脅迫
目が覚めて、顔を洗って歯を磨いて、髭を剃って、飯を食った。全くもっていつも通りの朝。そこにエーヴィヒが加わっても、今となってはいつも通りだ。
「今日の予定は覚えてるな」
「はい。冷蔵庫を買いに行くんでしたよね」
結構。それだけ確認を済ませたら、地下のガレージに降りていく。アースを起動する前にエーヴィヒにマスクを放り投げて付けさせる。この前のように咳き込まれてはかなわない。
一応軽いチェックを済ませたらアースに乗り込んで起動して、そのまま外へ。
カメラ越しに見るコロニーの天気は今日も変わらない。スモッグで空が覆われている曇り模様。光が拡散して目には優しいが身体には悪い明るさに包まれている。その中に、工場の稼働音が混ざっていて実にいつも通り。二週間前の事件がまるで夢だったかのようだ。
ぼんやりとした明るさのコロニーをアースに乗って進んでいく。僅かに反応の遅れがあるが、これが普通。ご主人様が寄越した機体や骨董品の性能が高すぎるだけ。これからは多分こっちをメインに使っていくのだから、早く慣れなければ。いつまでも性能のいい方の感覚を残していては、万が一の時反応できずに最悪の事態を迎えることになる。ただでさえ片目がなくなって他人よりも弱点が増えているのだし、その危険は今までより遥かに高い。だから役職も変えてもらったのだが、それでもリスクは向こうからやってくる。その時まで、あと一週間とない。
自分から道を開ける歩行者たちの間、アースが一機余裕を持って通れるだけのスペースを堂々と通り抜ける。道を開けた連中の中に、後ろから付いて来るエーヴィヒを狙う輩は、残念ながら居ない。もし餌に食いついたら、軽い性能テストに付き合ってもらおうと思っていたのだが。残念だ。
さらにしばらく進むと目的地。スカベンジャー、あるいは今や絶滅寸前の適応種達が発掘してきた遺産を、分解・複製したものの内、一般家電を主に扱う店に到着した。他の建築物同様、コンクリートには大小問わず多くの亀裂が入り、さらに補修を重ねた痕が多々見られる……一言で表せば、ボロイ建物だ。まあ、大戦より前に建てられた物だから仕方がない。形が残っているだけマシだろう。
建物同様ひび割れたアスファルトの駐車場に、機体を停めて、電源を切る。正面装甲を開き、少し高い位置にあるコックピットから飛び降り、着地。じわりと足が痛んだ。
「すみません、もう少し歩くペースを落としてもらえませんか」
足の痛みが引くまでの間動かずにいると、ここぞとばかりに詰め寄ってきたエーヴィヒに文句を言われた。しかし、それは仕方がないことだ。三メートルの機械と、一メートル少々の人間。その身長差では、デカイ方がいくらペースを落としても、移動速度には大きく差が出る。名前はもう忘れたが、研究所に売り渡したミュータントのガキは、それでも付いてきたが。
「善処する」
とりあえず適当なことを言ってその場を逃れる。足の痛みも治まった、そろそろ行くかと入口に向かって進んでいく。二重扉になった入口を通ったら、ガスマスクを取って深呼吸。息苦しさから解放された代わりに、油と排煙の芳香漂う空気が肺を満たす。子供の頃から慣れ親しんだ香りとはいえ、好きになれるものではないし、吸いたいものでもない。我慢して、お目当ての品を探す。そう大量にある訳でもないのですぐに見つかった。大小様々なサイズの冷蔵庫が並べられたコーナー。大きなものは人が入る位、小さなものは、本当に箱といった感じがする。で、我が家にあるのはその箱と同じサイズだ。一人暮らしならそれで問題なかったのだが、今は二人に増えてしまったから、少し余裕が無い。
で、今日買うのは丁度中間のサイズ。胸までの丈の物を選んだ。これなら二人分だろうと三人分だろうと余裕を持って収納できる。値段は、一番安いものは買わない。あまり安いのは不良品の証。その逆はただのボッタクリ。真中より少し上を狙うと外れが少ないので、値札を引きちぎってカウンターへ持っていく。
「いらっしゃい」
全くやる気が感じられない店員の声。態度への注意はしないでおく。どこだろうとこんなものだ。一々苦情を言ったり、目くじらを立てるのも面倒くさい。
「代金を」
実に無愛想な態度の店員に、胸ポケットから札束を取り出して、値札に書かれた額を抜いて手渡す。彼がそれを受け取ったら、彼も過不足が無いか確認するために枚数を数え始める。
「そういやあんた……」
「何だ?」
「カウントをやめて、手を上げてください」
声をかけられて意識がそれた瞬間に、突然エーヴィヒが銃を抜き、店員へ銃口を向けた。トリガーに指がかかっている。
何をしている、と怒鳴ろうとしたら、店員の袖から金が何枚か舞い落ちた。
危うく金を盗まれるところだったらしい。しまった、借りができてしまった。返すつもりはないが。
「どうしますか?」
「殺すほどのことじゃないが、落とし前は付けさせてもらわないとな」
このコロニー、実は盗みとかそういう軽い事は、わざわざ禁止されていない。ただし暴力も殺しも禁止されていないので、盗みを働いて、バレた後どうなるかは被害者の気分次第。その他も同様。馬鹿が盗みを働こうとして、逆に命ごと財産を盗まれたという話もよく聞く。
「買い物を……そうだな。タダとは言わん。半額にしろ。見逃してやる」
「そんな無茶な!」
「無茶じゃないぞ。残り半分はお前が払えばいいんだ。命の対価にしては安いもんだろう。嫌なら死ね」
冷や汗をかき、青ざめて震え上がる店員にさらに脅しをかける。そもそも、こいつが盗みなんてせこい真似をしなければこんな事にもならなかった。馬鹿な真似をした自分が悪いのだから、同情の余地は欠片もない。
「う、うぅ……」
「イエスオアノー。デッドオアアライブ。簡単な二択だが、俺は素直にイエスと言う方をおすすめするぞ。血は落とすのが面倒だからな」
命が惜しくない狂人でなければ、銃口を向けられたこの状況で首を横には振れないだろう。
「わかりました……今月の給料が」
「GOOD、じゃあ金半分返せ」
パラパラと数えられた紙幣が返還され、不足がないかを確認してから懐に戻す。店員は合成食料を食った後のような顔をしているが、自分の手癖の悪さが招いた事だ。ざまあない。
「商品を入り口まで運べ。そうすりゃ札一枚くらいはくれてやる」
「わかりやしたよ……畜生」
「ハイワカリマシタとだけ言って仕事してりゃいいんだよ屑。でなきゃチップが銃弾に変わるぞ」
「ハイワカリマシタ!」
「結構。チップだ、受け取れ」
店員の胸ポケットに丸めた紙幣を一枚突っ込む。それでも彼の表情は変わらない。何故だろう、理由はわかりきってる。自分達はガスマスクを被り直して外に出ていく。
「良い一日を!」
明らかに言葉とは真逆の意図が込められた声を背中に受けるが、片手を上げて、笑って返事をする。
「あんたもな」
それにしても、昨日に続いて今日も買い物で得をするとは思わなかった。続けて起こるのは、何も悪いことだけではないらしい。この調子で、明日明後日と良い事ばかり続けばいいんだが。
本作がスコ速@ネット小説まとめ様にて紹介されましたとさ。ありがたや。
そして本話で(多分)27万字突破です。




