにかして俺を殺そうと。そうなると必然的にとる手段は決まってしまう。エーヴィヒの言った通りになるだろう。
「ああ、畜生。結局赤字かよ」
深く線の刻まれた盾と、穴の空いたブレード、弾薬費。生け捕りに失敗した以上、損害額を埋めるほどの報酬が出るとは思えない。
これなら最初から生け捕りしようと思わず、殺す方向で動いていればよかった。最初からエーヴィヒの一発で仕留めさせれば、こうも損害が出ることもなかったはず。
毎度のことだが、欲を出すと本当、ろくなことにならない。その度に今と同じことを思い、反省するのだが、結局また同じ失敗を繰り返す。人間はなんて学習しない生物なのだろう。
……ともあれ、決着はついたのだ。少々の損害はあれど、最終的には勝ったのだ、生きて終われたのだ。それだけで幸運だったと思おう。そうでなければやってられない。
「脱走したミュータント、及びアースを撃破。こちらの損傷は警備だが、生け捕りは失敗。家で寝てていいか」
通信をつなげる。戦闘終了の報告はしておこう。
『生きているかどうか、確認は』
「するまでもねえよ。胴体を三十ミリ砲弾が直撃して消し飛んだ」
『そうか。残念だ……機体の回収車を向かわせる。ご苦労だった、あとは我々に任せてくれ』
「了解。報酬は減額でもいいから忘れるなよ」
通信を斬り、地面に放り投げた盾を拾い上げてガレージに戻る。短い戦闘だったが、肝は冷えるし赤字に終わるし……やはり、俺は戦いが嫌いだ。やるなら抵抗されない一方的な殺しに限る。できるならそれすらもせず、仕事もせず、だらだらとした毎日を過ごしたい。それに近い生活のできる商人に鞍替えするには、少し長い間スカベンジャーに居すぎた。今から彼らのような生き方をするために勉強をしても、成るには余命数年といったところ。コストに対してリターンを得られる期間があまりに短い。
「結局、今の生き方は代えられんか」
装甲を開いて、軽く飛んで地面に降りる。
「お疲れさまでした」
「ああ……すまんな。借りができた」
「いえいえ。この程度は、住まわせてもらっているお礼の範囲内です。それでも借りと思うのなら、また私を抱いて下さい。結構楽しかったので」
「なら借りとは思わないでおく」
魅力的にも思える提案を軽く流して階段を上る。こいつには、これからもただの同居人で居続けてもらう。一度だけならまだしも、何度も体を重ねれば情が湧く。下手に入れ込んであちら側に引きずり込まれれば、こいつと同じ生き方をさせられる可能性もある。
俺は一度きりの人生で十分。何度も痛みを受けたいと思うような、そんな特殊な性癖はない。
お久しぶりでございます。東京旅行に行く前にもう一度更新するつもりだったのですが、これほど遅くなってしまいました。すまない。
などと言うつもりはない!