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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第一章 新たな日常
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新品 ※2014/09/04新規投稿

本当は『熊』の前にこの話が来るはずだったのですが、こちらのミスで『熊』を先に投稿していました。大変申し訳ありません。

 アースを取りに行くと言って出て行った老婆を待ち、もう一時間ほどが経つ。しかしその間本を読むでもなく何かを見るわけでもなく、ただ空気清浄機の稼動音と、時計の針が時間を刻む音だけが鳴る部屋で無心で待つだけ。正直退屈で退屈でたまらない。しかしそれでも部屋から出ることはできないので、やはりジッと部屋で待つしか無い。待たせるのなら本の一冊でも用意しておいてもらいたいものだ。


「こっち、こっち。危ない、そこ当たりますよ注意して」


 何度目かになる考えが頭に浮かんできたところで、ようやく老婆の声がアースらしき足音と一緒に聞こえてきた。そして出て行った扉から、現行の量産品とはかけ離れた容姿、きれいな流線型の装甲を持ち、私の乗ってきた機体についていた武装を装備したアースを引き連れて入ってきた。


「すみません、お待たせしました」


 アースと並んで老婆が立ち、その正面装甲が開いて中から人が降りてくる。中から降りた人間はこちらに一礼して、そのまま入ってきたドアから出て行った。


「いいや、全然待ってない。待ってないとも。退屈でもなかったし」


 一時間といえば短いように感じるが、何もしていない状態で感じる一時間はとてつもなく長い。せめて本の一冊でもあれば、と思ったのを皮肉に込めて返してやった。まあ、寝てればよかったのかもしれないがそれでも言わずには居られなかった。少し空気が悪くなるのも覚悟の上。退屈な時間というのはそれほどまでに苦痛なのだ。


「……それは大変、申し訳ありませんでした」

「全然気にしてないからいいんだよ。それより、そのアースが例の骨董品か?」


 老婆の横を通り近寄って触れてみるが、黒く塗装された装甲の表面には傷ひとつ無い。それどころか触れた所に指紋がついた。やけに綺麗だが、作業用には使ってなかったのだろうか。それとも戦前の技術で傷がつかない、汚れもつかないようにコーティングされているのか。

 まあそんなことは二の次でいい、問題は装甲と機動力。表面を軽く叩いてみるが、中身のキッチリ詰まってる音がする。どうも稀にあるフレームにペラッペラのアルミ板を貼り付けただけというのはなさそう。しっかりつや消しもしてあるところを見ると、観賞用や競技用ではなく、ちゃんと軍が使っていたものなようだ。傷がないのは、使う前に乗り込む人間が皆死んでしまったからだろうか。



「ええ、さっき見てくださったとおりきちんと動きます。これで文句はないですよね」

「もちろん。動くだけでよかったのに、こうも状態がいいとは思わなかった。文句なしだ」

「これでアースを壊した件は帳消しです。そっちは、傷をつけるなとはいいませんから、ちゃんと壊さず返してくださいよ」 

「……善処する」


 開いた前面装甲に手をかけて、足から乗り込む。身体を機体の中に収めたら手を離して、袖を通すように機体の腕部に腕を差し込む。それがスイッチとなってアースが起動し、装甲が閉じてモーターが作動し始める。

 油をキッチリさしてあるのと、ギアの質がいいのか音は前に乗っていたものよりもずっと小さい。試しに武器を持った手を動かしてみるが、重いものを持っているのにまるでそれがなんでもないかのようになんともスムーズに動いてくれる。まだ戦闘に使っていないので機体の全てを知ったわけではないが、その性能のほんの一欠片だけでもわかる。これは、いいものだ。


「しかし、こんな良い物を骨董品なんて言ってすまない」

「骨董品とは『価値のある古物』という意味ですから。間違ってはいません」

「なるほど。悪い意味だけじゃないんだな」


 今までは骨董品イコール古いもの、イコールぼろくて使いものにならないものと考えていたが、ならこの老婆も骨董品と呼べるか。長生きしている人間の知識は、金に換えられないほど価値のあるものだ。価値のある古物という意味なら合っているだろう。


「ですが、私のことを骨董品と呼んだら怒りますよ」


 穏やかな笑みを絶やさずに、声にだけは怒りを露わにするという器用な真似をする老婆。人の考えをこうも簡単に読むとは、これも人生経験の差なのだろうか。頭といいこのババアと言い、やはり老人は侮れない。


「身体は老いても心は若いって?」

「そう。身体は老いても心は若く。それこそが長生きの秘訣ですから。年寄り扱いはしないでもらいたいです」

「……そうか」


 うちの頭もコロニー内では『比較的』長生きだが。もしかするとこの老婆と同じ考えをしているのだろうか。まあ、それはもういいか。ガキを届ける用事は済んで、帰るための足も手に入れた。もうここに留まる理由もなくなった。世間話もいいが、暗くなる前にコロニーに戻らないとマズイ。


「それじゃ足ももらったし、もう帰らせてもらっていいか」

「もう少しゆっくりしていっても構いませんよ」


 一応引き止めるのは礼儀というやつか。この世界で礼儀を重んじる人間は今俺が乗ってる骨董品と同じくらい少ない。俺もその数少ない人間の一人というのは、言うまでもないことだ。


「気持ちだけもらっとく。じゃあ、世話になった」

「いえいえ、こちらも恩がありますからこのくらいは当然です。また機会があればいらしてください。歓迎しますよ」

「……」


 コロニーに無事帰れたら、二度と寄らなくていいように頭に頼みこんでみよう。今日みたいにいきなりアースがぶっ壊れるなんてことはそう滅多に起こるもんじゃないだろうが、二度目がある可能性もゼロじゃない。こんなこと、二度とはゴメンだ。


「んじゃ失礼」


 ドアを押し開いて、廊下に出る。目の前のモニターに大気汚染の警告文字が現れるが、そんなもの今に始まったことじゃないので無視する。きっと戦前の大気の状態を基準にしているのだろうが、外に出ればもっとひどいのだ。そうなるとモニターがひどいことになるだろうから、音声操作で何種類かの警告を残して、あとは全部切っておく。

 廊下を進み、外へ出る。空を見上げると、珍しく雲が晴れて太陽が見えていた。あれは今後の私の未来を暗示している、と思いたい。視線を下げて前を見る。残念ながら見送りはないようで、視界に入るのは頼りない門を守る、アサルトライフルを背負ったこれまた頼りない門番が一人だけ。ガシガシと音を立てながら、門へと歩いて行く。ある程度近づくと音に気づいた門番が、視線を外からこちらに向け声をだす。

 

「おう、もう行くのか?」

「早く帰らないと上司にどやされるからな。門を開けてくれ」

「はいはい。今開けるよ……ん、んんっ!」


 ぐるぐると、門の見張り台の上でクランクを回し始める見張り。空気清浄機を動かすための電力を生み出せるんだから、門を動かすくらいこんなローテクじゃなく電気を使えばいいのに……いや、生み出せる電気も無限じゃないから、節約できるところは節約するのか。コロニーじゃ電気に困ることは発電所のメンテの時以外にないから、そういう考えに至らなかった。

 少しの間立ちぼうけで待っていると、門がアース一機通れる程度開いたところで止まった。


「よーし、開いたぞ……さあ通れ」

「ありがとう」

「どういたしまして。じゃあな。またのお越しを、色男。帰路の無事を祈ってる」

「二度と来たくねえよ」


 来る可能性はあるかもしれないが、できれば来たくない。もう二度と。


「じゃあな色男」


 門から出ていきながら、振り返らず片手だけを揚げて別れを告げる。もし次来る事があったとしても、俺はあの男の事を覚えているだろうか。きっと忘れてる。きっと相手もそうだろう。毎日が忙しくて、一回しか会ったことのない人間の顔なんてとてもじゃないが覚えていられないさ。


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