危機
第76話
装甲車の窓から、おおよそ三時間ぶりに帰ってきたコロニーの様子を見る。外の連中は帰還を歓迎してくれる様子はなく、やや落ち着いてきたとはいえ、まだ忙しそうに復旧作業に追われている。瓦礫の山は出撃前よりも小さくなっているし、サボっている奴は居ないらしい。どうやら、コロニーの連中は俺が思っているより勤勉らしい。まあ、生きるためにはマジメにもなるか。生きるためでなければマジメになれないと言うべきか。どうせならいい方に考えておこう。
装甲車が、片付けられた道を進む。途中で道路に転がっているゴミを踏みつぶして、ゴトリと車体が揺れる。
しばらく揺られていると、装甲車が停車した。窓の外を見ると体育館が。目的地に着いたのだ。
「着いたぞ。降りろ」
運転席から言われ、ガスマスクを付けて開かれたハッチから降りていく。懐かしい、という感じとはまた違う。何か安心感のようなものが湧き上がる。地面を踏み、警備員に軽く頭を下げて通してもらう。その後ろから、アンジー、トーマス、エーヴィヒの三人がついて来る。まるで俺が三人を率いているようだが、立場からしたら、トーマスが一番前に来るのが当然のはず。なぜ俺が先頭なのか。と、どうでもいい事を思いつつ、施設の中へ入る。息苦しいガスマスクを壁にかけ、入り口からさらに奥へ。
ホールには、頭と、ご主人様と、もう一人。エーヴィヒと全く同じ容姿の少女が居た。スペアだろうか。
「お帰りなさい。私」
「戻りました。報告をしましょう」
トーマスに説明役を押し付けようと思っていたのだが、こっちのエーヴィヒがスラスラと話し始めたので、それは無しに。特別何か指摘するところもなく、ただ淡々と事実を報告する。まるで感情の感じられない平坦な声調だ。そのまま数分間聞き入っていると、声が止まった。
「以上で、報告を終わります」
「ご苦労。では、今後の活動について、そこのハゲから聞いておけ」
頭を顎で指すと、車いすに乗ったまま前に出てきた。心なしかいつもより表情が暗いように感じる。頭らしくない。
「あー……今後についてだが、ものすごく悪い方向へ事が進んでる」
出て行く前に嫌な予感はしていなかったから、覚悟ができてない。そんな所に不意打ちを食らって、顔が引きつる。一体どんな事になってるのか。
「前にお前らが売れ帰った女の捕虜が居るだろう。あいつから敵コロニーの周波数を聞いて、連絡を取ったんだが」
一旦言葉を切って、こちらの顔色を伺ってから、続きを話しだした。
「条件を飲まなければ、全力侵攻してでも叩き潰すと言われてな。こっちも精一杯虚勢を張ってはみたんだが、見ぬかれてだな……」
こっちの戦力を見ぬかれてるのは、まあそうだろう。余裕が全く無いのは、連中も知ってるはずだ。一度他のコロニーに攻められて、反撃に出た部隊もほぼ全滅して、それでまだ余裕があるとは、普通は考えない。
「で、その条件ってのは何だ」
「なんてこたない。同盟したいんだと。あと連中の戦力を常駐させる」
「同盟? どういうことだ」
「連中が他のコロニーをぶん殴りに行くとき、うちからも人を出せってことだ」
「馬鹿げてる。何かメリットがあるのか」
俺が思っていることを、そのままトーマスが代弁してくれた。
「無いなあ。強いて言えば、ひとまずうちは攻撃対象から外れるってこと位か」
それは確かにでかいメリット……とは思わないが、言葉通りに捉えるならそう悪くない。連中はこっちを押し潰そうと思えば簡単に潰せるだけの戦力が有るのに、条件付きで見逃してくれるというのは悪い提案じゃない。
だが、こっちの残り僅かな戦力を同盟という理由で引き出せば、コロニーはもぬけの殻。攻めれば簡単に落とせるし、さほど抵抗もなく略奪できる。
「狙いがわかりやすすぎるな」
「すぐ死ぬか、後で死ぬかだ。どうせ死ぬなら少しでも長く生きていたいだろ」
確かにその通りではあるが、一度は勝った相手にいいようにされるのは、やはり気分のいいものじゃない。しかし、従わなければ死ぬだけだ。
「少しくらいなら、エーヴィヒを何人か同時に起こして戦力の水増しもできるが、それでも限界がある」
「無人運用はできないのか。戦前は色々無人兵器があったそうじゃないか。機体の性能はいいのに、パイロットが弱いっせいで勿体無いぞ」
本で読んだだけだが。もしそういう技術があるのなら、持ちだして反抗もできるだろう。
「残念だが、アースは中身無しで動くようには設計されていない。昔の人間は本当馬鹿だ。航空機や船舶の無人化ばかり進めて、陸には最後まで人の手を残すとは……なんて言っても、君らにはわからんだろうが」
その通り。言われても何が何だか。しかし、余裕、の二文字のイメージしか無いご主人様が珍しく悩ましげな表情を見せている。これはつまり、それだけヤバイということだ。
ヤバイのはわかっているが、ひょっとすると俺が思う以上に自体は深刻なのかもしれない。
「そうだ。弱いというなら、彼女に訓練してやってくれてもいいのだぞ」
「冗談……」
いや、まてよ。ひょっとしたら、これは前線を離れるチャンスじゃないか。エーヴィヒの訓練を理由に外に出ていく機会を減らして、ご主人様の言うことを聞いて従順な姿勢を見せつけることで、反抗の意志が無いことを示す。見の安全を確保できて、しかも前線からも退けるとくれば、断る理由はご主人様が気に入らない以外にない。素晴らしい事じゃないか。
「頭、いいか?」
「戦力は少しでも欲しい。だが、そいつだけじゃなく他のスカベンジャーの訓練もしろ。でなきゃ認めん」
「他の連中はアンジーかトーマスの方がいいだろ。ソッチのほうが腕がいい」
「一人で楽しようって考えてんだろ。お見通しだ馬鹿野郎」
やはり見ぬかれていた。というか、見ぬかれて当然か。
「わかった、わかったよ」
「ではそっちのエーヴィヒは任せる。あと、機体は回収させてもらうぞ。元々私のものだからな」
「ぶっ壊れてるがいいか」
「元から一機程度の損傷は想定内だ。問題ない」
「寛大だねえ」
「いつもなら殺しているさ。では、私は帰らせてもらう。やることがあるからな」
尊大な態度を崩さずに、もう一人のエーヴィヒを連れて、出口へ向かった。態度のでかいやつだ。支配する側なのだから、それは当然か……




