会話
大変遅くなりました。申し訳ございません。
招かれざる客達がこのコロニーにやって来てからというもの、俺の日常はまたしても大きく変わった……かというとそうでもない。監視する場所が道路の端のイスから、狭い装甲車の中に。監視する対象が、道を行き来する往来から車内で蠢くむさ苦しい男達に。仕事する場所と、相手が変わっただけで、そこまで大きな変化ではない。おまけにこのお客様方は予想していたよりもずっとおとなしい。喧嘩もしないし、外に出て暴れるということもない。言動はとてもお上品とは言えないが、そのほとんどが上司への悪口、労働環境への不満と、なかなか親近感を強くさせる物ばかりで、彼らへの嫌悪は殺しあった時よりは薄れている。
それでも、おとなしすぎて暇だ。もちろん暴れて欲しい訳ではない。暇なのも忙しいよりは遥かにいい。こうして報告するまでもないくだらない話を右から左に聞き流しているだけで金がもらえるのだから、むしろ以前よりもずっと良い環境にいるのではないかと思うほどだ。そう考えれば、多くの同胞をぶち殺してくれた事も、片目を潰された事も、まとめて許せるような気がしないでもない。それどころか俺自身も相手の同胞を大勢殺したのだし、むしろ帳消しにしてやるべきではないだろうか。
「なあ、お前もそうなんだろう?」
「ん?」
思考にふけっていると、不意に声をかけられた。どうやらいくつか話を拾い損ねたらしく、記憶の中には自分に関係するような話は見当たらない。答えられず、呆けた顔を晒すだけ。
「すまん、話を聞いてなかった」
微塵も悪いとは思っていないが、一応文頭に謝罪を一言置いてから、素直に聞いてなかった事を伝える。さすがにこの程度で怒ったりしないだろう。
「……お前も大変だなって話だ。片目がないのに仕事を押し付けられてよ」
「何もせず座ってるだけでいいから楽だぞ。お前らが大人しくしてくれている内はな」
相手が何を考えているのかはわからないが、今のところ暴れたり何か企んだりしている様子はない。とはいえ、最低限注意は払っておく。こちらは片目で、相手は五体満足の大人が大勢。襲われてはひとたまりもないのだし。一応拳銃は持っているが、マガジンに弾は八発しか入っていない。一人一発としても足りない。リロードの時間は無い。そもそも片目で対応できるのかと。
「大変なのは俺達だけか」
「帰ってくれてもいいんだぞ」
そんなことはできないとわかっていて、あえて言ってやる。帰れと言って帰るのなら、一体このコロニーに何をしに来たんだと。
「行け、と命令されたんだ。今度は帰って来いと命令されるまでは帰れない」
「その命令が出るのはいつになる」
「わからん。俺達もこのコロニーで何をすれば良いのか聞かされてないしな」
……本当に、何をしに来たんだこいつら。略奪するでもなく、制圧するでもなく。ただ武装を持ってここに居るだけ。観光目的なら死都へ行けばいいだろうに。それとも、ただ居候しに来たのか。タダ飯食いを養っていけるほどコロニーの食糧事情に余裕はないので、是非とも遠慮してもらいたい。出て行かないなら何か仕事を押し付けようか。丁度、先の戦争とこいつらのおかげで人が減っている。その後始末をやらせるのも悪い案ではないはずだ。
「女抱きてえなぁ……」
全く緊張感のないつぶやきが耳に入る。こいつらは余程暇らしい。
「誰か女連れて来てくれ。後ろが女女ってうるさいんだ」
「断る。タダ働きは嫌いでな」
何か対価が無ければ頼みごとを聞いてやる気はない。親しい友人や、良い関係を保つことで自分に利益をもたらすような相手であれば考えないこともないが、こいつらはそのどちらでもない。なら親切にしてやる理由もない。
「頼みを聞いてくれたら、今後大人しくする」
「口約束じゃあな。言うだけならタダだろう。アースを一機よこせ、そうすれば女ひとり連れて来てやる。その女は好きにしていい、何なら殺しても」
「……ジーン! 聞いたか?」
「見た目にもよるなぁ……機体と交換となると、余程いい女でないと釣り合いが……」
女に飢えていても、即決するほど馬鹿じゃないらしい。
「安心しろ。見た目は文句無しにいい」
見た目は、だが。あいつも今まで散々な目に遭っているし、それが一度増えたくらいどうってことはないだろう。それで敵の戦力を削ることができるなら喜んで体を提供してくれるはずだ。してくれなくても突き出すが。
「どうするかは実際に見てから決めろ。すぐに連れてくるから」
腰に下げていたガスマスクを付けて、顔に隙間ができないよう密着させる。汗臭いような、油臭いような、そんな不快な空気がシャットアウトされる代わりに息苦しさが追加される。それをこらえて装甲車のドアを開き、丁度すぐ外に居たエーヴィヒの腕を掴んで引きずり込む。探す手間が省けた。
「一体何ですか」
「キツイ仕事を押し付ける」。悪いな」
耳打ちしてからガスマスクを剥いで、その可愛らしい素顔を女に飢えた男どもの目にふれさせる。どよめき、小さな歓声が上がり、空気が変わる。飢えた動物の前に美味しそうな肉をぶら下げているのだから、こうもなる。早くも伸びてきた手をはたき落として睨みつけると、素直に引き下がってくれた。タダで食わせる肉はない。
さて。果たして、こいつらにとってエーヴィヒはアース一機と交換するだけの価値はあるのだろうか。
「品を渡すのは、料金をもらってからだ」
「……うむぅ」
ジーンと呼ばれた男は、しばらく腕を組んで悩み込む。のんびり答えを待っている間にも、他の獣の視線がエーヴィヒにまとわりついている。しかも段々その視線に熱が篭ってくるし。ここらで一度外に出そう。
「襲われる前に外に出てろ」
「襲わせるために連れ込んだのによく言いますね」
反論のしようがないほどにそのとおりだ。しかし何度も言うように、タダ飯食いは許さない。だからこそ逃がすのだ。
「ですが、お言葉に甘えて失礼します」
ガスマスクを付け直し、入り口からそのまま外へ。彼女が居なくなってすぐに聞こえ始める落胆の吐息。エーヴィヒに向けられていた視線が熱を失い、そのままジーンという男を批難する視線に変わる。おかげで車内の空気は最悪、まるで弾ける寸前の風船だ。このまま放っておけば限界を超えてすぐ弾けそうだと、俺もエーヴィヒの後を追って車外に出て行く。装甲車のドアを閉じた直後、車内で乱闘でも始まったのか車体が小刻みに揺れ始める。
内輪もめ、大いに結構。思い通りの展開ではないが、怪我の一つでもしてくれればその分戦力も落ちる。仲が悪くなって、最悪分裂してくれれば、こちら側に引き込むというのもアリだろう。なんにせよ結果オーライ。
一人マスクの下で満足していると、エーヴィヒがよってきた。
「ひどい人ですね、あなたは」
表情は分からないが、声で不機嫌だというのはわかる。
「お前を売ろうとしたことか? 俺だって善人じゃないんだ、咎めても無駄だぞ」
こいつを売ることに躊躇がない理由は三つ。自分の利益、その次にコロニーの利益になる事ならなんだってするのがまず一つ。こいつが二度ほど俺の命を狙ってきたのが二つ。そして死んでも生き返るというのが三つ。減るものじゃないなら売り渡すのに迷う事もない。
何か車内から悲鳴が聞こえ始めたが、気にしない。




