目覚め(2)
お待たせしますた。
昨日使ったのとは、また別の部屋。一晩泊めてもらった礼と、ベッドをもらうための交渉をするためにご主人様の面を拝みに来たのだが、奴は丁度優雅に朝食を摂っているところだった。
「やあ、おはよう。よく眠れたようだね」
「ああ、おかげさまでな。あのベッドくれ」
「いきなり直球だねぇ……それが人にものを頼む態度かい?」
しまった、ついいつもの癖で敬語を使うのを忘れていた。コイツ相手に敬語を使うのは非常に心苦しいが、ここはひとつ、快適な睡眠のためだ。息を大きく吸って、胸を清浄な酸素で満たし、不快感を血液に溶かして押し込める。それから一息。今度は、溶かした感情を呼気に混ぜて、ため息としてすべて押し流す。目には見えずとも、胸の中に湧き出た膿を絞り出すことができた。
「昨夜使わせていただいたベッドを持ち帰ってもよろしいでしょうか、ご主人様」
間違いない、今のは過去最高の演技だ。これほど丁寧に要求されれば、ご主人様も心を動かされざるを得ないだろう。
「駄目だ」
おお、なんということだろう。あの全身全霊を込めた渾身の演技にもかかわらず却下されてしまっては、いくらなんでもあきらめるしかない。惜しい、実に惜しい。
「大人しく私のものになれば、毎日あのベッドが使えるよ」
「それは遠慮しておく。これからもずっとな」
ベッドは魅力的だが、自分だけ生活の質を上げてしまっては他のスカベンジャーに嫉妬されてしまう。他の連中はみんな全力でゲートの復旧やがれきの処理に尽力している中、俺だけこうして右へ左へと歩いて回って伝言をするだけの簡単な仕事をしているのだ。そんな時に、ベッド一つのためにご主人様の犬になりましたなんて言ったら殺されても文句は言えない。俺が逆の立場なら間違いなくそうする。
あと理由はもう一つ、エーヴィヒと同じ死ねない体にはなりたくない。配下になったからといって必ず『そう』されるとは限らないが、俺はこいつに気に入られているようだし、エーヴィヒも役割を押し付けたがっている。するかしないか、どちらかで言えば、する可能性の方が高い。
「残念だよ」
「そう言ってくれてうれしいよ」
「本当に残念だ。ところで朝食はいいのかな?」
「こっちの味を覚えたら、帰れなくなっちまうからな。それも遠慮させてもらう」
合成食糧ではない、農場から収穫したままの自然食品。見ているだけで、空の胃袋が収縮して空腹を訴える。本能は断るなと命じるが、心は断れと命じる。体は、本能の味方。だが、やめておく。皿の上に盛られた、野菜はともかく、肉に忌避感を抱いたからだ。
「こっちからも質問だ。その肉は、何の肉だ」
壁の内側に野生動物が居る様子はなかった。家畜も同じく。では何の肉かと考えたら、答えは一つだ。
「君の思っている通りだよ」
「……」
答えを聞いたとたん、めまいはしないまでも、名状しがたい感覚に陥る。俺の周りには人食いしかいないのか。ひょっとして人食いじゃない俺がおかしいのか。
「大丈夫です、本来ならあなたが普通の側です」
「本来なら、なぁ……」
本来という言葉が、一体いつを基準にして使われているのか。今のこの世界か、それとも風船がはじける前の、遠い過去か。どちらかによって意味合いが変わってくるが。まあいい。
「一晩世話になった。感謝する」
「ああ、また会おう」
「おう、さよなら」
後ろを向いて、手だけひらひらと回す。また会おうと言われて、できれば会いたくないという思いを込めて言葉を返す。
屋敷の外に出る前にガスマスクを被り、グローブを嵌めて。気分をホテルから毒ガス溢れる危険地帯に切り替える。
マスクのレンズが綺麗になっていると、視界も良好。片方はつぶれて見えないが、それさえ除けば一泊してよかったと思える。
そして、そのクリアになった視界から見る空は今日もスモッグで覆われている。こちら側はまだ太陽が見えるだけマシな方。壁の向こうに戻れば、太陽など風の強い日にしか見えやしない。
「帰りたくねえなぁ」
ずっとこの清浄な空気の中で過ごしたい。ガスマスクもせず、道を歩いているだけで命の危機にさらされることもない、平和で、清潔な空間。
「こちら側に来ればいいじゃないですか」
「それはもっと嫌でな。ま、気が変わるまでのしばらくは糞みたいな自宅で我慢するさ」
糞みたいな我が家でも、住めば都。それに、もっと汚染の深刻な場所に居を構えるゴミ達も居る。俺たちスカベンジャーは、まだ恵まれた方だ。上から見ればどちらもひどい事には変わりないが。
壁に向かって歩き続け、エーヴィヒに扉を開いてもらう。マスクのフィルター越しにも香る、懐かしい臭い。一歩、二歩、三歩と進んで、完全に領域を入れ替える。清浄な無汚染区域から、汚濁した汚染区域に。こちらこそが、俺の住処。不快だが、慣れ親しんだ環境だ。
むしろ、安心する。安心はするが、警戒は厳に。拳銃を抜き、いつどこから狂人が飛び出てきても対処できるように用意。
「じゃあ、エーヴィヒ。左は見といてくれよ」
「信用していただけるのですか?」
「安心しろ。何かしようとしたらすぐにお前の頭を吹っ飛ばしてやる」
「相変わらずですね。いつになったら信用してもらえるんでしょうか」
「信用してもらいたいなら、俺が死ぬまで何もしない事だ」
俺が死ぬまであと何年か。いやひょっとすると一年も経たずに死ぬかもしれない。まあ、その時まで何もしなければ信用してやってもいいだろう。その時には、信じても、信じなくても死ぬのだし。
世の中は今日からゴールデンウィークですね。私は悲しいことに、ゴールデンウィークも仕事なので、更新速度が速まったりしません。
FGOや、積みゲー、積み本、新作の設定等々やることはいっぱいなので。




