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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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94部

 一夜ぶりの我が家。その玄関前、薄く積もった塵の上には新しめの足跡がついていた。入る足跡のみで、出た足跡はない。無料の防犯システムだが、治安の最悪なコロニーでは重宝する。さて、記憶が正しければ、たしか出る前には鍵をかけたはず。しかし、無理にこじあけたような形跡はなく、足跡からも留守をうかがい家の前をうろついたような乱れもない。靴底の模様は見慣れたスカベンジャーのブーツのもの。となると、いつもの奴だろう。

 ドアノブを回し、扉を開いて中に。もう一枚奥の扉を開く前に、エーヴィヒを放り込み、それからドアを閉め、埃の侵入を防いだ。

「誰の足跡でしょうか」

「気にしなくてもいい相手だ」

 防護服とマスクを脱ぎ、壁に掛けて、もう一枚の扉を潜る。そして部屋の真ん中のソファには、予想通りのよく知った相手。お隣さん。部屋に入ったとたんに、銃口が向けられていた。指はトリガーにかけられており、マガジンも刺さっている。安全装置もオフ。部屋の主の顔は、赤い。酔っているようだ。一瞬で視界に入ってきた情報を処理し、危機的状況にあることを認識した瞬間、脊髄反射で伏せる、銃声一発。頭の上を銃弾が掠めていって、冷や汗がだらりと背中を流れ落ち。二射目を打たせてはならないと、伏せた状態から、四肢を床について跳ねるように前進。銃を持った腕にとびかかり、奪い取る。

 ほう、と安堵のため息を吐いたら、獣の持ち主をにらみつける。

「この馬鹿! 丸一晩どこ行ってたのよ!」

 頭の痛いセリフを吐いてくれたので、奪い取った銃のグリップで死なない程度に頭を殴る。目も覚めるだろう。

「痛いじゃない馬鹿!」

 反省してないようなのでもう一発。

「痛いわよ!」

「馬鹿はこっちのセリフだ! 人の家に入り込んで、いきなり発砲する馬鹿がどこにいやがる! しかもてめえ勝手に人の酒飲みやがって! 壁の穴と一緒に弁償してもらうからな!」

 とりあえず言うべきことを言っておく。それから、酔ってるようだから、答えたところで理解できるかどうかはわからないが、質問への返事を。

「どこで何してたか、だったな。無汚染区域の、ご主人様の屋敷で一泊してた。仕事だ」

「心配してたんだからね……」

 痛みで目に涙を浮かべながらアンジーが抱き着いてくる。鬱陶しいので今度は素手で一発。よほど当たり所が悪くなければ死ぬことはないだろう。

「心配してたのは俺の命じゃなく肉だろう」

「ぐすっ……まあね」

 気に入らないのでもう一発。ぎゃん、と蹴り飛ばされた野犬のような悲鳴を上げて、ソファに頭を抱えてうずくまるアンジーは、控えめに言って馬鹿っぽかった。

「肉の心配をするなんて、友人としてどうなんでしょう……」

 今度ばかりはエーヴィヒの意見に同意する。

「いたた……もう、酔いもさめちゃったわ。しょうがないから、その疑問に答えてあげましょう」

 頭をさすりながら、アンジーが語りだす。

「人はいつか死ぬ。その死を恐れるんじゃなくて、娯楽にする。生きるものは死人を食べることで、死を役立てる。それが私の死生観よ」

「死体を勝手に食われるのは複雑だがな」

 自分が死んだあとに、肉を切り取ってバーベキューにされるところを想像すると何とも不快な気分になる。速やかに忘れよう、それが精神衛生上いい。

「そういうあなたは私の死体を売ったのではないですか」

「そりゃ、敗者をどうしようが勝者の自由だろう。命を狙ってきたならなおさらだ」

 あと俺は複雑とは言ったが、するなとは言ってない。死んだあとは意識も何もない肉なのだし、肉をどうするかは見つけた奴が決めること。生前になんと言おうが関係ない。

「ところでアンジー、仕事はどうした。一人だけサボってたら文句言われるぞ」

「私に文句を言える奴なんて今はどこにも居ないわよ」

 ああ。そういえば、とついこの前の事を思い出す。片目を失った日の事。借り物の骨とう品を粉砕された日の事。あの時には大勢の死人が出た。その中にはこいつの部下だっていたはず。自分に部下が居ないからと、あまりに不用意な発言だった。

「……すまんな」

「気にすることでもないわよ。あんただって目玉一つなくしたでしょ? 失ったものは違うけど、何かを奪われたのは一緒でしょう?」

「そうだな。とりあえずお前は五体満足なんだし仕事しろ」

「嫌よ」

「予想通りの返事をありがとう」

 こいつ仕事をしなくても、俺はちゃんとやるべきことをやろう。でないと命にかかわるのだし。それにこの仕事を終わらせさえすれば、治安もよくなって、しばらくの間、望みに望んだ安寧を手に入れられる。一時的な物だとしても、平穏は平穏。尊く、貴い時間。ここ一か月ほどは大忙しだったし、それを手に入れられるためなら、多少傷が痛もうが何をしようが、やるべきことは必ずやり遂げる。手を伸ばせば手に入る位置にもう来ている。

 だが、確実につかめるまで焦ってはいけない。最後の詰めを誤って、待ちに待った自分への褒美を逃してはならない。

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