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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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図書館

待 た せ た な

 このコロニーの図書館は、戦前の姿がほとんどそのまま残る建物。その蔵書の多くも戦争の炎に焼かれることなく残っている、貴重なものだ。そしてこの時代において、読書以外で娯楽というものが食うか寝るかヤルかしか存在しないため、文字の読める人間の多くはこの図書館へやってくる。文字だけでなく、絵のついた本もないことはないが、全体からすればごく一部。まともに読める状態のものはさらに減る。

「あっ」

 本棚に詰まった本の背表紙に手をかけて、引っ張り出そうと力を入れた瞬間に、ビリっといった。このように日々無事な本は減っていく。この図書館の本で無事な本といえば、一体どれほど残っているのだろう。よく読まれる本ほどすぐにボロボロになっていくから、読まれない本は比較的損傷が少ない。ただそういった本は小難しかったりつまらなかったりと、読まれないなりの理由があるので、俺も読む気にはならない。

 背表紙の一部が破れた本を持って椅子に座り、ページを開く。目に飛び込んでくるのは文字の羅列。読むべき順番に文字を追う。面白くはないが、つまらなくもない。暇つぶしにはもってこい。

「何の本を読んでいるのですか」

「エロ本」

 より詳しく言えば官能小説というものだが。まあ、性欲処理が目当てではない。ただの文字の羅列に、どうしてこうも興奮をあおるのかが不思議でならなくて、それを理解するためにこうして足しげく図書館へ通っているのだ。いろいろとあったせいで、しばらく来られなかったが。

「性欲の処理なら、私がお手伝いしますよ」

 耳元で艶っぽい声で囁かれるが、気は乗らない。俺にとってこいつは敵でないだけ、味方というには信用のおけない奴。何度も言ってきたことだが、そんなやつを抱く気にはなれない。

「それが目的じゃない……お前も俺にかまわず、何か読んでろ」

 パラり、とページを捲る。

「くそ、破られてやがる」 

 シーンも盛り上がって、さあクライマックスというところ。なんと肝心な部分のページが破られてしまっていた。貴重な本だというのに、よくもこんな雑な扱いをできるものだ。犯人を見つけたらぶち殺してやる。絶対にだ。

「……ところで、この図書館はいつもこれほど人がいないんですか?」

「大体いつもこうだ。工場勤務の連中は字を読める奴は少ないし、スカベンジャーはいつも忙しい。一人でうろついても大丈夫だ」

「そうですか。おすすめの本は?」

「ふぅ……どういうのが読みたい」

 栞を挟み、パタン、と本を閉じる。文字を読むたびに、無いはずの眼球を動かそうと、目の筋肉が動くのがひどく気持ち悪くなってきたので、そろそろ休憩しようという考え。あとは、エーヴィヒが本に夢中になってくれれば、家でこいつの相手をする時間が減るからいいというのもある。

「そうですね、恋愛物はありますか?」

 恋愛物ときたか。あまり興味はないが、一応ある場所は控えてある。

「F棚の奥、一番上の段」

 錆びたパイプ椅子にもたれかかり、記憶の中からその本がある場所を指さす。興味はないが、案外よく覚えているものだ。

「私の背では届かないと思います」

「だから?」

「取ってきてください」

「椅子があるだろう」

 まだ歩くたびに傷が痛む、できるだけ歩きたくない。

「取ってきてくれないのなら、実力行使します」

「どうするんだ」

「残る片方の目をえぐります」

 物騒なことをいつもと変わらぬ無表情で言われると、どうも本気で言っているように思えてしまう。まさか、貴重な戦力をこんなくだらないことで壊しはしないとは思うが、万が一本気だったら困る。完全な盲目になってはかなわないので仕方なく本を置き、席を立って件の本棚へ向かう。

「それで、どれを読む」

「右から五冊目を」

「はいよ」

 こんな時代だと誰も恋愛ものの本を読まないのか、よく読まれる本と違って状態はそれなりに良い。ページをパラパラと捲っても落丁はないようなので、エンジェルに渡す。

 彼女は本を受け取る、愛おしそうに抱きしめて、少しの間だけ微笑み、

「懐かしいですね」

 謎の一言を発し、機嫌よさそうな足取りで席に戻って本を読み始める。懐かしい、とは。昔ここに来たことがあるのだろうか。彼女は俺が生まれるよりも昔から活動しているのだし、来たことがあっても不思議ではないが。

「懐かしいついでに、昔話でもしましょうか」

「何がついでだ」

 俺も席に座り、閉じていた本を開く。ここではエーヴィヒと俺と二人きり。外から入ってくる工場の音以外、何も聞こえない。

 そんな中での言葉は、よく響く。

「ちょっとした身の上話です。つまらないかもしれませんが、聞いてみますか」

「今読んでる本よりつまらないなら話さなくていい」

「では話させてもらいます」

 俺が言ったことを聞いて、その返事にYESと答えた。ということは、面白さに自信があるのだろうか。少しだけ興味が湧いてきた。この本よりも面白い話なら、集中して聞く価値があるだろうと本を置く。

「第三次世界大戦が始まる前。あなた方にとって聞きなれた言葉を使うなら、風船がはじける前ですね。お金持ちの方々は、それよりもさらに昔から考えられていた、不老不死という夢を実現するため、ドイツという国に研究所を作りました」

 不老不死、人類の永遠の夢。今読んでいる本のタイトルがまさにそれだった。奇妙な偶然だ。

「それで」

「莫大な資金を投じ、様々なアプローチで不老不死を実現しようとしましたが、完全な不老不死が完成することはなく、そのまま時間は過ぎ、時代が変わり、世界は今のような形になってしまいました」

「……不老不死が完成してないと言ったな。お前はどうなんだ。戦前から生きているのに体は幼いまま。殺しても別の体に入って生き返る」

 完全な不老不死。そう呼べそうな気がするが。

「私は不完全ですよ。バックアップ方式の不老不死のサンプル。私が死んで、起き上がった次の私は、記憶と人格を受け継いだ私によく似た別人なんです」

 よくわからないな。スープを同じ形の皿に移しても、中身は変わらないだろう。移されたスープも、移される前のスープも、同じ物ではないのか。

「加えて言えば、オリジナルの私は金髪碧眼でした」

「今は白髪に赤目だな」

「はい。クローンを作り、脳に蓄積された情報を移すのはいいのですが、スペアを何百体も作ればさすがに遺伝子情報がオリジナルよりも劣化します。あとは、スペアを生産する施設。スペアに情報を移す施設。それが機能を停止すれば、私は死にます。研究名から名を取って、エーヴィヒ(永遠)と名乗っていますが、永遠ではありませんね」

「難しいことはわからんし、今後敵対しないならどうでもいい」

 要はその装置をぶち壊せば、こいつが復活することがなくなるってこと。再び敵になるのなら、この話は有効活用させてもらおう。

「あなたは私のようになりたいですか」

「毎日飯食って寝るだけの生活はあこがれるな」

「死んでも生き返るのは」

「あこがれない」

 過去の人類が不老不死を求めても、俺はそんなものは求めない。コロニーの中はスモッグで覆われて、外は見渡す限り汚染された荒野しかないこの時代で、何度も死んでまで生き続けることに魅力なんて砂粒一つ分も感じない。昔みたいに生きている間に消化しきれないほどの娯楽にあふれた世界なら、答えは変わったかもしれないが。

「そうですか。もし気が変わったら言ってください。私の席をいつでもお譲りします」

「仕事を押し付けようって魂胆だったのか。そんなもんなおさら御免だ」

 自分で苦しいと言ってた仕事を他人に押し付けようとするなんて、根の腐った恐ろしいクソガキだ。さすが長く生きてるだけある。俺はいくら自分の仕事が嫌でも、誰かに押し付けたりはしない。

「おい、お二人さん。そろそろ閉館の時間だ」

 くだらない話が終わった頃を見計らって、図書館の管理を任されている中年女性が声をかけてきた。名前は知らん。

「本二冊、借りてくぞ」

「はいよ。読んだら返せよ」

「死んだら家まで取りに来てくれ」

「めんどくせえよ」

 借りる本の番号と自分の氏名を入力したら、エーヴィヒから本を奪い荷物入れに放り込んで、ガスマスクをつけ外に出る準備。読み終わる時に生きていれば、返しにこよう。

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