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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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お話し

お待たせしました

 服を脱いで、無防備な体一つでシャワールームに入る。ここがガス室なら、今日で俺の命もお終いだが、どうだろう。部屋に入って、扉を閉める。鍵が勝手にかかったりはせずに、自由に開閉する。心配は杞憂だったらしい。

 シミ一つすら見つからないタイルに壁。銀色に輝くシャワーノズル。血痕などは見当たらない……いい加減、少しはエーヴィヒの事を信用してやるべきだろうか。殺す気はないと本人は言っていたし、行動も発言と乖離していない。一か月以上時間を共にしてるが、ご主人様からの命令さえなければ少し変わった事情のあるだけの、ただのガキなのだし。ただのガキ相手に怯えるのも馬鹿らしい。

 ご主人様に会うためにも、さっさと水を浴びて汚れを落とそう。蛇口をひねり、出てくる水に備えて目を閉じる。

「あっつ!?」

 しかし出てきたのは水ではなく熱いお湯。やけどするほどではなかったが、普段水しか浴びていない俺にを驚かせ、叫ばせるには十分な温度だった。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

 壁一枚を隔てて隣にある、もう一つのシャワールームにまで聞こえていたらしい。我ながらひどい失態だ。しかしそれも仕方のないことだ、下じゃシャワーから出るものと言えば水で、湯が出るなんてまず考えられない事だ。だから驚くのも仕方がない。

 気を取り直して、湯の温度を調節して流れる湯に手を伸ばす。今度はちょうどいい温度。頭に湯をかけて髪を濡らし、石鹸を手に取って泡立てて、頭を洗う。最近あまりシャワーを浴びてなかったせいか汚れがひどく、泡は立ちにくいし体を伝って足元に流れる泡は黒に近い灰色だし。コロニーの空気の汚れを改めて実感する。

 それから全身を洗い、外にかけてあったタオルで体の水気をふき取る。このタオルも、いつも使っている古雑巾のようなタオルとは違い、真っ白で柔らか。おまけにとてもよく水を吸う。さて、ここで一つ重大な事実に気付く。

「……服が」

 籠に入れたはずの衣服がない。体を清潔にしたのだから、服も同じく清潔にしなければならないというのは道理か。とすると、この真っ白なのを着ればいいのか。

 やわらかい生地だ。少し力を入れれば簡単に引き裂けそう。

「早いですね。もう出たんですか」

「いつもこんなもん……」

 エーヴィヒが髪を拭きながら出てきたが、彼女は服を一切着ておらず、その真っ白な肢体に滴る水滴が輝いて。わずかに膨らんだ胸。すらりと伸びる、汚れのない雪のような両足。本当に、体だけは、美しい。中身がどれだけ汚れていようとも。ほう、と感心の息を漏らす。俺の視線に気づいても隠そうとはせず、羞恥を感じていないかのように正面から受け入れる。

「服を着ろ」

「そのつもりです」

 まだ水気の残る髪を拭きながら、彼女が服を着るところをゆっくりと観察する。他にすることもないのだし、文句も言わない。なら別にいいだろう。

「ところで、俺の銃とナイフはどこだ?」

「服と一緒に洗浄中です」

「……そうか」

 文句の一つでも言ってやりたいが、言ったところで返ってくるわけでもなし。

「あなたも、まともな服を着ればそれなりによく見えますね」

「ああ。そりゃどうも」

 嫌味と取るか称賛と取るかで反応に困ったので、適当に誤魔化して返事をしておく。

「準備ができました。お待たせして申し訳ありません、行きましょう」

「ああ、行こう」

 できればもう少し見ていたかったが、仕方ない。待たせるのも悪いし、行くとしよう。

 頼めばまた見せてくれるだろうが、自分から頼む気にはならないので、今回の幸運に感謝して、記憶に残しておこう。


シャワールームを出て、再び大理石の床を踏んで歩く。今度は白い床を汚すことはなく、通った後に足跡は残らない。あきれるほど長い廊下の果てにたどり着くと、今度は門、あるいは壁と見間違うほど大きな扉が。ご主人様の自己顕示欲の強さがうかがえる。

 エーヴィヒが扉をノック。そのあとこちらを向いて頷き、扉を開いた。

 部屋の中へ入ると、まず芳しい香りが鼻をくすぐる。嗅ぎ慣れないが、不快ではない。中心に置かれた大きなソファでくつろぐご主人様は、視界に入るだけで不快だが。

 しかし快適な空間だ。一度ここでの生活を味わったら、もう二度と下に戻ろうという気にはならないだろう。プライドを捨てればここでの生活が手に入る、そう思うと天秤が揺れるが、今まで虐げられてきたことも加味すればまた動かなくなる。

「ようこそクロード君。自分からここに来たということは、私に下に着く気になったということかな?」

「残念ながらそうじゃないし、この先も永遠にあり得ないから落胆しろ」

「じゃあ今日は何をしに来たのかな」

 許可を得もせずにご主人様の対面上のソファに座る。まるで包み込まれるような柔らかさだ。これはいい、ぜひ持って帰りたい。

「コロニーに居座っているクソ共についてだ。奴らが暴れる様子はないし、スカベンジャーの仕事の一部を監視付きで任せたい。ゲートの修復に手を取られて治安の維持が疎かになってる」

「許可できないな。ただの移民ならまだしも、彼らは侵略者だ。信用するのは危険だろう。人手が足りないなら監視も不十分になるし、今のまま一か所に纏めておくべきだ」

「もう決まったことだ。頭は勝手にやる。反対するのは勝手だが問題を解決する別の手段を提示しないと無意味だぞ。治安の回復は急務だからな」

 優先順位はゲートの修復と同程度。自分の生命に直結する問題だから、俺の中では以上か。

「エーヴィヒの同時起動数を増やして警備に当てる。それではどうかな」

「あれは一応貴重な戦力だ。戦闘以外で消費するのはもったいないだろう。戦争が起きる可能性もあるんだし。それなら、ただ飯を食ってる連中を当てるのがいいんじゃないか」

「治安維持は極めて重要な仕事だ。よそ者に任せることに反対するのは当然ではないかな」

「いつまでも働かないやつに飯を食わせてる余裕はない」

「なら殺せばいい」

「できるならとっくにやってる。今コロニーは先の戦争で人も兵器も不足してるんだ。準備もできてないのに下手な事して全面戦争になったら、蹂躙されるだけだぞ」

「兵器なら私が貸し出そう。人は……そうだ。一つ私にいい案がある。人手不足と、治安の維持を同時に解消できる案だ」

 そんなにうまい話があるとは思えない、と自分の聞き間違いを疑ったが、ご主人様の楽しそうな顔を見るとそうではないと気付く。

「どんな案か聞かせてもらおうか」

「君たちの言うところの、ごみたちを捕まえて私のところへ持ってきてくれたら、処置して兵隊として使えるようにしてあげよう。食費は君たちに負担してもらうことになるが、必要なコストだ。我慢してくれ」

 処置して兵隊にか。洗脳でもするのか。そんな便利な機械があるなら、もっと積極的に使えば……と思ったところで嫌な予感がし、首を回して死角に居るエーヴィヒを探す。視界に入ると、怪しげな注射器を持っていたので叩き落す。

「気付かれましたか」

「勘の良さだけが自慢でな」

 何をしようとしていたのかは知らんが、懲りない奴らだ。俺の人生、こいつらのせいで何度ため息が出たことだろうか。どうしてこいつらは俺をここまで執拗に狙うのか。理由はわからないし、聞いたところで理解できるとも思えないが、いい機会だ。俺には知る権利がある。

「お前らはどうしてこうも俺を気に入ってるんだ」

「暇つぶしだよ。長い間頂点に君臨していると、かみつく気概のある人間もいなくなってしまってね。何もかも思い通りになっていたのに、そうならない相手がいると面白いんだよ」

「その割に殺そうとしたり、勧誘しようとしたり。ころころ態度が変わるじゃないか」

「混乱するところを見るのも楽しいのさ」

「ひどい性格だな……話を戻すか。ごみを連れてくるのはいいが、居候を殺すわけにはいかない。ただ飯を食わせ続ける気もない。だから、連中にゴミ共を捕らえさせて、俺たちスカベンジャーに引き渡し、それをここに持ってくる。それでどうだ」

「ううん。ダメと言いたいが。楽しませてもらっている礼に特別に許そう。今回だけね。これからも私を楽しませておくれ。でないと殺してしまうから」

「ずっと殺そうとしているくせによく言うぜ」

 しかし、このご主人様は随分と余裕だ。目の前に迫った危機はいったん退けたが、まだ次がある。次があるのにこの余裕。まだ何か隠し玉でもあるのか、事態を楽観視しているのか。あるいはただの強がりか……何を考えているのやら。それとも何も考えていないのか。

 悩むのは俺の仕事じゃない。俺の仕事は内外の敵を叩き潰すこと。考えるのは頭や腹の仕事。錆の浮かんだ思考パターンから導き出された答えは、今までに何度も自問して出たものと全く変わらない。

 最近の俺は頭を働かせすぎだ。非常事態だから仕方ないといえばそうだが、丸一週間ほど家に引きこもって酒を造って飲んで寝ての生活を送ってみたいものだ。

「話もついたし、服とマスクを返してくれ。家に帰る」

「今洗っている。少しゆっくりしていきなさい」

「安心できる場所なら喜んでそうしたんだがな。帰らせろ」

「美女との会話を楽しもうとは?」

 見てくれが良くて性格もよければ楽しめるんだが、性格が最悪ならそれは無理だ。見た目だけで楽しめるのは写真だけだな。

「女より安全のほうが優先だ」

「そうか、私は信用がないのだね」

 心底うんざりする。残念そうに見えるのも演技だろう。このクソは自分のやってきたことを忘れてるのか。それとも覚えていて話をしているのか。

「君の思惑はどうあれ、私と話す以外の選択肢はない」

 ご主人様がパンと一度手をたたくと同時に、がちゃりと鍵の閉まる音が。まさか閉じ込められたか。そうなのだろう、こいつの性格からして、そうでないとは考えられない。

「さあ、会話を使用」

「……OK、仕方ない」

 不本意だが、こいつの遊びに付き合わなければ家には帰れない。なら、そうするしかないのだろう。いつもいつもこんな展開ばかり。たまには俺にも選択権を握らせてほしい。

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